記録 01 中国南部
墳墓を動かす禁忌
無縁墓や古墓を移す際、土地と死者へ許しを求める儀礼について。
FOLKLORE NOTES / 390 RECORDS
異聞の背景にある信仰、儀礼、妖異を整理した小さな事典。大分類・地域から辿るか、記憶に残った言葉で検索できます。
390/ 全390件
00 国・地域
01 大分類
INDEXED RECORDS
記録 01 中国南部
無縁墓や古墓を移す際、土地と死者へ許しを求める儀礼について。
記録 02 東アジア
紙を焚く行為は、死者への贈与だけでなく境界を鎮める交渉でもある。
記録 03 中国・台湾
死者の身体を別の魂が借りるという蘇生譚の系譜。
記録 04 中国
家屋、車、衣服などを紙で象り、死者の世界へ送る紙製供物について。
記録 05 中国
亡魂を冥府へ導くと語られる、黒衣と白衣の一対の使者。
記録 06 中国
人生の特定の年齢を、越えるべき関門として捉える命理と民間信仰。
記録 07 中国
同じ場所を巡り続け、道や時間の感覚を失うという迷いの怪異。
記録 08 東アジア
群衆の活気や生命力を、目に見えない糧として吸い取る妖異の物語。
記録 09 中国・北京市
旧内城の輪郭と地下鉄二号線を重ね、都市の境界が地下へ残ると読む現代的想像力。
記録 10 東アジア
駅、トンネル、留置線など、移動のための場所に生まれる現代怪談の構造。
記録 11 中国
寿命を全うできなかった魂が、同じ場所で次の犠牲者を招くとされる類話。
記録 12 中国
寿命を譲る物語と、他者から歳月を奪う怪異譚の対比。
記録 13 中国古典
犀角の火によって異界を見るという古典由来のモチーフ。
記録 14 中国
本来の礼法である叩頭を、因果を移す呪術へ読み替えた物語上の発想。
記録 15 中国・道教文化
儀礼的歩法と方位を読む器具が、怪異譚の探索場面で担う役割。
記録 16 米国・テネシー州
ベル魔女事件は実在の土地と家族を核にした伝承であり、現在知られる物語の多くは一八九四年刊行のM・V・イングラムの著作を通じて定着した。同時代資料と後世の再話を区別して読む必要がある。
記録 17 欧米民俗
物音や物体移動を起こす騒霊が、やがて言葉を獲得し、聖句や共同体の秘密まで語る。ベル魔女伝説では、この声が怪異を一家の体験から地域共有の物語へ変えた。
記録 18 世界の伝承
著名人を怪異の目撃者に据える語りは、伝説へ権威と伝播力を与える。アンドリュー・ジャクソンのベル家訪問は有名だが、本人の日記や公文書による裏付けは確認されていない。
記録 19 米国・テネシー州
司法当局が悪霊による死を正式認定したという触れ込みは広く流布するが、その文言を載せた同時代の検視記録や公文書は確認されていない。法の文体が怪談へ現実味を与えた例である。
記録 20 世界の聖地・怪異地
洞窟や聖地から石、砂、枝などを持ち帰ると災いが起きるという禁忌。場所への畏れを保ち、訪問者の行動を制御するとともに、新たな体験談を生み続ける。
記録 21 中国
赤子が生後一か月を迎えたことを祝う習俗。地域や家庭によって宴席、紅蛋、贈り物、命名など形は異なるが、産後の節目と子の健やかな成長を示す。
記録 22 中国・風水文化
風水では生者の住居を陽宅、墓所を陰宅と呼ぶ。龍穴は山や水の形から「気」が集まると解釈される地点であり、信仰・術数上の概念であって効果を科学的に保証するものではない。
記録 23 中国古典
『晋書』に見える陶侃の故事に由来する吉地の典故。失踪した牛が眠る場所を葬地として示される逸話が、後世には理想の墓所を表す風水語彙となった。
記録 24 中国北部ほか
死者同士、または死者と生者の婚姻関係を象徴的に結ぶ習俗。慰霊や家系秩序の論理とは別に、需要が遺体の盗掘・売買などの犯罪を招いた事例も研究されている。
記録 25 中国・命理文化
出生の年・月・日・時をそれぞれ干支で表した八字は、命理や婚姻相性の判断に使われてきた。地域や流派で方法は異なり、科学的な適性・人格判定法ではない。
記録 26 中国・仏教/道教文化
仏像、神像、法具などを儀礼によって宗教的対象として整えること。宗派や地域で意味と作法は異なり、すべての護符に同一の儀礼が行われるわけではない。
記録 27 中国・道教文化
北斗七星は寿命、禍福、方位を司る星々として信仰され、礼斗などの儀礼や民間術法の語彙に取り込まれた。物語上の『七星陣』に統一された一つの作法があるわけではない。
記録 28 中国各地
蛇を水、土地、祖先、龍の眷属と結びつける信仰は中国各地に見られる。ただし呼称や祭祀は地域ごとに異なり、本稿の小龍廟は複数のモチーフを合成した創作である。
記録 29 中国現代史
文化大革命初期の『破四旧』運動では、旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣の打破が掲げられ、寺廟、祠堂、墓、文物などが破壊された。本稿の人物と蛇祠事件は創作である。
記録 30 東アジアほか
災難の際に護符や装身具が切れたり壊れたりすると、それが持ち主の身代わりになったと解釈する語りがある。素材の亀裂や衝撃による破損とは区別して読む必要がある。
記録 31 仏教文化
雲水は各地を巡り修行する僧を指す。名利は名声と利益への執着で、禅語や仏教説話では人の歩みを重くする荷として繰り返し語られてきた。
記録 32 中国ほか
刑場、戦場、事故現場など、反復された死の記憶を土地の穢れや煞気として読む場所の怪談。科学的な土地分類ではなく、共同体の記憶を表現する物語言語である。
記録 33 中国各地
婚礼、誕生、長寿などの祝いで料理を絶やさず供し、客が入れ替わりながら席につく宴席形式。規模、献立、誰を招くかは地域と家によって異なる。
記録 34 世界の怪異譚
幼児、動物、旅人、共同体から周縁化された人物だけが、帰ってきた者の正体を見抜くという語りの型。社会的偏見を事実として肯定するものではない。
記録 35 中国・東アジア
雷を天罰、浄化、妖異を暴く力、あるいは境界を開く衝撃として捉える伝承がある。そこへ仮死時の魂の遊離が結びつき、憑依・帰還譚の転機となる。
記録 36 世界の怪異譚
窓は安全な室内と制御できない外部を隔てながら、双方を見せる。鏡と同じく、向こう側からの視線や侵入を描く怪談の境界装置となる。
記録 37 中国
旧暦の大晦日に家族で夜を過ごし、新年を迎える守歳。爆竹、灯り、団欒が邪を退けると語られる一方、古い年と新しい年が触れる境界の夜でもある。
記録 38 中国・民間信仰
水甕、石像、供物などにより水辺の不安を鎮めるという物語は各地にある。ただし本稿のホテルに置かれた羅漢像・侍童像は創作上の合成で、特定宗派の正式作法ではない。
記録 39 中国
蠱は古代以来、毒虫、毒物、病、他者の害意、呪術への疑いが重なった複雑な概念。髪は身体から離れたあとも持ち主との縁を残すものとして、呪物譚に使われる。
記録 40 中国南部ほか
符の力を水へ移すとする儀礼や、柑橘・柚子の葉を清めに使う習俗には大きな地域差がある。紙灰、顔料、正体不明の植物を飲む行為には健康被害の危険があり、模倣してはならない。
記録 41 日本・欧州ほか
逢魔が時は昼と夜の境目に魔物と出会うとする日本の表現。フランス語の『犬と狼のあいだの時』など、薄明を識別と秩序が揺らぐ時刻と捉える言葉は各地にある。
記録 42 近代史・世界
鉄道運行は地域ごとに異なった時刻を標準化し、正確な時計を日常へ浸透させた。その正確さの裏返しとして、時刻表から外れる列車や時間のずれる駅の怪談が生まれた。
記録 43 現代怪異
本人の体感と時計・移動記録の間に説明不能な空白が生じる体験談。睡眠、記憶違い、解離、機器の誤作動など現実的要因も検討する必要がある。
記録 44 世界の鉄道怪談
時刻表にない列車、廃線を走る車両、降りると時間がずれている駅。厳密な運行規則と閉ざされた車内を反転させ、鉄道そのものを異界への運搬装置にする語りである。
記録 45 世界の昔話・幻想譚
異界で得た猶予、若さ、富の代わりに、帰還後の老化や寿命で代価を払うという物語の型。時間を贈与ではなく返済を要する負債として描く。
記録 46 中国・道教文化
天仙・地仙・尸解仙など、道教文献と後世の仙人譚には多様な分類が現れる。時代や文献によって体系は異なり、『千歳人』も統一された正式階級ではない。
記録 47 中国・養生文化
黄精は食用・薬用に利用され、道教的養生や仙人説話では長生の食として語られた。植物だけで完全な栄養を得られるという意味ではなく、薬用は専門家への相談が必要である。
記録 48 東アジア・暦文化
十干と十二支の組合せが一巡する六十年を一甲子と呼ぶ。還暦をはじめ、人生や天地の更新を表す節目として物語や儀礼に用いられる。
記録 49 中国・色彩文化
五行では土と中央に配され、王朝によっては皇帝権力を象徴した黄色。衣服への規制、その厳しさ、宗教上の意味は時代と身分によって異なる。
記録 50 中国・陝西省
長安に近い終南山は、道士、僧、文人、政治的隠者が身を置く山として長く語られた。隠れる場であると同時に、都と結びつく場でもあった。
記録 51 世界の神話・幻想譚
永遠の命を恩寵ではなく、愛する者を見送り続ける刑罰として描く物語の型。不死者は死を免れる代わりに、共同体と時間を共有できなくなる。
記録 52 中国・民間仏教/道教文化
生前世話になった相手のもとへ、家畜など別の姿で生まれ変わって恩を返すという転生譚は、中国の民間信仰に広く見られる。特定の痣や身体的特徴を前世の証とする語りも各地で報告されている。
記録 53 トルコ・イスタンブール
アジアとヨーロッパを隔てながら結ぶ海峡。帝国、宗教、移民の記憶が重なる都市は、境界譚の舞台として読み直されてきた。
記録 54 仏教文化
仏教文献に現れる六種の超常的能力。他心通は他者の心を知る力とされるが、能力への執着を戒める文脈でも語られる。
記録 55 アジアの仏教説話
遺品の識別や前世の記憶から転生者を見出す説話。本サイトでは、特定宗派の実際の認定制度と創作上の表現を区別して扱う。
記録 56 宗教説話・身体観
身体症状へ倫理的意味を与える説話の技法。医学的診断ではなく、持続する耳鳴りや急な聴力低下には医療上の確認が必要となる。
記録 57 中国系風水文化
時間を二十年単位の運に分ける近現代風水の時間観。九紫離火を技術や可視性と結ぶ読みは術数上の解釈で、未来予測や投資判断の根拠ではない。
記録 58 中国・命理文化
紫微星を中心とする諸星を出生時刻に基づき命宮などへ配置し、性質や人生の変化を読む中国の伝統的命理体系。成立年代や伝承系譜には諸説があり、単一の起源に確定されているわけではない。
記録 59 中国語圏
現代中国語では一時的な思いつきを表す語。怪異譚では、胸騒ぎや災いの予感を身体が知らせる表現へ読み替えられる。
記録 60 怪異譚・心理
視線を逸らす、身体が固まる、現場へ近づけない。強い恐怖や不快刺激を前にした反応が、見えない守護として語り直される。
記録 61 現代体験譚
視線、姿勢、周囲の静けさなどを無意識に拾い、危険を身体感覚として知る体験。超常的感知と過覚醒の双方から読む。
記録 62 中国・道教文化
魂魄を複数の要素として捉える観念。体系は時代・文献で異なり、現代医学の神経機能とは別の文化的説明である。
記録 63 心理・身体
脅威の手がかりへ過度に注意が向き、動悸、不眠、筋緊張などが続く状態。直感を否定する言葉でも超能力を示す診断でもない。
記録 64 中国・海南島
黎族は多様で豊かな文化を持つ民族。本サイトの『禁母』は複数の怪談を合成した創作で、民族固有の信仰や実態を示さない。
記録 65 東アジア
髪に触れる櫛と皮膚を貫く針は、身体や縁を移す小さな呪物として説話に現れる。拾得物への警戒という生活知も重なる。
記録 66 世界の変身譚
夜に獣へ変身する女性の物語。共同体から逸脱した女性への恐怖や、病気・孤立を説明する語りとしても読まれてきた。
記録 67 世界の民俗
複数の道が交わる場所は、供物を置き、病や穢れを送り、異界の存在と出会う境界として各地に現れる。
記録 68 華南怪異譚・創作
空を飛ぶ棺や標的を模した小棺は、死の運命が外から訪れる恐怖を可視化する怪談の意匠。本稿の禁公体系は創作上の合成である。
記録 69 陰陽思想・現代怪談
物事が極まれば反転するという陰陽的発想を、人工的な幸福空間へ応用した怪談の比喩。特定施設の風水診断ではない。
記録 70 現代職場伝承
病院、工場、ホテル、遊園地などで、夜勤者の経験と安全上の習慣から生まれる職場内伝承。合言葉が手順の記憶装置にもなる。
記録 71 中国・養蜂文化
花の開花前線を追ってトラックで移動する転地養蜂家は、進出先の農民との「場所代」を巡るトラブルや、蜂群への嫌がらせ・毒物散布の被害に遭うことがある。移動養蜂を離れ、在来種で定着養蜂へ転じる養蜂家も少なくない。
記録 72 東アジア・民間医療
ミツバチの毒(アピトキシン)を関節や患部へ意図的に注入し、炎症や痛みを緩和しようとする民間療法。一定の伝統と実践があるが、アナフィラキシーなど重篤な副作用の危険もあり、自己判断での実践は推奨されない。
記録 73 遊園地怪談
無人の遊具から子どもの声がするという定型。実在の事故と後世の噂を分け、故人を娯楽化しない配慮が必要となる。
記録 74 現代怪異譚
鍵、工具、扉など日常の物が一瞬だけ不自然に動く怪談。目撃の短さと再現不能性が、錯覚と怪異の両方を残す。
記録 75 技術怪談
重量計、赤外線、監視カメラなどの記録が知覚を裏付ける現代怪談。設定・故障・改変の検証なしにログは証拠とはならない。
記録 76 企業都市伝説
企業が怪異を把握し、隠語と特殊手順で処理しているという語り。巨大組織への不信と現場の非公式な知識を結びつける。
記録 77 グリーンランド・冷戦史
一九五一年に建設された米国防総省最北の拠点。二〇二三年、地域のグリーンランド語名を尊重してピトゥフィク宇宙基地へ改称された。本稿の怪異事件は創作である。
記録 78 北極圏・環境民俗
長い暗闇、猛吹雪、方向感覚の喪失、閉鎖生活が知覚と語りへ及ぼす影響。極地怪談では安全索や扉が生と死の境界になる。
記録 79 世界の軍事都市伝説
機密施設の情報空白へ、異常な機械故障、正体不明の実験、守秘義務が結びつく語り。公文書がないこと自体を証拠とはみなせない。
記録 80 中国思想・比較怪異譚
陰陽五行の語彙を遠い土地へ重ねる文学的な解釈。本稿では中国側の語り手の視角を示すもので、グリーンランド固有の信仰や科学的説明ではない。
記録 81 中国古典・清代怪異小説
蒲松齢『聊斎志異』の名篇。妖異が人皮へ顔を描いて美女に化ける場面を通じ、外見に惑う欲望と人間性の境界を描く。
記録 82 現代怪異・認知
会った直後なのに顔を再現できないという不安を、無個性な顔や超人的変装へ結びつける物語。通常の記憶差や顔認知の症状を超常現象と断定しない。
記録 83 仏教語・文学的翻案
仏教で形象への執着を離れる文脈に現れる無相を、本稿は自己を消す変装術へ翻案した。実在の宗派・修行・諜報技術についての説明ではない。
記録 84 世界の諜報伝説
秘密組織と完全な変装者を結ぶ現代伝説。機密ゆえに検証できないという構造が、反証不能な怪異と政治的想像力を育てる。
記録 85 中国・道教説話
神格や祖師の化身・降世をめぐる多様な伝承を、本稿が独自に再構成した呼称。道教全体に共通する正式な単一教義ではない。
記録 86 中国・宗教的イメージ
天蓋、法衣、古楽、拝礼を重ねて神格の到来を可視化する説話的演出。本稿の金融街での迎駕と儀礼文は創作である。
記録 87 中国・唐代伝奇
粟の飯が炊ける間に一生の栄枯盛衰を夢見る『枕中記』由来の母題。短い夢によって欲望と現実の価値を反転させる。
記録 88 中国・道教文化
遺体、杖、剣などを身代わりとして残し、死を装って現世の身分から離れると語られた多様な伝承。肉体のまま永遠に老いないことと単純には同一視できない。
記録 89 中国・占筮文化
占者が自分の欲望や恐怖によって判断を曇らせる危険を説く職業的・民間的な戒め。破れば不死になるという因果は本稿独自の創作である。
記録 90 世界の都市伝説・犯罪注意
架空国家や偽の公館が身分証を売る物語。国際的承認や権限のない私的組織の冊子は旅券にはならず、作成・所持・売買・使用は犯罪となり得る。
記録 91 中国・現代消費文化
短文動画や生活情報アプリを通じ、紹介人数に応じて位階や称号が上がる形式で占術・命理の講座や代理店契約を勧誘する商法が近年報告されている。英国のFaculty of Astrological Studiesのような実在の民間占星教育機関とは異なり、鑑定技術より販売実績を重視する点が特徴とされる。
記録 92 インドネシア・現代史
反共大量殺害では共産党員・支持者と見なされた人々を中心に多数が殺され、地域によって華人も迫害された。被害全体を『華人虐殺』と一括するのは正確ではない。
記録 93 中国・風水説話
山体を横たわる仏、その窪みを臍に見立てる形勢上の語り。本稿の『佛臍穴』の名称、地形、王権を生む効験は創作上の合成である。
記録 94 中国・墓制
単独墓と夫婦合葬の選択は、時代、地域、再婚、移葬、本人の意思、家族事情によって異なる。夫婦合葬のみを普遍的な風水原則とはみなせない。
記録 95 中国南部・華人社会
棺をすぐ本葬せず、吉日、墓地、故郷への帰葬を待って一時的に安置する慣行。形態と呼称には大きな地域差がある。
記録 96 ベトナム北部・紅河デルタ
埋葬から数年後に遺体を掘り返し、骨を洗い清めて陶製の甕へ納め直す二次葬の習俗。紅河デルタをはじめベトナム北部で広く行われ、この儀礼を経て初めて死者は祖先神として迎えられると信じられている。
記録 97 中国・風水文化
家族に続く病や早世を祖墳の乱れによって説明する語り。喪失へ意味を与える文化的解釈であり、病気の診断や医学的因果を示すものではない。
記録 98 現代医学・世界の体験談
入眠時・覚醒時に身体が動かせないまま、部屋に何者かがいると感じる体験。多くの文化で悪霊や重しとして語られてきたが、現代では睡眠と覚醒の境界で生じる神経学的な現象として説明される。強いストレスや不規則な睡眠が誘因となることがある。
記録 99 中国・黄河流域
黄河の急流・龍門を越えた鯉が龍になるという説話。難関を突破して立身する意味の『登龍門』として、日本語にも定着した。
記録 100 中国・水辺伝承
長く生きた蛇や蛟が増水に乗って海へ向かい、橋や堤を壊すと語られる走蛟譚。本稿の盤山、龍殻の略奪、九十九雷は創作上の再構成である。
記録 101 中国南部・カルスト地形
石灰岩の地下を流れる河川は、湧水、陥没、池の消失を引き起こすことがある。見えない水脈は、龍や水怪が移動する道として想像されてきた。
記録 102 中国・世界の契約譚
供物と引き換えに富を授ける存在が、最後には家や命を取り立てる物語の型。本稿の堕龍飼育法は創作であり、動物供犠を再現してはならない。
記録 103 日本・不動産取引
宅建業者による告知の判断は、死の態様、発生場所、特殊清掃の有無、経過時間、取引判断への影響などで異なる。死があれば永久に一律告知、という制度ではない。
記録 104 アメリカ・被害者支援
家庭内暴力の被害者を支援するシェルターでは、利用者の所在地や個人情報の秘匿が安全に直結する。電話の取り次ぎで在所を認めない、送迎経路を変える、住所を公的制度で非公開にするなど、具体的な安全計画が実践されている。
記録 105 日本・東京都新宿区
熊野神社の十二所権現に由来するとされる旧地名。周辺には十二社池と熊野の滝があり、江戸後期から大正期にかけて行楽地として賑わった。
記録 106 日本・東京水道史
一八九八年に給水を開始した東京最初の近代浄水場。一九六五年に閉鎖され、跡地は東京都庁を含む西新宿の高層街へ姿を変えた。
記録 107 アメリカ・現代犯罪
自宅の屋根裏、床下、壁の内側などに他人が無断で住み着く現象。二〇二二年放送のドキュメンタリー番組をきっかけに広く知られるようになった呼称で、住人に気づかれないまま数週間から数ヶ月間住み着いていた事例が実際に複数報告されている。
記録 108 現代都市伝説
匿名投稿、検索結果、現地探索が互いを根拠として循環し、裏付けのない出来事まで場所の記憶として定着する。現地訪問では私有地と安全への配慮が必要となる。
記録 109 中国・インターネット史
掲示板へ長文を投稿し、読者が日をまたいで更新を待った初期ネット文化。証言、小説、雑談の境界が曖昧な環境から多くの中国ネット怪談が育った。
記録 110 世界の現代伝説
噂で聞いた儀礼を実際に演じ、伝説の登場人物になる行為を民俗学ではオステンションとして論じる。火、刃物、路上、暗所には超自然とは別の危険がある。
記録 111 東アジア・現代怪談
暗い部屋の四隅を参加者が移動し、人数の矛盾から余分な存在を想像させる集団怪談。日本由来と断定できず、名称や手順は再話ごとに変化している。
記録 112 インターネット民俗
消えた掲示板の投稿は、転載、画像、動画、朗読を経て日時や結末が変わる。確認できる記録、後世の噂、文学的再構成を別の層として読む必要がある。
記録 113 中国・インターネット史
怪談内の出来事は二〇一三年四月二十五日、知乎への投稿は二〇一九年、作者による虚構の説明は二〇二一年。物語の時間と記録の時間を分けて読む必要がある。
記録 114 現代社会・記憶
マンデラ効果は、多くの人が共有する事実と異なる記憶を指す通俗的な名称。個人の記憶、虚偽記憶、ネット上の反復とは分けて考える必要がある。
記録 115 インターネット民俗
実在する学校や住宅地を怪談の検証場所にすると、無関係な生徒や住民の安全と生活を損ない得る。公開情報であっても訪問・接触の理由にはならない。
記録 116 都市伝説研究
作者の撤回や公式否定を、かえって秘密の存在を示す証拠と解釈する語りの循環。反証を取り込むため、物語が終わりにくくなる。
記録 117 米国東部・地史
アパラチアは一度に生まれた単一の山ではなく、古生代の複数の造山運動と長い侵食が残した山系である。『四億八千万歳』は複雑な形成史を単純化した通俗表現として扱う必要がある。
記録 118 自然知覚・現代怪異
風、時刻、捕食者の接近、観察者の注意集中により、森の環境音が突然消えたように感じることがある。超常愛好家の『Oz Factor』は科学的な磁場現象の名称ではない。
記録 119 北米・インターネット民俗
親しい人物や人間の声を不自然な精度で模倣し、夜の森や戸外へ誘う存在。地域の山話と結びつく一方、現在共有される姿は掲示板、動画、ポッドキャストを通じて形成された現代怪談である。
記録 120 北米・表象倫理
Wendigoは主に北方のAlgonquian語族圏、SkinwalkerはDiné(Navajo)の文化的文脈に属し、CherokeeのNûñ’yunu’wïやTsul’ Kaluとも別の物語である。土地と民族を越えた汎用怪物名として一括しない。
記録 121 ボリビア・アンデス鉱山文化
アンデスの精霊スパイ・ワリの信仰とキリスト教の悪魔像が融合した鉱山の主。地上のカトリックの神とは別に、坑内だけを治める存在として、ボリビアの鉱夫たちに祀られている。
記録 122 ボリビア・ポトシ鉱山文化
火曜と金曜に酒・煙草・コカ葉を捧げる日常儀礼チャジャと、事故後や八月一日に呪術師(ヤティリ)が執り行うリャマ供犠カラク。いずれも鉱夫自身が担う実践であり、外部の聖職者による儀礼ではない。
記録 123 ボリビア・植民地史から現代まで
スペイン植民地期の強制労働制度ミタのもとで始まった採掘は、水銀中毒・珪肺症・事故により、推定四百万から八百万人の先住民・アフリカ系労働者の命を奪ったとされる。二〇一一年には五百年におよぶ無秩序な採掘により山頂の一角が陥没し、地盤沈下は現在も進行、二〇一四年にはユネスコの危機遺産に登録されている。
記録 124 ドイツ語圏・民俗学用語
ドイツ語で『騒がしい霊』を意味する呼称。物音、物体移動、電気障害などが特定の場所や人物の周囲で繰り返される事例を整理するための民俗学上の名称であり、原因が超自然だと証明する語ではない。
記録 125 セルビア・文学史
ミロヴァン・グリシッチの短編『九十年後』(一八八〇年)と、一九七三年のテレビ映画『レプティリツァ(蝶女)』によって広く知られるようになった吸血鬼。史料で実在が確認された人物ではなく、文学と映像が伝承を形作った代表例とされる。
記録 126 近代通信・怪談表現
話者の身体が見えなくても声だけが室内へ届く電話は、近代以降の怪談の形を変えた。死者からの電話、無言電話、時刻を告げる自動音声は、古い『戸口の呼び声』を通信技術の内部へ移したものとも読める。
記録 127 韓国・朝鮮半島の情念語
非業の死、歴史の理不尽、看取られぬ最期によって凝った『晴らせぬ哀傷』を指す朝鮮半島の情念語。単なる憎悪や復讐心とは区別され、宥めるための儀礼が別途必要とされる。
記録 128 韓国・朝鮮固有のシャーマニズム
神霊と死者を媒介する女性司祭『巫堂(ムーダン)』が、鈴と神刀を用いて死者の無念を語り直し鎮める儀礼『クッ』。数千年の伝統を持つ朝鮮固有の信仰実践である。
記録 129 ベトナム・民間信仰
霊媒は祈祷と場の浄化のみを担い、死者の魂は血縁の親族自身の肉体へ直接憑依すると信じられる、ベトナム土着の降霊儀礼。戦没者の遺骨捜索などにも用いられてきた比較的新しい実践で、学術的な検証は分かれている。
記録 130 韓国・朝鮮戦争史
一九五〇年九月、仁川上陸作戦を成功させるための陽動として、平均十七歳の学徒兵七七二名が投入された作戦。犠牲者数は資料によって差があり、一九九七年の座礁船発見を経て戦没者慰霊塔が建立された。
記録 131 中国現代史
一九六〇年代、中ソ対立の緊張下で沿海部の産業・軍需施設を内陸山岳部へ移転した国家プロジェクト「三線建設」。放棄された工場や引き込み線は、現在も中国各地の山間部に残されている。
記録 132 ベトナム・現代インフラ開発
二〇一〇年代、ハノイ・ハイフォン高速道路をはじめとする大規模インフラ整備に伴い、紅河デルタ各地で先祖代々の墓地の集団移転・改葬が実施された。政府から支給される改葬補償金の配分をめぐり、親族間で対立が生じる事例も報告されている。
記録 133 セルビア・ザロジェ村
二〇一二年十一月、サヴァ・サヴァノヴィッチの住処とされてきた水車小屋がロガチツァ川畔で崩壊し、地元関係者による注意喚起が国内外で報道された。現地メディアは、多くの住民がこの騒動を村おこし・観光振興の好機として捉えていたと伝えている。
記録 134 中国・民国史
一九一五年末、袁世凱は帝政復活を宣言し皇帝に即位しようとしたが、各地の反対と護国戦争の拡大により、翌年三月に帝制を撤回した。即位から撤回までは八十三日とされ、袁は同年六月に死去した。
記録 135 中国北方
熱を出して魂を落とした子の名を親が呼び、衣服を木の枝へ結んで連れ戻す招魂の習俗。中国北方では槐(エンジュ)が霊的な木として扱われる例が広く見られ、同時に不吉な噂の対象にもなりやすい。
記録 136 中国各地
家屋の角、道の突き当たり、橋のたもとなどに据え、外から来る災いを受け止めるとされる民俗的な石碑。「泰山」の名を冠したものは各地へ広まり、現在も中国各地の家屋や集落で見ることができる。
記録 137 チベット仏教圏
頭蓋骨や人骨を素材とする法具は、チベット仏教において死と無常を観想するための道具として用いられてきた。乾隆期の宮廷へ献上された実例も伝わるが、単純な「強力な魔除け」という理解は教義上正確ではない。
記録 138 東アジア・東南アジア
旧暦七月十五日を中心とする中元節(鬼月)は、死者の魂がこの世へ戻るとされる期間。東アジア・東南アジアの華人社会や仏教圏で広く行われ、灯篭流しや供物によって死者の渇きと飢えを慰めるとされる。
記録 139 タイ東北部・メコン河
タイ東北部ノンカーイ一帯のメコン河で、毎年十月の解夏節(オークパンサー)の夜に観測される発光現象。淡い赤色の火球が水面から上空へ立ち昇るとされ、地元ではナーガの仕業と信じられる一方、科学的には未解明の点が残る。
記録 140 中国古代神話
中国古代神話における人類の始祖、伏羲と女媧は、しばしば人面蛇身の姿で描かれる。仏教の護法善神である八部衆の一角、摩睺羅伽(マホーラガ)もまた蛇を神格化した存在であり、東アジア・東南アジアに広く見られる蛇神信仰の系譜に連なる。
記録 141 中国・広東省深セン市南澳
広東省深セン市南澳一帯で四月から六月にかけて行われる夜釣り漁。集魚灯に群がるヤリイカの幼生「吹筒仔」を無餌の擬似鉤で釣り上げる、大鵬半島の疍家漁民に伝わる季節の習俗。
記録 142 中国・貴州、重慶一帯
洪水で暴れる蛟龍から橋を守るため、橋桁の下に切っ先を水面へ向けて剣を吊るす民間の呪術的装置。貴州・重慶一帯の土家族地域を中心に、現在も古橋に実物が残る例が報告されている。
記録 143 世界の都市伝説
夜の道で乗せた同乗者が、走行中にいつの間にか消えているという世界的な都市伝説の類型。民俗学者ヤン・ハロルド・ブルンヴァンドの研究で広く知られ、聖書の記述にまで遡る系譜を持つ。
記録 144 中国・清末の北京
「龍骨」の名で中国医薬に用いられてきた化石化した動物骨。一八九九年、北京の薬舗で王懿栄がその表面に刻まれた文字様の痕跡に気づいたことが、甲骨文発見の端緒となった。
記録 145 中国各地
祈っても雨が降らないとき、龍王廟の神像を引きずり出して炎天下に晒し、鞭打つ、あるいは新しい墓の遺体を掘り出して打ち据える「打旱骨桩」など、神仏を罰することで雨を強要しようとする中国の旧い求雨習俗。
記録 146 中国・骨董業界
染色や高熱処理を施した安価な軟玉を、最高級とされる新疆・和田産の玉に見せかけて売る手口。韓国産の軟玉(韓料)はその代表格として、中国の玉器収集家のあいだで繰り返し注意喚起されている。
記録 147 中国・黄河流域
黄河流域の民間伝承では、長寿を経て霊性を得た蝦蟇は全身が赤く変じ、川底で水神に仕える門番になるとされる。殺めることを固く禁じ、見つければ本流へ逃がす習わしが伝わる。
記録 148 中国・民間伝承
旧社会の「外八行」の一つとされる民間伝承上の職能。持ち主のない天然の霊物・宝を天象や地相、動植物の様子から探し当てるとされ、墓を暴く盗掘とは区別して語られる。
記録 149 中国・猟師の知恵
石灰などの白い粉で洞穴や巣の周囲に同心円を描き、警戒心の強い狼を罠と誤認させて近づけないようにする、古い猟師・盗掘者のあいだの実用的な知恵。
記録 150 中国・道教文化
道教の儀礼で用いられる鈴のうち、神仏を招く三清鈴とは区別され、亡魂や外に彷徨う魂魄を呼び戻すために振られるとされる法具。地域や道派によって形状・作法は一定しない。
記録 151 中国東北部
中国東北部に伝わる民間信仰。狐・黄鼠狼(イタチ)・白(ハリネズミ)・柳(蛇)・灰(ネズミ)の五種の動物霊「五大仙」を祀り、霊媒(看事)の肉体に憑依させて治病や予言を行うとされる。清初に華北の動物仙信仰と満洲の萨満文化、道教が習合して成立したと考えられている。
記録 152 世界各地・地質現象
地中に埋没した樹木に地下水を通じて二酸化ケイ素が沈着し、木質を保ったまま鉱物へと置き換わる化石現象。年輪や樹皮の質感まで保存されることがあり、古生代から中生代にかけての地層で発見される。
記録 153 タイ・民間信仰
タイの民間信仰で、二十五・三十五・四十五歳など十年おきの節目を厄年とする考え方。功徳を積み、寺で供養や回向を行うことで凶事を避けられるとされる。
記録 154 タイ・サイヤサート(黒魔術)
非業の死を遂げた者の遺骨や体液を用いた呪物・呪薬は、タイのサイヤサート(黒魔術)で古くから知られる禁忌の触媒とされる。恋愛成就に使われる伝承がある一方、悪用すれば正気を失わせるとも語られる。
記録 155 タイ・仏教儀礼
タイの仏教儀礼で、功徳を亡者や因縁ある存在へ振り向けるため、地面や器に水を注ぎながら祈りを捧げる作法。特に厄年の凶事を鎮める際に行われる。
記録 156 韓国・ソウル特別市
かつて司法試験浪人生が集住したソウル冠岳区新林洞は、現在も家賃の安さから地方出身の学生や単身の若年労働者が密集する街として知られる。高額な保証金制度が住宅選びの自由を狭めている。
記録 157 韓国・民間信仰
「ハサミで切り刻まれ、縫い止められる」を語源とする韓国の睡眠麻痺の俗称。医学的には意識と身体の覚醒がずれる現象として説明されるが、民間では霊の圧迫として恐れられてきた。
記録 158 マレーシア・都市伝説
クアラルンプールとゲンティン・ハイランドを結ぶカラック・ハイウェイに伝わる、無人の黄色いフォルクスワーゲンが夜道の車を先導し、追い抜くと消えるという幽霊車の都市伝説。マレーシアで最も有名な心霊道路譚の一つ。
記録 159 マレーシア・道教文化
道教の護符は五行に応じて色分けされ、緑は木行に配される中級の符とされる。民間伝承では、自殺や非業の死を遂げた者の霊を特定の場所に留め置くための封じ札として、地域や道派ごとに異なる形式の緑符が用いられてきたと語られる。
記録 160 フィリピン・ルソン島バギオ
一九一五年にドミニコ会の避静院として建てられ、太平洋戦争末期には日本軍憲兵隊の拠点となり、聖職者や避難民への拷問・処刑の舞台になったとされる。戦後ホテルへ改装され、一九九〇年のルソン地震後に廃業した。
記録 161 フィリピン・民間伝承
フィリピン各地に伝わる、気根を垂らした巨大なイチジク属の樹木バレテ(ガジュマル)への信仰。カプレやアスワンなど土地の精霊・妖異が宿るとされ、伐採を忌む風習が今も残る。
記録 162 ポーランド・都市建築史
共用廊下を介さず部屋が数珠つなぎに連続する「アンフィラード」の間取りは、十九世紀末の中欧の富裕層住宅に多く見られた。戦後の住宅難で一戸が複数世帯へ分割される際、不要になった扉が家具で塞がれる例も各地に残る。
記録 163 ポーランド・ウッチ、第二次世界大戦史
占領下のウッチはドイツ名リッツマンシュタットへ改称され、ワルシャワに次ぐ欧州第二の規模のユダヤ人ゲットーが置かれた。一九四二年にはヘウムノ(クルムホフ)絶滅収容所への移送が本格化し、多くの住民が犠牲となった。
記録 164 インドネシア・イスラム葬送習俗
イスラム式の白い屍衣で全身を包み、頭頂部・首・腰・足首を紐で縛って埋葬するインドネシアの葬送習俗。土葬の際に頭と足元の結び目を解き忘れると、魂が縛られたまま彷徨うポチョンになるとされる。
記録 165 インドネシア・ジャワ島
ジャワ暦の凶日「火曜クリウォン」「金曜クリウォン」などに死んだ者の墓と沐浴場を、遺体が腐敗するまでの四十日間、親族や雇われ人が交代で見張るジャワの習俗。屍衣の紐や遺体の一部が黒魔術(プスギハン)に狙われるという民間信仰に基づく。
記録 166 ロシア・スラヴ民間伝承
ロシア正教と古代スラヴの精霊信仰が併存する「二重信仰(ドヴォエヴェーリエ)」の一例。バーニクは蒸気風呂に棲む気難しい精霊、レーシーは森の主とされ、いずれも人間の不作法や不用意な侵入に対して罰を下すと信じられている。
記録 167 ロシア・スラヴ民間伝承
スラヴ民間信仰における、非業の死を遂げた者や生者に成仏を妨げられた魂を指す言葉。旅人や孤立した人間の前に親しい者の声や姿で現れ、油断を誘うと語られる。
記録 168 イギリス・北イングランド建築史
室内の壁面を垂直に貫く煙突の煉瓦構造をチムニー・ブレストと呼ぶ。ヨークシャーなど北イングランドの炭鉱町には、背中合わせに建てられた狭小な労働者住宅「バック・トゥ・バック」が今も多く残る。
記録 169 イギリス・労働史
十九世紀イギリスで孤児や貧民の子供が煙突内部の掃除に使役された制度。一八七五年、ケンブリッジ近郊ファルボーンで煙道に挟まれて死亡したジョージ・ブリュースター少年(十一歳)の事件が世論を動かし、同年の煙突掃除人法制定の直接の契機となった。
記録 170 イギリス・介護医療
認知症患者の多くに見られる、日没から夜間にかけて不穏や興奮、幻視・幻聴が悪化する現象。医学的には概日リズムの乱れが一因とされるが、介護現場では古くから経験的に知られてきた。
記録 171 イギリス・医療史
抗生物質の存在しなかった二十世紀初頭のイギリスでは、ジフテリアや猩紅熱に罹患した子供は親元から強制的に引き離され、郊外の隔離療養所へ収容された。一九一四年時点で全国に七百以上の隔離・熱病専門病院が存在し、面会は厳しく制限されていた。
記録 172 ロシア・極東史
スターリン体制下の内務人民委員部・極北建設総局(ダリストロイ)が数十万人の囚人を投入して建設した連邦道路R504。永久凍土に阻まれて埋葬できなかった死者の遺体が路盤に混ぜ込まれたという「骨の道」の逸話は、生存者証言や歴史研究によって裏付けられている。
記録 173 ロシア・シベリア民間信仰
シベリアの民間信仰では、森や道、峠といった土地それぞれに「ホジャイン(主)」と呼ばれる精霊が宿るとされる。旅人が危険な区間を無事に越えるため、リボンや食べ物、酒などの供物を捧げる風習は、現地の民族誌にも広く記録されている。
記録 174 ポルトガル・エストリル怪異譚
リスボン近郊エストリルの断崖に建つ邸宅「カステリーニョ」には、崖から転落死した盲目の少女の霊が出没するという言い伝えが根強く残る。一九八三年には社交界の著名人が内見時に崖で少女の姿を目撃し、購入を即座に断念したという逸話が広く報じられている。
記録 175 ポルトガル・建築文化史
コバルトブルーの絵付けを特徴とするポルトガル伝統の装飾タイル。教会や邸宅の壁面を宗教画や物語で埋め尽くす文化は、大航海時代以降のポルトガル建築を象徴する意匠として今日まで受け継がれている。
記録 176 スペイン・カスティーリャ建築史
古代ローマのヒポカウストに連なる、カスティーリャ地方独自の床下暖房システム。中庭の焚口から煙と熱気を床下の煉瓦煙道に通し、テラコッタタイルを蓄熱させて煙突へ逃がす仕組みで、一度の焚火で丸一日暖かさが持続する。近代暖房が普及した現在も一部の村に現存する。
記録 177 スペイン・現代史
一九三九年の内戦終結直後からおよそ十数年間、フランコ独裁体制下のスペインを襲った深刻な食糧危機。推計二十万人以上が飢餓・栄養失調・伝染病によって命を落とし、とりわけ子供たちへの被害が深刻であったことが近年の歴史研究で明らかにされている。
記録 178 オーストラリア・シドニー史
一八三二年から一九八四年まで運用された、シドニー・ノースヘッドの検疫隔離施設。天然痘やコレラ、腺ペストなどの感染が疑われた移民船の乗客たちが強制的に収容され、三箇所の共同墓地には五百七十名以上(記録の欠落した初期を含めると六百名超とみられる)の埋葬が確認されている。
記録 179 オーストラリア・シドニー怪異譚
検疫所で命を落とした患者の埋葬を一人で担った専属墓掘り人が暮らした小屋。家族を持つことや他の職員との接触を厳しく制限された孤立した生活が、今なお窓辺に佇む男の影の目撃談として語り継がれている。
記録 180 ナイジェリア・現代文化史
衛星放送を持たない家庭が多いナイジェリアでは、波板小屋に大型テレビを設置した有料観戦施設が各地の町外れに存在する。大きな試合の夜には年齢や身分を越えた住民が集い、昼間には見られない独特の平等な空気が生まれるという。
記録 181 ブラジル・国際スポーツ史
二〇一六年八月二十日、マラカナン・スタジアムで行われたリオデジャネイロ五輪男子サッカー決勝で、ブラジルはドイツとの延長戦の末にPK戦へ突入し、ネイマールの決勝点で五対四で勝利、自国初の金メダルを獲得した。同日、ナイジェリアはホンジュラスを三対二で破り銅メダルを獲得している。
記録 182 韓国・江原道軍事史
朝鮮戦争の激戦地に由来する擂鉢状の盆地「パンチボウル(亥安盆地)」は、江原道楊口郡に実在する。ここを守備する第二十一歩兵師団(白頭山部隊)は、一九七九年に管区内の大巖山で実際に北朝鮮工作員の浸透事案を経験するなど、朝鮮戦争後も繰り返し交戦を経験してきた最前線部隊である。
記録 183 韓国・軍事技術史
側面のクランクハンドルを回すことで内蔵の磁石発電機が交流電流を発生させ、有線でベルを鳴らす旧式の通信機。電池が切れても外部電源がなくても使用でき、堅牢な金属筐体を持つことから、半世紀以上にわたり前線部隊で使用され続けている。
記録 184 ベトナム・民間信仰
ベトナムの祖先崇拝では、死者の魂は肉体を離れても生者のそばで生き続けると考えられている。夢の中に現れる死者は、しばしば危険を知らせたり、伝言を託したりする存在として受け止められ、意味のない夢とは区別されてきた。
記録 185 ベトナム・民間信仰
ベトナムの民間信仰には「クン・コー・ホン(cúng cô hồn)」と呼ばれる、身寄りのない彷徨える魂への供物の風習がある。家の中で名を呼ばれなくなった死者を孤独にしないための行為とされ、旧暦七月を中心に各家の軒先で供物を見かけることができる。
記録 186 ブラジル・現代UFO史
一九六三年八月二十八日、ベロオリゾンテのサグラダ・ファミリア地区で三人の少年が目撃したとされる球状飛行物体と単眼の人型存在の事件。証言は一九六五年の地元紙報道を経て民間調査団体による聴取を受け、目撃者の一人は二〇一八年にも同じ体験を語っている。
記録 187 ブラジル・現代UFO史
一九六〇年代のブラジルで活動した未確認飛行物体の民間調査団体。目撃者への聴取や現場検証を通じて報告書を作成したが、物的証拠による実証には至っておらず、資料の多くはUFO研究者コミュニティの内部記録に依拠している。
記録 188 インドネシア・植民地史
一八三〇年にオランダ植民地政府が導入した強制栽培制度(カルチュール・ステルセル)のもと、ジャワ島には砂糖生産のための巨大な製糖工場「パブリック・グラ」が各地に建設された。制度廃止後も民間資本による工場経営が続き、現存する工場の多くは今も稼働期になると当時の蒸気機関を動かしている。
記録 189 インドネシア・ジャワ民間儀礼
圧搾期の開始前に行われるジャワの伝統儀礼。サトウキビの束を新郎新婦に見立てて婚礼行列を組み、水牛の頭などを供物として捧げ、悪霊を祓って操業の安全を祈願する。中国語の祖先供養儀礼「清明」に由来するとされる。
記録 190 マレーシア・スランゴール史
カラック・ハイウェイが一九七八年に開通する以前、クアラルンプールとパハン州ベントンを結ぶ唯一の幹線であった旧道。急カーブと街灯のなさから、現在も心霊スポットとして広く語られている。
記録 191 マレーシア・民間信仰
出産で命を落とした女性が変じるとされる、マレー半島を代表する怨霊。フランジパニの花の甘い香りの直後に腐敗臭が漂うことが接近の予兆とされ、バニヤンやカポックなど大樹に棲むと語り継がれている。
記録 192 アルゼンチン・民間伝承
アルゼンチンの平原地帯パンパには、名を呼んでも答えず、追っても距離の縮まらない正体不明の騎手にまつわる話が各地に伝わる。亡くなったガウチョ、事故死した旅人、死者を迎えに来る使者など、地方によって解釈は異なる。
記録 193 アルゼンチン・現代怪談史
この体験談の原投稿は現在参照が困難だが、後年制作された音声番組の紹介文に、年代・地域・目撃者の立場・複数目撃という基本的な概要が引き継がれている。一次資料が失われた体験談が、二次的な媒体を通じてのみ骨子を保っている例である。
記録 194 フィリピン・労働経済史
フィリピンは英語運用能力と人件費の優位性から、アメリカ向けコールセンター業務(BPO)の一大拠点となった。オペレーターは米国時間帯に合わせた夜勤に従事し、通話時間や対応品質を秒単位で評価する厳格な指標のもとで働く。過重な監視体制と労働負荷は現地の労働問題としても報告されている。
記録 195 スペイン・近現代史
二十世紀後半、スペインは農村人口のおよそ四割を失う大規模な人口流出(農村エクソド)を経験した。フランコ独裁政権下の工業化政策と沿岸部への観光開発がこれを加速させ、アラゴン、カスティーリャ・イ・レオン、カスティーリャ=ラ・マンチャなど内陸五州は、国土の過半を占めながら人口はわずか一割台にとどまる。
記録 196 スペイン・地理
スペイン国内には三千を超える廃村が現存するとされ、ガリシア州だけで二千、アストゥリアス州で八百以上を数える。機械化による農業の衰退や生活インフラの欠如が住民の離村を促し、中には物件として売買されている集落もある。廃屋が朽ちるに任された姿は、現地の怪談・都市探検双方の舞台となってきた。
記録 197 スペイン・近現代史
フランコ政権下の国立植民地化院(INC)は、灌漑事業などに合わせて二十七県に三百以上の新しい集落を造成し、五千を超える家族を入植させた。一方で、過疎や災害を理由に既存集落からの立ち退きが行政主導で執行された例も各地にあり、移転に応じない世帯との摩擦が記録されている。
記録 198 アイスランド・北欧民間信仰
アイスランドを含む北欧の民間信仰に伝わる「フィルギヤ」は、個人あるいは一族に付き従うとされる随伴霊で、人型や動物の姿を取るという。多くは守護的な存在として語られる一方、その出現がかえって危険や不幸の前触れとされる語りも同じくらい広く伝わっており、性格は一様ではない。
記録 199 ポルトガル・民間信仰
ポルトガル北部(ミーニョ、ドウロ、トラス・オス・モンテス地方)に多く見られる、煉獄の魂を弔うための石造りの小祠。鉄格子の奥に業火の中の魂を描いたアズレージョ(絵タイル)を据え、道行く人が小銭を投じて祈りを捧げる。「魂の同信会」と呼ばれる信徒組織が管理を担ってきた。
記録 200 ポルトガル・イベリア半島民間伝承
ポルトガル、ガリシア(サンタ・コンパーニャ)、アストゥリアスに共通して伝わる、煉獄の魂の行列にまつわる伝承。白い頭巾をまとった死者たちが蝋燭を手に村を練り歩き、その蝋燭は実は骨であるという。行列の前には冷たい風が吹き、蝋の溶ける匂いが立ち込めると語られる。
記録 201 ポルトガル・民間信仰
病気の治癒や危難からの解放を願い、聖地への巡礼を誓う「プロメッサ」の習俗。ミーニョ地方のサン・ベント・ダ・ポルタ・アベルタは国内有数の巡礼地で、塩や蝋の奉納物とともに、徒歩や裸足での巡礼という形で誓願を果たす信者が今も絶えない。
記録 202 北米・都市伝説
北米各地には、事故の多発や治安上の理由からコンクリート障壁や柵で封鎖され、地図の上でも通行不能となった旧道が点在する。封鎖の経緯が公的記録から曖昧にされている場合が多く、地元の若者の度胸試しの場、および心霊体験談の発生源になりやすい。
記録 203 北米・農村伝承
疾走しているのに足元の草木が揺れず、蹄の音も土埃も伴わない馬の幻影は、北米の農村部・牧場地帯で繰り返し報告される怪異の類型である。かつて牧場や騎兵の往来があった土地に多く伝わり、視覚情報と聴覚情報が一致しない点が体験者の恐怖を強めるとされる。
記録 204 北米・北欧の寒冷地伝承
一人で雪道や霜の上を歩いているはずが、自分の足跡の横にもう一列、正体不明の足跡が刻まれていくという体験談。北米・北欧の寒冷地に広く分布する類型で、見えない同行者、あるいは道連れにしようとする存在の気配として語られる。
記録 205 ポーランド・近現代史
一九四七年、ポーランド共産政権が実施した「ヴィスワ作戦」により、ビェシュチャディ山地一帯に暮らしていたボイコ人・レムコ人を中心とする少数民族およそ十四万人が、旧ドイツ領の西部・北部へ強制移住させられた。住民が去った村々は軍によって焼き払われ、地図から消滅した。
記録 206 現代の技術怪談
赤外線熱画像は本来、生体の体温分布のみを検出する工学的な計測手段である。それにもかかわらず、廃墟や事故現場でサーマルカメラが人型の熱源を捉えたとする報告が世界各地にあり、機材の記録映像には映らなかったという食い違いが、体験談に独特の不気味さを与えている。
記録 207 ポーランド・ビェシュチャディ民俗
ビェシュチャディ山地の伝統的なボイコ人家屋は、住居の下に石を積んだ半地下の貯蔵庫(ピヴニツァ)を備え、ジャガイモやビート、塩漬け肉を保管していた。家屋が焼き払われた後も、この石造りの構造だけは崩れずに残り、廃村跡の森の中に無数の窪みとして今も点在している。
記録 208 タイ・民間信仰
タイでは、破損した精霊の家(サーン・プラプーム)や地主神の祠(サーン・チャオティー)を、不吉を避けるためゴミとして処分せず、精霊が集まりやすい大木——特にガジュマルや菩提樹の根元に運んで遺棄する。こうして積み重なった場所は「祠の墓場」と呼ばれ、地域住民が近づくことを避ける忌避地となる。
記録 209 タイ・民間信仰
見知らぬ土地の寝床——ホテルや安宿、賃貸の部屋——に泊まる際、その場所に居着いているとされる先住の霊に対し「一晩借ります」という仁義を切り、金縛りを避けるために硬貨を供える民間の儀礼。硬貨は場所の権利を認める対価として扱われる。
記録 210 タイ・民間信仰
チューベローズ(月下香)はタイにおいて祝いの場では用いられず、遺体の腐敗臭を覆うために棺の周囲へ敷き詰められてきた、死と葬儀を象徴する花である。理由のわからない濃厚な花の香りが室内に漂うことは、不吉の予兆として語られる。
記録 211 韓国・軍事文化
軍事境界線に近い一般前哨(GOP)に配備された兵士は、標高の高い山岳地帯で昼夜を問わない警戒任務にあたる。使われなくなった旧哨所が視界不良や事故を理由に封鎖されたまま残されている例が各地にあり、そうした場所は兵士たちの間で閉鎖哨所のフォークロアの舞台となってきた。
記録 212 韓国・近現代史
一九五〇年から五三年の朝鮮戦争では、軍事境界線周辺の山岳地帯で数万人規模の死傷者を出す激戦が繰り返された。韓国国防部は非武装地帯に隣接する旧激戦地で戦没者遺骨の発掘事業を継続しており、身元不明のまま山肌に残された遺骨は今も発見され続けている。
記録 213 オランダ・ベルギー民俗
オランダおよびベルギー・フランデレン地域で古くから行われている、林間学校やスカウト合宿の夜の伝統行事。生徒は目隠しや遮光された車で土地勘のない森や原野に運ばれ、方位磁針と簡易な地図だけを頼りに宿泊先まで歩いて戻る。
記録 214 オランダ・ベルギー民間伝承
オランダおよびフランデレン地方の古い伝承にある、湿原や泥炭池から立ち上る霧の中に現れるとされる女の幽霊。旅人を惑わせ、泥炭の底へと誘い込むと語られてきた、低地の湿地帯特有の霧の民俗である。
記録 215 オランダ・ベルギー近現代史
第一次世界大戦中、ドイツ軍が中立国オランダと占領下ベルギーの国境およそ二百キロにわたって敷設した二千ボルトの高圧電流柵。難民や密輸業者、レジスタンスの越境を阻止する目的で設置され、休戦までにおよそ二千から三千人が感電死したとされる。休戦後ただちに全線が撤去された。
記録 216 フィンランド・民間信仰
フィンランド語で十一月を指す「マッラスクー」は、古語で死者・瀕死の者を意味する「マッラス」に由来する。古代フィンランド人はこの時期に収穫祭と祖霊祭「ケクリ」を執り行い、暗闇を彷徨う先祖の霊を迎え入れる準備をした。
記録 217 フィンランド・民間信仰
フィンランドにおいてサウナは古来、出産の場(産屋)であり、人が死んだ際にその遺体を清める洗屍(ルーミインペス)の神聖な空間でもあった。石を焼いて水を打つ蒸気(ロウリュ)は、単なる水蒸気ではなく人間の魂や生命力の息吹とみなされてきた。
記録 218 フィンランド・民間信仰
日没後、あるいは夜遅くにサウナへ入ってはならないという民間の禁忌。遅い時間のサウナは、サウナを守る精霊(サウナトントゥ)や、暗闇から湯浴みに訪れる死者たちのものとされ、大声や悪態も厳しく戒められてきた。
記録 219 英国・民俗
英国で中世から近代にかけて広く行われていた、暖炉や壁、床下、屋根裏などの建物の開口部に履き古した靴を隠す魔除けの習俗。ノーサンプトン博物館の「隠し靴インデックス」には、一九六〇年代から現在までに二千カ所以上、三千点を超える靴が記録されている。
記録 220 英国・デヴォン州歴史
中世、ダートムーア中央部の荒野に散在していた集落の住民は、聖別された墓地が置かれたリドフォードの教会まで、片道十二マイルを超える泥炭湿原を越えて遺体を運ばなければならなかった。この葬送路は「リッチ・ウェイ(死者の道)」と呼ばれ、悪天候の中で遺体運搬人自身が命を落とすことも珍しくなかったと伝えられる。
記録 221 北欧・現代怪談史
北欧圏の大規模な匿名掲示板には、投稿者が自身の身に起きたこととして書き残す心霊体験の専用スレッドが長年にわたり存在する。創作の投稿と区別するため、体験談スレッドでは実話であることを前提とした投稿規範が敷かれていることが多い。
記録 222 世界の家屋怪談
扉や窓を叩く音がしたのに、確認しても誰もいないという体験談は、世界各地の家屋怪談に共通して見られる類型である。建材の収縮音や配管の振動との判別が難しく、体験者自身が音の発生源を誤って記憶する場合もあるとされる。
記録 223 ロシア・シベリア地理
ロシア極北・シベリアには、冬季にのみ現れる季節限定の輸送路「ジムニク」が広がる。押し固めた雪と凍結した河川の上を走るだけの道で、鉄道の通わない油田や鉱山町にとって、冬の物資輸送を支える唯一の動脈となっている。
記録 224 ロシア・近現代史
ロシア極北には、旧ソビエト時代の強制収容所(グラグ)の支所跡や、打ち捨てられた地質調査隊の宿営地が点在する。厳しい寒さの中で力尽きた無数の名もなき人々の記憶が、開発の進んだ現代でも冬道沿いの体験談として語り継がれている。
記録 225 ロシア・輸送技術
軽油に含まれるパラフィン成分は、極低温下で結晶化し、燃料フィルターや配管を目詰まりさせて走行不能を引き起こす。極北用の軽油や燃料ラインヒーターで対策されているが、氷点下四十度を下回る長時間の曝露では、それでも凍結が起きることがある。
記録 226 世界の幽霊譚類型
幽霊譚の中には、その姿がまるで生きている人間であるかのように、恐怖も敵意も示さず日常の動作を繰り返すという類型がある。目撃者もまた、あとになって初めて違和感に気づくことが多く、対峙した瞬間には自然な挨拶や会釈を交わしてしまうことも珍しくない。
記録 227 フィリピン・ルソン島バギオ
一九〇八年、米国統治下のフィリピンで最初期の教師団「トーマサイト」の研修施設として開設。太平洋戦争末期には日本軍に接収されて野戦病院・捕虜収容所となり、一九九〇年のルソン島大地震でも周辺一帯が甚大な被害を受けた。現在も文部省の研修施設として使用されている。
記録 228 タイ南部・農業労働
天然ゴムは気温の下がる深夜から未明にかけて樹液の出が最も良くなるため、タイ南部の農家は日没後の暗闇の中、一人ずつゴム園に分け入って採取作業を行う。孤立した長時間の夜間労働という環境そのものが、この地方特有の怪異譚を育ててきた。
記録 229 タイ南部・民間信仰
タイ南部に伝わる伝統仮面舞踊劇ノラー(マノーラ)は単なる芸能ではなく、特定の血筋に伝わる祖霊信仰と一体化している。血を継ぐ者が定期的に奉納儀礼「ノラー・ロン・クロン」を行い誓願(ケー・ボン)を果たさないと、祖霊の祟りを受けると信じられている。
記録 230 ニュージーランド・オークランド史
オークランド近郊のハウィック歴史村は、十九世紀の実際の建物を移築・再現した野外博物館である。プヒヌイ・ハウスは一八六一年に建てられた住居で、一九八〇年代に五分割され、クレーンで運ばれて村内に再建された。人が暮らした痕跡をそのまま展示する形式が、独特の空気を生んでいる。
記録 231 フランス・ブルターニュ革命史
フランス革命期、ブルターニュなど西部諸県では、共和政への反乱「シュアヌリ」の戦闘員や、革命政府への宣誓を拒んだ聖職者が、協力者の民家の屋根裏や二重壁に作られた隠し部屋(カシュ)に潜伏した。胸に燃える心臓の紋章「聖心(サクレ・クール)」の徽章を身につけることが、王党派側の信仰と忠誠の証とされた。
記録 232 イタリア・ポー平原建築史
ポー平原に点在する巨大な農家建築様式。居住棟・納屋・厩舎が中央の石畳の中庭(コルテ)を四方から囲む要塞状の構造を持ち、何世紀にもわたり小作農民たちの共同生活の場だった。戦後の農村過疎化により、その多くが廃墟として放置されている。
記録 233 イタリア・民間信仰
イタリアでは十一月二日前後を「死者の日」とし、煉獄をさまよう先祖の魂がこの世へ帰ってくると信じられてきた。家族はテーブルを片付けず、パンやスープ、ワインを残しておく風習があり、もてなしを怠ると死者が悲しみ家の暖かさを持ち去るとされる。
記録 234 イタリア・近現代史
第二次世界大戦末期、ポー平原の農家はしばしばパルチザン(対独遊撃隊)とその協力者である小作農家族の隠れ場所となった。密告により親衛隊やファシスト部隊の急襲を受け、住民ごと略奪・虐殺の対象となった農園が各地に記録されている。
記録 235 ルーマニア・民間信仰
ルーマニアの民間信仰におけるストリゴイは、貴族的な西欧の吸血鬼像とは異なり、未埋葬・異常死・弔いの不備によって歩く死者となった存在とされる。生前の家族のもとへ戻り、生気や家畜を奪うと信じられ、二十一世紀に入ってもなお農村部で信仰され続けている。
記録 236 ルーマニア・民間信仰
十一月二十九日から三十日の夜(聖アンドレイの前夜)、ルーマニアの農村では死者や悪霊が最も活発になると信じられ、窓枠や戸口、家畜小屋にニンニクを塗って結界を張る習俗(パジトゥル・ウストゥロイルイ)が今も残る。この夜は家を出ないという禁忌も広く共有されている。
記録 237 ルーマニア・近現代史
ルーマニアでは二〇〇〇年代に入ってもなお、親族の一人がストリゴイになったと信じた家族が墓を掘り起こし、心臓に杭を打つなどの伝統儀礼を実際に行った事例が複数記録されている。当局によって「死者の平穏を乱した罪」で摘発されたケースもあり、信仰と法の摩擦が今も続いている。
記録 238 米国・アパラチア産業史
二十世紀初頭、アパラチア山中には石炭会社が丸ごと運営する企業城下町(カンパニータウン)が無数に築かれた。採掘の危険な時代には落盤や爆発による集団災害が相次ぎ、閉鎖された坑口とともに放棄された集落が山中に今も点在している。
記録 239 インド・マハーラーシュトラ州道路史
マハーラーシュトラ州の国道六六号線に位置するカシェディ峠は、急カーブと濃霧による事故が相次ぐ難所として知られる。トラック運転手の間では、生肉や魚を積んだ車が狙われるという言い伝えが広く共有されている。
記録 240 インド・民間信仰
インド各地のトラックや店先の軒先に吊るされる、レモンと七本の青唐辛子を黒糸で編んだ魔除け。災いをもたらす視線(邪視)や悪霊を遠ざけるとされ、特に長距離輸送に従事する運転手の間で広く実践されている。
記録 241 インド・民間伝承
北インドを中心に広く伝わる女性の死霊チュレール(あるいはチュレル、ピチャル・ペリー)は、足の爪先が後ろを向いているという特徴で語られる。出産や虐待など理不尽な死を遂げた女性が化身するとされ、夜道で男を森へ誘い込むと信じられている。
記録 242 エジプト・民間信仰
エジプトの民間信仰では、家屋や土地には人間が住み着く以前からジン(幽精)の一族が共住しているとされる。物音や気配で存在を示す彼らは敵対的な悪霊ではなく、静けさと敬意を求める『その場所の古参の住人』として扱われる。
記録 243 エジプト・カイロ社会史
エジプトの集合住宅に古くから根づく門番兼管理人(バッワーブ)制度。住人の出入りの監視から清掃、雑用の代行まで担い、建物のあらゆる鍵と歴史を把握する、生活に不可欠な社会的役職として今も機能している。
記録 244 エジプト・アラブ圏民間習俗
水を流す、扉を開ける、暗い場所に踏み込む際などに『ダストゥール(お許しを)』と唱え、そこに潜むジンへ先に断りを入れるアラブ圏の民間習俗。共存する不可視の存在への敬意を示す、排除ではなく仁義の作法とされる。
記録 245 米国・ルート66沿線史
かつて合衆国東西を結ぶ大動脈だった国道六十六号線(ルート66)は、一九八〇年代の州間高速道路網の完全開通により、旧道沿いのモーテルや商店が一夜にして客足を絶たれ、無数のゴーストタウンを生み出した。
記録 246 米国・アリゾナ州ココニノ郡
アリゾナ州ココニノ郡の廃墟ツーガンズには、一九二〇年代のルート66黄金期に、旅行者向けにマウンテンライオンや毒ヘビを見世物にしていた私設動物園の石造りの檻が今も残っている。
記録 247 米国・アリゾナ州先住民史
一八七八年、キャニオン・ディアブロの洞窟に追い詰められたアパッチ族の戦士と家族四十二人が、ナバホ族の追撃隊によって入口を塞がれ、火と煙で窒息死したと伝わる事件。洞窟は後年「死の洞窟」と呼ばれ、遺骨が観光地化の過程で掘り起こされたことでも知られる。
記録 248 エジプト・農村労働
エジプトの農村では、政府が厳格に配分する農業用水の割り当てに従い、農民たちが深夜から未明にかけて古いディーゼル揚水ポンプで水路の水を汲み上げる「夜間灌漑(ライ・ライリー)」が今も行われている。
記録 249 エジプト・民間伝承
エジプトの民間伝承に伝わる、水路や運河のほとりに現れて通行人の名を正確な発音で呼びかける女の怪異。一度でも返事をすると水底へ引き込まれるとされ、農村では名を呼ばれても答えてはならないという禁忌が今も守られている。
記録 250 エジプト・国家インフラ史
エジプト政府が国家規模で推進する灌漑水路の近代化事業。土のまま放置され漏水や雑草に悩まされてきた無数の農業用水路の底と法面をコンクリートで覆い、水の輸送効率を改善することを目的としている。
記録 251 タイ・社会慈善史
行政の救急網が行き届かないタイにおいて、警察や正規の救急隊より早く事故・災害現場に急行し、負傷者の搬送や遺体の収容を無給で担う民間慈善救護団体。死者を弔うことで功徳(タムブン)を積むという仏教的な動機に支えられている。
記録 252 タイ・民間信仰
タイの民間信仰において、事故や事件など理不尽な暴力によって突然命を奪われた者の霊は「ピー・ターイ・ホーン」と呼ばれ、自らの死を理解していないまま強い怨念を残すと信じられている。
記録 253 タイ・民間儀礼
民間救護隊員が事故現場で遺体に触れる前に必ず唱える定型の言葉。死者を驚かせず尊厳を傷つけないための儀礼であり、現場の遺留品を私有してはならないという掟と並ぶ、隊員たちの絶対的な行動規範とされている。
記録 254 ブラジル・近現代史
一九六六年八月、ブラジル・ニテロイのヴィンテン丘で電子技術者二人が死亡しているのが発見された事件。現場には自家製とみられる鉛の仮面、空の水瓶、時刻と手順を記したメモが残されていた。翌年の再検査でメモの筆跡が被害者本人のものと鑑定されたが、死因は現在も確定していない。
記録 255 中国・チベット自治区ラサ市
ポタラ宮は紅山の急峻な岩肌を水平に均すため、山の斜面に沿って石壁を格子状に築き、その隙間に丸太の梁を渡す工法で建てられている。この結果生まれた無数の井戸状の地下空間は「地壟」と呼ばれ、地上の部屋数に匹敵する千二百箇所以上が現存するとされる。
記録 256 中国・チベット自治区
吐蕃王国時代、唐から迎えた文成公主が風水によってチベットの地形を占ったところ、高原全体が仰向けに倒れた羅刹女(スリンモ)の身体であることが分かったとされる伝説。手足や関節にあたる場所に寺院を建てて調伏し、心臓の位置にあたる紅山には最初の宮殿が築かれたと伝わる。
記録 257 中国・チベット自治区ラサ市
ポタラ宮の地下深くに、かつて重罪人を毒虫とともに投げ込んだという「蠍の牢窟(ディクパ・ツァン)」の伝説が語り継がれている。歴史学者は宮殿麓にあった旧チベット政府の司法機関の牢獄の記憶が誇張されたものだと見ているが、詳細を検証した記録はほとんど残っていない。
記録 258 ギリシャ・民間習俗
ギリシャ正教圏の農村では、埋葬から三〜五年後に遺体を掘り起こし、骨を赤ワインで清めてから小箱に収め、納骨堂(オステオフュラキオン)に安置する改葬儀礼(エクタフィ)が広く行われている。限られた墓地を循環させる現実的な要請と、土の重みから魂を解き放つという宗教的信念の両方に基づく慣習である。
記録 259 ギリシャ・民間信仰
ギリシャの民間信仰において、改葬の際に遺体の肉が腐敗せず残っていることは、生前の大罪が神に赦されていない証、あるいは破門された呪いを抱えたまま死んだ証とされる。そのような死者は夜になると墓を抜け出し生者を襲う「ヴリコラカス」になり得ると、農村部では今も広く信じられている。
記録 260 ギリシャ・近現代史
一九四六〜一九四九年のギリシャ内戦では、政府軍と共産主義勢力の民主軍(DSE)が山間の村々を舞台に凄惨な報復を繰り返し、時には家族や隣人同士が敵味方に分かれて密告や殺害に及んだ。当時の傷跡は今も多くの山村で公然と語られることのない記憶として残っている。
記録 261 スリランカ・農園社会史
スリランカの紅茶農園には、英国植民地時代の管理階級がそのまま職制名として残っている。大旦那を意味する「ペリヤ・ドライ」、若旦那・副支配人を意味する「シンナ・ドライ」、家政を取り仕切る執事「アプ」など、独特の呼称が今も現場で使われ続けている。
記録 262 スリランカ・民間信仰
スリランカの民間信仰では、鉄そのものと酸味を持つライム(デヒ)が悪霊(ヤッカ)の侵入を防ぐ強力な魔除けとされる。特に軍神カタラガマの神聖な鉄槍ヴェールを象った小型の護符は、悪霊祓いの現場で今も実際に用いられている。
記録 263 スリランカ・民間儀礼
シンハラの伝統儀礼トヴィルは、木彫りの仮面を被った呪術師(カプラール)が両面太鼓を打ち鳴らし、松明と呪文によって悪霊を調伏する夜通しの儀式である。カタラガマ神への祈願を中心に、地域ごとに異なる形式で今も農村部を中心に実践されている。
記録 264 ノルウェー・生活文化
電気や水道の通らない簡素な山小屋(ヒュッテ)に週末ごとに籠もり、薪ストーブと共に自然の静寂に身を置くことは、ノルウェーで広く実践される国民的な文化とされる。都市生活からの意図的な断絶そのものが、休息の一形態として尊重されている。
記録 265 ノルウェー・民間伝承
ノルウェーの民間伝承に伝わる「先行する霊(ヴァルドーゲル)」は、本人が到着する前にその足音や物音だけが先に聞こえてくるという現象。ドッペルゲンガーに似るが敵意はなく、日常のありふれた予兆として長年語られてきた。
記録 266 ノルウェー・中世史
十四世紀の黒死病(スヴァルテダウデン)はノルウェーの人口の大部分を奪い、山間の農場や放牧小屋(セーテル)の中には住人が絶えて丸ごと放棄されたものが数多くあった。そうした「エデゴール(見捨てられた農場)」は今も国内各地の地籍図にその痕跡を残している。
記録 267 台湾・デジタル民俗
台湾の大学生・若年層向けSNS「Dcard」の靈異板には、老舗掲示板PTTと比べて、地方出身の学生や新社会人が直面する生活苦と直結した賃貸トラブルの体験談が集まりやすい傾向がある。家賃の安さと引き換えに危険を負う若者たちの生活実態がそのまま反映された掲示板といえる。
記録 268 台湾・都市社会問題
台湾の大都市圏では、家主が古い集合住宅を薄い乾式壁で細かく区切った「分租套房」を安価に貸し出す商慣行が広がっている。前住人の自死・変死を安価なリフォームで隠蔽したまま貸し出す「凶宅」問題は、家賃高騰にあえぐ若年層を狙う社会問題として繰り返し報じられている。
記録 269 台湾・民間信仰
台湾の民間信仰では、粗塩と生米(粗鹽白米)を悪霊に撒くことで急場の魔除けとする習俗が広く伝わる。死者の帳簿を司る司法神・城隍爺を祀る城隍廟の護符とあわせて持たされることが多く、実家を離れる若者に親が持たせる定番のお守りとされている。
記録 270 台湾・デジタル民俗
台湾大学のサーバーを拠点とする電子掲示板PTTのmarvel板は、投稿を「経験」と「創作」タグに厳格に分けて運用する、四半世紀にわたり中華圏全土から読まれ続けているオカルト専門コミュニティである。
記録 271 台湾・彰化県沿海部
台湾で最も恐れられている除霊の神事のひとつ。首を吊って自死した者の怨念が宿る縄と梁を切り取り、道士が先導して海辺まで運んで焼き払う。沿道の住民は門戸を閉ざし箒を立てて息を潜め、隊列に出会った者は振り返らず最後尾について海まで歩かねばならないとされる。
記録 272 台湾・道教儀礼
道士が自らの肉体に道教の神・鍾馗を降臨させ、隈取りと官帽、七星剣で死霊を威嚇する神聖にして危険な儀礼舞踊。送肉粽のような大がかりな除霊の現場で、死者の怨念を直接制圧する役目を担う。
記録 273 リトアニア・信仰芸術
リトアニアの木彫り十字架文化(クリジディルビーステ)はユネスコ無形文化遺産にも登録される独自の信仰芸術で、右手を頬に当て項垂れる「ルーピントエリス(憂い顔のキリスト)」が好んで彫られる。異民族の侵略やソ連占領を耐え忍んできた民族の痛哭を象徴する像とされる。
記録 274 リトアニア・民俗行事
十月末から十一月初頭、リトアニア全土で行われる死者追悼の祭り。人々は先祖の墓地にガラス入りの蝋燭を無数に灯し、生者と死者の境界が消えるとされるこの夜、死者の魂(ヴェーレ)が森や家へ帰ってくると信じられている。
記録 275 リトアニア・近現代史
第二次世界大戦後、ソ連の再占領に抵抗して千九百五十年代初頭まで森林地帯に潜伏し続けた反ソ・ゲリラ「森の兄弟(Miško broliai)」。地下に秘密の壕(バンカー)を掘り、圧倒的な戦力差の中で多くが投降を拒み命を落とした、リトアニア近現代史の記憶である。
記録 276 メキシコ・民間習俗
メキシコの幹線道路には、交通事故の犠牲者を弔う小さな祠や十字架(カピージャ)が無数に並ぶ。ドライバーたちはグアダルーペの聖母や旅の守護聖人サン・ユダ・タダイのメダイに祈りを捧げ、無言で十字を切って通り過ぎる習俗が根づいている。
記録 277 メキシコ・バハカリフォルニア州
バハカリフォルニア州の峠道ラ・ルモロサは、太平洋からの気流と砂漠の熱風が衝突する地形にあり、巨大な花崗岩の隙間を抜ける風が人の呻き声のような鳴動音を絶え間なく響かせる。先住民クミアイ族の間でも古くから精霊の声として畏怖されてきた。
記録 278 メキシコ・現代伝承
ラ・ルモロサの峠で転落死したトラック運転手(トロケーロ)が、生きているドライバーに家族への手紙を託そうとするという都市伝説。夜間にこの区間を走った運転手の車両に、正体不明の手紙や手形が残されていたという体験談が現地コミュニティで語り継がれている。
記録 279 オーストラリア・クイーンズランド州北部
ヤングバラという地名は、先住民ヤディニ(Yidinji)の言葉「janggaburru」、すなわちクイーンズランド・シルバーアッシュ(Flindersia bourjotiana)の木を指す語に由来する。この高原一帯には入植以前から、ヤディニやナジャンジをはじめ複数の先住民集団が暮らしていた。一九一〇年に鉄道が通ったとき、駅名として採用されたことで町の名となった。土地の名前は、入植以前の暮らしを今に伝える数少ない痕跡のひとつである。
記録 280 オーストラリア・クイーンズランド州北部
アサートン高原の一帯は、一八八六年に測量され、一八九一年に入植者が入った。入植者は約四十エーカーの区画を受け、密林を切り倒して焼き払い、板壁の小屋を建て、樹皮や木片で屋根を葺いた。一九一〇年に鉄道が通るまで、物資の運搬には大きな苦労が伴った。その後、この高原は酪農地帯として知られるようになり、農場の隅に放棄された開拓期の建物や境界の痕跡が残されていることもある。
記録 281 オーストラリア・クイーンズランド州西部
クイーンズランド州西部のボウリア周辺で語られる、夜の平原に現れて旅人についてくる、あるいは誘うように揺れる光。一八九〇年代初頭にミンミン・ホテル裏の墓の上に光が見えたという報告が伝わり、一九一八年には牧童による目撃談も残る。地元では死者の霊の灯りと語られてきた。科学的には、冷たい空気の層が暖かい層の下に閉じ込められて生じる光の屈折(逆転した蜃気楼)で説明する仮説などがある。なお、本作の舞台のアサートン高原はこの現象の報告地域ではなく、物語は「灯りに導かれる」という共通のモチーフを借りている。
記録 282 中国・陝西省
二〇一八年七月末、中央の指示を受けて、陝西省西安市の秦嶺北麓で違法に建てられた別荘の一斉整理が始まった。同年十一月初めまでに、確認された一千百九十四棟のうち一千百八十五棟が取り壊され、九棟が没収されて公共用途に転用された。跡地では植林などの生態回復が進められた。建てたのは国内の事業者や個人であり、ネット上で語られた「外国の術者の陰謀」とは関係がない。本稿の抱石峪村と、そこに建っていた別荘群は創作である。
記録 283 中国・インターネット民俗
「九菊一派」は、日本の邪術集団が風水で中国の龍脈を断とうとしている、とネット上で語られる名前である。一般には、一九九〇年の香港映画『驅魔警察』(林正英主演)に登場する架空の日本の術者集団に由来するとされ、日本の陰陽道にそのような流派は存在しない。各地で「日本人が打った鎮龍釘」と騒がれた鉄杭の多くも、測量標識などだと説明されている。秦嶺の別荘整理の際には、別荘群が「風雷七十二針」の陣だったという話が動画や投稿で広まった。
記録 284 中国・インターネット民俗
中国のネット上で、超常現象や人体の「特異功能」、未確認生物を密かに調べる国家機関として語られる名前。一九八〇年代の特異功能ブームの噂と結びつけて語られることが多いが、実在を示す公的な記録は確認されていない。二〇二〇年代には「749局档案」「退職職員の口述」と題した創作がショート動画や投稿サイトで量産され、二〇二四年には同名の映画も公開された。
記録 285 中国・上海/インターネット民俗
二〇一七年九月十五日、上海・陸家嘴の空で人影が雷に打たれる十秒ほどの動画が拡散し、「誰かが渡劫している」と話題になった。同日夜、上海の地元メディアと上海警察の公式微博「警民直通車」が、手機ゲームの約三十秒の創作広告から後半を切り落としたものだと説明している。その後、渡劫したのは長白山出身の大蛇の化身「王逸」だった、749局が出動した、内丹を奪われた、といった後日談が何年にもわたってネット上で書き足されていった。王逸という人物の実在は確認されていない。
記録 286 中国・上海
石庫門は、十九世紀後半から上海で建てられた、石の門枠と煉瓦壁を持つ連棟式の住宅で、これが並ぶ路地を弄堂と呼ぶ。台所の上、階段の途中に設けられた北向きの狭い小部屋を「亭子間」といい、安い家賃で貸し出され、一九二〇〜三〇年代には無名の文筆家たちが住んだことから「亭子間作家」という言葉も生まれた。二〇〇〇年代以降、多くの石庫門が再開発で取り壊されている。
記録 287 フランス・ルシヨン地方
一六五九年のピレネー条約により、それまでスペイン王国に属していたルシヨン地方はフランス王国へ割譲された。中心都市ペルピニャンは、十三〜十四世紀にはマヨルカ王国の都でもあった、カタルーニャ語の町である。条約の翌年には王の名のもとにルシヨン最高評議会が置かれ、統治の仕組みも言葉も変わっていった。いまも旧市街の通り名の表示や祭りには、カタルーニャ語が残る。
記録 288 フランス・ペルピニャン
ペルピニャン旧市街のフォワ通りでは、一六六一年十二月、若い貴族女性テレサ・ド・ベアルンの恋人だった向かいの屋敷の主が中庭で殺され、彼女が殺しを命じた疑いで翌年五月にロジュ広場で斬首された、という話が語られている。もう一人の恋人とされる修道士は逃げ、彼女は最後まで無実を訴えたという。街歩きのガイドや地元の読み物で語られる伝承で、本稿では裁判記録などの一次史料は確認できていない。
記録 289 フランス・ペルピニャン
ペルピニャンのサンシュ信心会(カタルーニャ語で「血」の意)は、一四一六年、説教師ビセンテ・フェレールの勧めで生まれたとされる信徒団体で、死刑囚の最期に付き添って祈り、遺体を引き取って葬る役目を担った。いまも聖金曜日には、黒い長衣と尖り頭巾(カペルッチャ)をまとった会員たちが、キリストの受難の像を担いで旧市街を無言で練り歩く。先頭の一人だけが赤い頭巾をかぶる。
記録 290 ベトナム・現代社会
ベトナムでは二〇二〇〜二〇二一年、感染が確認されるたびに村や地区の単位で道が封鎖され、学校は長く休校になった。二〇二一年夏の第四波では北部の各地で移動が厳しく制限され、通行証なしには省をまたげない時期が続いた。農村部の学校には、遠方から赴任した教員が暮らす「公務宿舎(nhà công vụ)」があり、封鎖の間、帰省できずにそこへ留まった教員もいた。本稿の学校と村は創作である。
記録 291 ベトナム・民話
ベトナムで誰もが知る昔話「Ăn khế trả vàng」。欲深い兄に財産を取られ、スターフルーツの木一本だけを分けられた弟のもとに、実を食べに大きな鳥がやって来る。鳥は実の代わりに、手のひら三つ分の袋を縫わせて金の島へ連れて行き、弟を豊かにする。それを知った兄は木を奪い、大きな袋を縫って欲張ったため、帰り道に海へ落ちてしまう。欲をかかず、分を守ることを説く話として語り継がれている。
記録 292 ベトナム・民間療法
ベトナムでは、急な悪寒や頭痛、だるさを「風に当たった(trúng gió)」と言い、油や軟膏を塗った肌を硬貨の縁やスプーンで強く擦る「カオゾー(cạo gió)」が広く行われてきた。擦った跡には赤黒い筋が浮かび、その濃さで「悪い風」の強さを測るとも言われる。中国の刮痧と同系統の療法で、医学的な効果は確かめられていない。
記録 293 台湾・新北市平渓区
台湾北部、基隆河上流の平渓一帯は、日本統治時代から石炭の産地だった。一九一八年、顔雲年と藤田組が臺北炭礦株式會社(のちの台陽礦業)を設立し、一九二一年には石炭を運ぶための私設鉄道が開通した。これが現在の台鉄平渓線である。戦後も炭鉱の谷として栄えたが、一九八〇年代の相次ぐ炭鉱事故と輸入炭に押されて衰え、一九九〇年代には沿線の炭鉱がすべて閉山した。いまは菁桐駅の木造駅舎や選炭場の跡、元宵節の天灯上げで知られる観光地になっている。
記録 294 台湾・民間伝承
魔神仔(モーシンアー)は、台湾の民間伝承で、山や水辺に棲むとされる小さな存在。人、とくに老人や子供を迷わせて山の中へ連れ去り、見つかった人は口や耳に草や土、虫を詰められているのに、ごちそうを食べていたと思い込んでいる、と語られる。行方不明になった人が数日後に無事で見つかる出来事が、しばしば「魔神仔に連れて行かれた」と説明されてきた。人類学者の林美容らが各地の体験談を集めて研究している。
記録 295 台湾・民間信仰
台湾では、祀ってくれる子孫のいない死者の霊を、恐れと敬意をこめて「好兄弟(ホーヒャンティー)」と婉曲に呼ぶ。事故や災害で多くの人が亡くなった場所、廃墟、危険な坑口などには、法師や道士が朱で書いた黄色い紙の符が貼られ、霊を鎮め、人が近づかないよう戒めることがある。旧暦七月の中元(鬼月)には、廟や家々で好兄弟への供物を並べる普渡が行われる。本稿の坑口の符と法師の儀式は創作である。
記録 296 アメリカ・ウィスコンシン州
ウィスコンシン州のドア郡という名は、半島の先端とワシントン島の間の海峡に、フランス人が「Porte des Morts(死者の門)」と名づけたことに由来する。十七世紀、先住民の部族間の争いで多くのカヌーがこの海峡で沈んだという伝承が、初期のフランス人探検家によって誇張されて伝えられたものとされる。その後も荒れやすい海峡として多くの船が難破した。海峡の向こうのワシントン島には、白い石灰岩の丸石だけでできた浜があり、持ち帰ることは禁じられている。
記録 297 アメリカ・ウィスコンシン州
ウィスコンシン州ドア郡など五大湖の北欧系移民の多い土地に伝わる料理。屋外の大鍋で、湖で獲れたホワイトフィッシュとジャガイモを塩の湯で煮て、最後に火へ灯油を注いで炎を高く上げ、鍋を一気に吹きこぼれさせる(ボイルオーバー)。浮いた魚の脂が泡とともに流れ出る。十九世紀末に北欧からの移民がもたらしたとされ、一九六〇年代から観光の名物になった。
記録 298 オランダ・北ブラバント州
オランダ南部、北ブラバント州のメイエライ地方(ベスト、シント=オーデンローデ、スハインデル、リンプデなど)は、柔らかな土にポプラがよく育つため、十九世紀から農家の冬の副業として木靴(クロンプ)づくりが盛んだった。ポプラの丸太を割り、専用の刃物でくり抜いて削り出す。ベストには、この手仕事の道具や写真を集めた木靴博物館がある。
記録 299 オランダ・北ブラバント州
一九四四年九月十七日、連合軍はオランダ南部で大規模な空挺作戦「マーケット・ガーデン作戦」を始めた。アメリカ第百一空挺師団はソンやフェーヘルの周辺に降下し、アイントホーフェンからフェーヘルにかけての橋と街道を確保しようとした。ソンの運河の橋はドイツ軍に爆破され、北へ延びる一本の街道はたびたびドイツ軍の反撃で断ち切られたため、兵士たちから「地獄のハイウェイ」と呼ばれた。この一帯は同年秋に解放されたが、その前後の数週間、周辺の村々は戦場になった。本稿の村と、そこでの出来事は創作である。
記録 300 オランダ・北ブラバント州
カトリックの信仰が根づいたオランダ南部の北ブラバント州やリンブルフ州では、四旬節(復活祭の前の四十日間の節制の期間)が始まる直前の日曜から火曜にかけて、カーニバルが盛大に祝われる。人々は仮装して通りや酒場を練り歩き、町や村はこの三日間だけ別の名前で呼ばれることもある。「上のほう(北部)」のプロテスタントの土地とは違う、南部の文化の象徴とされる。
記録 301 韓国・民間信仰
韓国では、家を建てる土地(터)にはそれぞれ性質があり、気が強すぎる土地に人が住むと病や不和、事業の失敗などの災いを招く、と語られてきた。これを「터가 세다(土地の気が強い)」という。風水の考え方と、土地そのものに宿る神「トジュ(터주)」への信仰が混ざり合ったもので、家を建てる前にムーダン(巫堂)や風水師に土地を見てもらう人もいる。
記録 302 韓国・民間信仰
韓国で、家や店を建てるとき、開業するとき、新しい車を買ったときなどに行われる簡素な祈りの儀礼。茹でた豚の頭や餅、果物を供え、豚の口や耳にお札を差し込み、マッコリを撒いて、家の守り神や土地の神に無事を願う。ムーダンを招いて行う大がかりな儀礼「クッ(굿)」とは別のもので、いまも工事現場や会社の開業式で見かけることがある。
記録 303 韓国・現代史
一九九七年、アジア通貨危機が韓国に及び、韓国政府は十二月に国際通貨基金(IMF)に緊急融資を求めた。韓国ではこれを「IMF事態」と呼ぶ。大企業の破綻や中小企業の連鎖倒産で失業者が急増し、多くの家庭が職や家を失った。共働きや長時間労働で、子供が学校から帰っても家に誰もいない家庭が増えたのもこの頃とされる。
記録 304 韓国・民間信仰
眠っているあいだや目覚めぎわに、意識はあるのに身体が動かず、胸を何かに押さえつけられるような体験を、韓国語では「가위눌림(カウィヌルリム)」という。「가위」は鋏の意味だが、夢に現れて人を押さえつける存在を指す言葉だったとも言われる。医学的には睡眠麻痺として説明されるが、韓国でも霊的なものと結びつけて語られることが多い。
記録 305 エジプト・上エジプト
エジプトでは古代の遺物を許可なく発掘・売買することは法律で固く禁じられているが、ソハーグ、ケナ、ルクソール、アスワンなど上エジプトの村々では、自宅の床下や敷地を掘って古物を探す違法な発掘が後を絶たない。二〇二〇年、新型コロナで観光業の仕事が失われた時期にはこうした発掘が急増したと報じられ、深い穴を支えもなく掘ったために家が崩れて死傷者が出る事故も起きている。掘っても、ほとんどの場合は何も出てこないという。本稿の村と家族は創作である。
記録 306 エジプト・民間信仰
エジプトの民間信仰では、地下に埋められた宝には「ラサド(رصد)」と呼ばれる番人——ジンなどの霊——が付いていて、正しい手順を踏まずに掘り出すと、掘った者やその家族に災いが降りかかると語られる。宝を掘ろうとする人々は、ラサドを「開く」と称するシェイフを雇うことがあり、高い謝礼や、ときに動物の血を求められるという話も伝わる。こうした行いは、イスラムの教えの上でも戒められている。
記録 307 エジプト・現代伝承
古代エジプトの墓を暴いた者に災いが降りかかるという「ファラオの呪い」は、一九二二年のツタンカーメン王墓の発見と、翌年、発掘を支援したカーナヴォン卿が亡くなったことをめぐる新聞報道で世界に広まった言葉である。発掘に関わった人々の多くは長生きしており、統計的な裏付けはない。それでもこの言葉は、墓や遺物にまつわる不運を説明する言い回しとして、エジプトの村でも使われている。
記録 308 ブラジル・民間信仰
ウンバンダは、二十世紀初めにブラジルで形づくられた宗教で、アフリカ由来の信仰、カトリック、先住民の信仰、カルデック派の心霊主義が混ざり合っている。信者は「テヘイロ」と呼ばれる集会の場に集まり、太鼓(アタバキ)と歌(ポント)に合わせて、霊媒の身体に先住民の霊カボクロや、年老いた黒人の霊プレト・ヴェーリョなどの「導き手」を迎え、人々の相談に乗る。テヘイロの長はパイ・ジ・サント(あるいはマイン・ジ・サント)と呼ばれる。ブラジルでは今も、アフリカ系の宗教の信者やテヘイロが、差別や嫌がらせの対象になる問題が続いている。
記録 309 ブラジル・民間信仰
ウンバンダやブラジルの民間の信仰では、霊媒が手や、アフーダ(ヘンルーダ)やギネーなどのハーブの枝で、人の身体の上をなで下ろすようにして、まとわりついた悪い気を払う「パッセ」が行われる。粗塩や、ハーブを浸した水、香の煙も清めに使われる。霊の影響を受けやすい体質の人は「コルポ・アベルト(開いた体)」と呼ばれ、こうした清めをたびたび受けるとされる。
記録 310 ブラジル・民間信仰
ブラジルの民間の信仰では、誰かが悪意をもって他人に仕向ける呪いを「トラバーリョ・フェイト(仕掛けられた仕事)」などと呼び、家族の不和や失業、病が続くと、その原因として疑われることがある。名前を書いた紙や髪の毛、釘などを瓶や布に詰めて相手の家の近くに埋める、といった話が語られる。こうした話は、特定の宗教の本質としてではなく、人の妬みや争いをめぐる民間の語りとして受け止められるべきものである。本稿の包みとその中身は創作である。
記録 311 アルゼンチン北西部
アルゼンチン北西部のトゥクマン州、フフイ州、サルタ州は、十九世紀の終わりから製糖業で栄えた。サトウキビの刈り入れと製糖の季節「サフラ」はおよそ五月から十一月までで、かつては周辺の山村や先住民の村から大勢の季節労働者が集められ、家族ぐるみで畑に入った。サフラの合間の季節には、止まっている機械や畑を見張る夜番(セレーノ)が置かれる。
記録 312 アルゼンチン北西部
北西部の製糖所では、長く過酷な労働が続き、労働者は組合(FOTIA など)を通じて権利を求めてきた。一九六六年には軍事政権のもとでトゥクマン州の製糖所の多くが閉鎖され、多くの人が職を失った。一九七六年七月には、フフイ州の製糖の町で停電が起こされた夜に、労働者や住民が大勢連れ去られる事件(「停電の夜」)があり、その多くは戻らなかった。こうした記憶が、エル・ファミリアールの伝説と重ねて語られることもある。
記録 313 アルゼンチン北西部
アルゼンチン北西部の製糖所に伝わる伝説。製糖所の持ち主が悪魔と契約し、その見返りに毎年、働く者を一人差し出すという。差し出された者を喰らう「ファミリアール」は、赤い目の大きな黒い犬の姿、あるいはつばの広い帽子をかぶった背の高い黒い男の姿で現れ、鎖を引きずる音がするとされる。消えたのはいつも待遇に声を上げた労働者だった、とも語られ、研究者は、過酷な労働と人々の「消失」を説明し、労働者を従わせる働きをしてきた物語だと論じている。本稿の製糖所は架空であり、実在の企業や一族についての主張ではない。
記録 314 アルゼンチン北西部
ファコンは、アルゼンチンやウルグアイの草原のガウチョが腰に差してきた大型のナイフで、農作業にも日々の暮らしにも使われてきた。北西部の言い伝えでは、エル・ファミリアールには銃弾が効かないが、ナイフの刃を十字の形に構えて掲げると退けることができるとされる。ナイフと十字架を重ねて悪いものを退けるという考え方は、中南米の民間の信仰に広く見られる。
記録 315 ケニア西部
ケニアでは、畑仕事で忙しい家庭や、学校から遠い村の子供たちのために、小学校の低学年から寄宿舎に入ることが珍しくない。寄宿生は、着替えや教科書、日用品をしまう鉄の衣装箱(メタルボックス、トランク)を一人一つ持って入寮するのが習わしで、箱には南京錠を掛け、名前をペンキで書く。農村の学校では停電が多く、懐中電灯は子供たちの必需品である。
記録 316 ケニア西部
ケニア西部を中心に、ウガンダやタンザニアの一部でも語られる言い伝え。昼間はふつうの隣人として暮らしている人が、夜になると抑えがたい衝動に駆られて外へ出て、家々の扉を叩き、トタン屋根に砂や小石を投げ、木を揺すり、動物の鳴き声をまね、夜道の人を追いかけるという。ルオ語では「ジャジュオク」などと呼ばれ、魔術と結びつけて語られてきた。多くは親から受け継ぐ性質だとされる。危害を加えるより、人を怖がらせることが目的だと語られることが多い。
記録 317 ケニア西部
ケニアでは、ナイト・ランナーだと疑われた人が、近所の人々に家を壊されたり、暴力を受けたりした例が、一九九〇年代の新聞にも記録されている。研究者は、この言い伝えが魔術への恐れと結びつき、特定の人への疑いや排除を生んできたことを論じている。一方、二〇〇〇年代には、ナイロビの新聞に「Night Runner」という名のコラムが載るなど、都会では夜遊びをからかう言葉としても使われるようになった。
記録 318 イタリア・地形と災害
イタリアは欧州で最も地すべりの多い国の一つで、国の地すべり台帳には数十万件が記録されている。とくにバジリカータ州やカラブリア州の粘土質の丘陵では、雨に削られた白く不毛な浸食地形「カランキ」が広がり、冬の長雨のあとに斜面が崩れることが多い。バジリカータ州のクラーコでは、一九六〇年代からの地すべりで住民が麓へ移り、旧市街が廃墟として残された。
記録 319 イタリア南部・移牧の道
南イタリアのアペニン山脈一帯には、夏は山の牧草地へ、冬は平地へと羊の群れを移す移牧の道「トラットゥーロ」が網の目のように残る。広いものは幅百メートルを超え、何世紀にもわたって羊飼いと群れが行き来した。移牧の習わしは二〇一九年にユネスコの無形文化遺産に登録されたが、多くの道はいまでは農道や草地となり、忘れられつつある。
記録 320 イタリア・民間信仰
イタリアでは、羊膜を頭にかぶったまま生まれた子を「シャツを着て生まれた(ナート・コン・ラ・カミーチャ)」と言い、生涯幸運に恵まれるとされてきた。この言い回しは今も「運のいい人」を指す日常語として使われる。南部を中心に、そうした子は災いを予感したり、死者の知らせを受け取ったりする力を持つ、という言い伝えも残る。
記録 321 台湾・民間信仰
台湾では、ひどく驚いたあとに眠れない、ぼんやりする、子供が夜泣きをやめない、といったとき、魂の一部が体から抜け出たと考え、廟で「收驚(シウキン)」を受ける習わしがある。米を盛った茶碗を本人の衣服で包み、頭や体の上で揺らしながら神々の名を唱えて魂を呼び戻す方法がよく知られ、包みを解いたときの米の形で具合を占うこともある。
記録 322 マカオ・コロアネ島
マカオ南端のコロアネ島(路環)は、古くは漁村で、海賊の拠点にもなった。一九一〇年、海賊が子供たちを誘拐して身代金を求めた事件をきっかけに、ポルトガル軍が島の海賊を掃討し、これがマカオでポルトガル軍が戦った最後の戦いとされる。旧市街には天后、譚公、観音などを祀る清代の小さな廟が今も残り、石畳の路地と低い民家が漁村の面影を伝えている。
記録 323 台湾・民間信仰
台湾には、神ではなく、身元の分からない死者や無縁の霊を祀る「陰廟」がある。有応公や万善同帰と呼ばれるものが多く、行き倒れや戦乱、災害で亡くなった人々の遺骨を集めて祀ったことに始まる。人々は礼を尽くして参拝する一方、軽い気持ちで近づいたり、夜に訪れたりすることは避けるべきだ、と言い伝えてきた。
記録 324 香港・マカオ・広東
広東語圏の香港やマカオ、広東省では、旧正月の三日目(年初三)を「赤口(チェクハウ)」と呼ぶ。この日は口論や諍いが起きやすいとされ、親戚回りや年始の挨拶を避けて家で過ごす習わしがある。中国の暦の六曜の一つ「赤口」とも結びつけて語られ、今も年初三には人を訪ねない家が少なくない。
記録 325 ネパール・シェルパの信仰
エベレスト周辺のシェルパの人々はチベット仏教を信仰し、山そのものを神々の住まいとみなしてきた。登山隊は登攀を始める前に、ベースキャンプに石を積んだ祭壇「ラプソ」を築き、ジュニパーの枝を焚き、経文を刷った旗タルチョを張って、山の神々に安全を祈る儀礼「プジャ」を行う。エベレストには女神ミヨランサンマが住むとされ、今も多くの隊がプジャを済ませるまで山に入らない。
記録 326 世界・登山と探検の記録
極限状況に置かれた登山者や探検家が、そばに誰かがいるとはっきり感じ、助言や励ましを受けたと語る体験。南極探検のシャクルトンが、仲間と三人で山を越えたとき「四人目」がいたと書き残したことが知られ、二〇〇九年には作家ジョン・ガイガーがこうした証言を集めた本を出した。低酸素や疲労、孤独が脳に引き起こすものと説明されることが多いが、体験者の多くは、それが自分を生かそうとしていたと語る。
記録 327 ネパール・チベット文化圏
チベット仏教の文化圏では、人には「ラ」と呼ばれる魂、生命力が宿るとされる。ラはひどい驚きや恐怖、病によって体から離れてさまようことがあり、そうなると人は弱り、病みやすくなると考えられてきた。シェルパの人々のあいだにも、離れたラを呼び戻すための儀礼が伝わっている。
記録 328 モンゴル・近現代史
一九二四年に成立したモンゴル人民共和国では、一九三〇年代に宗教への締め付けが強まった。とくに一九三七年から三九年にかけての大粛清では、国じゅうの僧院の大半が閉鎖・破壊され、数多くの僧が逮捕・処刑された。同じ頃、党の宣伝員が地方を回って「霊も悪魔もいない」と説き、怪異の噂を広めることは迷信の流布として咎められた。
記録 329 モンゴル・民間信仰
モンゴル語のチョトゴルは、亡霊・悪霊・死者の魂を広く指す言葉。早すぎる死や非業の死、あるいは死後の道に迷ったために生まれ変われず、この世に留まった魂とされる。決まった姿や棲みかを持たず、草原の道にも廃屋にも町なかにも現れ、ポルターガイストのように物を動かすこともあると語られる。
記録 330 モンゴル・民間信仰
モンゴルでは、人がひどく驚いたり恐れたりすると、魂(スンス)が体から抜けてその場に残ることがあり、魂を失った人は生気をなくして病みやすくなると考えられてきた。抜けた魂はラマやシャーマンの儀礼で呼び戻す。現代の牧民のあいだでも、チョトゴルそのものより、それを恐れる心のほうが人を害する、怖がらなければ何も起きない、と語られることが多い。
記録 331 モンゴル・遊牧民の習俗
モンゴルの遊牧民のあいだでは、ゲルの入り口の敷居を踏むことは、その家の主と家を守るものを踏みつける無礼な行いとして、古くから強く戒められてきた。十三世紀にモンゴル帝国を訪れたヨーロッパの修道士も、宮帳の敷居を踏んではならないという掟を書き残している。今も客は敷居を跨いでゲルに入る。
記録 332 ギリシャ・クレタ島
クレタ島南西岸フランゴカステロで語られてきた現象。戦いの記念日のころ(五月末〜六月初め)の、湿度が高く風のない夜明け前、黒い服を着た武装した人影の列が聖ハラランボス修道院の跡から城塞へ進み、海に消えるという。名は「露の人々」の意。毎年見えるわけではなく、はっきり写った写真はないとされる。一八九〇年のトルコ兵、第二次大戦中のドイツ兵が見誤ったという言い伝えもある。蜃気楼説などがあるが、定説はない。
記録 333 ギリシャ・近現代史
一九四一年五月、ドイツ軍は大規模な空挺作戦でクレタ島に降下し、イギリス・ギリシャ軍と島民の激しい抵抗を受けながらも島を占領した。以後一九四五年まで続いた占領下で、スファキアなど山岳地帯は抵抗運動の拠点となり、島民は厳しい報復にさらされた。
記録 334 ギリシャ・近代史
ギリシャ独立戦争のさなかの一八二八年、エピロス出身の指揮官ハツィミハリス・ダリアニスは数百人の兵とともにクレタ島南岸のヴェネツィアの古城フランゴカステロに拠ったが、ムスタファ・パシャ率いるオスマン軍の大軍に攻められ、五月十七〜十八日の戦いで戦死した。亡骸は地元スファキアの人々が葬ったと伝わる。
記録 335 世界・気象と光の現象
海面の冷たい空気の上に暖かい空気の層が重なると、光が曲がって進み、遠くの景色が浮かび上がったり、伸び縮みしたりして見えることがある。地中海では、イタリアのメッシーナ海峡に現れる「ファタ・モルガーナ」がよく知られ、海の上に城や町が浮かぶと語られてきた。ドロスリーテスも、北アフリカの景色が映る蜃気楼ではないかと言われてきたが、確かめられてはいない。
記録 336 イラン・暮らしの習俗
イランの乾燥した都市や村では、夏の暑い夜、平らな屋根の上に絨毯や布団を出して眠る習わしが広く見られた。昼に熱をためた家の中を避け、夜風と星空の下で涼を取るためで、テヘランでも二十世紀の半ばまでは珍しくない光景だった。冷房が広まった今では少なくなったが、年配の人々の夏の記憶として語られる。
記録 337 イラン・民間信仰
イスラームの教えで、ジンは煙のない火から造られた、目に見えない存在とされる。イランの民間では、その名を口にするのを避けて「我らより良き者たち(アズ・マー・ベフタラーン)」と婉曲に呼ぶことがあり、夜の浴場、水場、廃屋、山などに住むと語られてきた。人を惑わすこともあれば、礼を尽くす者には害をなさないとも言われる。
記録 338 イラン・現代史
一九七六年九月十九日未明、テヘラン北部の市民から「空に光る物体がある」という通報が空港に相次ぎ、管制塔も確認。帝国空軍のF-4戦闘機二機が迎撃に向かい、接近すると計器や無線が止まり、離れると戻った、光の一部が分かれて地上へ降りたように見えた、と乗員は証言した。経過は米国防情報局の文書に残り、のちに公開された。木星の見誤り、機体の故障、流星群などの説明が出されたが、正体についての定説はない。
記録 339 イラン・現代史
一九七九年のイスラーム革命でパフラヴィー朝の王政は倒れ、イスラーム共和国が成立した。翌一九八〇年にはイラクがイランに侵攻し、戦争は一九八八年まで八年続いた。戦争の後半には、テヘランなどの都市もイラクのミサイルや空襲にさらされ、多くの市民が犠牲になった。この時期、国外へ移り住んだイラン人も多い。
記録 340 チリ・現代史
二〇一〇年二月二十七日、チリ中南部をマグニチュード八・八の大地震と津波が襲い、五百人以上が亡くなった。同じ年の八月には、北部アタカマのサン・ホセ鉱山で落盤事故が起き、地下七百メートルに閉じ込められた三十三人の労働者が、六十九日後に全員救出された。どちらの出来事も、その後長く、チリの人々の記憶に刻まれた。
記録 341 世界・目撃証言の研究
未確認の航空現象や不思議な存在を目撃した人々のあいだで、その瞬間にまわりの物音が消え、時間が止まったように感じた、世界から切り離されたようだった、と語られることが少なくない。イギリスの研究家ジェニー・ランドルズは、この感覚を『オズの魔法使い』にちなんで「オズ因子」と名づけた。その原因は分かっておらず、強い驚きによる心理的な現象と考える人も多い。
記録 342 チリ・現代
チリ民間航空局(DGAC)の下に置かれた「異常航空現象研究委員会(CEFAA)」は、空で起きる正体不明の現象の報告を、公的な機関として調べてきた。二〇一二年九月にサンティアゴの空軍施設で空軍の職員らが光の編隊を目撃した事例では、天文学者や物理学者、画像解析や心理学の専門家とともに約三年をかけて分析し、二〇一五年に、科学的な説明がつかないまま結果を公表した。
記録 343 中国・江西省
江西省南部の贛南(中心は贛州)は、福建・広東と境を接する山がちの土地で、客家の人々が多く暮らす。二十世紀にはタングステンの大産地となり、「世界の鎢都」とも呼ばれた。山の中に国営の鉱山とその町が点在する一方、ふもとの農村では、決まった日に立つ定期市「墟(シュー)」に、何十里もの山道を歩いて通う暮らしが長く続いた。
記録 344 中国・現代史
一九六〇年代後半から七〇年代の中国の農村では、自留地での栽培や副業、市での売買が「資本主義の尻尾」として厳しく制限された。そのなかで、庭先で飼う数羽の鶏の卵は、農家にとってほとんど唯一の現金収入となり、人々はそれを冗談まじりに「鶏の尻の銀行(鶏屁股銀行)」と呼んだ。
記録 345 中国・客家文化
客家の人々のあいだで歌い継がれてきた即興の歌。山仕事や山道の行き来のなかで、山から山へと呼び交わすように歌われた。一人で山道を行くときは、心細さを紛らわせ、獣を遠ざけ、近くにいる人に自分の居場所を知らせる役目もあったと言われる。恋の歌が多く、歌の始めや終わりに長く伸ばす掛け声を入れることがある。
記録 346 中国・江西省
古くから贛南の山に住むとされた、人に似た存在。宋代の類書『太平御覧』が引く古い地誌『輿地志』は、虔州(いまの贛州)の上洛山に木客が多く、人に似て人の言葉を話し、近づくと隠れる、木を伐って高い所に積み、人が品物を置いて立ち去ると取って代わりに木を置いていく、その取り引きは正直で欺かない、と記す。晋の郭璞の『山海経』注などには、この地方の山都・贛巨人の類が「よく笑う」ともある。山に住んだ先住の人々、猿の類、山の精など、正体には昔から諸説がある。
記録 347 フィジー・村の習俗
フィジーでは、胡椒の仲間の木の根を干して粉にし、水で揉み出した飲み物カヴァ(ヤンゴナ)を、木鉢タノアから椰子殻の杯ビロに汲んで回し飲む。客は根を差し出して村に挨拶し(セヴセヴ)、杯を受けるときは一度手を打ち、飲み干すと周りが「マザ(空になった)」と応じて手を打つ。夜ごとの車座は、村の話し合いや語らいの場でもある。
記録 348 フィジー・現代史
二〇一六年二月二十日、南半球の観測史上最も強い勢力でフィジーに上陸したサイクロン。最大風速は時速約二百八十キロに達し、フィジー全体で四十四人が亡くなり、約四万棟の家が壊れ、人口の約四割が被害を受けた。政府は非常事態を宣言し、夜間の外出を禁じた。本島北部・北東部や、コロ島、タヴェウニ島などの離島の被害が特に大きかった。
記録 349 フィジー・村の習俗
フィジーでは、人が亡くなると親族や近隣の村々が品物を携えて弔問に訪れる(レグレグ)。最も重い贈り物はマッコウクジラの歯タブアで、敬意・謝罪・願いごと・死者の送り出しなど、大事な場面で贈られる。喪には一定の期間があり、百日目の夜(ボンギ・ドラウ)に喪明けの集まりを開く習わしがある。
記録 350 フィジー・民間信仰
フィジーの伝統的な考え方では、祖先の霊(ヴ)は土地と一族を守るものとされ、死者の魂はしばらくのあいだ身近な場所にとどまると感じられてきた。悪い霊はテヴォロと呼ばれて恐れられるが、亡くなった身内をそう呼ぶことはしない。キリスト教が広く根づいた今も、こうした感覚は村の暮らしの中に残っている。
記録 351 デンマーク・コペンハーゲン
コペンハーゲンのノアブロ地区には、十九世紀の終わりから二十世紀の初めに、街に流れ込んだ労働者のために建てられた五〜六階建ての煉瓦の集合住宅が並ぶ。棟は中庭(ゴー)を囲み、各戸へはエレベーターのない木の階段室(オプゴング)で上がる。踊り場の明かりは押しボタン式で、しばらくすると自動で消える。いまは古くからの住人、学生、移民の家族が混ざって暮らす。
記録 352 デンマーク・民間信仰
デンマーク語で、死んだあとにこの世へ戻ってくる者を「ゲンゲンガー(genganger)」と呼ぶ。北欧の古い民間伝承では、非業の死を遂げた者や、やり残したことのある者が戻ってくるとされ、生前の習慣をそのまま繰り返す死者の話も伝わる。
記録 353 デンマーク・暮らし
北欧の冬は日照が短く、コペンハーゲンでは十二月には午後四時前に日が沈む。デンマークの人々は、蝋燭を灯し、温かい飲み物と親しい人との時間で長い夜を心地よく過ごすことを「ヒュッゲ」と呼んで大切にしてきた。デンマークは一人あたりの蝋燭の消費量が世界でも際立って多い国として知られる。
記録 354 デンマーク・現代
デンマークの人類学者は二〇〇七年から、自宅で説明のつかない出来事を経験した百人以上に聞き取りを行った。語られたのは、白い布の幽霊や首のない騎士のような典型ではなく、誰もいない部屋の物音、階段を上る気配、鍵の音、ひとりでに点く電気製品といった、断片的で目的の分からない出来事が大半で、体験者の多くは幽霊を信じておらず、誰にも話せずにいたという。
記録 355 キューバ・ハバナ
ハバナのベダード地区にあるクリストバル・コロン墓地は、十九世紀後半に開かれた中南米有数の大墓地。五十ヘクタールを超える敷地に碁盤の目のように通りが走り、大理石の霊廟や彫像が立ち並ぶ。独立戦争の英雄や著名人の墓も多く、ハバナの人々の信仰と記憶の場であり続けている。
記録 356 キューバ・現代
二〇一四年末にキューバとアメリカは国交正常化を発表し、二〇一五年七月に互いの大使館を再開した。観光客が増え、暮らしが変わるという期待が広がった一方、配給手帳による食料の割り当てや、薬などの物資の不足は日常の一部であり続けた。医療は無償で受けられるが、薬や機材が手に入りにくいことが多かった。
記録 357 キューバ・民間信仰
願いがかなったとき、その感謝を刻んだ小さな大理石の板(ボティーボ、奉納板)を聖人や聖なる死者の墓や祭壇に納める習わしは、カトリック圏の民間信仰に広く見られる。ハバナのラ・ミラグロサの墓のまわりには、出産や子の病の回復への感謝を刻んだ石板が何千枚も並び、古いものは墓地の保管所に移されて、新しい板の場所が空けられる。
記録 358 キューバ・民間信仰
アメリア・ゴイリ・デ・ラ・オスは一八七七年生まれ。独立戦争の解放軍の大尉だったいとこと結婚し、一九〇一年、妊娠中に子癇で亡くなり、子とともに葬られた。夫は四十年近く毎日墓に通い、墓の輪で石を叩いて妻を起こし、去るときは背を向けなかったと伝わる。のちに墓を開くと、足元に置かれた子が母の腕に抱かれていた、という伝説が広まり、妊婦や子の母親たちが願をかける「ラ・ミラグロサ(奇跡の女)」として信仰されるようになった。いまも参拝者は輪を三度叩き、像に触れ、後ずさりで去る。
記録 359 ラオス・近現代史
インドシナ戦争のさなかの一九六四〜七三年、ラオスには二百万トンを超える爆弾が落とされ、「一人あたり最も多く爆撃された国」と言われる。クラスター爆弾の子爆弾(現地で「ボンビー」)は二億数千万発が落とされ、その約三割が不発のまま残ったとされる。いまも畑や道端で見つかり、子供を含む死傷者が出ている。処理は国際団体とラオス政府の手で続けられている。
記録 360 ラオス・民間信仰
ペッサラート殿下(一八九〇〜一九五九)は、ラオスの独立運動を率いた王族。生前から、姿を消したり動物に変わったりできたという言い伝えがあり、その肖像を刻んだお守りやメダルは、事故や災いから身を守るとして、運転手や旅人に広く身につけられている。
記録 361 ラオス・民間信仰
ラオスでは、土地・家・森・水などに霊(ピー)が宿るとされ、家の前や庭に小さな霊の家(ホー・ピー)を建てて、酒・線香・花・果物を供える。家を建てる前や木を伐る前には、そこの霊に許しを請う。霊媒(モー・ピー)は歌いながらトランスに入り、霊の声で人々に語る。仏教と霊の信仰は、暮らしの中で重なり合っている。
記録 362 ラオス・民間信仰
ラオスでは、人の体には三十二の魂(クワン)が宿り、驚きや病、災いでそれが体から離れてさまようと考えられてきた。バーシー(スー・クワン)は、花と供え物で飾った台(パー・クワン)を囲み、魂を呼び戻す祈りを唱えたあと、集まった人々がその人の手首に白い木綿の糸を結んで祝福する儀式。結婚、出産、旅立ち、病からの回復など、人生の節目に行われる。
記録 363 中国・貴州省
貴州省東南部の錦屏一帯は、古くから杉の産地として栄え、伐り出した杉を清水江で筏に組んで下流へ流す木材の交易が盛んだった。明・清代以来、山林の売買、小作、木材の取り引きを記した民間の契約書が数十万点規模で残り、「清水江文書(錦屏文書)」と呼ばれて、中国の地域社会史の貴重な資料になっている。
記録 364 中国・西南地方
中国西南の民家では、家の正面の部屋「堂屋」が客間であると同時に祭祀の場で、正面の壁に「天地君親師」の位牌と先祖の香炉を祀る。人々は先祖を親しみを込めて「老人家」と呼び、朝夕に線香を立て、節目には紙銭を焼いて、家族のことを報告し加護を願う。
記録 365 中国・貴州省
貴州省東南部の村や町には、「鬼師」「看香婆」などと呼ばれる、霊と通じる人々がいる。病や災いが続くと、人々は彼らに頼んで原因となる霊を占ってもらい、供え物や祈りで払ってもらう。ミャオ族・トン族の伝統的な信仰と、漢族の民間信仰が重なり合った土地の習わしである。
記録 366 中国・農村部
改革開放以降の中国では、農村の働き手の多くが沿海部や大都市の工場・建設現場へ出稼ぎに出た。親と離れて故郷に残り、祖父母に育てられる子供たちは「留守児童」と呼ばれ、二〇〇〇年代後半には数千万人規模とされた。山あいの地域では、遠い家から通えない子供たちが、平日を学校の寄宿舎で過ごすことも多い。
記録 367 中国各地
中国の命理では、生まれた年・月・日・時刻をそれぞれ干支二文字で表した計八文字「八字」から、陰陽と五行(木・火・土・金・水)の釣り合いを読み、人の性質や運勢を占う。八字がすべて陽に偏った生まれは「純陽」などと呼ばれ、特別な運命を持つと語られることがある。
記録 368 中国各地
中国の各地には、子供がひどく驚いたり、原因の分からない熱やぐずりが続いたりすると、魂が体から抜けたと考え、家族がその子の名前を呼んで魂を呼び戻す「叫魂」の習わしがある。夕暮れに戸口や驚いた場所で子供の服を振りながら名前を呼び、「帰っておいで」と声をかけるなど、やり方は土地ごとに異なる。
記録 369 イエメン東部・オマーン西部
イエメン東部のマフラ州とオマーン西部の一帯で話されるマフラ語は、アラビア語とは別系統の「現代南アラビア諸語」のひとつで、古代南アラビアの言葉の流れをくむとされる。広く使われる文字を持たず、歌やことわざ、昔話は口伝えで受け継がれてきた。話し手は減りつつあり、録音や書き取りによる記録の試みが続けられている。
記録 370 アラビア半島
イスラムの世界観で、ジンは人間より前に「煙のない火」から創られたとされる、目に見えない存在である。人間と同じように暮らし、結婚し、死に、善い者も悪い者もいると語られる。アラビア半島では、廃墟や井戸、洞窟、砂漠の窪地などがジンの住む場所とされ、そうした場所の名前を口にすることや、夜に近づくことを避ける慣わしが各地にある。
記録 371 イエメン・マフラ州
イエメン東部マフラ州の台地に開いた、口の差し渡しおよそ三十メートル、深さおよそ百十二メートルの縦穴。地元ではジンを閉じ込めた牢獄、地獄の入口などと語られ、名前を口にすることさえ忌む人もいた。二〇二一年九月、オマーンの洞窟探検チームが記録に残る初めての底までの降下を行い、蛇や蛙、洞窟真珠、壁から噴き出す地下水の滝などを確認したが、超常的なものは見つからなかった。
記録 372 プエルトリコ
プエルトリコの森や庭に棲む、親指の先ほどの小さなアマガエルの仲間。日が暮れると雄が「コ・キー」と澄んだ声で鳴き、その声が名前の由来になった。島の夜の音そのものとして親しまれ、プエルトリコの人々の象徴として、歌や絵、土産物にも登場する。
記録 373 プエルトリコ・カリブ
コロンブス到来以前、プエルトリコなどカリブの島々に暮らしていた人々。征服後の暴力や疫病で「絶えた」と長く語られてきたが、遺伝子の研究で、プエルトリコの多くの人がタイノの血を引いていることが示された。近年は、大地と水の母アタベイ、守り神セミ、歌と踊りの儀式アレイトなど、タイノの言葉や儀礼を学び直す人々がいる。中央山地のウトゥアドには、儀礼の広場と岩絵の残るカグアナの遺跡がある。
記録 374 プエルトリコ
十九世紀のフランスの心霊主義に由来し、プエルトリコの民間に深く根づいた信仰。死者の霊は生きている者を見守り、夢や霊媒を通して語りかけると考えられている。白い布をかけた机を囲む集まりで霊媒が死者の言葉を伝えることもあり、カトリックの信仰と並んで受け入れている人も多い。
記録 375 ルーマニア・正教会の慣わし
ルーマニアの正教会の慣わしでは、亡くなった人の魂は四十日のあいだこの世にとどまり、生前に歩いた場所をめぐると考えられてきた。遺族は三日目、九日目、四十日目などに「パラスタス」と呼ばれる追悼の祈りを教会で行い、とくに四十日目は、魂が旅立つ節目として大切にされる。
記録 376 ルーマニア・正教会の慣わし
ルーマニアでは、故人を偲んで食べ物や衣服、日用品を人々に配る「ポマナ」の習慣がある。受け取った人がそれを使い、食べることで、故人の魂に届くとされる。追悼の祈りには、茹でた麦に砂糖や胡桃を混ぜた甘い供え物「コリヴァ」が欠かせず、祈りのあと参列者に分けられる。
記録 377 エクアドル・マナビ州
エクアドル西部マナビ州の内陸にあるエル・カルメンは、国内有数のプランテン(料理用バナナ)の産地として知られる。青いうちに収穫する実は「ベルデ(緑)」と呼ばれ、揚げたパタコン、潰して丸めたボロン・デ・ベルデなど、海岸地方の食卓に欠かせない。二〇一六年四月のエクアドル地震では、マナビ州一帯が大きな被害を受けた。
記録 378 中南米
スペインから中南米に広く伝わる小さな精霊。大きな帽子をかぶった小人の姿で語られることが多く、森や畑の奥、水場の近くに住むとされる。物を隠す、家畜の尾やたてがみを編むといったいたずらをし、気に入った若い娘や子供を連れ去るとも言われる。一方で、土地や作物を守る者として、甘い物などを供える家もある。
記録 379 エクアドル・中南米のバナナ産地
バナナやプランテンの葉に黒や黄色の筋や斑点が広がり、やがて葉を枯らしてしまうカビの病気。とくに「ブラック・シガトカ」は被害が大きく、実が十分に育たなくなるため、エクアドルを含む中南米の産地では、薬剤の散布や病んだ葉の切り取りなど、絶え間ない対策が続けられている。
記録 380 南極・南オークニー諸島
南オークニー諸島ローリー島にあるアルゼンチンの南極基地。一九〇三年にスコットランドの探検隊が建てた石の小屋を、一九〇四年にアルゼンチンが引き継いだ。以来、毎年欠かさず越冬隊が冬を越しており、南極で人が途切れずに暮らし続けているもっとも古い基地とされる。気象観測が長く主な務めとなってきた。
記録 381 南極
南極の基地では、補給船が来られない冬のあいだ、少人数の越冬隊だけで暮らす。衛星通信が普及する以前、外の世界とのつながりは短波の無線とモールス信号だけで、電離層の具合や吹雪によって何日も交信が途絶えることがあった。長い夜と孤立が人の心身に与える影響は、いまも研究の対象になっている。
記録 382 南極・南オークニー諸島
オルカダス基地の前に広がるスコシア湾は、一九〇三年に冬を越したスコットランドの探検隊の船の名に由来する。冬には湾一面が凍りつき、人や犬ぞりが渡れるほどの氷原になる。湾の中の小島エイルサ・クレイグは、スコットランドの同名の島にちなんで名づけられた。
記録 383 北極圏・カナダ
北極や南極の海で、冬でも凍らずに残る開けた水面。風や海流、湧き上がる暖かい水によって保たれ、クジラやアザラシ、セイウチ、海鳥が集まる。カナダ北極圏イグルーリク北西のフューリー・アンド・ヘクラ海峡にもポリニヤがあり、イヌイットのハンターたちが古くから狩り場としてきた。
記録 384 カナダ・ヌナブト準州
カナダ・ヌナブト準州のイグルーリクは、メルヴィル半島沖の島にある人口およそ二千人のイヌイットの村。いまも多くの家族が、船外機つきのボートやスノーモービルで海に出て、アザラシやセイウチ、ホッキョククジラを獲り、肉を分け合って暮らしている。言葉はイヌクティトゥット語。
記録 385 カナダ北極圏・イヌイット
イヌイットに伝わる海の底の女。父親に舟から突き落とされ、舟べりにすがった指を切り落とされて海に沈み、その指がアザラシやクジラになったと語られる。人が決まりを破ると、怒って海の獣たちを自分のもとに囲い込み、猟師は獲物を失う。地域によってヌリアユク、セドナなどと呼ばれる。
記録 386 モロッコ北部・タウナート州
モロッコ北部、フェズの北に位置するタウナート州は、リーフ山地の南のふもとに広がる山がちな土地で、オリーブや麦の段々畑、石と土の家の小さな村(ドゥアール)が点在する。若い世代の多くはフェズやタンジェ、スペインなどへ働きに出ており、村には年配の人が多い。
記録 387 モロッコ・民間信仰
モロッコの村では、コーランを教え、祈りの言葉に通じた人を「フキーフ」と呼ぶ。病や災い、悪いジンの害が疑われるとき、フキーフはコーランの章句を読み聞かせる「ルクヤ」を行う。家の四隅に塩を撒くなど、地域ごとの民間の慣わしも重なっている。
記録 388 マダガスカル北西部
マダガスカル北西部、モザンビーク海峡に面した港町。海沿いの遊歩道や巨大なバオバブの木、人力車プスプスで知られ、インドやコモロ、アラブの商人が行き交ってきた。一帯はサカラヴァの人々の土地で、かつてのサカラヴァ王族の遺物を祀る信仰がいまも生きている。
記録 389 マダガスカル・民間信仰
マダガスカルで、悪い霊に取り憑かれ、叫ぶ、暴れる、気を失うといった状態になることを指す言葉。とくに学校の女子生徒のあいだで、何人もが続けて同じ状態になる出来事がたびたび報じられ、祈りや聖水で対処されることが多い。医学では、強い不安や疲れが人から人へ伝わる集団的な心因性の反応として説明されることもある。
記録 390 マダガスカル・サカラヴァ
マダガスカル、とくにサカラヴァの人々のあいだで行われる霊媒の儀礼。亡くなった王族などの霊が霊媒(多くは女性)に降りて語るとされ、人々は相談事を持ち寄る。霊が降りた霊媒は、ふだん使わない古い言葉づかいで話すと語られる。