序——「借命」の孝道と、「続命」の略奪
中国の民間信仰や志怪の物語では、死期を迎えた者の寿命を引き延ばす方術がしばしば語られる。この証言では、それらを「借命」と「続命」という二つの道に分けている。名称や意味は地域、宗派、語り手によって異なり、以下は普遍的な教義ではなく、この物語が採用する分類である。
一つは「借命(命を借りる)」である。これは古くより淮河流域や江南の農村に伝わる習俗であり、不治の病に倒れた家長や敬愛する祖父母を救うため、血を分けた若き子孫が自らの寿命を天に差し出す儀礼を指す。民国期の文豪・汪曾祺がその幼少期の回想録において、重病の祖父のために親族が壇を設け、天に向かって寿命の割譲を祈願した一件を書き残しているように、それは儒教的な「孝道」の極致として、民衆の間で哀切の念をもって受容されてきた。
神仏や東岳大帝の慈悲にすがり、自発的な犠牲を捧げる行為であるからこそ、それは怪異でありながらも倫理の範疇に留まっていた。
だが、もう一つの道はまったく異なる。それが「続命(命を奪い、己に続かせる)」と呼ばれる外道の呪術である。
この術の要諦は、自発的な合意などではなく「強奪」にある。老境に入り、腐りかけた肉体をなお現世に留めんとする術者が、天道と因果の網の目を欺き、見ず知らずの他者——とりわけ陽気に満ち溢れた童子の生命力を呪法によって吸い尽くし、奪った歳月を己の延命へと注ぎ込む。西蔵(チベット)密教の変質した俗流に見られる「奪舎(他者の肉体強奪)」にも通じる、極めて陰惨かつ邪悪な秘術である。
権力者や大富豪すらこの術を公然と用いなかったのには理由がある。天の理をねじ曲げて他者の命を接ぎ木すれば、その歪みは必ず血族へ跳ね返り、子孫の陽気を食い荒らして家系を断絶させる。そして得た寿命そのものが、魂魄の抜けた腐肉を無理やり動かしているに過ぎず、太陽を忌み、ただ呼吸を続けるだけの「生ける屍」に成り果てるからだという。
長らく私自身も、それらは古い怪奇小説の頁の中にのみ存在する寓話に過ぎないと考えていた。
——あの日、私自身が微山湖のほとりで、その呪殺の標的とされるまでは。
微山湖の泥濘と、血を吸う湿地
その惨劇の端緒は、私が東北の地から遠く離れた江蘇省へと引き取られたことに始まる。
当時、実家では東北特有の「黄皮子(イタチの怪)」にまつわる不気味な憑依事件が起きた直後であり、その混乱と生活の困窮から両親の仲は修復不可能にまで破綻していた。日夜繰り返される激しい諍いの果て、離婚の協議に追われて幼い息子の面倒など見る余裕を失った両親は、厄介払いのように私を親戚の家へと預けたのである。
預けられた先は、山東省南部から江蘇省北部へ広がる微山湖のほとり、淮海地方の複数の文化が交わる寒村であった。
外地の人間には到底想像もつかないだろうが、そこは現代の文明から完全に取り残された、極めて過酷で貧しい水郷地帯であった。
湖畔のぬかるんだ低地には、泥と粗末な煉瓦で築かれた平屋が、押し合いへし合いするように立ち並んでいた。土地の標高が湖面よりも低いため、夏の増水期を迎えると、濁った湖水が容赦なく堤防を越えて村へと逆流してくる。水かさは大人の背丈を優に超え、家々の屋根近くまで達した。
住民たちは毎年、初夏から初秋にかけての三ヶ月間、家を水没させたまま家財道具を抱えて高台へと逃げ延び、竹と筵で作った粗末な掘立小屋で難民のような仮住まいを強いられる。
秋が深まり、水が引いたあとに戻った我が家は、もはや人間の住処とは呼べない凄惨な様相を呈していた。
土壁には人間の背丈ほどの高さにくっきりと黒ずんだ水垢の線が刻まれ、湿りきった壁面には、泥水を吸って大人の拳ほどに肥え太った巨大な水蛭(ヒル)がびっしりと蠢いていた。部屋の四隅の薄暗がりには、洗面器ほどもある奇怪なヒキガエルがうずくまり、その濁った血のように赤い眼球で、じっと侵入者を見つめ返しているのだ。
だが、当時の私にとって、そうした環境は苦痛どころか野生の喜びに満ちていた。
両親の険悪な怒号から解放された私は、村の悪童たちとともに泥まみれになって湖に飛び込み、ザリガニを掘り、獰猛な大ウナギを釣り上げ、蓮の実を貪った。秋には黄金色に波打つ麦畑を駆け回り、飛び出してくる野兎を棒切れで追い詰め、夜には親族総出で兎の肉を煮込みながら、安物の炭酸水を喉に流し込んだ。
貧困の底にありながら、私の身体は太陽の熱を吸い尽くした野生の獣のように頑健であり、道教でいう「八字純陽」——全身に混じり気のない生命力が満ち満ちていた。
そして皮肉にも、その瑞々しい生命の輝きこそが、湖畔の暗がりに潜む「百歳の古老」の濁った視線を惹きつけてしまったのである。
黎明の「灯課」と、人骨の蝋燭
貧村の教育環境は劣悪を極めていた。
村の端に佇む崩れかけの小学校には、いつも白濁した眼で居眠りをしている老教師が数人いるばかりで、教科書すら満足に行き渡っていなかった。にもかかわらず、その学校には陰湿で過酷な校則が存在した。
毎朝六時から七時にかけて行われる「早読(早朝自習)」である。
子供たちは朝の五時前、まだ星すら沈まぬ漆黒の寒気の中を起き出し、霜を踏みしめて学校へと通わねばならなかった。
村の送電網は極めて脆弱であり、二日に一度は変圧器が火花を散らして停電した。教室には電灯の光すらない。そのため、生徒各自が明かりを持参して机に灯すことが義務付けられていた。
この早朝の自習は、子供たちの間でいつしか「灯課(とうか)」と呼ばれるようになっていた。
子供たちは皆、王冠の裏に油を注いだ手製の小ランプや、中身をくり抜いた蜜柑や西瓜の皮に油芯を刺した粗末な灯火を持ち寄り、机の上に揺れる小さな火影の下で、寒さに震えながら眠い目を擦っていた。
だが、私の隣の席に座る「玉玉(ユイユイ)」の灯りだけは、他の誰とも決定的に異なっていた。
玉玉は私の同級生であり、伯母の家の隣に住む、村で唯一の親友であった。
彼は一年を通じて青白く痩せこけ、言葉遣いも弱々しく、まるで日陰に生えたモヤシのように生気のない少年だった。その玉玉が毎朝の灯課に持参する蝋燭は、異様なまでに太く、灰褐色と焦げ茶色が混ざり合った不気味な色合いをしていた。
芯に火を点けると、ゆらゆらと青白い炎が立ち上り、教室の隅々にまで、濃厚な白檀の芳香と——何かが腐敗したような、かすかに鼻腔を突く生臭い煙が充満した。その香りを嗅ぐたび、幼い私は胸の奥を氷の指で撫でられたような、名状しがたい戦慄と厳粛さを覚えたものだった。
後になって知ったことだが、その蝋燭は通常の油脂で作られたものではなかった。
西蔵密教の法具であるカパーラ(高僧の頭蓋骨)を微細に粉砕した骨粉、霊獣の角として珍重される犀角(さいかく)、そして最上級の辰砂(朱砂)を練り込み、道教の呪詛によって固められた「招魂・鎮魂の灯」だったのである。古来、中国の怪異譚において「犀角を焚けば、幽冥の鬼と通ず」と言われる。それは文字を読むための明かりなどではなく、陰界の帳を引き裂き、生者の魂魄を呼び寄せるための「妖火」であったのだ。
なぜ、極貧の家庭に育つ玉玉が、そのような恐るべき呪具を日常的に持ち歩いていたのか。
すべては、彼の家に巣食う「あの老人」が、私を釣り上げるために周到に仕掛けた罠であった。
薬炭の臭気と、呪われた血統
玉玉には両親がいなかった。
父親は彼が物心つく前に不可解な急死を遂げ、母親は狂乱の末に村を出て他家へ嫁ぎ、彼はただ一人、薄暗い瓦屋根の屋敷に潜む「異様な老人」の手によって育てられていた。
その老人は、常に油煙と埃にまみれた黒い綿入れの長袍(チャンパオ)を纏い、真夏であってもその分厚い衣服を脱ぐことはなかった。全身からは、干からびた薬草を煎じ詰めたような、甘ったるくも鼻を刺す薬炭の異臭が立ち込めていた。老人の枯れ枝のような右手には、常に二つの巨大な古玉の核桃(クルミ)が握られており、歩くたびに、カチカチ、ギシギシと、まるで骨が擦れ合うような耳障りな硬質な音を響かせていた。
そして何より恐ろしかったのは、その眼である。窪んだ眼窩の奥に埋め込まれた牛のように巨大な眼球は、濁った黄ばみを帯び、ひとたび視線を向けられると、全身の自由を奪われて毒蛇に睨まれた蛙のような底知れぬ寒気に襲われた。のちに西洋の小説で「吸魂鬼(ディメンター)」の存在を知ったとき、私はあの老人の視線こそがまさにそれであったと確信した。
彼はただ見つめるだけで、生者が持つ歓喜と生命の輝きを、音もなく貪り食っていたのだ。
私は一度だけ、玉玉に連れられてその屋敷の土間に足を踏み入れたことがあった。
堂屋(広間)の壁面には、虫に喰われて黄ばんだ無数の糸綴じの古文書が天井まで積み上げられ、薄暗い棚の上には、巨大な硝子瓶に入った白濁した液体と、その中に沈む奇怪な肉塊——人間の胎児や後産(紫河車)と思しきものが陳列されていた。さらに祭壇の周囲には、青錆の浮いた三面降魔杵や、禍々しい牙を剥き出しにした銅製の神像、複雑な幾何学模様が刻まれた鎮魂の鉄鎖が所狭しと配置されていた。常軌を逸した「呪詛の工房」であった。
村の大人は皆、その屋敷を病原菌のように恐れ、子供が近づくことを厳しく禁じていた。
村の古老たちが声を潜めて語る噂によれば、その老人は玉玉の祖父などではない。祖父のそのまた父親——すなわち玉玉の「高祖父(玄孫から見た四代前の先祖)」だというのだ。年齢を逆算すれば、ゆうに百歳を越えている計算になる。
にもかかわらず、老人の足取りは奇妙に力強く、顔中に刻まれた深い皺の隙間から、時折、生肉を狙う野獣のような生々しい気迫を覗かせていた。
そして、その家系には戦慄すべき「死の規則」が存在していた。
玉玉の父親、祖父、曽祖父——その全員が、男子を一人生ませた直後、二十代半ばの若さで例外なく謎の衰弱死を遂げていたのである。
子孫が次々と若死にする中で、ただ一人、百歳を超えた老怪物だけが、枯れ木のような肉体を維持したまま生き永らえている。
貧困のゆえに夜明けから日没まで舟を出さねばならず、私の養育を顧みる暇もなかった伯父と伯母の隙を突き、純陽の気を纏った私は、この老怪物の「新たな標的」として選ばれたのであった。
衝立の前の拝礼と、蝕まれる肉体
老人が私に課した接触の儀礼は、一見すると他愛のない、奇妙な悪戯のように思われた。
毎朝、玉玉を学校へ誘うために屋敷の門をくぐると、奥の暗がりから黒い影が音もなく滑り出てきて、私の行く手を塞いだ。老人はカチカチと玉の核桃を擦り合わせながら、掠れたしゃがれ声で私に命じるのだ。
「坊や、そこに立ちなさい。……そう、その衝立の真正面だ。五分間、前を向いて背筋を伸ばしていなさい。決して後ろを振り返ってはならんぞ。座り込んでもいかん」
言われた場所は、広間の入り口に置かれた、漆の剥げ落ちた分厚い木製の衝立(八扇の屏風)の前であった。
衝立の向こう側は完全に遮られており、何があるのかは見えない。私は命じられた通り、衝立に向かって直立不動の姿勢を取った。堂屋には沈鬱な線香の煙が漂い、背後からは老人の粘りつくような視線を感じたが、五分が経過すると、老人は満足げに喉を鳴らし、干からびた手で私に白砂糖の塊や、甘く煮詰めた干し肉の小片を手渡してくれた。
当時の私は、ただ美味い菓子がもらえるという卑しい好奇心から、その言いつけを忠実に守り続けた。「五分間突っ立っているだけで肉が食えるのなら、一日中立っていたって構うものか」とすら思っていたのである。
だが、半月が過ぎた頃から、私の頑健を誇っていた身体に、決定的な異変が現れ始めた。
朝起きると、鉛を詰め込まれたように両足が重く、膝がガクガクと震えて力が入らない。頭の奥には常に分厚い鉛色の靄が立ち込め、世界が白昼夢のように遠のいていく。そして何より、胸の奥底から込み上げる激しい咳嗽(せき)に襲われるようになった。
ゴホッ、ゴホッと喉を引き裂くような咳をするたび、胸郭の骨がきしむような激痛が走り、吐き出した痰には微かに赤黒い血の筋が混じっていた。
走ることも、泥遊びをすることもできなくなった。私の皮膚は急速に艶を失い、青白く干からび、眼の周りには不気味な黒ずんだ隈が張り付いた。村の老人たちが私の顔を見るなり、「まるで何年も患い続けた労瘵(結核)の病人のようだ」と眉をひそめた。
やがて私は、早朝の灯課に通うことすら叶わなくなり、薄暗い寝床の中で、ただ喘ぐように息を吸うだけの廃人同然の状態へと急速に堕ちていったのである。
密告——衝立の裏に蠢く影
私の命脈が燃え尽きようとしていたある嵐の夜、寝床に横たわる私の枕元へ、濡れ鼠になった玉玉が忍び込んできた。
彼は部屋の扉を固く閉め、恐怖のあまり歯の根をガタガタと鳴らしながら、私の耳元に震える声を絞り出した。
「……もう、僕の家に来ちゃダメだ! あの衝立の前に立っちゃ絶対にダメなんだ!」
玉玉の告白は、私の理解を絶する恐怖の真相を暴き出した。
彼自身、かつては健康な子供であったという。しかし、あの高祖父によって毎朝衝立の前に立たされるようになってから、生命力を吸い取られるように身体が衰弱していったのだ。
そして数日前、玉玉は耐えかねる恐怖の中で、私が衝立の前に立たされている最中、屋敷の外側から裏庭へ回り込み、板壁の節穴から「衝立の裏側」を覗き見たのだという。
衝立の裏——そこには、敷き詰められた筵の上に、あの百歳の老怪物が正座していた。
老人は、衝立を一枚隔てた私の背中に向かって、深々と頭を垂れ、額を泥の床に打ち付けるようにして、狂ったように「叩頭(こうとう)」を繰り返していたのである。
ゴツン、ゴツン、と額が床を打つ鈍い音を立てながら、老人は口の中で呪詛の経文を唱え、青白い顔に歓喜の痙攣を浮かべていたという。
「それだけじゃないんだ……」玉玉は涙をこぼしながら、私の服の袖を強く握りしめた。
「あの爺さん、僕に君の生年月日と生まれた正確な時間(八字)を聞き出させたろ? それに、君が寝ている隙に、髪の毛を一房切り取って来いって……僕、怖くて逆らえなくて、切り取って渡しちゃったんだよ! 君が死んじゃう!
本当に死んじゃうよ!」
事の重大さに慄然とした私は、帰宅した伯母に事の次第を途切れ途切れに打ち明けた。
伯母は貧しい漁民であったが、湖畔に伝わる古くからの忌まわしい俗信を熟知していた。私の話を聞くや否や、伯母の顔から血の気が完全に引き、陶器のように硬直した。
「……あの老骨、他人の家の純陽の種を奪って、自分の墓穴を埋める気だ!」
伯母は即座に、省都で手広く事業を展開していた私の実父へ電報を打った。
かつて名門の家柄を誇り、地元の権力機構に太い人脈を持っていた私の実家は、一人息子の異常事態を知るや、即座に動いた。翌日の未明、けたたましいエンジン音とともに数台の黒塗りの車が村のぬかるみを切り裂いて乗り付け、父とともに、ある一人の人物が降り立った。
それは、長江流域の道教界隈で知らぬ者のない、茅山派の秘法を受け継ぐ高名な民間の方士(法師)であった。
命宮の強奪——方士が説く「叩頭転債」の真実
法師は寝床に横たわる私の土気色の顔を一瞥し、乾いた手首の脈を取ると、深く長いため息を吐いた。
「危ないところであった。あと三日も衝立の前に立っていれば、この子の三魂七魄は完全に肉体を離れ、老骨の器へと移し替えられていたところだ」
激昂した私の父は、従えてきた屈強な男たちに命じ、「今すぐあの屋敷を叩き壊し、老いぼれを引きずり出して八つ裂きにしてやる!」と怒号を上げた。
だが、法師は静かに手を挙げてそれを制した。
「暴力で解決できる筋合いのものではない。これは天地の法を掠め取った『陰刻の契約』だ。力づくで老人を殺せば、この子の魂魄も道連れに冥府へと引きずり込まれる。まずは術の仕掛けを解き、因果を正しく本人へ跳ね返さねばならん」
法師は私と家族に対し、老人が用いた呪術の戦慄すべき構造を、順を追って解説した。
「世の人間は、頭を下げて額を地につける『叩頭』を、単なる敬意の礼法だと思っている。だがそれは大いなる無知だ。人間の両眉の間——すなわち『印堂』は、道教において『命宮』と呼ばれ、その人間の天命、福禄、そして純陽の気が宿る至高の霊府である。
この至尊の部位を地に触れさせる行為は、風水および呪術の世界において『転債(因果と穢れの転嫁)』を意味するのだ」
法師の語る理論は、冷徹極まる呪術の力学であった。
他者に向かって叩頭するとは、本来、己の負うべき災厄や業、寿命の限界という「負の負債」を相手に押し付け、相手の持つ福徳や陽気を吸い上げる契約行為である。通常、徳の高い年長者が若年者に対して額ずくことなどあり得ない。若者には、百歳の老人が背負うべき膨大な「死の負債」を相殺できるだけの功徳など微塵も存在しないからだ。
「功徳を持たぬ子供が、百歳の怪物の叩頭を受け続ければどうなるか。背負いきれぬ負債の代償として、自らの『命そのもの』を差し出すしか道はなくなる。衝立は、天の監視の眼を遮るための『欺天の盾』。
そしてあの蝋燭と髪の毛は、魂を肉体から引き剥がすための『釣り糸』だ。老人は衝立の裏から毎日頭を下げ続けることで、この子の生命力を一滴ずつ己の枯れ枝のような肉体へと注ぎ込んでいたのだ」
では、百歳の老人がなぜそこまでして生き永らえねばならなかったのか。
「老人は、己の寿命が尽きるたびに、自らの息子や孫を同じ手口で生贄に捧げてきたのだ。だが、直系の血を吸い尽くせば、当然ながら己の家系は断絶する。残された最後の血肉である玉玉を食い殺せば、もはや後がない。
だからこそ老人は、外からやってきた八字純陽のこの子を『代理の器』として選んだのだ」
父は恐怖に震えながら法師に問いかけた。
「先生、この邪法を破る手立てはあるのですか? 本家の長老たちを呼び集め、大掛かりな除霊の祭壇を組むべきでしょうか?」
法師は冷笑を浮かべ、首を横に振った。
「微末の邪法、手を挙ぐるのみにて破るに足る。尊祖の手を煩わせるには及ばん」
法師は羅盤(方位磁石)を手に取り、屋敷を取り囲む湿地へと静かに歩みを進めた。いよいよ、あの老怪物の命脈を断ち切る、最後の儀礼が始まろうとしていた。
泥中より出づる呪壷と、断絶の業火
法師は羅盤の針の狂いを見極めながら、歩幅を測り、禹歩(うほ=道教の呪術的歩行)を踏みながら微山湖の岸壁と屋敷の境界へと進んだ。
立ち止まったのは、屋敷の南西角——八卦において「坤位(死門)」に該当する、淀んだ泥水が溜まる不気味な湿地であった。葦が生い茂り、異様な腐敗臭を放つその場所を指差し、法師は同行した男たちに鋭く命じた。
「ここを掘れ。三尺(約一メートル)掘り下げれば、奴が埋めた『命の帳簿』が現れる」
屈強な男たちが泥濘に鋤を突き立て、黒いヘドロを掻き出した。
水気が滲み出る泥を掘り進めること数分、カツンと乾いた陶器の音が響いた。掘り出されたのは、豚の乾いた血で赤黒く塗り固められ、幾重もの麻紐で厳重に縛られた、小ぶりの素焼きの壷であった。
壷の口は油布と蜜蝋で密閉されており、その表面には、怨霊を封じ込めるような禍々しい道教の呪符が朱砂でびっしりと書き殴られていた。
法師は桃木の短剣を取り出し、躊躇なく壷の封印を切り裂いた。
蓋が開かれた瞬間、冬の夜気の中へ、髪の毛が焦げたような、そして古い墓穴を暴いた時のような猛烈な腐臭が吹き荒れた。
壷の中から引きずり出されたのは、三つの呪具であった。
第一に、私の頭髪と思われる一房の黒髪。それは、不気味なほど小さく干からびた、古い「鬼面核桃(髑髏の顔が彫り込まれた異形のクルミ)」に固く巻き付けられていた。
第二に、私の生年月日と生まれた刻限、そして老人の本名が記された、黄ばんだ羊皮紙の符牒。
第三に、何かの小動物の干からびた心臓と思われる黒い肉塊であった。
「他人の命を盗んで生き長らえた百年の業、今ここに天へと返上させてもらおう」
法師は雄鶏の冠から滴らせた鮮血を壷の中に注ぎ込み、懐から取り出した雷火の神符を投げ入れた。
ボッ——!
青白い閃光とともに、壷の中から猛烈な炎が噴き上がった。その火炎は、あたかも生き物が苦悶しているかのように激しくのたうち回り、パチパチと骨が爆ぜる音とともに、黒々とした濃厚な油煙を天へと立ち上らせた。油煙の中からは、耳を塞ぎたくなるような、老人の呻き声とも獣の絶叫ともつかぬ異様な風鳴りが響き渡った。
火が燃え盛るのと同時に、私の身体に劇的な変化が起きた。
胸を締め付けていた万力のような圧迫感がフッと消え失せ、冷え切っていた手足の先へ、温泉に浸かったかのような温かい血流が一気に流れ込んできたのである。咳はピタリと止まり、肺の奥深くまで清涼な空気が満ち渡った。
ただし、それは病が一瞬で完治したというような劇的なものではなかった。ただ、命の底からじわじわと流れ出していた生命力の流出が、完全に食い止められたのだという確かな実感がそこにあった。
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