序章 杉の香りと古い水脈

中国の南西、貴州省の奥深くに、黔東南ミャオ族トン族自治州と呼ばれる土地がある。

その東の外れ、清水江という川が山々のあいだを縫うように流れるところに、錦屏という小さな県城の町がある。

私が家族とともにその町で暮らしていたのは、一九九〇年代の初め、地方の町がまだ古い時代の名残と新しい時代の気配のはざまで、ゆっくりと息をしていたころのことだ。

錦屏は坂の多い町だった。

川沿いから斜面にへばりつくようにして、黒い瓦屋根と木の家々が重なり合って建っている。

この町は、古くから杉の産地として知られていた。

明や清の時代には、まわりの山々で伐り出された杉が、この町で筏に組まれ、清水江の流れに乗って、遠く下流の洞庭湖へ、さらに長江を下って大きな町々へと運ばれていった。

木材の商いは町に大きな富をもたらし、山林の売り買いや小作の約束を書きつけた古い文書は、のちに「清水江文書」と呼ばれるほど大量に、この土地に残されている。

富を得た昔の木材商人たちは、山の斜面を切り拓き、競うようにして立派な屋敷を建てた。

天井(ティエンジン)——中庭——を真ん中に、石と煉瓦の棟で四角く囲んだ、堅牢で美しい建物である。

私の夫の遠い祖先もまた、そうした木材商人の一人だったと聞いている。

私たちは、その祖先が建てた大きな古い屋敷の、ほんの一角を割り当てられて暮らしていた。

新しい中国の時代になってから、かつて一族だけのものだった屋敷は細かく分けられ、ある時期は役所の建物として、ある時期は食堂や物置として使われた。

私たちが暮らしていたころには、一部の棟はもう取り壊されて、そっけないコンクリートの事務棟に建て替えられていたが、私たちの住む奥の棟や、かつての一族の長が客を迎えたであろう堂屋(タンウー)、そして見事な彫刻の施された芝居の舞台のある中庭は、昔の姿をとどめていた。

床には分厚い青石が敷き詰められ、夏でもひんやりとした空気を漂わせていた。

屋根を支える柱は、大人が二人で抱えるほどの太い杉で、その根元を支える石の礎には、長い年月で角の丸くなった獣や花の彫り物が施されていた。

かつては豪奢な暮らしの舞台だったその場所も、当時の私たちにとっては、隙間風の多い、薄暗くて不便な古い家でしかなかった。

家の中に便所はなく、用を足すには、昼間でも通りに出たところの公衆便所まで歩かなければならなかった。

煮炊きは練炭の小さなコンロで、朝になると近所の誰もが中庭にコンロを持ち出し、もうもうと白い煙を上げながら湯を沸かし、野菜を炒めた。

そんな暮らしの匂いと、古い柱から染み出すような杉の香りが、錦屏の日々の記憶の底にこびりついている。

第一章 堂屋の灯り

西南の地方の民家には、堂屋と呼ばれる特別な部屋がある。

家の正面のいちばんよい場所につくられた客間であり、同時に一族の心のよりどころでもある場所だ。

堂屋の正面の壁には神棚が設けられ、「天地君親師」と書かれた位牌や、先祖を祀る香炉が置かれている。

この土地の人々は、先祖のことを親しみを込めて「老人家(ラオレンジャ)」と呼ぶ。

朝夕に線香を立て、紙銭を焼き、事あるごとに老人家に日々のことを報告し、守ってくれるよう祈るのが、この土地に深く根づいた習わしだった。

けれども、私の夫は、そうした古い習わしをひどく嫌う人だった。

町の小さな協同組合で帳簿をつける仕事をしていて、自分は新しい時代の、筋の通った考えを身につけた人間だという自負があった。

「いまどき、木切れや紙の札に頭を下げるなんて、ばかげている」

夫はよくそう言って、近所の年寄りたちが熱心に線香をあげる姿を、冷ややかに見ていた。

私たちの部屋にも小さな神棚を置く場所はあったが、夫はそこに何も祀ることを許さず、古新聞や日用品を積み上げる棚にしていた。

私はそのことに、胸の奥で少し引っかかりを覚えてはいたが、夫に逆らってまで古い習わしを守ろうとするほどの信心は持ち合わせていなかった。

私たち夫婦には、シャオマンという十歳になる娘がいた。

細身で、少し色の薄い茶色っぽい髪をした、おとなしい子だった。

シャオマンは、古い屋敷の中庭で遊ぶのが好きだった。

月夜の晩になると、四角く切り取られた空から青白い光が降りそそぎ、敷き詰められた青石が水面のように濡れた輝きを放つ。

その光の中で、シャオマンは近所の子供たちと一緒に、もう誰も使っていない古い芝居の舞台によじ登ったり、舞台の前の石の腰掛けに座って小石を並べたりして、いつまでも飽きずに遊んでいた。

古い家は、子供にとって格好の遊び場であり、数えきれない秘密を隠した迷路のようでもあった。

私たちの棟の裏手には、もう誰も使っていない崩れかけた蔵があり、その奥の路地は昼間でも薄暗く、ひんやりとした風が吹き抜けていた。

シャオマンはときどき、その薄暗い路地の入り口に立ち止まって、じっと奥を見つめていることがあった。

「何を見ているの」

私が声をかけると、娘は振り返って、不思議そうな顔をした。

「ううん、何でもない。ただ、誰かがお話ししているような気がして」

子供らしい想像だろうと、そのときは気にも留めなかった。

古い屋敷には、木組みのきしむ音、風が隙間を抜ける音、鼠が屋根裏を走る音など、人の声に似たさまざまな音が満ちていたからだ。

私たちは古い屋敷のふところに抱かれるようにして、平凡で静かな日々を送っていた。

その日々が、あんな形で破られる日が来るとは、思ってもいなかった。

第二章 終わらない熱

異変が起きたのは、十月の半ばを過ぎ、錦屏の町に山からの冷たい風が吹き下ろすようになったころだった。

シャオマンが、わけの分からない病に倒れたのだ。

はじめは、ただの風邪だと思った。

夜中に少し熱を出し、食欲がないと言うので、練炭のコンロで生姜と葱の根を煮立てて飲ませた。

何日かすれば、また元気に中庭へ駆け出していくはずだった。

けれども、熱は下がらなかった。

三十八度前後の、それほど高くはないが、確実に体力を奪っていく熱が、一週間、二週間と続いた。

シャオマンの体からは少しずつ肉が落ち、白かった肌は黄色くくすんでいった。

一日じゅう薄暗い部屋のベッドに横たわり、うつろな目で、天井の古い梁を見つめている。

私は心配でたまらなくなり、夫と一緒に娘を背負って、県城でいちばん大きな病院へ連れていった。

けれども、医者の見立てははっきりしなかった。

喉は腫れていないし、胸の音も悪くない。

血を調べても、どこかにひどい炎症があるわけではない。

栄養のあるものを食べさせて、ゆっくり休ませなさい。

そう言われて、熱冷ましとビタミン剤を渡されただけだった。

薬を飲ませても、熱は少し下がるだけで、夜になるとまたじわじわと上がってくる。

食欲は戻らず、お粥の上澄みを少しすするだけで、あとは首を振ってしまう。

私は途方に暮れた。

毎晩、熱で苦しそうに寝返りを打つ娘の額に冷たいタオルを当てながら、このまま娘が消えてしまうのではないかという恐ろしさに震えていた。

近所の年寄りたちは、長引くシャオマンの病を見て、ひそひそと噂をするようになった。

「あの子は、どこかよくない所で、よくないものに触れたんじゃないかね」

「この古い家には、昔からいろんなものが住みついているからねえ」

中庭で顔を合わせた顔なじみの老婆が、私の袖を引いて、小声で言った。

「あんた、一度、鬼師(グイシー)のところへ行ってみなさいよ。それとも看香婆(カンシャンポー)を呼んで、見てもらったほうがいい。医者に分からない熱は、体の病気じゃないんだよ。魂がどこかに迷い込んでいるんだ」

鬼師や看香婆というのは、この地方に古くからいる、霊と通じ、災いを払う人々のことだ。

私はその言葉にすがりつきたい思いだった。

けれども、夫にその話をすると、夫は顔を真っ赤にして怒り出した。

「ばかなことを言うな! 今は九〇年代だぞ。そんな迷信に金を払って、娘の病気が治るものか。年寄りたちの言うことなど聞く必要はない。明日、別の病院へ連れていく」

夫の剣幕に、私は何も言い返せなかった。

夫の言うとおりなのかもしれない。

けれども、理屈はどうであれ、目の前で日に日に弱っていく娘を見ているだけで、私の胸は引き裂かれそうだった。

一人で堂屋のそばを通りかかると、ほかの家族が祀っている神棚から、線香の煙が細くまっすぐに立ちのぼっていた。

私は夫に隠れて、その煙に向かって、そっと手を合わせた。

どうか、老人家。ご先祖さま。シャオマンをお守りください。あの子の熱を下げてやってください。

声に出すこともできず、ただ心の中でそう念じることしか、私にはできなかった。

第三章 陽だまりの石の腰掛け

病みはじめてから、ひと月近くがたった、十一月の初めのことだった。

その日は朝から雲一つない晴れで、錦屏の山々を染める紅葉の赤が、澄んだ空気の中で鮮やかに輝いていた。

その朝、シャオマンは自分から「お腹が空いた」と言った。

熱を測ってみると、三十七度を下回っている。

何週間ぶりかの、平らな熱だった。

私は泣きそうになるのをこらえながら、急いで卵を蒸して、柔らかい卵の蒸し物を作り、娘の口に運んだ。

シャオマンはそれをゆっくりと、けれど確かに、半分ほど食べた。

「お母さん、外の空気が吸いたい」

かすれた小さな声で、娘が言った。

ずっと締めきった薄暗い部屋にいたせいだろう。

私は娘の背中に厚手の綿入れをはおらせ、抱きかかえるようにして中庭へ連れ出した。

昼前の中庭には、四角い空から、あたたかな日差しがたっぷりと降りそそいでいた。

古い芝居の舞台の前に、大きく平らな青石の腰掛けがある。

そこがいちばん日当たりがよく、風も当たらない場所だった。

私はそこに座布団を敷き、シャオマンを座らせた。

「あったかいね」

シャオマンは目を細め、久しぶりの日の光を体いっぱいに浴びるようにして、深く息を吐いた。

その横顔を見て、私はようやく長いトンネルの出口が見えたような気がして、ふっと肩の力が抜けた。

「シャオマン、ここで少し日向ぼっこをしていなさい。お母さん、市場で豚の骨を買ってくるから。夜は、うんと栄養のある骨のスープを作ってあげる。すぐに戻るから、動かないで、ここで待っているのよ」

娘はこくりと頷き、石の腰掛けにもたれて目を閉じた。

まわりには誰もいなかった。

この時間、大人たちはみな働きに出ていて、ほかの子供たちも学校へ行っている。

古い屋敷には、遠くの通りから聞こえてくるかすかなざわめきと、ときおり鳴く鳥の声だけが響いていた。

私は手提げの籠を持ち、急ぎ足で屋敷の門を出た。

町は斜面に広がっているので、市場へ行くには、細く曲がりくねった石段の坂を下っていかなければならない。

両側には古い木の家々がせり出し、軒下には干し柿や大根が吊るされている。

娘の具合がよくなった喜びで、私の足どりは羽が生えたように軽かった。

市場に着くと、顔なじみの肉屋の店先で、いちばんいい豚のあばら骨を見つくろってもらい、大根と生姜も買った。

これをじっくり何時間も煮込めば、白く濁った、滋養のあるスープができる。

それを飲めば、シャオマンは明日にはもっと元気になっているはずだ。

私は籠の重さも忘れて、また急な石段の坂を上りはじめた。頭の中は、娘の笑顔と、夕飯の支度のことでいっぱいだった。

第四章 崩れ落ちる静けさ

坂道を半分ほど上り、古い屋敷の黒々とした大きな瓦屋根が見えてきたときのことだった。

突然、町じゅうの空気を揺るがすような、異様な音が響き渡った。

どすん、という腹の底を殴られるような重く鈍い響きのすぐあとに、めきめきと大きな木材のへし折れる、すさまじい音が続いた。

そして、がらがらと無数の瓦が滝のように滑り落ち、地面に叩きつけられて砕け散る轟音。

地震ではなかった。

地面は揺れていなかった。

けれども、その音のすさまじさと、すぐに舞い上がった土煙の大きさは、ただごとではなかった。

音がしたのは、私が向かっている方角だった。

「今の音、何だ?」

「どこかの家がつぶれたぞ!」

通りにいた人たちが口々に叫び、立ち止まって上を見上げている。

私の心臓は早鐘のように打ちはじめ、全身の血が凍りつくのを感じた。

あの方角には、私たちの古い屋敷しかない。

「シャオマン!」

私は籠を放り出し、坂道を夢中で駆け上がった。

息が切れ、足がもつれて、何度も石段に膝をぶつけたが、痛みは感じなかった。

頭の中には、日向ぼっこをさせるために一人で中庭に残してきた、弱りきった娘の姿しかなかった。

屋敷の門の前まで来ると、もう近所の人たちが何人か集まって、呆然と立ち尽くしていた。

屋敷の奥から、真っ白な漆喰と古い木の粉の混じった、むせ返るような土煙が、もうもうと噴き出している。

私は人々を押しのけ、門をくぐって中庭へ飛び込んだ。

そこにあるはずの景色が、跡形もなく消えていた。

中庭の西側に建っていた、長いこと使われていなかった古い二階建ての棟が、すっかり崩れ落ちていたのだ。

大きな杉の柱が何本も真っ二つに折れ、その上に乗っていた分厚い屋根が、押しつぶすようにして一階をすっかり呑み込んでいた。

そして、崩れた土と木と瓦の山は、シャオマンが座っていたはずの、芝居の舞台の前の石の腰掛けのあたりまで、すっかり覆い尽くしていた。

古い瓦礫の山。その下に、娘がいる。

「シャオマン! シャオマン!」

私は狂ったように叫びながら、瓦礫の山に取りついた。手当たりしだいに砕けた瓦をどけ、折れた木を引き抜こうとした。

「誰か助けて! 娘が、娘が下にいるの!」

振り返って叫ぶと、門のところにいた何人かの大人たちが、我に返ったように駆け寄ってきて、一緒に瓦礫をどけはじめてくれた。

けれども、大黒柱のような太い杉は、大人の男が何人がかりで押しても、びくともしなかった。

病み上がりで、一人で歩くことさえおぼつかない十歳の娘が、この下から自分で出てこられるはずがない。

真っ黒な泥水のような絶望が、私の喉をふさぎ、息ができなくなった。

涙と土煙で目の前がかすみ、私はその場にへたり込みそうになった。

第五章 路地の入り口

「お母さん?」

ふいに、後ろから声がした。

瓦礫を掘り返す音や、人々が怒鳴り合う騒ぎの中で、その声は信じられないほど静かに、はっきりと私の耳に届いた。

弾かれたように振り返ると、そこに、信じられない姿があった。

崩れた場所から十メートルほど離れた、屋敷の裏手へ続く薄暗い路地の入り口に、シャオマンが立っていたのだ。

着せていった厚手の綿入れには、うっすらと白い埃がかぶっていたが、どこにも怪我をした様子はない。

きょとんとした目で、瓦礫の山と、泥だらけになって取り乱している私とを、かわるがわる見つめていた。

私は言葉にならない声を上げ、つまずきながら娘のもとへ駆け寄り、その細い体を力いっぱい抱きしめた。

「シャオマン! 無事だったのね、ああ、よかった……本当によかった……!」

娘の体はあたたかく、確かに息をしていた。私は娘の頭に顔をうずめ、人目もはばからずに声を上げて泣いた。

騒ぎを聞いて駆けつけてきた夫も、娘の無事な姿を見ると、その場にへたり込み、地面に両手をついて深く息を吐いた。

近所の人たちも、「よかった」「あの子は命拾いした」と口々に言い合い、ほっとした顔をした。

崩れた棟はふだん物置として使われていて、昼間だったので、ほかの住人も出払っていた。

怪我人は一人もいなかった。

古くなっていたところへ、何日か前の雨で土台がゆるみ、重みを支えきれなくなったのだろう、というのが、あとから来た役所の人の見立てだった。

けれども、私が心の底から震え上がったのは、少し落ち着いてから、崩れた場所をあらためて見直したときだった。

シャオマンが座っていたあの石の腰掛けは、屋根の梁がまともに落ちてきて、真っ二つに割れていたのだ。

もしあのとき、娘があそこから一歩も動いていなかったら。

病み上がりで、一人で立ち上がるのにさえ苦労していた娘が、なぜあそこを離れて、十メートルも先の路地の入り口まで歩いていくことができたのか。

私は抱きしめていたシャオマンの肩を離し、埃にまみれたその顔をのぞき込んだ。

「シャオマン、本当にどこも痛くない?」

「うん、どこも痛くないよ」

「どうして、あそこから動いたの? お母さんが帰ってくるまで、あそこに座っていなさいって言ったでしょう。一人で歩いたら危ないのに」

少し責めるような響きになってしまった私の言葉に、シャオマンは不思議そうに首をかしげた。

「だって、お母さんが呼んだから」

第六章 届かない声

夕方になり、騒ぎがひと段落したあと、私たちは屋敷の、無事だった別の棟の一室に身を寄せていた。

西日が、部屋の中に長い影を落としている。

夫はまだ青ざめた顔のまま、煙草を何本も吸い続けていた。

私はシャオマンの綿入れについた埃を払い、温かい湯で絞った手拭いで、娘の顔と手を丁寧に拭きながら、昼間のことを思い返していた。

「お母さんが呼んだって、どういうこと?」

私はつとめて穏やかな声で、もう一度シャオマンに尋ねた。

シャオマンはおとなしく顔を拭かれながら、当たり前のことを言うように答えた。

「お母さんが市場に行って、しばらくしたら、あの路地の奥から、お母さんの声がしたの」

「私の声?」

「うん。『シャオマン、こっちにおいで。早くこっちにいらっしゃい』って。お母さんの声だったよ。だから私、お母さんが裏口から帰ってきたのかなと思って、立ち上がって、路地のほうへ歩いていったの」

シャオマンは細い指で、路地の方角を指さした。

「路地の入り口まで行って、奥を見たけど、お母さんはいなくて。あれ、と思って立ち止まったら、後ろでどどどってすごい音がして、家が崩れたの。びっくりして振り返ったら、石の椅子がなくなってた」

私は手拭いを持ったまま、息をするのを忘れていた。

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