第一章 尾根道の荷

朝霧がまだ杉の梢を白く覆っていた。

江西省の南の端、福建と広東の境に近い山深い赤土の尾根道は、烏石坳(ウーシーアオ)と呼ばれていた。

ふだんなら人通りの絶えているはずのその曲がり角に、夜明けとともに四人の男が立ち尽くしていた。

男たちはみな、山のふもとの生産隊で土を耕す農民で、先頭に立っていたのは鐘(チョン)家の長男の阿福(アーフー)だった。

手には竹の天秤棒と麻縄を握りしめ、眉間に深い皺を刻んで、目の前の路上を見つめている。

道の真ん中、赤土の上に突き出た平らな黒い岩の上に、それが置かれていた。

柴の束である。

だが、ただの柴ではなかった。

杉の枝や、よく乾いた太い幹が、大人の背丈ほどの長さにきっちりと切り揃えられ、山のように積み上げられていた。

外側は青々とした葛の蔓で幾重にも、職人が編んだ籠のようにきつく、几帳面に縛られている。

その結び目の堅さと見事な揃い方は、村のどんな腕利きの樵が見ても舌を巻くほどだった。

「おい、阿福。本当にこれなのか」

息を白く吐きながら、若者の一人が小声で尋ねた。

阿福は黙ったまま柴に歩み寄り、天秤棒の先でその束を小突いてみた。

石のようにびくともしない。

片端に手をかけ、腰を落として持ち上げようとしたが、男一人の力ではわずかに揺らぐだけだった。

大人の男二人が天秤棒を渡して肩を並べ、ようやく担げるかどうかという重さだった。

「母さんが嘘をつくわけがないだろう」阿福は吐き捨てるように言った。「だが、ゆうべ母さんの話を聞いたときは、頭がおかしくなったのかと思ったよ」

ゆうべの黄昏どき、六十を過ぎた阿福の母、鐘婆さんは、泥だらけの足で家に転がり込んできた。

手ぶらだった。

背負って出かけたはずの竹籠も、中に詰めていたはずの卵も、何一つ持っていなかった。

そして息を乱しながら、烏石坳の山道で卵の籠が消え、代わりに大きな柴の束が置かれていたのだと口走ったのである。

泥棒の仕業なら、卵だけを奪って逃げるはずだ。

なぜわざわざ、大人が二人がかりで運ぶような柴の束を、その場に残していく必要があるのか。

いたずらにしては手間がかかりすぎているし、そもそもこんな人里離れた尾根で、誰がそんな酔狂な真似をするというのか。

阿福は後ろを振り返った。

山道を少し遅れて登ってきた母が、杖をつきながら霧の中から現れたところだった。

藍色の粗末な上着をまとい、頭には客家(ハッカ)の女がかぶる、縁に布を垂らした竹の涼帽(リャンマオ)を載せている。

老女は足を止め、男たちが囲む柴の束を見つめた。

その顔には驚きも恐れもなく、ただ底の知れない困惑だけが、静かに沈んでいた。

「母さん、本当にここか」阿福が念を押した。「卵を置いたのは、この岩の上なのか」

鐘婆さんはゆっくりと頷いた。

その目は、柴の束の端からわずかにのぞく、黒い岩の乾いた表面に向けられていた。

そこには、ゆうべ自分が置いたはずの竹籠の、丸い擦れ跡すら残っていなかった。

ただ、何十本もの太い薪が、初めからそこに根を生やしていたかのように、冷たい朝の空気の中に据わっていた。

第二章 鶏の尻の銀行

話は、前の日の朝に戻る。

一九七〇年代の初め、贛南(かんなん)の山々は、外の世界から切り離されたように静まり返っていた。

遠くの山肌からは、国営のタングステン鉱山の発破のかすかな響きと、鉱石を運ぶ索道の滑車の軋みが、風に乗って低く届いてくるばかりだった。

この土地の山の中には鉱山の町がいくつも点在していたが、ふもとの農村に生きる客家の人々の暮らしは、何十年も変わらない貧しさと厳しさの中にあった。

そのころ、農民が自分で作物を育てて売ることは「資本主義の尻尾」として厳しく咎められ、自分の畑を広げることも、商いをすることも、きつく制限されていた。

配給の切符と人民公社の労働点数だけでは、塩や油、縫い針一本すら満足に買えない。

その中で、ほとんど唯一見逃されていたのが、庭先で飼うわずか数羽の鶏と、それが産む卵だった。

村の人々は自嘲を込めて、それを「鶏屁股銀行(ジーピーグー・インハン)」、つまり鶏の尻の銀行と呼んだ。

鶏が卵を一つ産めば、それが農家にとって何分(フェン)かの現金になる。

女たちはその卵を大事に籾殻の中に埋めて貯め、市の日を待つのだった。

月に何度か、決まった日に開かれるその定期市を、土地の言葉で「墟(シュー)」と言い、市へ出かけることを「赴墟(フーシュー)」と言った。

山の集落から墟の立つ町までは、三十里、四十里の山道が当たり前だった。

夜明け前に起き出し、籠を背負って山を越え、昼前に着いてわずかな買い物をし、日が暮れる前にまた山を越えて戻る。

それが、この山地に生きる者たちの暮らしだった。

その日、鐘婆さんは、竹で編んだ蓋つきの籠に、籾殻と一緒に三十個ほどの卵を詰めて家を出た。

孫娘の阿梅(アーメイ)が、冬に着る綿入れの綻びを繕うための青い木綿糸と、穴の開いた鍋を塞ぐ錫を買ってきてほしいとせがんでいた。

阿福の嫁が早くに亡くなってから、十歳になる孫娘の世話は、すべて鐘婆さんの肩にかかっていた。

卵が全部売れれば、糸と油を買い、あわよくば、阿梅に黒砂糖のかけらを一つなめさせてやれるはずだった。

だが、その日の墟は思わしくなかった。

見回りの係の者がいつもより目を光らせていて、道端で物を売る者たちを追い散らしていた。

鐘婆さんは通りを何度も行き来し、壁の陰に身を潜めながら卵を売ろうとしたが、昼を過ぎても十個ほどしかさばけなかった。

手元には、重い竹籠と、まだ二十個あまりの卵が残った。

これ以上町にいれば、帰りの山道で日が暮れてしまう。

鐘婆さんは仕方なく買い物をあきらめ、わずかな塩だけを懐に押し込むと、売れ残りの卵の入った籠を背負い直して、帰り道についた。

帰りの道は、行きよりもはるかにこたえた。

腹は減り、足は鉛のように重い。

いつもの道を通れば、ぐるりと大回りになる。

日はもう西の山並みに傾き、谷底から青黒い影が這い上がりはじめていた。

鐘婆さんは立ち止まり、分かれ道を見上げた。

いつもの道を捨て、尾根伝いにまっすぐ村へ抜ける近道があった。それが、烏石坳を越える山道だった。

第三章 梢の笑い声

烏石坳を通れば、道のりは半分近くに縮まる。

だが、その近道を通る村人はめったにいなかった。

道が険しいからだけではない。

尾根伝いの十里あまりのあいだ、人家が一軒もなく、うっそうとした赤松と毛竹の林が、昼でも暗い影を落としているからだった。

そして何より、あの道には気味の悪い噂がつきまとっていた。

何年か前、隣の谷のタングステン鉱山で働く坑夫が、非番の日に、この烏石坳を越えて実家へ帰ろうとしたことがあった。

日はもう傾いていた。

深い山の中で一人、薄暗い道を歩く心細さを紛らわせるため、そして山に潜む猪や豹を遠ざけるため、客家の男たちはよく山歌を歌った。

山歌は、山と山のあいだで呼び交わす、即興の節回しである。

一人で歌うときも、歌の始まりや終わりに、腹の底から絞り出すような、長く高い掛け声を入れるのが習わしだった。

その声は谷を渡り、もし近くに別の旅人や草刈りの者がいれば、同じように声を返して歌を継ぎ、互いの居場所を確かめ合うのである。

その坑夫もまた、胸を張って大声で山歌を歌い、節の終わりに、天へ向けて長く声を張り上げた。

「哎呀嘞(アイヤーレイ)——!」

声が夕暮れの竹林に吸い込まれ、遠くの岩壁に当たって、かすかに跳ね返った。

男が息を吸い、次の句を歌おうとした、そのときだった。

頭上の大木から、声が返ってきた。

だがそれは、人が歌を継ぐ掛け声ではなかった。

「ヒャ、ヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

速く、鋭く、耳を刺すような笑い声だった。

女の甲高い笑いのようでもあり、夜に鳴く鳥の引きつった声のようでもあり、猿が歯をむいて立てる声のようでもあった。

だが、そのどれとも、はっきりと違っていた。

笑い声は、梢を揺らすように、途切れなく、転がるような速さで降ってきた。

坑夫は腰を抜かしかけた。

恐る恐る見上げたが、夕闇に沈む太い枝のあいだには、揺れる葉の影があるばかりで、人の姿も、大きな鳥の影も見えなかった。

風もないのに、梢だけが、笑い声に震えるようにざわめいていた。

坑夫は荷を放り出し、転がるように山道を駆け下りた。

実家にたどり着いたときには顔が真っ青で、しばらく声も出なかったという。

その坑夫は熱を出して寝込むこともなく、怪我一つせず、その後も鉱山で元気に働き続けた。

ただ、二度と烏石坳の近道を通ろうとはしなかった。

鐘婆さんも、その噂を知っていた。

知っていたからこそ、ふだんなら決して足を踏み入れない道だった。

だがその日は、足腰がもう限界だった。

売れ残りの卵の重みが両肩に食い込み、西の空は、赤銅色から鈍い鉛色に変わりつつあった。

大回りをしていては、確実に真っ暗な夜に捕まってしまう。

山道で闇に巻かれることのほうが、正体の知れない笑い声よりも、ずっと確かな危険だった。

鐘婆さんは胸の中で、家の祖先の位牌と観音さまの名を唱えながら、竹のトンネルのような烏石坳の登り口へ踏み込んだのだった。

第四章 一分の空白

道は、思ったとおり荒れていた。

赤土の地面はところどころ雨水に削られて溝になり、枯れた竹の葉が幾重にも積もって滑りやすかった。

両脇から伸びた毛竹が頭上で交差し、空をほとんど隠している。

暮れ方の光は葉の隙間からかすかに漏れるだけで、足元はもう、夜の底のように暗かった。

鐘婆さんは息を切らし、杖をつきながら、一歩一歩坂を登った。

あたりは、気味が悪いほど静まり返っていた。

鳥の声一つ聞こえず、ただ自分の荒い息だけが耳についた。

噂の笑い声が聞こえてこないことだけを祈りながら、彼女は尾根のいちばん高いところに差しかかった。

道の脇に、畳一枚分ほどの、平らな黒い岩が突き出ていた。

烏石坳の名の元になった岩である。

ここを越えれば、あとは下り坂になり、村の灯りが見えてくるはずだった。

ほっと息をつきかけた、そのときだった。

急に、どうにも我慢のならない用を足したくなった。

朝からろくに物を食べず、墟で冷たい井戸水を飲んだのが障ったのかもしれなかった。

このまま村まで歩き続けることはできなかった。

鐘婆さんは背中の荷紐を解き、卵の入った大事な竹籠を背から降ろすと、道端の平らな黒い岩の真ん中に、倒れないよう丁寧に据えて置いた。

二十個あまりの卵が、籠の底の籾殻の中で、かすかに擦れ合う音を立てた。

彼女は着物の裾をたくし上げ、道から二間ほど奥の、竹と灌木の茂みへ急いで入った。

茂みの奥に身をかがめる。

山の冷気が、むき出しの肌を刺した。

まわりの竹林は、しんと静まり返っていた。

風さえ止んでいた。

耳を澄ませば、数十歩先を這う蟻の音まで聞こえそうな静けさだった。

誰かが通りかかる気配は、少しもなかった。

もし誰かが山道を歩いてくれば、枯れた竹の葉がかさりと鳴るはずだし、まして重い籠を持ち去ろうとすれば、岩の上で籠の擦れる音がしないはずがなかった。

用を足し終えるまで、ほんのわずかな時間だった。一分、長くても二分に満たなかったはずだ。

鐘婆さんは着物を整えて立ち上がった。枯れ葉で手を拭い、籠を取りに戻ろうと、灌木の枝をかき分けて道へ出た。

夕闇は急に濃くなり、黒い岩の影が、青白く浮かび上がっていた。鐘婆さんは、平らな岩の上へ目を向けた。

岩の上に、竹籠はなかった。

代わりにそこにあったのは、大人の背丈ほどもある、見たこともないほど大きく、整った柴の束だった。

鐘婆さんは足を止め、何度も瞬きをした。

目の前のものが、すぐには呑み込めなかった。

あまりに唐突で、恐ろしいとさえ感じなかった。

岩の上に歩み寄った。

たしかにそこは、ほんの一分前に、自分が卵の籠を置いた場所だった。

だが、竹籠も、籾殻も、卵のかけらすら残っていなかった。

そこにどっしりと据わっていたのは、きれいに長さを揃えて切り落とされ、青い葛の蔓で几帳面に縛り上げられた、おびただしい量の杉の薪だった。

よく乾いているのに、杉の脂の匂いが、冷たい夕方の空気の中に強く漂っていた。

「誰だい」

鐘婆さんは震える声で叫んだ。

「誰か、そこにいるのかい!」

返事はなかった。

竹林の上を、乾いた風がさっと吹き抜けただけだった。

鳥の羽音も、獣の唸りも、まして、あの噂の笑い声も聞こえなかった。

誰かが卵を盗んで逃げたのだとしても、考えられないことだった。

ほんの一分か二分のあいだに、大人の男が二人がかりでなければ動かせないような柴の束をどこからか担いできて、音一つ立てずに岩の上に据え、代わりに卵の籠を持って消えるなどということが、人にできるはずがなかった。

柴の束は、空から降ってきたかのように、冷たく静まり返っていた。

鐘婆さんは、震える膝を叩き、柴の束に触れることもできないまま、杖にすがるようにして、夜の山道を転がるように下っていった。

第五章 正直な取引

「——それで、今朝になって見に来たら、本当にそのままあったってわけさ」

阿福が汗を拭いながら言った。

烏石坳の山道から、男四人がかりで二本の天秤棒を渡し、喘ぎながら村まで運び下ろした柴の束は、鐘家の土壁の庭先に降ろされていた。

村の者が仕事を放り出して集まり、珍しい見世物でも見るように、幾重にも柴を取り囲んでいた。

「見てみろよ、この葛の縛り方を。村の年寄りだって、こんなにきれいに蔓を綯えやしないぞ」

「枝の切り口を見ろ。鉈の刃こぼれ一つない。すっぱりと一太刀で落としてある」

「それに、この木肌……里の杉じゃない。もっと山の上の、人が斧を入れられないような所の木だ」

村の男たちが、口々に感嘆の声を漏らした。

誰もが初めは泥棒か山賊の仕業を疑ったが、実物を前にすると、そんな理屈は吹き飛んでしまった。

卵二十個あまりと、このよく乾いて見事に束ねられた薪とを天秤にかければ、どう見ても柴のほうが得だった。

冬の煮炊きと暖のために、これだけの薪を山から伐り出して担ぎ降ろそうとすれば、屈強な男でも何日もかかる。

「泥棒が、わざわざ損をする取り引きをしていくわけがねえ」と、若者の一人が笑った。

だが、鐘家の空気は沈んでいた。

庭の隅の腰掛けに座った鐘婆さんは、運び込まれた柴を見つめたまま、一言も口をきかなかった。

家族にとって、卵は孫娘の冬着の糸であり、塩であり、現金そのものだった。

それが、得体の知れない山の薪に化けてしまったのだ。

化かされたのか、それとも山の神の機嫌を損ねたのか、老女には判断がつかなかった。

「得だったじゃないか、母さん」と阿福が言った。「冬じゅう、薪を拾いに行かなくて済む」

「薪で糸は買えないよ」鐘婆さんは、それだけ言った。

人垣のうしろから、生産隊の隊長の老曽(ラオツォン)が顔を出したのは、そのすぐあとだった。

隊長は柴の束と、集まった人々とを見比べ、苦い顔をした。

「おまえたち、あんまり騒ぐなよ」と、隊長は低い声で言った。「山から薪が降ってきた、なんて話が公社の耳に入ってみろ。迷信を広めたと言われて、吊るし上げを食うのはこの村だ。

これは、鐘家の者が山で拾ってきた薪だ。それでいい。いいな」

集まった人々は、黙って頷いた。

ここ何年か、村の古い祠は壊され、祭りの太鼓も鳴らなくなっていた。

山のものの話を、大きな声でできる時代ではなかった。

それでも、隊長が帰っていったあとも、人垣はなかなか崩れなかった。

誰もが、目の前の柴の束から、なかなか目を離せずにいたのだ。

そのとき、人垣をかき分けて、一人の老人が庭に入ってきた。

昔、村の小学校で子供たちに読み書きを教えていた何(ホー)先生だった。

もう教壇を退いて久しいが、古い書物をよく読み、村で揉め事や妙な出来事があると、誰もが知恵を借りに行く物知りだった。

何先生は丸眼鏡の縁を指で押し上げ、庭の真ん中の柴の束のまわりを、ゆっくりと一回りした。

しゃがみ込んで切り口の年輪を指で撫で、葛の結び目をじっと見た。

「先生、何か分かりますか」と、阿福がおずおずと尋ねた。

何先生は立ち上がり、咳払いを一つしてから、遠くの青い山並みに目をやった。

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