序章 記憶という名の密室
この告白を記すにあたり、私は幾度となく自らの理性の境界を疑い、自らの指先を爪で深く傷つけてきた。滲み出る血の赤さ、指先に走る鋭い痛み、そして今こうしてキーボードを叩くプラスチックの乾いた反響音——それらのすべてが、私という人間が今なお「現実」と呼ばれる檻の中に生きていることを証明している。
だが、もしある日、世界中のすべての人々、すべての公的記録、すべての物理法則が結託して、あなたに向かってこう告げたとしたらどうだろうか。
「お前の愛した友人など、最初からこの宇宙に一度たりとも存在しなかった」と。
二〇一九年八月、中国の知識共有サイト「知乎(Zhihu)」に、『你所经历的哪些事情让你怀疑这个世界是假的/有bug的?(この世界は偽物だ、あるいはバグがあるのではと疑った経験は何か)』という問いへの長文回答が投稿された。回答は、二〇一三年四月二十五日に天津・塘沽の高校で起きたという出来事を語っていた。
その回答の中心にいたのが、同級生として記憶されながら、周囲の記憶と記録から消えたとされる少年——「潘博文(パン・ボーウェン)」である。
原回答が指定した日は、二〇一三年四月二十五日、木曜日。場所は天津市塘沽地区のある高校であり、ネット上では特定の実在校と結びつけて語られることがある。
回答は転載、動画、朗読を通じて広まり、「マンデラ効果」や並行世界を思わせる中国の代表的なネット怪談となった。しかし閲覧数、学校への訪問、行政機関の対応について、後世の再話には誇張と相互矛盾が多い。
二〇二一年一月、投稿者は潘博文を自らが作った幻想上の友人であり、回答は虚構だったと説明した。この説明までが、現存する転載から辿れるネット事件の重要な結末である。
投稿者自身の説明を尊重するなら、潘博文の失踪は確認された実在事件ではなく、極めて具体的な土地と日時を与えられた創作である。
以下は、その原回答の骨格に「撤回が別の理由で行われたとしたら」という仮定を重ねた文学的再構成である。
都市伝説は、否定された時点で消えるとは限らない。時に否定そのものを『隠蔽の証拠』として取り込み、さらに強い物語へ変化する。
ここから語る一人称の手記は、まさにその変化を小説として最後まで押し進めたものである。語り手は実在の投稿者ではない。
——もし、撤回した語り手が、なお記憶だけは捨てられずにいたなら。
物語は、その反実仮想から始まる。
彼が守ろうとしたのは真相ではなく、世界から消えた一人の名前だった。
あの日、あの埃っぽい天津の空の下で、私たちは確かに世界の「縫い目」を目撃してしまった。
そして潘博文は、その裂け目の奥底へと、今この瞬間も落ち続けているのだ。
第一章 二〇一三年四月二十五日——黄砂の午後
時計の針を、すべての発端となった二〇一三年四月二十五日へと巻き戻さねばならない。
物語上の私は、天津市浜海新区——かつて「塘沽(タンクー)」と呼ばれた沿海部——にある、天津・塘沽の高校の高校三年生であった。
全国統一大学入試(高考)まで四十三日。四月二十五日、木曜日の第四時限は、時間割変更前に残された高校生活最後の体育授業だった。原回答では選択制の授業でバドミントンをしていたと語られる。
本稿はそこから情景と人物を再構成している。
初春の華北地方特有の、乾燥した砂埃が街を覆っていた。
渤海から吹き付ける塩辛い風と、臨海化学コンビナートの重苦しい煙が混ざり合い、空は抜けるような青さではなく、白茶けた鉛色の膜を張ったように霞んでいた。午後三時を回った頃、一千メートル走と走り幅跳びの測定を終えた生徒たちは、全身を汗と砂に塗れさせ、校庭のあちこちで放心したように座り込んでいた。
私と、幼少期からの無二の親友であった「小凡(シャオファン)」、そして他クラスの知人であった後輩の「小L(エル君)」の三人は、測定の合間の自由時間を持て余し、校舎の裏手にある舗装の剥げた空き地で、バドミントンをして遊ぶことにした。
そこにふらりと現れたのが、潘博文であった。
潘博文は、私や小凡と同じ理系進学クラスの群れの中にいた、高校三年十組の生徒であった。
当時の彼の輪郭を、私の脳髄は今なお、昨日のことのように鮮明に再生することができる。
身長はおよそ百八十センチメートル。痩せ型で、わずかに猫背の癖があり、丸みを帯びた銀縁の眼鏡を鼻梁に載せていた。肌は陽光を知らぬ学究の徒のように青白く、唇の端にはいつも、控えめで柔らかな、他者を傷つけることを極度に恐れるような微笑を浮かべていた。
彼は決して目立つ存在ではなかったが、数学と物理においては学年でも指折りの秀才であり、放課後の自習室では、私や小凡によく微積分の難問の解法を丁寧に教えてくれたものだった。
彼には、一つの特徴的な癖があった。
いつも制服のポケットに、深緑色のラバーでできた「小さなカエルのキーホルダー」のついた真鍮の鍵束を入れており、考え事をするたびに、ポケットの中でそれをジャラジャラと鳴らすのだ。彼の実家は学校から自転車で十五分ほどの古い公務員宿舎にあり、母親は地元の総合病院の小児科医、父親は港湾局の技術員であった。
これほどまでに具体的で、これほどまでに血の通った一人の人間が、どうして「存在しなかった」などと言えるだろうか。
「おい、潘! お前もやるか?」
小凡がラケットを掲げて声をかけると、潘博文は自らの銀縁眼鏡を指先で押し上げ、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ああ、混ぜてくれよ。長距離走で脚がパンパンだけど、少しなら付き合える」
私たちは二人一組になり、風の凪いだ空き地でプラスチックのシャトルを打ち合い始めた。
笑い声が、埃っぽい春の空気に吸い込まれていく。どこにでもある、平凡で、退屈で、かけがえのない青春の断片。
しかし、時計の針が午後三時四十分を指したまさにその時、運命の歯車が狂気の回転を始めたのである。
小Lが手首を強くスナップさせて打ち返したシャトルが、突風に煽られ、大きく放物線を描いてフェンスを越えた。
白いプラスチックの羽根は、校庭の最北端——立ち入り禁止のトラロープが張られた、古びた赤煉瓦の廃墟の開口部へと吸い込まれていったのだ。
その建物は、学校の敷地内に取り残されていた「旧学生宿舎棟」であった。
耐震強度の不足と老朽化のために数年前に完全閉鎖され、一階の窓にはことごとく木の板が打ち付けられ、蔦と雑草に覆い尽くされた不気味な廃屋。生徒たちの間では「昔、あの地下室で首を吊った用務員がいる」といった陳腐な怪談が囁かれ、昼間であっても近づく者はいなかった。
シャトルが飛び込んだのは、その旧宿舎棟の基礎部分——地面すれすれの場所に口を開けていた、換気用の小さな明かり取りの窓であった。
板が朽ち落ちて鉄格子が外れ、ガラスの破片が散乱するその漆黒の隙間は、建物の地下深くへと通じる暗黒の喉笛のように、ぽっかりと口を開けていた。
「参ったな……あれ、学校の備品の高いやつなんだよ」
小Lが頭を抱えた。
「取ってこようぜ」小凡が言った。「どうせ地下のボイラー室か通路の床に落ちてるだけだろ。隙間から潜り込めばすぐそこだ」
潘博文も頷き、ポケットの鍵束をジャラリと鳴らした。
「僕も手伝うよ。みんなで探せば一分で見つかるさ」
小Lは暗がりを極端に恐れ、「僕はここで見張りをしているよ」と地上に残ることを選んだ。
こうして、私、小凡、そして潘博文の三人は、薄暗い地下の裂け目へと、自らの足で身を滑り込ませたのである。
第二章 旧宿舎棟の地下迷宮——消えゆく足音
開口部をくぐり抜けた瞬間、私の皮膚を撫でたのは、地上の温もりを一瞬にして奪い去るような、湿潤で絶対的な「冷気」であった。
ドブ川のヘドロと、腐敗した木材、そして錆びついた鉄パイプが放つ濃厚な金属臭が鼻腔を突いた。
採光窓からの光は数歩進んだだけで届かなくなり、私たちはスマートフォンの頼りない液晶画面のバックライトをかざしながら、暗闇の中を慎重に進んだ。
足元は、長年の湿気で粘土のようになった黒い土と、割れた石膏ボードの破片が散乱していた。
カサリ、カサリと、私たちのスニーカーが瓦礫を踏みしめる音だけが、コンクリートの空洞に不気味な反響音を残して響き渡る。
「おい、どこまで続いてるんだ、これ……」
小凡が不安そうに囁いた。
地上の宿舎棟の規模から考えれば、地下室など東西に数十メートル程度の広さであるはずだった。
だが、私たちが歩みを進めるにつれ、通路は直線ではなく、緩やかな下り勾配を描きながら、網の目のように分岐を繰り返していたのだ。
頭上には太い送水管や高圧電線のケーブルが何十本も這い回り、まるで巨大な怪物の血管の胎内を彷徨っているかのような錯覚を抱かせる。防空壕——冷戦時代、中ソ対立の最中に毛沢東の号令によって地下深くに掘削された地下要塞の遺構が、この廃屋の地下と連結していたのかもしれない。
「あ、あった!」
前方を照らしていた小凡が声を上げた。
数メートル先の地面、散乱した配管の継ぎ目の上に、あの白いプラスチックのシャトルが転がっていた。
小凡が駆け寄り、それを拾い上げた。
「よし、目的は果たした。早く出ようぜ、ここ、空気がヤバすぎる」
私も激しく同意した。胸の中央が鉛のように重く締め付けられ、耳の奥でキーンという高周波の耳鳴りが鳴り止まなくなっていたのだ。
だが、その時——背後にいた潘博文が、自らのポケットを手探りしながら、青ざめた顔で立ち止まった。
「……待ってくれ。鍵がない」
「え?」
「さっきの鍵束だ……カエルのキーホルダーの。走った時に、どこかで落としたみたいなんだ」
潘博文の表情には、普段の冷静さからは考えられないほどの焦燥が浮かんでいた。
「あれ、家の鍵だけじゃないんだ。亡くなった祖父の形見の万年筆が入った筆箱の鍵も付いてるんだよ。あれを無くしたら、母さんに殺される……!」
潘博文は携帯電話の光を足元に向け、今来たばかりの暗い通路を引き返し始めた。
「潘、待てよ! 暗すぎる、後で懐中電灯を持ってやり直そう!」
私が制止しようと叫んだ、まさにその瞬間であった。
カラン…………。
通路の遥か奥底——光の届かぬ暗黒の深淵から、何かが床を転がるような、硬質な金属音が響いた。
続いて、
ボタ……ボタ……ボタ……
と、粘り気のある液体が天井から水たまりへと滴り落ちるような、規則正しい滴下音。
空気が、凍りついた。
いや、比喩ではない。室温計があれば間違いなく氷点下を示していたはずだ。私たちの吐く息が一瞬にして真っ白に濁り、剥き出しの首筋を、氷水で湿らせた布で撫で回されたような強烈な悪寒が駆け抜けた。
そして——聞こえてきたのだ。
ズリ……ズリ……ズリ……。
重い麻袋を引きずるような、あるいは人間の下半身が床を這いずり回っているかのような、湿った摩擦音。
それは、潘博文が向かおうとしていた通路の奥の闇から、私たちのいる場所へ向かって、一定の速度で確実に近づいてきていた。
「逃げろッ!!」
小凡が引き裂くような悲鳴を上げた。
理屈ではなかった。霊だとか怪物だとかいう認識を越え、人間の遺伝子の最も根源的な部分に刻まれた「絶対的捕食者に対する恐怖」が、私たちの四肢の筋肉を反射的に駆動させた。
私と小凡は、シャトルを握りしめたまま、元来た開口部の光を目指して狂ったように走り出した。
瓦礫に足を取られ、膝をすりむき、コンクリートの角に肩を激しく打ち付けながらも、一度たりとも後ろを振り返ることはできなかった。
背後から、潘博文の叫び声が響いていた。
『待ってくれ! 僕を置いていかないでくれ! 待って——!』
その声は確かに、私たちのすぐ後ろ——数メートルの距離を追いかけてきていたはずだった。
スニーカーが泥を蹴る足音も、荒い呼吸音も、確かに背後に追従していた。
「早く! 登れ!」
開口部から差し込む白茶けた陽光が見えた。
小凡が先に這い出し、続いて私が鉄格子に手をかけ、必死の思いで身体を地上の土の上へと引きずり上げた。
「ハァッ……ハァッ……! 死ぬかと思った……!」
私たちは埃まみれの芝生の上に倒れ込み、激しく波打つ胸を押さえながら天を仰いだ。
太陽の生ぬるい光、土の匂い、遠くの校庭から聞こえる体育教師の笛の音。
私たちは生きて戻ってきたのだ。
息を整えた私は、開口部の前で呆然と立ち尽くしていた小Lに向かって笑いかけた。
「おい、小L……めちゃくちゃ怖かったぞ。……あれ? 潘博文は? あいつ、すぐ後ろにいたろ?」
小Lは、手にしたバドミントンのラケットをだらりと下げたまま、怪訝そうに眉をひそめて私を見つめていた。
そして、その乾いた唇から、私の人生を根底から粉砕することとなる、最初の一撃が放たれたのである。
「……先輩、何を言ってるんですか?」
小Lの声には、冗談を弄ぶ色など微塵もなかった。
「潘博文って……誰ですか?」
第三章 世界の改竄——「誰それ?」
「は……?」
私の喉から、間の抜けた掠れ声が漏れた。
「何ふざけてるんだよ。高二十組の潘博文だよ! 一緒にバドミントンをして、一緒に地下室へ降りたじゃないか!」
私は隣で泥を払っていた親友の小凡の肩を掴んだ。
「おい、小凡! お前からも言ってやれよ。潘博文が鍵を落として、奥へ戻ろうとしたから……」
小凡は立ち上がり、不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
その瞳には、嘘や悪戯の光など一片も存在しなかった。あるのは、ただ純粋な、心底からの「困惑」だけであった。
「おいおい、お前、走るのに必死で頭でも打ったのか? ……さっきから何を言ってるんだよ。バドミントンをしてたのは、俺とお前と小Lの三人だけだろ。
地下室に入ったのも俺たち二人だけだ。シャトルを拾って、変な物音がしたから慌てて逃げてきたんじゃないか」
ドクン、と耳の奥で心臓が跳ね上がった。
「嘘だろ……? お前、さっき潘博文と話してただろ! 数学の宿題を教えてもらった話も、長距離走がキツかった話も……!」
「誰だよそれ!」小凡は声を荒らげた。「俺たちの学年に、そんな名前の奴なんていねえよ!」
全身の血液が、足の裏から一気に抜け落ちていくような感覚であった。
私は二人を突き飛ばし、校舎へと向かって狂ったように走り出した。
渡り廊下を駆け抜け、靴箱を飛び越え、二階にある「高二十組」の教室の引き戸を力任せに開け放った。
放課後の教室には、数人の生徒が残って談笑していた。
黒板の前でチョークを握っていた学級委員長の女子生徒が、泥まみれで息を切らす私の姿を見て目を丸くした。
「どうしたの、他クラスの人が急に……」
「潘博文は?!」私は教卓に両手を叩きつけた。「潘博文はどこへ行った!? 彼の机はどれだ!」
女子生徒は怯えたように後ずさり、教室を見回した。
「……パン・ボーウェン? 誰のこと? 私たちのクラスに、そんな生徒はいないわよ」
「嘘をつくな!!」
私は教室の座席を指差した。
潘博文の席は、窓側の列の前から三番目——廊下の掲示板の時間割が見える、日当たりの良いあの場所にあるはずだった。
だが、私が指し示した場所には、見知らぬ男子生徒の机が整然と並んでいた。
教室の座席表を確認する。全四十八名。
偶数。欠番はない。隙間なく机が並び、男子二十四名、女子二十四名。
潘博文の名前は、座席表のどこにも存在しなかった。
「出席簿を見せてくれ!」
私は半狂乱で教卓の引き出しを引き抜いた。
青いビニール表紙の出席簿。五十音順——いや、漢語拼音(ピンイン)順に並んだ生徒の名簿。「P」の項目。
『彭(パン)』の次には、直接『斉(チー)』の名前が印字されていた。
『潘(パン)』の文字は、紙の繊維のどこにも刻まれていなかった。
私は職員室へ駆け込んだ。
体育科の教員、学年主任、そして十組の担任であった初老の女性教師・張先生を取り囲み、涙を流しながら訴え続けた。
「先生! 潘博文です! 毎日眼鏡をかけて、数学の質問に職員室へ来ていたじゃないですか! 彼の家は港湾局の宿舎で、お母さんは小児科医の……!」
張先生は、最初は悪質な悪戯を警戒するような厳しい表情を崩さなかったが、私の錯乱ぶりが尋常でないことを悟ると、痛ましげに眉根を寄せ、自らの机のパソコンのデータベースを立ち上げた。
天津市の教育委員会が管理する、全校生徒の電子学籍簿システム。
生徒氏名検索欄に「潘博文」と入力し、エンターキーを押す。
【 該当する生徒は見つかりませんでした 】
学籍番号、顔写真、住所録、健康診断記録。
何千人もの生徒のデータが整然と並ぶサーバーの深淵において、「潘博文」という三文字は、一片のデジタルビットすら残されていなかった。
「ねえ、君……疲れているんじゃないの?」
張先生の声は、腫れ物に触るように優しかった。
「最近、模試が続いていたからね。少し保健室で休みなさい。親御さんに連絡してあげるから」
世界が、私を拒絶していた。
私の網膜には、彼の笑顔が、彼の眼鏡の反射が、彼が解いたノートの美しい数式の筆跡が、これほど鮮烈に焼き付いているというのに。
学校の壁、紙の記録、友人の脳細胞、そして世界そのものが、まるで最初から彼など存在しなかったかのように、完璧な整合性をもって口を閉ざしていたのである。
第四章 妄想の烙印と、消滅した家族
その日の夕方、私は両親に引き取られ、そのまま精神神経科のクリニックへと連行された。
泣き叫びながら潘博文の実在を主張する私に対し、医師が下した診断は冷酷極まるものであった。
「強度の学業ストレス、および極度の疲労環境下における一過性の解離性記憶障害、ならびに擬似記憶(フォールス・メモリー)の構築」。
医師の説明によれば、私は過酷な受験戦争の重圧から逃避するため、無意識のうちに「数学が得意で、穏やかで、自らの理想を具現化した架空の友人」の幻影を脳内に創り出し、長期間にわたってその妄想と生活を共にしていたのだという。
「地下室の恐怖体験によって、その妄想の風船が破裂したのです。存在しない友人を『消えた』と錯覚することで、あなたの精神は自己の崩壊を防ごうとしているのですよ」
科学という名の刃が、私の記憶の肉を削ぎ落としていく。
だが、私は諦めなかった。
「なら、彼の実家へ行けばいい。彼の両親に会えば、すべてが証明されるはずだ」
翌週、私は学校を抜け出し、潘博文がかつて話していた住所——塘沽港湾局の古い職員宿舎地区へと走った。
迷路のような並木道を抜け、彼が指定していた棟の番号、階段を駆け上がり、鉄扉のチャイムを鳴らした。
ドアを開けたのは、見知らぬ作業服を着た初老の男であった。
「……潘博文? 誰だそれは。ここは俺が二十年前から一人で住んでる部屋だぞ。小児科医の女房? 技術員の親父? 寝ぼけるのもいい加減にしろ!」
怒号とともに目の前でドアが叩き閉められた。
宿舎の管理事務所へ駆け込み、過去数十年の入居者名簿を閲覧させてもらった。
だが、そこにも「潘」という姓の家族が居住していた記録は、一行たりとも存在しなかった。
私は警察署へ飛び込んだ。
派出所の受付で、身元不明の行方不明者届を出したいと狂ったように訴えた。
警察官はため息を吐きながら戸籍照会システムを叩いてくれた。
天津市全域、さらには全国の戸籍データベース。
「一九九六年生まれ、天津市塘沽区出身、氏名・潘博文」。
画面に表示された検索結果は——ゼロ。
同姓同名の人間は他省に何人か存在したが、その顔写真は、私の知るあの温厚な眼鏡の少年のものとは似ても似つかない、全くの別人ばかりであった。
少年は、死んだのではない。
「生まれなかった」ことにされていたのだ。
彼の父親も、彼の母親も、彼が育った家も、彼が使っていた教科書も、彼が触れたすべての物質が、宇宙の歴史の織物から、一本の糸をピンセットで抜き取るようにして、痕跡すら残さず消滅していた。
残されたのは、ただ一つ。
翌年の初夏、私たちが高校を卒業する際に配られた、あの分厚い卒業アルバムであった。
クラス全員が校舎の前で並んで撮影された、カラーの集合写真。
十組の列——前から二列目、窓側の男子生徒たちが並ぶ一角。
そこには、小凡と、別の男子生徒が肩を並べて写っていた。
だが、その二人の生徒の「間」——わずか十センチほどの隙間の空間だけが、まるで画像処理ソフトのスタンプツールで背景の煉瓦を無理やりに引き伸ばして埋め合わせたかのように、不自然な光の歪みを残していた。
私はその歪みを指先でなぞりながら、毎夜、声を殺して泣いた。
友を失った悲しみではない。
世界という巨大なシステムが持つ、あまりにも冷徹で、あまりにも残酷な「バグ修正」の恐怖に、私の精神は完全に圧殺されていたのである。
第五章 二〇一九年の告白と、マンデラ効果の熱狂
高校を卒業した私は、逃げるようにして天津を去り、北京の大学へと進学した。
年月が流れるにつれ、私は潘博文の名を口にすることを完全にやめた。親族からも友人からも「あの狂気の季節を乗り越えた青年」として扱われ、自らもまた「あれは受験鬱が生み出した妄想であったのだ」と、自らの記憶に偽りの蓋をかぶせて生きる術を身につけた。
小凡とも疎遠になった。
たまの帰省で顔を合わせても、彼はあの日の地下室の出来事を「懐かしいバドミントンの思い出」としてしか語らなかった。彼にとって、あの日はただ「二人でシャトルを拾いに行き、埃に驚いて逃げ出した夕暮れ」に過ぎなかったのだ。潘博文という名前を出せば、小凡の瞳の奥には、友人の精神を気遣うような、居心地の悪い憐憫の色が浮かぶだけであった。
だが、二〇一九年のあの日。
大学院の自習室で、ふと目にした「知乎」の質問画面。
『この世界は偽物だ、あるいはバグがあるのではと疑った経験はありますか?』
その文字列を目にした瞬間、私の胸の奥底で、六年間にわたって重石の下に押し込められていたマグマが、一気に噴き上がったのだ。
「誰にも信じてもらえなくていい。ただ、この宇宙のどこかに、彼という人間が確かに存在していたという『文字の墓碑』を刻み残したい」
私は憑かれたようにキーボードを叩いた。
あの日の一千メートル走の息切れ、黄砂の匂い、バドミントンの風の抵抗、地下室の冷気、カエルのキーホルダーの真鍮の擦れる音、そして背後から聞こえたあの最後の叫び声——。
脚色を一切排除し、自らの記憶の細部をありのままに書き連ね、送信ボタンを押した。
その後の展開は、私の予測を遥かに超越していた。
投稿から数日のうちに、その記事は何万回も転載され、「微博(ウェイボー)」や「百度貼吧(タイバ)」のトレンドランキングの頂点を独占した。
ネットユーザーたちはこれを、単なる怪談ではなく、「現代中国における最大のマンデラ効果の証拠」として熱狂的に受け入れたのである。
「自分も同じ経験がある。幼少期に遊んでいたはずの近所の友人が、ある日突然、村中の記憶から消えていた」
「世界の時間軸が二〇一二年のマヤの予言の前後で一度断絶し、別の並行宇宙へとスプライシング(接ぎ木)されたのではないか」
「量子力学における多世界解釈の、観測者のエラーだ」
無数の理論、無数の仮説が飛び交った。
やがてネット上では、学校へ確かめに行った、卒業生を探した、古い掲示板に痕跡を見つけた、という報告まで語られ始めた。どれが実際の行動で、どれが再話の脚色かを確定できる資料は乏しい。
本稿では、そうしたネット怪談が現実の学校や無関係な人々を侵食していく危うさを、以下の架空場面として描く。
学校の正門にはカメラを構えた若者たちが群がり、下校途中の生徒たちを呼び止めては「潘博文を知っているか!」とマイクを突きつけた。
固有名詞のある怪談は検索可能であるがゆえに、読者を『検証者』へ変えてしまう。だが現実の生徒、卒業生、教職員には、怪談へ証言する義務などない。
——ここからは、公開された事実ではなく、本稿が設けたもう一つの結末である。二〇二〇年の暮れ、語り手のスマートフォンに、見覚えのない固定電話の番号が表示された。
恐る恐る通話ボタンを押した私の耳に届いたのは、低く、威圧的な、しかし極めて沈着な男の声であった。
『○○君ですね。……記事について、少しお話ししたいことがあります』
第六章 沈黙の調書と、「偽りの自白」
【創作区間】この章の面談、調書、捜査官、法令上の威迫はすべて本稿の創作である。実在の公安・行政機関が原投稿者へ撤回を強要したという証拠は確認されていない。声明を『強制された隠蔽』と断定する読みは、否定を再び怪談へ回収する典型的な伝説生成でもある。
指定されたのは、北京市内の目立たない公的機関の会議室であった。
机を挟んで私の向かいに座っていたのは、私服を着た二人の捜査官であった。彼らの手元には、私が知乎に投稿した文章のプリントアウトと、私の小学校から大学院に至るまでの詳細な身元調査書が、分厚いファイルとなって置かれていた。
「君の書いた記事のせいで、現場の教育機関がどれほどの業務妨害を受けているか、分かっていますね」
年配の捜査官が、煙草の煙を吐き出しながら静かに言った。
「社会の安定を乱すデマの流布。サイバーセキュリティ法違反。公務執行妨害。……君を今すぐ拘束し、前科をつけることなど、我々にとっては何の造作もないことだ」
私は震える声で反論した。
「デマではありません……! 私は、私の記憶にある真実を書いただけです!」
若い方の捜査官が、冷ややかな視線を私に向けた。
「真実? ならば見せてみろ。その潘某なる少年の実在を証明する、客観的な証拠を一つでも提出できるか? 髪の毛一本、ノートの一片、写真の一枚でもいい。出せるのか?」
出せるはずがなかった。
世界が彼を消し去ったのだから。物理的な証拠など、この三次元の空間のどこにも残されているはずがないのだ。
「いいかね、○○君」
年配の捜査官が身を乗り出し、私の目をじっと覗き込んだ。その眼窩の奥には、単なる警察官の職務を越えた、何か底知れぬ「理解」と、それ以上に深い「諦念」の影が宿っていた。
「君が何を体験したのか、君の脳が何を記憶しているのか、それを否定する権利は我々にはない。……だがね、この社会には、この人間世界には、『存在してはならない穴』というものがあるのだよ。もし『人間がある日突然、神隠しのように世界の記録から完全に消滅する』という前例を公に認めてしまえば、この国の法と秩序、戸籍制度の根幹はどうなる?
社会の理性が崩壊するのだよ」
捜査官は一枚の紙を私の前に滑らせた。
あらかじめ文面が印刷された、宣誓書であった。
『本人が精神的な錯覚・妄想であったことを認め、一切のネット上の書き込みを撤回し、謝罪すること』
「サインしなさい」捜査官は言った。
「これを投稿し、すべてを君の個人的な狂言として終わらせるのだ。そうすれば、君の学籍も、君の将来も、家族の平穏も保障される。……潘博文という名前を、二度とこの世に蘇らせてはならない」
私はペンを握りしめた。
指先が激しく震え、インクの染みが白い紙の上に落ちた。
この紙に署名することは、潘博文を二度殺すことと同じであった。
一度目は、あの暗黒の地下室において、世界そのものが彼を消滅させた。
そして二度目は、この世界で唯一彼の記憶を保持していた私自身の手によって、彼の存在を「哀れな精神病者の妄想」という汚泥の中に永遠に埋葬することを意味していた。
だが、私には抗う力など残されていなかった。
国家という巨大な現実の歯車の前で、一人の人間の記憶など、一片の塵芥に過ぎなかったのだ。
二〇二一年一月、現実の投稿者は虚構であった旨を公表した。本稿の語り手もまた、その日付に重なるように、架空の『謝罪と撤回』を投稿する。
私は知乎に、あの有名な「謝罪と撤回の長文」を投稿した。
「私の精神疾患が生み出した虚構でした。関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます」と。
世間は安堵し、そして瞬く間に飽き足った。
ネットの熱狂は潮が引くように去り、「潘博文事件」は、一個の滑稽なネットのデマ、あるいはオカルト信者の敗北宣言として、冷笑のアーカイブへと片付けられていったのである。
終章 世界の綻び——君がいた証
事件の終息後、私は大学院を修了し、故郷から遠く離れた異国の地へと職を求めて移住した。
天津の泥の匂いも、埃っぽい春の風も届かぬ、清潔で無機質な都市の片隅で、私は今、三十代を迎えようとしている。
私の精神を診察したあらゆる名医たちの言葉に従うならば、私は今、完全に「治癒」したはずであった。
結婚し、仕事を持ち、休日に穏やかな珈琲を啜る私の脳波には、一片の異常も見当たらない。
だが——私の魂の最も深い暗がりの中で、あの日の記憶は、どれほど歳月が流れようとも、一分の風化も見せることなく、今なお鮮血のような生々しさを放ち続けている。
私は今でも、時折夢を見る。
あの二〇一三年四月二十五日の、午後の光の中。
校庭の片隅で、潘博文が笑いながら走ってくる。
『僕も手伝うよ。みんなで探せば一分で見つかるさ』
そして場面は暗転し、あの冷気と悪臭に満ちた地下室の暗黒へと切り替わる。
逃げる私の背後から、闇を切り裂いて響いてくる、あの少年の泣き叫ぶ声。
『待ってくれ! 僕を置いていかないでくれ! 待って——!』
もし、あの瞬間に私が足を止め、振り返り、彼の冷たい手を掴んで引き戻していたなら。
消え去ったのは彼ではなく、私の方だったのだろうか。
それとも、私たちは二人揃って、あの世界の裂け目の向こう側にある、もう一つの別の宇宙へと滑り落ちていたのだろうか。
大衆文化はしばしば、量子力学の観測という語彙を借り、記憶されることと存在することを結びつける。だが、これは失踪や並行世界を証明する科学理論ではない。
ならば、全人類が彼を忘却し、すべての記録が抹消されたこの世界において、私というたった一人の人間が彼の名前を記憶し続けている限りにおいて——潘博文は、完全に消滅したとは言えないはずだ。
彼は、この強固に見える現実の壁のすぐ向こう側、厚さわずか一ミリメートルにも満たない「次元の隙間」に挟まれたまま、今も私たちが通り過ぎる足音に耳を澄ませているのではないだろうか。
現代社会を生きるあなたに、私は最後に、この問いを投げかけねばならない。
あなたの机の引き出しの奥、あるいは古いアルバムの片隅に——。
見覚えのない、誰のものでもない一本の鍵が、静かに転がってはいないだろうか。
あなたのスマートフォンの連絡先の名簿の中に、どうしても顔の思い出せない、しかし確かに登録されている奇妙な名前が、一件だけ紛れ込んではいないだろうか。
もし、ある日あなたの友人が、あなたの家族が、不可解な言葉を残して目の前から消え去り、周囲のすべての人々が「そんな人間は最初からいなかった」と微笑みながら首を横に振ったとしたら——。
どうか、自らの正気を疑う前に、思い出してほしい。
私たちが「現実」と呼んでいるこの穏やかな世界は、あまりにも脆く、あまりにも薄い、砂上の楼閣に過ぎないのだということを。
そしてその床板のすぐ下には、何の前触れもなく口を開け、次の生贄が足を踏み外すのをじっと待ちわびている、底なしの暗黒が広がっているのだということを。
私は忘れない。
世界がどれほど否定しようとも、神がどれほど歴史を書き換えようとも。
あの日、あの埃っぽい春の光の中で、私と一緒に笑い、シャトルを追いかけ、そして暗闇の底で私の名を呼び続けていた、あの心優しき少年の体温を。
潘博文。
君は、確かにそこにいたのだ。

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