序章 丁子煙草の火と、白い屍衣の縛り目

夜のジャワ島中部、古都ジョグジャカルタからムラピ火山の裾野へと車を走らせると、熱帯の濃厚な湿気の中に、パチパチと火花を散らすクレテック煙草(丁子入り煙草)の甘く重い香りと、火山灰を含んだ赤土の匂いが混ざり合って漂ってくる。

赤瓦の平屋が密集する農村(カンポン)の夜は早く、午後九時を回れば村を貫く未舗装の小道から人影は完全に途絶える。街灯の届かないヤシの木立の影、夜風に揺れるバナナの葉の擦れ合う音、そしてどこからともなく流れてくる夜咲きジャスミン(ムラティ)の芳香。一見すれば神々の祝福を受けた穏やかな熱帯の田園風景であるが、その長閑な土壌のすぐ下には、イスラムの祈りの言葉でも覆い隠すことのできない、千年にわたるヒンドゥー・仏教・精霊信仰が澱のように折り重なった土着の霊的秩序——「ケジャウェン(ジャワ伝統信仰)」の暗黒が、今なお底知れぬ深さで息づいている。

そのジャワの民間信仰において、生者が死者に対して抱く最も原初的かつ絶対的な恐怖の象徴——それが「ポチョン(Pocong)」である。

イスラムの戒律に則り、息絶えた人間の遺体は水と樟脳で清められたのち、縫い目のない白無地の木綿布「カイン・モリ」によって全身を隙間なく包み込まれる。そして、頭頂部、首、腰、足首、爪先の計五箇所から七箇所を、同じ白い布の切れ端で固く縛り上げられる。この縛り目を「タリ・ポチョン(屍衣の紐)」と呼ぶ。

土葬の際、墓穴の底で遺体をキブラ(聖地メッカ)の方向へ寝かせた直後、遺族の手によって頭頂部と足元の紐は必ず解かれねばならない。もしその結び目を解き忘れたなら、魂魄は肉体の檻から解放される道を閉ざされ、生者の世界に留まり、縛られたままの姿で夜の墓地を跳ね回る怨霊と化す。

だが、この厳格な葬送の裏側に、さらに禍々しい人間の欲望が口を開けていることを、外の世界の人間はほとんど知らない。

満月とジャワ暦の凶日が重なる夜——とりわけ火曜日とクリウォンの日が交差する「スラサ・クリウォン」や、金曜日の「ジュマア・クリウォン」の夜に非業の死を遂げた者、あるいは純潔のまま散った若い処女の遺体に結ばれた「タリ・ポチョン」には、強大な呪力が宿ると信じられている。

その紐を墓穴から掘り起こし、自らの歯で噛み千切って持ち去った者は、刃物を通さぬ不死身の肉体(イルム・クバル)を手に入れ、あるいは一夜にして莫大な富を招く黒魔術(プスギハン)を成就させることができるという。

死者を安らかに眠らせまいとする、生者たちの際限なき強欲。

二〇一一年、ジョグジャカルタ郊外の寒村において、日雇いの金欲しさにその墓穴の上に設えられた竹の寝台へ身を預けた一人の青年の記録は、今も人々の背筋を凍らせ続けている。

第一章 赤土の盛り土と、三百万ルピアの夜

当時二十一歳、ジョグジャカルタ市内の私立大学で工学を学んでいた私——バユは、次学期の学費(SPP)を納める期限を目前にして、絶望的な金欠に追い詰められていた。

仕送りは途絶え、バイクタクシーのバイト代も燃料費で消えていく中、大学の先輩であったヘンドラから持ちかけられたのが、その「奇妙な日雇い仕事」であった。

「おい、バユ。度胸試しで三百万ルピア(当時のレートで約三万円)稼げる話があるんだが、やるか?」

学費の半額を優に賄える大金であった。仕事の内容を尋ねた私に対し、普段はバイクの改造と賭け事に明け暮れていたヘンドラは、煙草の煙を吹き出しながら声を落とした。

「山寄りの村の金持ちの娘が、一昨日の『スラサ・クリウォン』の夜に急死したんだ。十九歳の若さで、嫁入り前の処女だ。……親父さんは村の丁子農園を牛耳ってるハジ(イスラム巡礼を果たした資産家)だが、娘の墓が掘り起こされるのを極端に恐れてる。

埋葬から七日間、夜の墓の上に竹の寝台を置いて、朝まで交代で見張りを立てる人間を探してるんだ。俺とお前、それから近所のアグス。三人でやれば一人百万ルピアずつになる」

ジャワの農村において、スラサ・クリウォンに死んだ処女の墓を見張る「ジャガ・マカム」の風習があることは、私にとっても初耳ではなかった。近隣の呪術師(ドゥクン)や、金に困った強盗が、黒魔術の道具とするために遺体を掘り返し、屍衣の紐や遺骨の一部を持ち去る事件が、地方紙の三面記事に時折掲載されていたからだ。

だが、死人と一夜を共にするという行為への生理的な嫌悪感が、私の足をすくませた。

「……ヘンドラさん、それ、本当に大丈夫なんですか。お化け(ハントゥ)が出るから見張るんじゃなくて、生きた人間を警戒するためなんですよね?」

「当たり前だろ」ヘンドラは私の肩を叩いて笑い飛ばした。「相手が泥棒なら、こっちには鉈がある。それに、アグスは寄宿塾(プサントレン)でコーランを叩き込まれた信心深い奴だ。魔除けの祈祷ならあいつが一晩中唱えてくれるさ」

その日の日没前、私たちは原動機付自転車に分乗し、ムラピ火山の西麓に位置する寒村の公営墓地へと向かった。

墓地は、鬱蒼としたタケノコヤシと巨大なカンボジャ(インドソケイ)の古木に囲まれた、小高い丘の斜面に広がっていた。

白とピンクの花びらが散り敷く湿った地面に、掘り立ての生々しい赤土の盛り土があった。

長さ二メートル、幅一メートル。土の表面には、親族によって供えられたばかりの赤と白の薔薇の花びらが厚く敷き詰められ、頭部と足元には、削り出したばかりの粗末な木製の墓標(メサン)が二本、垂直に突き立てられていた。

十九歳の娘——スカルの眠る場所であった。

盛り土の真上に、青いビニールシートの天幕が張られ、その下に簡素な竹製の寝台(リンチャック)が、盛り土を跨ぐようにして据え付けられていた。

地面からわずか三十センチの高さに編まれた竹の床。すなわち、私たちが腰を下ろし、横たわるその板の真下、数尺の泥の底には、白い布で固く縛り上げられた娘の死体が、今この瞬間も横たわっているのだ。

夕闇が迫る中、娘の父親である白髭の老人——ハジ・ルクマンが、二人の屈強な親族を伴って墓前へと現れた。

老人は憔悴しきった眼差しで私たちを見つめ、前金として百万ルピアの札束を一人ひとりの掌に押し付けると、掠れた声で厳格な掟を言い渡した。

「……朝の礼拝(スブヒ)の呼びかけが村のモスクから響くまで、絶対にこの天幕の外へ出てはならん。三人同時に眠ることは固く禁ずる。灯油ランプの火を決して絶やすな。

そして……夜の闇の向こうから、どれほど親しい者の声でお前たちの名を呼ぶ声が聞こえても、決して返事をしてはならんぞ」

老人は祈るように両手を顔の前に掲げると、一度も後ろを振り返ることなく、足早に丘を下りていった。

午後七時。熱帯の夜が、墨汁を流し込んだような完全な漆黒をもって、墓地全体を呑み込んだ。

第二章 バナナの葉擦れと、冷たき歩哨

最初の数時間は、拍子抜けするほど平穏であった。

竹の寝台の中央に置かれたブリキの灯油ランプが、黄色く頼りない炎を揺らし、私たちの影をビニールシートの天幕に大きく映し出していた。

私たちは保温ポットから注いだ熱いコピ・トゥブルク(粉末を沈殿させるジャワ式の濃い珈琲)を啜り、丁子煙草の煙を燻らせながら、低声で雑談を交わしていた。

ヘンドラは腰から抜いた刃渡り三十センチの鋭利な山刀(ゴロック)を膝の上に載せ、アグスは小さな木製の数珠を手繰りながら、唇を微かに動かしてコーランの「アーヤト・アル=クルスィー(玉座の節)」を小声で唱え続けていた。

「おい、アグス。そんなに怯えるなよ」

ヘンドラが煙草の灰を土の上に弾きながらからかった。

「お前がそんな調子じゃ、幽霊のほうから寄ってきちまうぜ」

「茶化さないでください、ヘンドラさん」アグスは顔を上げず、震える声で答えた。「ここはただの墓地じゃないんです。スカルさんは火曜日のクリウォンに急病で亡くなった。

村の古老たちはみんな知っています……彼女の家が代々、どんな方法で丁子畑を広げてきたのかを」

「どういうことだ?」私が身を乗り出すと、アグスはランプの芯を見つめたまま、声を潜めた。

「プスギハンですよ。家運を繁栄させるために、悪霊(ジン)と契約を交わす闇の儀礼です。ハジ・ルクマンの家は、十年前までは村で一番の貧農だった。

それが急に広大な土地を買い占め、立派な瓦屋根の屋敷を建てた。……代償のない富なんてありません。ジンへの供物(トゥバル)の支払いが滞ったとき、魔の手は一番純粋な血へと伸びるんです。

スカルさんは病死じゃない。……魂を担保として取り立てられたんですよ」

その瞬間、生ぬるい夜風がピタリと止んだ。

大気が水銀のように重く沈殿し、肌にまとわりつく湿度が急激に跳ね上がった。

ウォォォォン……ウォン……。

遥か山裾の集落から、何十匹もの野良犬が一斉に遠吠えを上げ始めた。

その啼き声は、普段の警戒の吠え声とは全く異なっていた。音階が徐々に低く、哀しげに落ち込んでいく、獣たちが目に見えぬ死者を幻視した時にのみ発するという、不吉極まる遠吠えの波。

そして——匂いが変わった。

先ほどまで漂っていた珈琲の苦みと煙草の香りが、一瞬にして掻き消えた。

夜の帳を切り裂いて鼻腔を突いたのは、むせ返るような濃厚な「ジャスミンの花の香り」であった。

だが、その芳香の奥底から、わずか数秒遅れて、真夏の日光の下で腐敗した動物の生肉と、硫黄の混ざり合った耐え難い「死臭」が、津波のように押し寄せてきたのである。

ザザッ……ザザザッ……。

寝台のすぐ背後、墓地の境界を区切るバナナの茂みが、風もないのに激しく揺れ動いた。

ヘンドラが山刀の柄を握り直し、跳ね起きた。

「誰だ! そこにいるのは誰だ!」

懐中電灯の細い光条が、黒々としたバナナの葉の群れを射抜いた。

光の輪の中に浮かび上がった光景を目にした瞬間、私の喉から、乾いた息が漏れた。

立っていたのだ。

白い布で全身を簀巻きにされた、一本の「杭」のような物体が。

バナナの太い幹の傍ら、湿った草むらの上に、影を落とさずに直立していた。

頭頂部は、余った布地を荒縄でキュッと絞り上げた玉ねぎのような形状をしており、顔面にあたる部分は、長年泥水に浸かっていたかのように赤黒く変色していた。

目鼻の凹凸は見当たらない。ただ、眼窩があるべき二つの窪みだけが、底なしの暗黒の穴となって口を開け、天幕の中の私たちを、真っ直ぐに見据えていた。

「ポ……ポチョンだ……!」

アグスが悲鳴を上げてその場に崩れ落ち、数珠を取り落とした。

怪異は、歩いてはいなかった。

足元は土に触れておらず、地面から十数センチほど浮遊したまま、ギチ……ギチ……と、首の骨を左右に不自然な角度へ傾げながら、ゆっくりと、しかし確実に、私たちの竹の寝台へと間合いを詰めてきていたのである。

第三章 泥を掘る爪音と、禁断の咬断

「撃て! 刀を投げろ!」

私が錯乱して叫んだが、あの豪胆だったはずのヘンドラの手はガタガタと痙攣し、握っていたはずの山刀が、カランと虚しい音を立てて竹の床の上に転がり落ちた。

歴戦の喧嘩慣れした男の身体が、金縛りに遭ったように微動だにできない。

怪異が、天幕の入り口——わずか二メートルの距離まで迫った、その時であった。

ガサリッ!!

墓地の反対側——丘の登り口の灌木を激しく掻き分ける音が響き渡った。

続いて、ドタドタという乱暴な人間の足音と、激しい息遣い。

現れたのは、黒い布を頭に巻き、泥まみれのバティック柄のズボンを履いた、痩せこけた一本の男の影であった。男の右手には、使い古された小型の鍬(チャンプル)が握りしめられていた。

男は天幕の前のポチョンの姿を目にしても、恐れるどころか、その瞳に狂乱の熱狂を爛々と燃え上がらせていた。

「そこを退けッ! その娘の紐は俺のものだ! 金だ、金になるんだよ!!」

男は掠れた叫び声を上げながら、ポチョンの白い影を押し退けるようにして、私たちの竹の寝台の足元——スカルの墓の盛り土へと、狂ったように突進してきたのである。

墓泥棒であった。

怪異に怯えるどころか、黒魔術の道具を手に入れて貧困から抜け出そうとする、現世の生身の人間の狂気。

男は竹の寝台を力任せに揺さぶり、寝台の下の赤土へと鍬の刃を振り下ろした。

ザクッ! ザクッ!

湿った泥が飛び散り、供えられていた薔薇の花びらが無残に踏み躙られる。

「やめろ! 墓を掘るな!」

私は恐怖の限界を超え、寝台の上から男の肩へと飛びかかった。

泥まみれの男と私は赤土の上に転がり、取っ組み合いになった。男の皮膚からは、濃厚な酒の臭いと、何日も風呂に入っていない饐えた体臭が立ち込めていた。

男は怪力で私を跳ね除け、再び鍬を握り直そうとした。

だが、その男の背後に、あの浮遊していた白い影が、音もなく滑り降りていたのである。

ヒュオオオオオオッ……!!

耳膜を破らんばかりの、熱湯が沸騰したような激しい異音が大気を満たした。

ポチョンが、頭頂部から男の背中へと覆いかぶさるように倒れ込んだのだ。

白い布の隙間から、何本もの細く青白い「人間の腕」のような影が這い出し、墓泥棒の首、肩、胸元を万力のような力で締め上げた。

「ギ……ギャアアアアアッッッ!!」

男の口から、人間のものとは思えぬ絶叫が上がった。

男の皮膚が、ポチョンの布に触れた箇所から、まるで強酸を浴びせられたようにジュウジュウと音を立てて白煙を噴き上げ始めたのだ。

男は地面を転がり回りのたうち回ったが、白い縛り目は男の頸動脈に深く食い込み、離れることはなかった。

バキリ、と鈍い骨の折れる音が響き、男は白目を剥いて泡を吹き、やがてピクリとも動かなくなった。

泥の中に横たわる、息絶えた墓泥棒の死体。

そして、その死体の上に跨がるようにして、あの白い屍衣が、ゆっくりと首をもたげた。

その暗黒の眼窩が、再び私へと焦点を合わせた。

第四章 生きた屍衣と、解かれた結び目

雨が降り始めた。

熱帯特有のスコールが、天幕のビニールシートを激しい音を立てて打ち据え、地面の赤土を泥流へと変えていく。

突風が吹き込み、天幕の中央に置かれていた灯油ランプの火が、一瞬にして吹き消された。

完全なる暗黒。

雷鳴が夜空を引き裂くたび、青白い閃光が墓地を一瞬だけ真昼の白さへと染め上げ、次の瞬間には網膜の裏側に残像を残して漆黒へと沈降する。

その明滅の中で、私は目撃した。

泥の中から浮上したポチョンが、竹の寝台の上に横たわるヘンドラとアグスの肉体をすり抜け、私の目の前——わずか数十センチの至近距離へと滑り込んできたのを。

逃げられない。四肢の筋肉は完全に脱力し、指先一本動かすことができない。

怪異の質量が、私の胸の上にドスンと重く圧し掛かってきた。

冷たい。

氷などという生易しい冷たさではない。真冬の地底数百メートルの暗渠から汲み上げられた泥炭のような、骨の髄、五臓六腑を芯から凍結させる絶対零度の冷気が、服を通り抜けて私の胸骨を軋ませる。

スゥ……ハァ……。

白い布の頭頂部から、生々しい人間の呼気が漏れ出していた。

腐敗したジャスミンの臭気が、私の鼻孔と口蓋を完全に満たす。

閃光が走った。

照らし出されたその顔面の布の隙間。

泥で汚れた白い木綿の奥底に、確かに見えたのだ。

まだ腐敗の始まっていない、十九歳の少女の、青白く整った顔貌の輪郭が。

彼女の唇は紫色に鬱血し、その両目からは、泥の混ざった黒い涙が絶え間なく溢れ出ていた。

そして、彼女の冷え切った唇が、私の耳朶すれすれの場所で、微かに動いた。

『……トゥロン……ウチュルノ……(助けて……解いて……)』

古風なジャワ語の囁き声であった。

少女の声は、呪詛に満ちているのではなかった。

それは、あまりの苦痛と孤独に耐えかねた、一人の無垢な子供が助けを求めて咽び泣く、哀切極まる懇願であった。

『……首が……苦しいの……息ができない……

お父さんが……あの人が、結び目を解いてくれなかった……

私を……あの暗い穴の中に……縛ったまま閉じ込めたの……!』

彼女の喉仏のあたりで、布を縛り上げている太い結び目が、激しく脈打っていた。

理解した。

ハジ・ルクマンは、娘の遺体を守るために私たちを雇ったのではなかったのだ。

老人は、悪霊との契約の担保として差し出した娘の魂が、現世へ逃げ戻って自らに復讐することを恐れるあまり、埋葬の際、解くべきはずの「頭頂部と首の紐」を、意図的に固く結んだまま土を被せたのだ。

娘の霊を永遠に屍衣の中に封じ込め、自らの罪の告発を塞ぐための、生贄の固定具。

「う……ああっ……!」

私は凍りつく指先に渾身の力を込め、右手を伸ばした。

恐怖は消えていた。胸を焼いていたのは、大人の浅薄な強欲のために命を奪われ、死してなお泥の底で縛られ続けている少女への、耐え難い義憤であった。

私の指先が、彼女の首元を締め付けている、冷たく濡れた「白い布の結び目」に触れた。

泥と体液が染み込み、鋼鉄のように硬直した布地。

私は爪を立て、皮膚の裂ける痛みに耐えながら、その結び目の隙間に指をねじ込んだ。

雷鳴が轟く。

「解けろ……! 解けてくれッ!!」

ブチリッ……!

古い木綿の繊維が引き千切れる鈍い音が響いた。

首の結び目が解けた瞬間、続いて頭頂部の玉ねぎ状の縛り目が、パッと音を立てて弾け飛んだ。

白い布が左右に開いた。

闇の中、解き放たれた少女の長い黒髪が、夜風に煽られて天へと舞い上がった。

彼女の青白い顔面に、安らかな、静かな微笑が浮かんだように見えた。

スウゥゥゥゥッ……。

少女の肉体は、激しい豪雨の飛沫の中に溶け込むようにして、白い光の粒子となって四散していった。

私の胸の上に圧し掛かっていたあの鉛のような重圧が、一瞬にして消失した。

地面の赤土の上に残されていたのは、ただ、泥にまみれた二本の「解かれた白い木綿の紐」だけであった。

第五章 暁光の墓地と、業火の屋敷

アザーン——夜明けを告げる第一の礼拝の呼びかけが、遠くのモスクのスピーカーから響き渡った。

東の空が白み始め、雨は小降りになり、ムラピ火山の黒々としたシルエットが朝霧の向こうに浮かび上がった。

墓地には、地獄のような静寂が広がっていた。

竹の寝台の上で意識を失っていたヘンドラとアグスは、私の呼びかけによってようやく目を覚ました。二人は昨夜の記憶のほとんどを失っており、ただ全身の関節の激痛に顔を歪めていた。

そして、寝台の脇の赤土の上には、あの鍬を持った男の死体が、首を不自然にねじ曲げられた状態で、冷たくなって転がっていた。

男の身元は、隣村の悪名高い博徒であり、数百万ルピアの借金苦から黒魔術の道具を手に入れようとしていた男であった。

午前六時、村長と警察、そして数人の住民を伴って、ハジ・ルクマンが丘を登ってきた。

老人は、荒らされた墓の盛り土と、転がる男の死骸を目にした瞬間、勝利を確信したような浅黒い笑みを浮かべた。

本文の約84%まで公開

【閲覧注意】ここから先は、記録の核心(真相)に触れる記述を含みます

この先は、記録の結末です。

メール認証後、この続きから全文をお読みいただけます。

登録は無料です。広告メールなどは一切配信しません。