序章 龍門の天火と化龍の淵
古老たちの炉辺談義において、「獣が龍へ転じる」という説話ほど、土地ごとに姿を変えるものはない。
もっとも広く知られるのは、鯉が急流の「龍門」を越えて龍になるという登龍門の物語である。蛇や蛟が洪水とともに海を目指す「走蛟」の伝承も、華中・華南の水辺で語られてきた。
一方、以下に現れる「化龍池」「盤山」「堕龍」「九十九道の神雷」は、特定の道教経典にまとまった教義として記されたものではない。鯉躍龍門、蛇の修行、地下水への恐れ、富をもたらす家神、血の供犠といった異なる母題を、語り手が一つの体系へ組み直したものである。
物語によれば、龍門で資格を得た新龍は、北方の人跡未踏の山中にある「化龍池」へ向かう。池は溜め池ほどの広さしかないが、墨のように黒く、厳冬にも凍らず、底では硫黄を含む湯気が立つという。
新龍はその水へ身を沈め、魚の骨を溶かし、龍の骨へ組み替える。池を経ずに雲へ登れば、生涯、鱗の隙間から魚の生臭さが消えず、天上の古龍から偽物として退けられる——そう古老たちは語った。
だが——世人のほとんどは知らぬ。
天へと登る魚の道、山を削る蛇の道とは別に、この大地の深部、誰の目にも触れぬ暗黒の底へと向かう「第三の道」が存在することを。
その名を、泥鰌(どじょう)という。
第一章 泥鰌の業と「堕龍」の誕生
魚には魚の道があり、蛇には蛇の道がある。
そして、水底の泥濘に這いつくばる泥鰌にもまた、己だけの血塗られた変容の儀軌が存在する。
泥鰌が龍へと転じることを、玄学においては化龍とは呼ばない。
畏怖を込めて、それを「堕龍(だりゅう)」と呼ぶ。
堕龍もまた、紛れもない龍である。四本の鋭利な爪を持ち、黄金の硬鱗を纏い、額には枝分かれした角を戴き、天地を動かす凄まじい「龍気」をその身に宿している。
では、天を翔ける正統の龍と、この堕龍とは、一体何が異なるのか。
気の上昇と下降である。
正統なる龍の龍気は、天に向かって昇華する。雲を呼び、雨を降らせ、青空の彼方へと吸い上げられていくその気は、万物を清らかに潤す「清気(せいき)」に属する。
しかし、泥鰌から変じた堕龍の気は、決して空へと登ることはない。それは重く、湿り気を帯び、大地の裂け目、下水、泥土の奥底へと沈降していく、極めて濃厚な「濁気(だっき)」の塊なのだ。
それゆえ、堕龍は天庭に住まうことはできない。
彼らが棲み処とするのは、昼の光の届かぬ地下数百メートルの暗渠——「地下暗河(ちかあんが)」の底知れぬ水底である。
漆黒の冷水の中にその長大な身を蜷局(とぐろ)状に巻き、数十年、数百年のあいだ微動だにせず、全身に青苔と赤茶けた鉄錆を分厚く纏わせながら、地底の泥炭を吸って生き永らえる。
そして、泥鰌がこの堕龍へと至る道は、魚の跳躍や蛇の雷劫など比較にならぬほど、過酷にして異様な忍耐を要する。
第一に、肉体の異常肥大である。
泥鰌はまず、自らの肉体を極限まで肥え太らせねばならない。大人の腕ほど、丸太ほど、そして最終的には体長が一丈(約三メートル)、胴回りが水樽ほどもある巨大な肉塊へと膨れ上がる。泥鰌特有の微細な鱗はすべて脱落し、その体表は老人の皮膚のように無数の深い皺とひだで覆い尽くされる。
第二に、「百年の遮光」という絶対の掟である。
肥大化した巨泥鰌は、水流の完全に途絶えた、腐敗した有機物が沈殿する最深の「底なしの泥田(爛泥塘)」へと潜り込まねばならない。
水面には、日光を完全に遮断する分厚いアオウキクサ(緑萍)の層が、緑の絨毯のように敷き詰められている。
その緑の蓋の下、絶対的な暗黒と酸欠の泥濘の底で、泥鰌は丸々百年間、ただの一瞬たりとも天日の光を浴びることなく眠り続けねばならないのだ。
もし百年のうち、わずか一日でも太陽の光が泥の底へ差し込んだなら、その瞬間に積み上げた霊気は水泡に帰し、巨大化した肉体は自らの重みに耐えかねて内側から腐乱死する。
百年の満期が訪れた新月の夜、泥濘の底で奇跡が起きる。
巨大な泥鰌の頭頂部から、一本の亀裂が走る。
ピシリ、ピシリ……。
古びた皮が、まるで濡れた絹の手袋を脱ぐように、頭から尾に向けて一寸ずつ剥がれ落ちていく。
剥がれ落ちた皮の下から現れるのは、ぬめり気のある皮膚ではない。
月光のない暗黒の中にあって、鈍い黄金の燐光を放つ、びっしりと重なり合った「黄鱗(こうりん)」の鎧である。
四肢が生え、爪が泥を掴み、頭部が裂けて二本の角が突き出す。
その瞬間、泥塘の底を支えていた石灰岩の岩盤が、凄まじい水圧によって音を立てて崩落する。
地下の暗河が口を開け、濁流が泥塘の水を一気に呑み込んでいく。
黄金の鱗をきしませながら、新しく生まれた巨躯がその地底の亀裂へと滑り落ち、暗黒の水脈へと消えていく。
これをもって、「堕龍の成道」とするのである。
第二章 陰気の富と、活鴨の血
堕龍が放つ「濁気の龍気」は、人間社会の運命と極めて奇怪な形で共鳴する。
正統なる龍が放つ清気は、地表から三尺から三丈の虚空を漂う。
人はその気を目で見ることはできないが、肌で感じ取ることはできる。清気に満ちた土地は、夏は涼風が吹き抜け、冬は雪が積もらず、草木は瑞々しく繁茂し、そこに住まう一族からは高官、文人、名声轟く学者——すなわち「官運」「文運」に恵まれた名家が輩出される。
だが、堕龍の放つ気は真逆である。
その気は極めて重く、地表から三尺より下の空間——すなわち、人間の足首から土の表層すれすれの地面を、濃密な油煙のように這い回る。
もし生身の人間が、この堕龍の気の真上に家を建てて暮らしたならどうなるか。
物語の中では、住人が関節痛、冷え、貧血に悩み、庭の家禽まで衰弱するとされる。むろん、現実の症状には湿気、カビ、感染症、栄養状態など多様な原因があり、「龍気」で診断してはならない。
だが——水の中の魚だけは、異常な繁栄を見せるのだ。
池の鯉や鮒は通常の三倍の速さで肥え太り、その身は脂が乗り、網を入れるたびに銀の鱗が溢れかえる。
そして何より、この堕龍の気がもたらす現世の奇跡が一つだけ存在する。
「無尽蔵の財運」である。
清気の龍が司るのは名誉と官位であり、泥臭い金銭の欲望とは無縁である。
しかし、大地の底の暗渠を這う堕龍の気は、人間の最も原初的な欲望——金銀、財宝、投機、そして不当な横財(あぶく銭)を、狂った磁石のように引き寄せるのだ。
江南や嶺南の古い富商たちの間には、代々秘中の秘として受け継がれてきた戦慄すべき蓄財の法が存在した。
「養堕龍(堕龍を飼う)」の秘術である。
彼らは、深山の泥田で百年を耐え忍び、間もなく脱皮を迎えようとしている巨大泥鰌の気配を、風水師の羅盤を使って嗅ぎつける。
見つけ出すや否や、富商はその泥田を含む山林の土地を途方もない高値で丸ごと買い占め、周囲に数丈の高さの漆喰塀を張り巡らせて外部の人間を徹底的に排除する。
泥田の底が抜け、泥鰌が堕龍となって地下の暗河へ滑り落ちた後も、彼らはその池を決して埋め戻さない。池底の亀裂を通して、地底の暗河と屋敷の庭の池を直結させ、その深淵に堕龍を留め置くのだ。
そして、富商自らが執り行う、忌まわしき「飼育の儀礼」が幕を開ける。
毎月、旧暦の初一日と十五日の夜。
富商は使用人を遠ざけ、屠場から密かに運ばせた家鴨の血を木桶に満たし、池へ注いだという。量や手順を記した帳面は残されておらず、後世の噂が誇張した可能性もある。
血が泥水に触れた瞬間、水面はまるで熱湯が沸騰したかのように激しく波打ち、ブクブクと巨大な泡が破裂して、鼻腔を突く鉄錆の臭気が立ち込める。
地底の暗河から巨大な影が浮上し、その血を吸い尽くす。
血を呑んだ堕龍は、その黄金の鱗を赤黒く輝かせ、地下から猛烈な「財気」を地上へと噴き上げるのだ。
その気が屋敷を満たすや否や、富商の家業には狂乱のバブルが訪れる。
買い占めた綿花は一夜にして価格が高騰し、航海に出した商船は暴風雨を避けて巨利を掴み、掘り出した鉱山からは銀の鉱脈が噴き出す。
三代前までは貧農の小作人に過ぎなかった家系が、わずか一代、二代のうちに省全体を買い占めるほどの巨富を築き上げる。
世人は「あの家の旦那は商才の天才だ」「先祖の徳が高いのだ」と持て囃す。
だが、その豪奢な屋敷の地下深く、冷たい暗河のヘドロの中で、血の味を覚えた怪物がじっと眼を光らせていることなど、誰も知る由もない。
しかし——この世の因果において、代償のない富など存在しない。
堕龍は、飼い主の欲望を吸って成長する。
そして巨大化すればするほど、怪物は狭い地下暗河に留まることを潔しとせず、天への上昇を渇望し始めるのだ。
だが、濁気で固められたその肉体は、空へ登ることはできない。
上へ行けぬ力は、やがて「横」へと向かう。
怪物は地下から、富商の屋敷の基礎、土地の地盤、そしてそこに住まう一族の「生命力」そのものを、自らの太い角で下から激しく突き崩し始めるのである。
発するが如く急速に栄えた家系は、滅びる時もまた、夜空に弾け散る花火のように一瞬で四散する。
「なら、途中で飼うのをやめればいいではないか」
「池を埋め、怪物を放逐すればいいではないか」
人はそう問うだろう。
だが、それは絶対に不可能なのだ。
なぜなら、堕龍という怪異には、関わった人間を決して逃さぬ、最も残酷な呪縛が刻まれているからだ。
「堕龍は、主を認める(認主)」。
一度その血を吸わせ、契約を結んだ主人が息絶えるまで、怪物は決してその土地を離れず、主人の命の最後の滴までを、富と引き換えに絞り尽くしにやってくるのである。
第三章 茶葉王の怪園と、青石板の氷足
この戦慄すべき「堕龍の反噬(はんぜい=呪い返し)」の生々しい実例を、私は数年前、江南の茶処として知られる浙江省の架空の山里・雲岫県で耳にすることとなった。
清朝の末期から民国初期にかけて、その地方に「方(ファン)」という姓の、一代で巨万の富を築き上げた茶商がいた。
方旦那の生家は極めて貧しく、若い頃の彼は天秤棒の両端に針や糸、安物の小間物をぶら下げ、村から村へと泥道を歩き回る、しがない一介の「貨郎(行商人)」に過ぎなかった。
ある酷暑の夏の午後、焼け付くような山道を歩いていた若き日の方旦那は、喉の渇きと目眩に耐えかね、街道から外れた鬱蒼とした雑木林の奥へと分け入った。
そこに、一面を分厚いアオウキクサに覆われた、淀んだ古い泥田があった。
水面は緑の苔のように滑らかで、底の深さは見通せない。男は手秤を放り出すと、泥田の縁に屈み込み、両手で水を掬って火照った顔を洗おうと、その泥水の中へと腕を突っ込んだ。
バシャァン!
突如として、水底から激しい水柱が立ち上がった。
男の手首に、水底の暗闇から飛び出してきた「冷たい何か」が、ヌメヌメとした感触を伴って激しく擦れ違った。
冷たい。
氷などという生易しい冷たさではない。真冬の地底から湧き出たような、骨の髄、五臓六腑を芯から凍結させるほどの冷気であった。
男は悲鳴を上げて尻餅をつき、天秤棒を放り出して脱兎のごとく逃げ出した。
二里(約一キロ)ほど無我夢中で走り続け、息を切らして立ち止まった男は、自らの右手をじっと見つめた。
手首から手の甲にかけて、油のような、しかし水で洗っても決して落ちない、透明で異臭を放つ「分厚い粘液」がべっとりとへばりついていた。擦っても、砂で擦り落とそうとしても、その粘り気は皮膚の毛穴の奥深くまで浸透し、決して消え去ることはなかった。
そして、まさにその日を境にして、男の人生の盤面は、神がかり的な急上昇を開始したのである。
仕入れた茶葉は飛ぶように売れ、相場の先読みは百発百中、山賊の出没する険路を荷馬車で通っても、なぜか賊のほうが彼を避けて逃げ散った。
三年で行商人は茶問屋の番頭となり、さらに三年で自らの店を構え、十年が過ぎる頃には、上海や香港を通じて遠くイギリスやロシアへまで茶を輸出する、江南屈指の大茶商——「方茶王」として君臨するに至ったのである。
巨富を手に入れた方旦那が、最初に着手した事業。
それは、かつて自らの手を凍りつかせた、あの山奥の「見捨てられた泥田」を、周囲の山林ごと巨額の銀貨で買い占めることであった。
方旦那はその泥田を中心として、数万坪におよぶ豪奢極まる私邸——「方家花園」を築き上げた。
庭園の設計は名うての庭師を集めて造営され、太湖石の築山がそびえ、朱塗りの回廊が張り巡らされた。だが、その庭園の中心にある池だけは、常軌を逸した異様さを湛えていた。
池の周囲には頑丈な青石の柵が二重に張り巡らされ、水面は一年中、日光を遮る分厚いアオウキクサで覆い尽くされていた。池の底は深く掘り抜かれ、山中の鍾乳洞を経由して、地下数百メートルの暗河へと直接通じる水路が穿たれていたのである。
方旦那は、厳格な掟を定めた。
いかなる使用人も、親族も、その池の縁に近づくことを固く禁じたのである。
ある初夏の日、当時まだ幼かった方旦那の末息子の男児が、無邪気さゆえに竹竿を手に池の柵を乗り越え、水面を覆うアオウキクサを突っついて遊んでいたことがあった。
母屋からそれを見咎めた方旦那は、顔面を土気色に変え、狂ったような形相で庭へ飛び出してきた。
旦那は無言のまま息子の胸元を蹴り飛ばし、平手打ちを力任せに叩き込んだ。幼い子供は数メートル吹き飛び、頬を紫に腫らして失禁した。
駆けつけた妻が泣き叫んで我が子を抱き起こし、夫の狂気をなじると、方旦那は冷徹な眼で息子を指差し、地を這うような低い声で言い放ったという。
「……もう一度あの水に棒を入れたなら、貴様のその両腕を叩き落としてやる。あの水の下にはな、お前たちの命を丸ごと買い取れるだけの『主(ぬし)』がおられるのだ」
何が池の底に潜んでいるのか、家族の誰も知る者はいなかった。
ただ、近隣の小作人たちは知っていた。
毎月、一日と十五日の夜、方旦那が屠場から届いた蓋付きの桶を自ら担ぎ、池の奥へ消えていく姿を。
そして、血が注ぎ込まれた直後、死んだように静まり返っていた庭園の池が、ゴオオオ……という地鳴りとともに沸騰し、アオウキクサの隙間から、燐光のような冷たく不気味な「黄色い怪火」が、ゆらゆらと水面を照らし出す光景を。
血の給餌を重ねるごとに、方家の財勢は膨張の一途をたどった。
蔵には銀塊が唸りを上げて積み上げられ、敷地内には二十名を超える武装警備員(保鏢)が昼夜を分かたず巡回した。
だが、栄華の絶頂が十年を迎えた頃、方旦那の肉体に、逃れようのない「破滅の兆候」が忍び寄った。
最初の異変は、重篤な「不眠」であった。
どれほど豪華な寝台に身を横たえても、瞼の裏側が爛々と冴え渡り、一睡もすることができない。目は血走り、皮膚は乾いた土のようにひび割れながらも、脳髄だけが異常な興奮状態を保ち続け、三日三晩眠らずとも一切の疲労を感じない。
だが、妻が彼の異変に気づいたのは、ある真夏の酷暑の日のことであった。
中庭の青石板の敷石は、炎天下の熱を吸って素足で踏めば火傷を負うほどの熱気を帯びていた。
その熱せられた石畳の上を、方旦那が素足で歩いていた。
妻がおそるおそる彼の足首を掴んだ瞬間、息を呑んで手を引っ込めた。
旦那の足裏は、汗ひとつかいていなかった。
それどころか、その皮膚はまるで冬の池から引き揚げられた死体の足のように、カチカチに凍りつき、触れた掌が痺れるほどの絶対的な冷気を放っていたのである。
己の命の残高が尽きかけていることを悟った方旦那は、密かに江西省の名山から、老練なる風水大師を呼び寄せ、自室の奥で自らの相を診させた。
老風水師は、方旦那の凍りついた足裏を一目見、庭の池を遠くから見下ろすなり、唇を小刻みに震わせ、後ずさりした。
「……旦那様。貴方は、地底の『堕龍』を飼われましたな」
方旦那は沈黙を守った。
老風水師は頭を抱え、絶望的な嘆息を漏らした。
「今すぐ放逐なされ! 堕龍は泥鰌の業を引くもの、その気は天へ昇らず、大地の底へ底へと沈降する。龍気が極限まで肥え太り、地底の暗河の容量を超えた今、その濁気は貴方の家の宅基(基礎)を伝って、主である貴方の肉体へと逆流を始めているのだ!
貴方の足が凍りついているのは、血の気が抜かれ、地底の泥炭と同じ温度へと肉体が同化させられている証拠だ!」
方旦那の声はかすれていた。
「……どうすれば、放せるのだ」
老風水師は哀れみの目を向け、冷酷な真実を告げた。
「放す手立てなどありはしません。堕龍は主を認める。貴方が注ぎ込んだ血の味を覚えた怪物は、貴方が息をしている限り、決してこの水脈を離れはしない。
……解き放つ道は、ただ一つ。貴方自身が、完全に死に絶えることだけです。主が息絶えて初めて、怪物は契約の鎖から解き放たれ、暗河の激流に乗って東の海へと去っていくでしょう」
方旦那は目を閉じ、長い沈黙ののち、静かに首を縦に振った。
翌週、方旦那は全親族と番頭たちを大広間に集め、前代未聞の「生前整理」を断行した。
広大な茶畑、店舗、海外との商権、そして蔵の銀塊のすべてを三人の息子たちへ均等に分配し、彼らを即座に上海と香港へと移住させたのである。
そして彼は、妻すらも実家へと送り返し、広大無辺の方家花園にただ独り、老召使い数名だけを残して立て籠もった。
旦那は母屋を捨て、池の畔に建てられた粗末な一間の東屋(小亭)へと寝床を移した。
昼も夜も、池の青石の柵に腰掛け、分厚いアオウキクサの蓋を見つめ続けた。
夜半、足元から這い上がる氷の冷気に歯の根をガタガタと鳴らしながら、彼はただ独り、自らが呼び寄せた「富という名の怪物」の吐息を、その枯れ枝のような肉体で受け止め続けたのである。
第四章 地底の激震と干涸らびた泥溝
東屋での孤独な籠城が三年目を迎えた、ある厳冬の夜のことであった。
その年の冬は、江南地方にしては珍しく、連日にわたって凍てつくような朔風が吹き荒れ、池の周囲の竹林は白く霜枯れていた。
深夜午前二時を回った頃。
屋敷の長屋で待機していた老召使いたちの鼓膜を、大地を底から引き裂くような凄まじい衝撃音が貫いた。
ドォォォォォォンッ……!!
空には一片の雲もなく、寒月が凍てつく庭園を青白く照らし出していた。雷ではない。
振動は屋敷の瓦を激しく揺らし、壁の漆喰がバラバラと剥がれ落ちた。その地鳴りは、あたかも地底数百メートルの暗渠において、何十万トンもの巨大な水塊と巨岩が激突し、大地の背骨がへし折れたかのような、重苦しい破裂の余韻を伴っていた。
翌朝、夜明けの光が竹林を白ませ始めた頃。
恐る恐る東屋へと駆けつけた召使いたちは、目の前に広がっていた光景に、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
方家花園の誇りであった、あの広大な池の「水」が、一夜にして完全無欠に消滅していたのである。
水深数丈を誇っていた池は、干涸らびた巨大なすり鉢状のクレーターと化していた。
何十年ものあいだ水面を覆い尽くしていたアオウキクサは、干からびた緑の粉末となって池の縁にこびりつき、露わになった池底の黒泥は、極度の乾燥と地圧によって、陶器の表面のように無数の鋭利な亀裂を刻んでいた。
そして、その黒泥のひび割れの中央——。
池の西端から、暗河へと通じる東の岩盤の亀裂に向かって、一本の「巨大なる溝」が、凄まじい深さをもって刻み込まれていたのだ。
幅は大人の男が両手を広げた長さに匹敵し、深さは一尋(約一・五メートル)余り。
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