序章 懐中電灯を向けるな

「灯りを消せ」

クンレがそう言ったとき、私は彼が冗談を言っているのだと思った。

試合を見終えたばかりの私たちは、まだ興奮の中にいた。ブラジルがドイツを破り、初めてオリンピックの男子サッカーで金メダルを獲得した夜だった。ネイマールが最後のペナルティーキックを決めた瞬間、観戦所の中ではプラスチック製の椅子が倒れ、誰かが空のペットボトルを天井へ投げ、ブラジルの黄色いシャツを着た男たちが見知らぬ者同士で抱き合った。

ナイジェリアは決勝に残っていなかった。それでもサッカーの夜に、そんなことは大した問題ではない。

発電機の唸り、汗の臭い、揚げ油の煙、賭けに負けた者の悪態。テレビの青白い光を浴びながら、何十人もの人間が同じボールの行方を見つめる。そこでは昼間の肩書も、年齢も、宗派も、しばらく意味を失う。

だが、いま私たちの前にいた男は、あの熱気の残滓とはまるで無縁だった。

男は閉ざされた商店の軒下に立っていた。

頭から足首まで、白い布を纏っていた。

そしてクンレの懐中電灯がその顔を照らしているにもかかわらず、影を一つも落としていなかった。

第一章 決勝の夜

私の名を、仮にエメカとしておこう。

あの頃、私は二十四歳で、電気設備を扱う小さな会社に勤めていた。給与は多くなかったが、独身者が家賃を払い、週末に友人とビールを飲む程度には困らなかった。

住んでいた町の名は伏せる。海から吹く湿った風の届く、南西部の都市近郊だった、とだけ記しておく。

舗装された幹線道路を一本外れると、赤土の道が枝のように伸びていた。昼間はオートバイタクシーと露店で混み合うが、夜になると人影が急に途絶える。街灯はあっても半分ほどは消えており、電力が落ちれば残りもまとめて暗くなる。

自宅には衛星放送がなかった。

そのため大きな試合がある日は、料金を払ってフットボール・ビューイング・センターへ行く。波板で囲っただけの簡素な施設だったが、百人近く入ることができ、大型テレビが二台、天井近くに設置されていた。

二〇一六年八月二十日の夕方、私は幼なじみのクンレ、同僚のバヨ、近所に住むサミュエルと、町外れの観戦所へ向かった。

ナイジェリア代表は、その日の早い時間にホンジュラスを破り、銅メダルを獲得していた。観戦所ではその話題だけでも十分に盛り上がっていたが、夜の主役はブラジルとドイツだった。

クンレはドイツを応援していた。

「ブラジルは感情で蹴る。ドイツは頭で蹴る。最後に勝つのは頭だ」

彼はそう言って、試合前に小額の賭けまでした。

私はどちらでもよかった。ただ、人の歓声の中に座っていたかった。

ナイジェリアの観戦所には独特の平等がある。日中なら年長者へ言えないようなことを、試合中なら若者が平然と叫ぶ。誰かが選手を罵れば、別の誰かがその男の腹を指して、お前よりは速く走れる、と言い返す。

その夜も、笑い声と口論が絶えなかった。

後半にドイツが追いつき、延長戦でも決着がつかず、PK戦へ入った頃には、誰も椅子に座っていなかった。

最後にネイマールがボールを蹴った。

ネットが揺れた。

観戦所全体が、まるで一つの肺から吐き出されたような叫びに包まれた。

興奮が収まったあとも、私たちはすぐには帰らなかった。賭け金の精算を待ち、敗者をからかい、屋台に残っていた肉を分け合った。途中で発電機の燃料が切れ、照明が落ちた。誰かが携帯電話のライトを点け、その光の中で片づけが続いた。

観戦所を出たときには、日付が変わっていたと思う。

空は曇っていたが、雨の匂いはしなかった。

南部の八月には、雨期の途中で雨の少なくなる時期がある。それでも天候は一定しない。海の方角から雲が入り、前触れなく激しく降ることもあった。

ただ、あの夜の道は乾いていた。

赤土は一日の熱を残し、サンダルの底から温かさが伝わってきた。

第二章 閉ざされた店

観戦所から私たちの地区までは、歩いて四十分ほどかかる。

昼間ならミニバスを捕まえられたが、深夜には走っていなかった。オートバイを探そうという話も出たものの、四人一緒に帰ろうということになった。

最初の二十分、私たちは試合の話をしていた。

クンレは自分の賭けについて何度も言い訳をした。バヨはネイマールの助走を真似し、暗い道の真ん中で立ち止まってはボールを蹴るふりをした。

サミュエルだけが静かだった。

「どうした」

私が尋ねると、彼は後ろを見た。

「さっきから、同じ足音がする」

私たちも立ち止まった。

音は消えた。

遠くで犬が吠え、さらに遠くから発電機の低い振動が届いていた。虫の声が道路脇の草むらを満たしていたが、人の足音は聞こえなかった。

「お前自身の足だろ」

バヨが笑った。

サミュエルも笑い返したが、歩き始めてから、彼は私たちの中央へ入った。

やがて、道沿いの商店が並ぶ一画に出た。

昼間は食料品、携帯電話のプリペイドカード、飲料水、洗剤などを売っている場所だった。だが深夜には、すべての店が金属製のシャッターを下ろしている。上部には住宅がなく、店主も別の場所へ帰るため、夜になると完全な無人になる。

そこを半分ほど通り過ぎたところで、クンレが足を止めた。

右手の店先に、人が立っていた。

白い服を着た、小柄な男だった。

正確な年齢は分からない。布が頭部まで覆っていたため、輪郭しか見えなかったからだ。宗教的な衣装にも、寝間着にも、遺体を包む布にも見えた。

男はシャッターの前に立ち、両腕を身体の脇へ垂らしていた。

壁にもたれてはいない。

何かを待っている様子でもない。

ただ、閉ざされた店へ顔を向けていた。

最初、私は店主か警備員だと思った。

だが、その考えはすぐに消えた。男の立っている位置が、あまりにもシャッターに近かったからだ。鼻先が金属板に触れるほど接近し、額を伏せている。

「酔っているのか」

バヨが小声で言った。

「放っておけ」

サミュエルが答えた。

道の反対側へ渡れば、男の前を通らずに済んだ。私たちは無言で車道を横切ろうとした。

そのとき、クンレがポケットから小さな懐中電灯を取り出した。

彼は電気工事の仕事を手伝うことがあり、鍵と一緒にいつも携帯していた。

「何をする」

私が止めるより先に、白い光が男の背中を照らした。

白衣の布地が、夜の中で鋭く浮かんだ。

布は新品のように白かった。

赤土の道に立っていたはずなのに、裾にも踵にも、泥や埃が一つも付いていなかった。

「兄さん」

クンレが英語で呼びかけた。

「大丈夫か」

男は動かなかった。

懐中電灯の円が背中から頭へ移った。

「灯りを消せ」

サミュエルが言った。

クンレは聞かなかった。

その光が男の横顔へ回り込んだ瞬間、男の首が動いた。

身体はシャッターへ向いたまま、頭だけが私たちの方へ回った。

人間の首が止まるはずの角度を越えても、動きは止まらなかった。

私には、顔が見えなかった。

光を受けているはずなのに、布の内側だけが穴のように暗かった。

それから男は叫んだ。

甲高い声ではない。

低い声でもない。

喉を使って出した声には聞こえなかった。

金属製のシャッターの向こう側で、何十枚もの鉄板を同時に引き裂いたような音だった。叫びは耳から入るのではなく、歯の根と胸骨を直接震わせた。

クンレが懐中電灯を落とした。

光が地面を転がった。

照らし出された白い足が、一組から四組に増えていた。

第三章 四人目

どこから現れたのか、誰にも分からなかった。

最初の男の背後に三人、同じ白い布を纏った者が立っていた。

一秒前まで、そこには閉ざされたシャッターしかなかった。店と店の間に路地はなく、身を隠せる柱もなかった。

四人は互いに触れ合うほど近く並んでいた。

全員が裸足だった。

そして全員の足が、わずかに地面から浮いているように見えた。

「走れ!」

誰が叫んだのか覚えていない。

私たちは同時に走り出した。

サンダルが赤土を叩き、乾いた砂が踵から跳ね上がった。背後から白衣の者たちが追ってくる。

足音は聞こえなかった。

代わりに、布が風を切る音がした。

ばたばたという衣服の音ではない。大きな鳥が翼を動かさず、低い空を滑ってくるときのような、長く一定した摩擦音だった。

私は一度だけ振り返った。

四人は走っていなかった。

上半身を直立させ、両腕を身体の横へ垂らしたまま、地面の上を滑っていた。白い裾は揺れず、速度だけが増していた。

その距離は、すでに十メートルもなかった。

バヨが転んだ。

道路の窪みに足を取られ、前のめりになって両手をついた。私は彼の腕を掴んだ。クンレも反対側から肩を引き上げた。

「置いていくな!」

バヨは泣き声で叫んだ。

誰も置いていくつもりなどなかった。しかし恐怖は、友情より速く足を動かそうとする。私は彼を助けながらも、背後の白いものがバヨを掴めば、その間に逃げられるのではないかという考えを、一瞬だけ抱いた。

その考えを持ったことを、私は今も恥じている。

私たちは住宅地へ続く角を曲がった。

道の先に街灯が一本あった。黄色い明かりが路面を照らしている。あそこまで行けば大丈夫だと、根拠もなく思った。

だが、街灯は私たちが近づいた瞬間に消えた。

闇が落ちた。

背後の白衣だけが、光を持っているように見えた。

サミュエルが祈り始めた。

早口で、同じ一節を繰り返していた。彼がどの教派の祈りを唱えていたのか、私には分からない。言葉の半分は呼吸に潰れ、残りも足音にかき消された。

白衣の者たちは止まらなかった。

十メートル。

七メートル。

五メートル。

背中に冷気を感じた。

暑い夜だった。それなのに、首筋から背骨へ、冷たい指を這わせられたような感触が降りてきた。

その直後だった。

空が割れた。

雷鳴より先に、雨が落ちてきた。

最初の一滴、二滴という段階がなかった。見えない巨大な桶をひっくり返したように、濃密な水が一斉に道路を叩いた。

数秒で服が肌へ貼りついた。

乾いていた赤土が黒く変わり、路面の窪みから水が溢れた。屋根や波板を打つ雨音が、世界のすべてを覆い隠した。

私たちは走り続けた。

だがサミュエルが、突然足を緩めた。

「来ていない」

私は振り返らなかった。

「見るな!」

「止まっている!」

クンレが振り向き、私とバヨもつられて後ろを見た。

四人の白衣は、雨の境目に立っていた。

私たちと彼らの間に、目に見える境界があったわけではない。それでも、彼らは道路を横切って流れ始めた水の手前で、揃って止まっていた。

雨は彼らにも降っているはずだった。

しかし白い布は濡れていなかった。

布に雨粒が当たる直前、水だけが横へ逸れているように見えた。

最初の男が、ゆっくりと頭を傾けた。

怒っているようにも、困惑しているようにも見えた。

次の瞬間、四人の姿は雨幕の中で薄くなった。

消えたというより、白い布の輪郭が雨へ溶け込み、どこまでが人で、どこからが水なのか分からなくなった。

「走れ」

私は言った。

それから自宅へ着くまで、誰も一度も後ろを見なかった。

第四章 雨の内側

私たちは私の部屋へ入った。

鍵を二度かけ、窓の掛け金を確認し、カーテンを閉めた。停電していたため、室内には携帯電話の明かりしかなかった。

四人とも全身ずぶ濡れだった。

床へ水が溜まり、服から赤土の色が流れ落ちた。

バヨの手のひらには、転倒したときにできた傷があった。血と泥が混じっていたので、私は水道水で洗い、消毒薬を塗った。

誰も、白衣の者について口にしなかった。

出来事を言葉にすれば、それが部屋の中まで入ってくる気がした。

しばらくしてクンレが言った。

「雨が降らなければ、追いつかれていた」

サミュエルは濡れたシャツを絞りながら、小さくうなずいた。

「水を渡れなかったんだ」

「なぜ分かる」

「見ただろう」

「見たからといって、分かったことにはならない」

私は少し強い口調で答えた。

本当は、同じことを考えていた。

雨は偶然だったのか。

白衣の者たちが消えたように見えたのも、降雨で視界が遮られただけではなかったか。暗い道を走ったことで疲労し、恐怖に感染した四人が、同じものを見たと思い込んだのではないか。

合理的な説明はいくつも考えられた。

男は宗教儀礼から帰る途中の人間だった。叫び声は、驚いた男の声がシャッターに反響しただけ。残る三人は暗がりに立っており、懐中電灯が落ちたときに初めて見えた。

彼らが浮いて見えたのは、白い裾が足首を隠していたため。追ってきたのは、私たちが先に騒いだことへの怒り。雨が降って追跡をやめたのは、濡れるのを嫌ったから。

一つ一つは説明できる。

だが、すべてをつなげると、どこかで形が崩れた。

とりわけ説明できなかったのは、最初の男が上げた叫びだった。

人間の声ではない、と断言することはできない。

ただ、私はあの音を耳で聞いたのではなかった。

歯の中で聞いたのだ。

明け方近く、雨が弱くなった。

サミュエルとバヨは床で眠っていた。クンレは壁に背を預けたまま目を閉じていた。

私は眠れず、自分の携帯電話を探した。

ポケットに入っていなかった。

逃げる途中で落としたのだと思い、急に不安になった。高価な機種ではなかったが、連絡先と仕事の写真が入っている。翌朝、明るくなってから探しに行くしかない。

そのとき、部屋の隅から短い振動音が聞こえた。

携帯電話は、濡れたカーテンの下に落ちていた。

画面には亀裂が入り、電源が切れかけていた。それでも通知欄には、見覚えのない動画ファイルが一つ表示されていた。

撮影時間は、午前零時四十七分から零時五十四分。

七分十二秒。

ちょうど私たちが、白衣の者たちから逃げていた頃だった。

どうやら走っている途中、ポケットの中で録画ボタンが押されたらしい。

私はイヤホンを差し込み、音量を最小にして再生した。

画面はほぼ真っ暗だった。

布地とポケットの内側が映っているだけで、白衣の者たちの姿はない。

音声には、私たちの荒い呼吸と足音が残っていた。

一人、二人、三人、四人。

そしてその後ろに、足音とは異なる、長い摩擦音が続いていた。

雨が降り始めると、音声は激しい雑音に覆われた。

やがて私たちの声が入る。

『来ていない』

『見るな!』

『止まっている!』

そこまでは、私の記憶と一致していた。

問題は、その直後だった。

雨音の奥で、誰かが笑っていた。

一人ではない。

少なくとも四人。

低く、息を吸い込みながら笑う声だった。

私は再生を止めた。

全身が震えた。

隣を見ると、眠っていたはずのサミュエルが目を開けていた。

「何が入っていた」

「何もない」

私は答えた。

「嘘をつくな」

彼は起き上がり、イヤホンを奪おうとした。私は携帯電話を握りしめた。

「聞かない方がいい」

その言葉で、クンレとバヨも目を覚ました。

結局、四人でもう一度再生した。

誰も途中で止めなかった。

七分十二秒が終わるまで、画面の暗闇を見つめ続けた。

最後の数秒、雨音が急に小さくなる。

そこで、私たち四人とは別の声が、はっきりと英語で囁いた。

『今夜は、水がお前たちを選んだ』

動画はそこで終わっていた。

第五章 昼の店先

翌日、私たちは現場へ戻らなかった。

その次の日も戻らなかった。

サミュエルは動画を削除するよう求めた。クンレは逆に、別の端末へ保存すべきだと言った。バヨは一度聞いて以来、その件について話そうとしなかった。

私はファイルを残した。

恐怖よりも、怒りに近い感情があった。

誰かの悪戯なら、その証拠を見つけたかった。人間が白い衣装を着て私たちを追い回したのであれば、警察へ届けることもできる。

そして何より、自分が見たものを自分の頭の中だけに置いておくことが耐えられなかった。

五日後の日曜、私はクンレと二人で現場へ向かった。

正午前だった。

同じ通りには露店が並び、人が歩き、子供たちが道路脇で古いボールを蹴っていた。あの夜には無人だった商店も、ほとんどが営業していた。

白衣の男が立っていた店だけは閉まっていた。

錆びたシャッターが下り、看板の文字も色褪せていた。

隣の店で炭酸飲料を買い、店主の女性に尋ねた。

「あの店は、今日は休みですか」

女性は栓を抜きながら、シャッターを見た。

「今日だけじゃないよ」

「いつ開きますか」

「開かない。借り手がいないから」

「前は何の店だったんです」

「いろいろさ。服屋、電話屋、薬を売る人もいた。みんな長続きしなかった」

その答えには、怪談めいた響きはなかった。

私は少し安心した。

「夜に警備員が立っていますか」

女性の手が止まった。

ほんの一瞬だった。

「なぜ聞くの」

「先週、白い服の男を見ました」

クンレが私の腕を掴んだ。

余計なことを言うなという合図だった。

女性は私たちを見比べたあと、瓶の入った木箱へ視線を落とした。

「夜は通らない方がいい」

「何かあるんですか」

「何もない」

「でも——」

「何もないから、通る必要もない」

それ以上、女性は答えなかった。

私たちは店先へ近づいた。

昼の光の下で見るシャッターは、ただの古い金属板だった。足元には埃、菓子の袋、押し潰された王冠栓が溜まっていた。

私は携帯電話を取り出し、あの夜の動画を再生した。

外部スピーカーの音量を上げ、最後の部分をクンレに聞かせた。

雨音。

複数の笑い声。

そして、あの囁き。

『今夜は、水がお前たちを選んだ』

クンレは顔をしかめた。

「昨日聞いたときと違う」

「何が」

「言葉だ」

「同じだろう」

「違う。昨日は、雨がお前たちを救った、と聞こえた」

私には最初から、『水がお前たちを選んだ』と聞こえていた。

私たちは何度も再生した。

再生するたび、声は少しずつ違って聞こえた。

雨がお前たちを救った。

水がお前たちを選んだ。

今夜はお前たちを見逃した。

どれも似た音の並びだったが、一つに定まらない。

「削除しろ」

クンレが言った。

「ここで削除しろ」

そのとき、閉ざされたシャッターの向こうから、硬いものが床へ落ちる音がした。

私たちは黙った。

もう一度、音がした。

小石を金属板へ投げつけたような、乾いた音だった。

続いて、シャッターの内側を爪でゆっくり引っかく音がした。

上から下へ。

長く。

一定の速度で。

私は店の脇を確認した。裏手へ通じる扉があるかもしれないと思ったのだ。しかし建物は隣家と壁を共有しており、側面に通路はなかった。

音は止まらない。

クンレがシャッターへ近づいた。

下端と地面の間には、指一本ほどの隙間があった。彼は膝をつき、携帯電話のライトを点けた。

「何か見えるか」

私は聞いた。

彼は答えなかった。

身体を硬直させたまま、隙間を見ていた。

「クンレ」

彼は立ち上がり、後ずさった。

「帰るぞ」

「何があった」

「何もない」

その言葉を、彼は隣店の女性と同じ調子で言った。

「何もないから、帰るんだ」

私たちは通りを離れた。

角を曲がってから、クンレはようやく口を開いた。

「中に水が溜まっていた」

「雨漏りか」

「違う」

彼は唇を舐めた。

「床全体が、水だった。深さは分からない。ライトが奥まで届かなかった」

「それだけか」

「その水の中に、四人いた」

私は歩みを止めた。

「白い服か」

「服は見えなかった。顔も見えなかった」

クンレは首を振った。

「水面に、俺たち四人の影が映っていた」

店の中に入っていない私たちの影が、暗い水面に並んでいた。

そのうち一つが、クンレの方へ手を振ったという。

第六章 数え方

それから一週間、私は雨の夢を見続けた。

夢の中で、私はあの道を一人で走っている。

背後から四人の白衣が追ってくる。

空が割れ、雨が降る。

私は助かったと思って振り返る。

だが、白衣の者たちは追ってきていない。

彼らは道路の向こう側に並び、私の背後を指差している。

そこで初めて、私は自分が一人ではないことに気づく。

誰かが、私の肩越しに同じ景色を見ている。

目を覚ますたび、部屋の床が濡れているように見えた。

実際には汗だった。

バヨは怪異よりも転倒の傷に悩まされた。小さな擦過傷だったはずが腫れ始め、診療所で処置を受けた。医師は土から細菌が入ったのだろうと言った。抗生物質を飲むと数日で治った。

サミュエルは町を離れた。

もともと親戚の事業を手伝う話があったらしいが、出発は予定より数か月早かった。彼は私たちに別れを告げず、メッセージを一つ送っただけだった。

『あの夜を、四人でいたことにしないでくれ』

私は意味を尋ねた。

返事はなかった。

クンレも変わった。

夜間の外出を避けるようになり、サッカーは自宅で見るようになった。雨が降ると窓を閉め、カーテンを引いた。

「雨に救われたのなら、怖がる必要はないだろう」

私が言うと、彼は問い返した。

「本当に救われたと思うか」

「追ってこなかった」

「雨の向こうにいたのが、追ってきた者たちだったと、どうして分かる」

あの夜、最初に見たのは一人だった。

懐中電灯が落ちたあと、四人になった。

そして私たちも四人だった。

恐怖の中では、数は簡単に混乱する。誰が前を走り、誰が後ろにいたか。誰が転び、誰が助け起こしたか。誰が祈り、誰が振り返ったか。

私は、最初の男に声をかけたのはクンレだと思っていた。

クンレは、声をかけたのは私だと言った。

バヨは、最初に走り出したのはサミュエルだと言った。

サミュエルは町を去る前、バヨが走れと叫んだのだと主張していた。

四人の記憶は、少しずつ食い違っていた。

ただし、全員が同じように覚えていることもある。

白衣の者たちは四人いた。

私たちも四人だった。

そして雨が降るまで、彼らは私たちを追っていた。

終章 五つの呼吸

事件から数か月後、携帯電話の画面が完全に映らなくなった。

私は修理店へ持ち込んだ。若い技術者が端末をパソコンにつなぎ、写真や連絡先を別の記憶媒体へ移してくれた。

「動画が一つ壊れています」

彼は言った。

「修復しますか」

私は迷った。

削除すべきだと思った。サミュエルもクンレも、それを望んでいた。

しかし私は、修復を頼んだ。

数時間後、店へ戻ると、技術者はイヤホンを耳から外し、奇妙な表情で私を見た。

「これは何の映像ですか」

「ポケットの中で、勝手に録画されたものです」

「何人で走っていたんです」

「四人です」

技術者はパソコンの画面を見た。

「そうですか」

「何か問題がありますか」

彼は音声編集ソフトを開いた。

黒い画面の上に、細い波形が並んでいた。彼は逃走部分を拡大し、一人ずつ異なる呼吸音を指で示した。

「ここです。周波数と間隔が違うので、ある程度は分けられます」

一つ目は私。

二つ目はクンレ。

三つ目はバヨ。

四つ目はサミュエル。

「その後ろに、もう一つあります」

画面には五本目の波形があった。

最初から最後まで、私たちの呼吸とほぼ同じ速さで上下している。

白衣の者たちの笑い声ではなかった。

もっと近い。

携帯電話を入れていた、私のポケットのすぐそばから録音されていた。

「マイクの位置から考えると」

技術者は言いかけ、口を閉じた。

私は続きを尋ねなかった。

修復したファイルだけを受け取り、店を出た。

その日の夕方、雨が降った。

道路へ最初の一滴が落ち、乾いた埃の匂いが立ち上がった。人々は軒下へ駆け込み、露店の商人たちは商品へビニールをかけた。

私は傘を開かず、そのまま歩いた。

雨水が顔を流れ、シャツを濡らし、靴の中へ入った。

交差点の水溜まりに、自分の姿が映っていた。

私は立ち止まった。

水面の中の私は、一人だった。

その背後には、誰もいなかった。

ただ、私が歩き出したあとも、水溜まりの中にはしばらく波紋が残った。

一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

そして少し離れた場所に、遅れてもう一つ。

白い輪が、雨の当たっていない水面から、静かに広がっていった。

結——削除された一秒

私は最終的に、動画を消すことにした。

クンレへ電話をし、サミュエルにも短いメッセージを送った。バヨは「好きにしろ」とだけ答えた。

自宅の机に携帯電話を置き、修復済みのファイルを開いた。

削除する前に、一度だけ最初から見た。

映像は依然として暗かった。ポケットの布、揺れる光、走る足音。新しいものなど映っていないと思っていた。

ところが、雨が降り始める直前、画面が一秒だけ外を向いていた。

転倒したバヨを助けるため、私が腰をかがめた瞬間だろう。携帯電話がポケットの口から半分飛び出し、背後の道路を撮影していた。

私は映像を停止した。

画面には、赤土の道が映っていた。

遠くに閉ざされた商店があり、その前に白衣の者たちが並んでいる。

一人。

二人。

三人。

私は数え直した。

画面の中にいた白衣は、三人だけだった。

四人目は、彼らを背にして私たちと一緒に走っていた。

白い布を纏い、裸足のまま、私のすぐ左側を滑っていた。

その位置には、あの夜、サミュエルがいたはずだった。

だが映像にサミュエルの姿はない。

私は彼へ電話をかけた。

番号は使われていなかった。

親戚を通じて居場所を確かめようとしたが、誰も彼がどこへ移ったのか知らなかった。彼の家族は、サミュエルがあの町に住んでいたこと自体を否定した。

クンレに写真を送ると、彼からすぐに電話が来た。

「だから言っただろう」

彼は泣いていた。

「あの夜を、四人でいたことにするなと」

「どういう意味だ」

「観戦所を出たとき、俺たちは何人だった」

「四人だ」

「違う」

クンレは息を詰まらせた。

「観戦所へ行ったのは、俺とお前とバヨの三人だ。サミュエルは、帰り道でいつの間にか隣を歩いていた」

私は否定しようとした。

しかし言葉が出なかった。

試合中の記憶をたどった。

倒れた椅子。飛び交う罵声。クンレの賭け。バヨが真似たネイマールの助走。

サミュエルはどこに座っていただろう。

何を飲んでいただろう。

ブラジルの得点に、笑っただろうか。

どれ一つ、思い出せなかった。

思い出せるのは、暗い帰り道だけだった。

『さっきから、同じ足音がする』

そう言って後ろを見た、サミュエルの顔。

『あの夜を、四人でいたことにしないでくれ』

最後に届いたメッセージ。

私は動画を削除した。

端末から消し、記憶媒体からも消し、復元できないよう上書きした。

それから十年近くが過ぎた。

いまも雨の夜には、私は自分の足音を数える。

右。

左。

右。

左。

水の溜まった路地では、決して後ろを見ない。

白衣の男たちが怖いからではない。

あの夜、彼らが私たちを追っていたのではなく、三人の人間に紛れ込んだ何かを、閉ざされた店へ連れ戻そうとしていたのではないか。

そして雨が彼らを止めた結果、それだけが私たちと一緒に帰宅してしまったのではないか。

そう考えてしまうからだ。

雨音の強い夜、部屋の灯りを消すと、窓ガラスに私の姿が映る。

その隣には誰もいない。

けれど、ときどきガラスの内側が白く曇り、私の肩と同じ高さに、小さな円が一つ現れる。

誰かが、そこへ口を寄せて呼吸している。

吸って。

吐いて。

私が息を止めても、それだけは止まらない。