序章 コーヒーの濾し器

「マルコス、頭を上げろ」

フェルナンドはそう言った。

だが、古いガソリン缶を再利用した水槽の中へ両腕を突っ込んでいたジョゼ・マルコスには聞こえなかった。

七歳の少年の上半身は、肩まで容器の縁へ沈んでいた。片手には空き瓶を持っている。夕食後に使ったコーヒーの濾し器を洗うため、水を汲もうとしていたのだ。

「マルコス」

二度目の呼びかけにも返事はなかった。

その背後では、身長が二メートルを優に超える赤い皮膚の男が、音も立てずに片腕を伸ばしていた。

男の顔にある目は、一つだけだった。

第一章 聖家族の町

サグラダ・ファミリア——「聖家族」という名を持つ地区は、ベロオリゾンテ中心部の東側にある。

現在では住宅と商店が密集し、昼夜を問わず車が行き交う。しかし一九六三年当時、中心街の整然とした道路を離れれば、家々の裏にはまだ土の庭が残っていた。

事件が起きたコンセリェイロ・ラファイエテ通り一五三三番地の家も、そうした住宅の一つだった。

表には通りへ面した居室があり、奥の扉から裏庭へ出る。庭には土が露出し、アボカドの木、花壇、古い井戸があった。

井戸の近くには水を溜める容器が置かれていた。もとは燃料用の金属ドラムだったものを、洗い物や庭の水やりに再利用していた。

八月二十八日の夜、家族はいつものように夕食を終えた。

食後にはコーヒーを飲む。

ブラジルの家庭では珍しくもない習慣だった。布製の濾し器へ粉を入れ、熱湯を通す。使い終えた濾し器は洗い、乾かして翌日に備える。

十二歳のフェルナンドは母親から、その濾し器を洗ってくるよう言われた。

七歳の弟ロナウドと、道を挟んだ向かいに住む友人ジョゼ・マルコスもついてきた。

三人は裏口から庭へ出た。

フェルナンドは、庭が普段より明るいことに気づいた。

だが、空には月が出ていた。

彼は月明かりだと思った。

家の外灯は消えていた。庭に影がほとんどないことも、そのときは不思議に思わなかったという。

ジョゼ・マルコスが先に水槽へ走った。

背が低いため、底の方から水を汲むには、頭と腕を容器の中へ入れなければならない。

彼が空き瓶を水へ沈めたとき、ロナウドが立ち止まった。

庭を照らしている光は、月から降りているのではなかった。

アボカドの木の上に浮かぶ、透明な球体から発せられていた。

第二章 木の上の部屋

球体は地上およそ五メートルの位置に静止していた。

少年たちとの距離は、八メートルほどだったとされる。

直径は三メートルから三・五メートル。フェルナンドは後の聞き取りで、自宅の主室と同じくらいの大きさだったと説明した。

外殻は透明に見えた。

表面には小さな四角形を連ねたような格子があり、上部には三本の突起が伸びていた。左右の二本は外側へ傾き、その先に小さな球が付いている。中央の一本は真っ直ぐ上を向いていた。

内部には四人が座っていた。

それぞれ一本脚の腰掛けのようなものに腰を下ろし、身体を横へ向けている。

後方に座る一人は体格が太い。

中央には、後ろへ流した長い淡色の髪を持つ人物がいた。少年たちは女性だと思った。

前方には細身の人物がおり、計器盤を操作しているように見えた。そこには小さなテレビ画面に似た部分があったという。

四人目は中央の人物の横にいた。

全員が身体に密着した服を着ていた。

胴は褐色、腰から膝までは白く、その下は足先まで黒い。布というより、皺の多い革のように見えた。

頭は透明な丸い覆いに包まれていた。

「何だ、あれ」

ロナウドが言った。

フェルナンドは答えられなかった。

飛行機ではない。

気球でもない。

少年たちは空を飛ぶ円盤の話を知らなかったわけではない。当時すでに、奇妙な飛行物体の記事は新聞や雑誌に載っていた。

しかし、目の前にあるものは、挿絵の円盤とは違っていた。

透明な壁の向こうに、人が座っている。

乗り物というより、照明のついた丸い部屋が、木の上へ浮いているように見えた。

ジョゼ・マルコスだけは、まだ何も知らなかった。

彼の頭は水槽の中にあり、水を瓶へ入れることに夢中だった。

フェルナンドが友人へ声をかけようとした瞬間、球体の底から二本の黄色い光が伸びた。

光は互いに平行で、地面まで届いた。

中央に座っていた四人目の人物が立ち上がった。

底部に扉が開いたようには見えなかった。

梯子も階段もなかった。

人影は二筋の光の間へ入り、直立した姿勢のまま降下した。

脚を動かさない。

身体を揺らさない。

落下する速度でもなかった。

水の中を沈む物体を逆さまにしたような、緩慢で一定した下降だった。

黒い足が地面へ触れた。

土埃は上がらなかった。

人影は球体を振り返らず、井戸の方へ歩き始めた。

第三章 庭を歩く者

歩き方は重かった。

一歩ごとの間隔が長く、足を置くたびに身体がわずかに沈んだ。腕は胴から離れ、曲げにくそうに前後していた。

少年たちの目には、深海潜水服を着た人間のように映った。

フェルナンドとロナウドは、家の壁際へ身を寄せた。

逃げようとは思った。

しかし脚が動かなかった。

人影は二人に気づいていないようだった。

そのまま井戸と水槽の方へ進む。

そこにはジョゼ・マルコスがいた。

「マルコス、頭を上げろ」

フェルナンドが呼んだ。

返事はない。

金属容器の中では、水を汲む音が響いていた。

人影は水槽の手前で立ち止まった。

腕を伸ばした。

その身体は、少年たちが知るどの大人よりも大きかった。

二メートルを超えていた。後の聞き取りで、フェルナンドは人型存在の身長を家の扉と比較して説明した。

大きな手が、ジョゼ・マルコスの背中へ近づいた。

フェルナンドは動いた。

彼は水槽へ飛びつき、友人の身体を横から突き飛ばした。

ジョゼ・マルコスは事情を理解しないまま、瓶を落として地面へ倒れた。

人影の手が空を掴んだ。

フェルナンドも友人の上へ倒れ込んだ。

ロナウドは家へ逃げようとした。しかし角へ膝を強くぶつけ、痛みでその場に止まった。

三人は、井戸のそばへ固まった。

人影は追ってこなかった。

ゆっくりと顔を三人へ向けた。

少年たちは初めて、その姿を正面から見た。

頭部には毛がなかった。

皮膚は赤、あるいは赤銅色だった。

額から鼻の付け根にあたる位置に、大きな目が一つだけあった。

眼球は丸く、白目がない。

黒い表面の中央には、円形の瞳孔ではなく、濃い横線が走っていたとジョゼ・マルコスは証言した。

目の上には、眉のような暗色の隆起がある。

それは生き物の感情に合わせるように、頻繁に上下した。

口はあった。

開くとき、横ではなく縦に大きく伸びた。

透明な頭部カバーの上には輪形の装置があり、小さな球状物が垂れ下がっていた。

人影は三人へ向かい、低い声で何かを話した。

言葉は理解できなかった。

声は太く、喉の奥で振動していた。

早口ではない。

同じ音の並びを繰り返しながら、両手を横方向へ動かした。

「逃げるな、と言っている」

フェルナンドは、なぜかそう感じた。

正しい解釈だったのかは分からない。

ただ、その身振りのあと、彼の恐怖は急に薄れたという。

ロナウドも動かなかった。

ジョゼ・マルコスは地面へ座り込んだまま、一つ目の訪問者を見上げていた。

人影は井戸の縁へ腰を下ろした。

その姿は異様だったが、少年たちを襲おうとはしなかった。

第四章 投げられなかった煉瓦

訪問者は球体を見上げていた。

頭の動きは滑らかではなく、一定の角度ごとに止まった。

少年たちに背を向けたとき、背中に箱状の装置が取り付けられているのが見えた。

色は銅に似ていた。

フェルナンドは後年、電線の被覆を剥いたときに現れる金属の色だと説明している。

箱から管や紐が出ていたかどうか、証言は一致しない。

球体の中では、前方の乗員が計器へ向かっていた。長い髪の人物と、太った人物も動かずに座っている。

フェルナンドは訪問者の背後へ回った。

恐怖がなくなったわけではない。

むしろ、得体の知れないものを前にして、別の感情が生まれていた。

弟と友人を守らなければならない。

侵入者を庭から追い出さなければならない。

地面に煉瓦の欠片が落ちていた。

フェルナンドはそれを拾った。

手のひらほどの大きさで、片側が鋭く割れている。

彼は訪問者の後頭部へ投げつけようとした。

腕を振り上げる。

その瞬間、背を向けていた人影が跳ねるように立ち上がった。

それまでの重い動きとは違った。

首と胴が同時に反転し、一つの目がフェルナンドを捉えた。

胸部の四角い部分が黄色く光った。

細い光線が伸び、煉瓦を握っていた手へ当たった。

熱くはなかった。

痛みもなかった。

だが腕全体が激しく震え、指が勝手に開いた。

煉瓦が落ちた。

人影はフェルナンドを見たまま、球体へ顔を向けた。

内部で計器を操作していた乗員が、片手を動かした。

少年たちは、それを制止の合図だと思った。

訪問者はフェルナンドへ再び向き直った。

怒ってはいなかった。

口が縦へ開き、白い歯が見えた。

何本かの歯は、他より長かった。

笑ったように見えた。

「殺されると思った?」

後年の聞き取りで、調査者はフェルナンドへそう尋ねた。

彼は否定した。

「あのときは、もう怖くなかった」

理由は説明できなかった。

光を浴びせられ、腕の自由を奪われたにもかかわらず、危害を受けるとは思わなかったという。

ただ、恥ずかしかった。

訪問者は、少年が煉瓦を投げようとしたことを、大人が幼児の悪戯を見るように受け止めている。

フェルナンドには、そう思えた。

第五章 眠ること、昇ること

訪問者は言葉と身振りを再開した。

片手の親指と人差し指で、小さな円を作った。

もう一方の人差し指で、その円の周囲に、さらに大きな円をいくつも描いた。

最初の円は地球だったのか。

月だったのか。

球体そのものだったのか。

三人には分からない。

次に訪問者は、少年たちを順番に指差した。

両手の掌を合わせ、頭の横へ置こうとした。

腕の関節が曲がりにくいのか、掌は頭まで届かなかった。

それでも三人は、その動作を知っていた。

眠る、という身振りだった。

訪問者は夜空の月を指した。

そのあと、両手を低い位置から高い位置へゆっくり持ち上げた。

眠っているあいだに月へ行く。

月から来た。

月が昇ると帰る。

少年たちは、それぞれ別の意味に受け取った。

ジョゼ・マルコスは、連れていかれるのだと思った。

ロナウドは、訪問者たちが月で眠るのだと思った。

フェルナンドは、今夜見たことを眠るまで誰にも話すな、と命じられているように感じた。

訪問者は説明を諦めたのか、腕を下ろした。

そして三人へ背を向け、球体へ歩き始めた。

「戻ってくると思う?」

ジョゼ・マルコスが、フェルナンドへ尋ねた。

訪問者は数メートル離れていた。

少年の小さな声が聞こえる距離ではあった。しかし、言葉の意味まで理解できるはずはない。

それでも人影は足を止めた。

身体は前を向いたまま、頭だけを後ろへ回した。

一つの目でジョゼ・マルコスを見た。

そして、ゆっくりと数回、縦に頷いた。

戻ってくる。

三人には、そう答えたように見えた。

第六章 持ち帰られた植物

訪問者は再び歩き出した。

球体の真下へ向かう途中、花壇のそばで立ち止まった。

上半身を不器用に曲げ、左手で地面から小さな植物を一本抜いた。

どの種類だったか、少年たちの記憶は残っていない。

花ではなかったとも、葉の多い雑草だったとも語られている。

訪問者は植物を握ったまま、球体の下へ立った。

両腕を上げる。

黄色い光が二本、再び地上へ伸びた。

人影の身体が浮いた。

脚を動かさず、直立したまま光の間を昇っていく。

速度は、降りてきたときと同じだった。

透明な球体の内部へ達すると、訪問者は元の位置へ座った。

植物をどこへ置いたのかは見えなかった。

四人が揃った直後、球体全体が強く発光した。

少年たちは目を細めた。

音はしなかった。

風も起きなかった。

アボカドの葉さえ大きく揺れなかった。

球体は斜め上方へ滑り出した。

東の空へ向かい、次第に小さくなる。

数秒後、光は消えた。

庭に残ったのは月明かりだけだった。

球体が去ると、三人の身体へ恐怖が戻った。

フェルナンドは濾し器を放り出し、裏口へ走った。

ロナウドが続いた。

ジョゼ・マルコスは二人を追い越し、家へ入ると、真っ先に寝室のベッドの下へ潜り込んだ。

「母さん、来て!」

フェルナンドとロナウドは叫んだ。

「庭に恐ろしいものがいた!」

母親のマリア・ジョゼは、幼い子供を表の部屋で寝かしつけていた。

彼女は庭で起きた出来事を見ていない。

ただ、その少し前、窓から強い光が一度入ったことを覚えていた。

自動車のヘッドライトだと思ったものの、道路の位置を考えると、表の窓へあの角度から光が差し込むことはない。

青ざめた息子たちと、ベッドの下から出ようとしないジョゼ・マルコスを見て、母親は父親を呼びに行かせた。

父親のアルシデスは、近所の店で友人たちと話していた。

家へ戻った彼は、三人から話を聞き、灯りを持って裏庭へ出た。

球体はない。

赤い大男もいない。

アボカドの木には、焦げ跡も折れた枝もなかった。

しかし井戸と木の間の地面には、見慣れない圧痕が並んでいた。

小さな三角形。

一辺はおよそ一・五センチ。

人の靴跡とは比べものにならないほど小さいが、一つ一つが土へ深く沈んでいた。

非常に重いものが、三つの細い突起だけで地面を踏んだような痕だった。

圧痕は、少年たちが訪問者の歩いた場所として示した経路と重なっていた。

近隣の男性も、その夜のうちに痕を確認したという。

だが、話を信じる者はほとんどいなかった。

子供の悪戯。

三人で口裏を合わせた空想。

月明かりに驚き、庭の大人を怪物と見間違えた。

圧痕は棒で作ったもの。

その夜、大人たちはさまざまな説明を並べた。

三人の少年は、翌日から夜の庭へ出なくなった。

第七章 二年間の沈黙

事件が新聞へ掲載されたのは、二年後の一九六五年だった。

それまで少年たちの話は、地区の外ではほとんど知られていなかった。

近隣で別の未確認飛行物体を見たという人物が現れ、その話を聞いた住民が、少年たちにも証言するよう勧めたとされる。

地元紙『O Diário』が取材した。

記事が出ると、CICOANIに所属していたアルベルト・フランシスコ・ド・カルモが現場を訪れた。

三人は同じ場所に立たされた。

球体が浮いていた高さ。

アボカドの木との距離。

訪問者が降りた位置。

井戸へ向かって歩いた経路。

フェルナンドがジョゼ・マルコスを突き飛ばした場所。

煉瓦を拾った場所。

植物を抜いた位置。

調査者たちは、三人を一緒に質問するだけでなく、別々にも聴取した。

同じ質問を言葉を変えて繰り返した。

人型存在は梯子を使ったのか。

地上へ落ちたのか。

脚を動かしたか。

目はいくつあったか。

歯は上顎と下顎のどちらが長かったか。

少年たちの証言には、小さな食い違いがあった。

歯の位置。

服の細部。

植物の種類。

身振りの順番。

だが主要な部分は変わらなかったと、調査報告は記している。

透明な球体。

四人の乗員。

二筋の黄色い光。

赤い皮膚。

一つの黒い目。

胸から放たれた光。

眠りを示す身振り。

月を指す指。

そして、戻るのかという問いに対する頷き。

調査者は、子供たちへ訪問者の歩き方を再現させた。

フェルナンドは庭をゆっくり歩き、腕を身体から少し離した。石灰の付いた場所で二度足を滑らせ、あの夜の人影がそうしたのだと説明した。

「動きは全部遅かったのか」

「違います。急に速くなることがありました」

「どんなときだ」

「煉瓦を投げようとしたときです」

「光が当たった手は痛かったか」

「痛くありません。でも震えました」

「相手は笑ったのか」

「たぶん」

「なぜ、そう思う」

「口が大きく動いて、歯が見えたからです」

一つ一つの回答は、奇怪であると同時に、妙に子供らしかった。

訪問者を神とも悪魔とも呼ばない。

宇宙人だと断定もしない。

見た形、動き、色を、身近な物に例えて説明する。

背中の箱は、電線の銅の色。

球体は家の主室ほどの大きさ。

身長は家の扉より高い。

内部の画面はテレビに似ている。

理解できないものを、理解できる範囲の言葉へ置き換えていた。

第八章 一つの目が見ていたもの

半世紀以上を経た二〇一八年、ジョゼ・マルコスは研究者のインタビューを受けた。

七歳だった少年は六十代の男性になっていた。

都市は拡大した。

かつて土の庭が続いていた地区には、建物と舗装路が増えた。事件現場の周辺も、一九六三年とは異なる姿になっている。

それでも彼は、あの夜の記憶を語った。

頭を水槽へ入れていたこと。

突然フェルナンドに突き飛ばされたこと。

顔を上げると、大きな人型存在が立っていたこと。

恐怖を感じたこと。

球体へ帰っていく訪問者へ、戻ってくるのかと尋ねたこと。

そして相手が頷いたこと。

記憶は、保存された映像ではない。

思い出すたびに組み直される。

二年間語られ、調査者に何度も質問され、新聞や研究誌に掲載されれば、最初の体験と後から与えられた情報を完全に分けることは難しい。

三人が同じ幻覚を見た可能性。

何らかの航空機や照明を誤認した可能性。

大人による悪戯。

子供たちが作った物語。

事件を信じない立場からは、いくつもの説明が考えられる。

しかし、なぜ彼らがあれほど複雑な姿を選んだのかは残る。

円盤型ではない透明な球体。

一本脚の座席。

髪を持つ一人と、無毛の三人。

曲げにくい腕。

小さな三角形の接地面。

人間を連れ去らず、一本の植物だけを持ち帰る訪問者。

とりわけ奇妙なのは、怪物の振る舞いだった。

訪問者は少年を傷つけなかった。

煉瓦を投げようとしたフェルナンドの手を、光で止めただけだった。

ジョゼ・マルコスへ腕を伸ばしたことも、危害を加えるためだったかは分からない。

水槽へ頭を入れた少年を引き上げようとした可能性さえある。

身振りで何かを説明し、理解されないまま帰っていった。

この事件を恐怖譚にしたのは、一つ目の外見ではない。

互いに言葉を持ちながら、一つも通じなかったことだ。

人間の少年は煉瓦を握った。

未知の訪問者は光を放った。

そのあと両者は、眠る身振りと月を指す指だけで、会話を続けようとした。

終章 約束

事件後、ジョゼ・マルコスはしばらく夜の庭へ出られなかったという。

フェルナンドもまた、信じようとしない大人たちに腹を立てた。

「信じないなら、いつか自分たちも見ればいい」

彼はそう言ったと記録されている。

訪問者が頷いた約束は、果たされなかった。

少なくとも、三人の前へ同じ球体が戻ったという記録はない。

アボカドの木はいつか失われた。

井戸の周囲も変わった。

小さな三角形の圧痕は雨や人の足に消され、現物は保存されていない。

庭から抜かれた植物が何だったのかも分からない。

ただ、もし訪問者が本当に月を指し、自分たちの行き先を伝えようとしていたのなら、彼らにとって地球で最も持ち帰る価値があったものは、人間でも鉱物でもなかった。

名もない草だった。

少年たちが毎日見ていたため、名前さえ尋ねなかった植物。

訪問者はそれを左手に握り、二筋の光の間を昇っていった。

その姿を思い出すたび、年老いたジョゼ・マルコスは、別の可能性を考えるという。

あの一つの目は、少年たちを観察していたのではない。

井戸の水。

湿った土。

アボカドの葉。

夜の庭に育つ小さな草。

それらを、失われる前の何かを見るように眺めていたのではないか。

一九六三年八月二十八日の夜。

ベロオリゾンテの家々が夕食後の静けさへ沈む中、三人の少年と一人の訪問者は、同じ庭に立っていた。

一方は空から来た者を恐れた。

もう一方は地上に生える草を持ち帰った。

どちらが未知の世界を見ていたのかは、今も分からない。

月が高く昇る夜、サグラダ・ファミリア地区の屋根の上には、航空機の灯りが通り過ぎる。

光は窓に映り、壁を滑り、すぐに消える。

その下のどこかで、古い庭を覚えている者が空を見上げる。

戻ってくるのか。

七歳の少年が投げかけた問いは、六十年以上を経ても答えを待っている。

夜空は頷かない。

否定もしない。

ただ、月の表面に細い影が走り、透明な球体が横切ったように見えることがある。

次の瞬間には、何もない。

地上には一本の雑草が残り、風もないのに、ゆっくりと葉を伏せている。