序章 砂利道の冷えたボンネット

十月の最後の週末、ドア郡の半島から夏の賑わいはすっかり消えていた。

果樹園のタルトチェリーの収穫はとうに終わり、葉を落とした果樹の黒い枝が、鉛色の空に向かって規則正しい格子を描いている。湖から吹きつける風は日ごとに冷たくなり、桟橋を揺らす灰色の波頭には、もう初冬の匂いが混じり始めていた。

私——ルース・ハンセンが、入り江に近い林の中に点在する夏の別荘の見回りに出たのは、土曜日の午前七時を回った頃だった。

夫の営むフィッシュ・ボイルの店が冬の休業に入ると、私はこのあたりに別荘を持つシカゴやミルウォーキーの人たちから鍵を預かって、水道管の凍結を防ぐバルブを締めたり、屋根に落ちたトウヒの枝を払ったりする仕事を引き受けていた。

半島の西側、グリーンベイ湾に面した細い未舗装路の奥に、ミラー家の別荘があった。

平屋の簡素な木造で、濃い色の杉板の壁が、ホワイトパインの木立に囲まれている。

シカゴで暮らすミラー家の兄妹——市立図書館の整理係をしている兄のダニエルと、印刷会社で校正の仕事をしている妹のエミリーが、金曜の夜のうちに車で着く予定になっていた。

敷地の砂利道に入ったところで、私は足を止めた。

木立の陰に、見慣れた青いフォードのステーションワゴンが停まっていた。

いつもの場所、ポーチの階段のすぐ脇に、まっすぐ収まっている。

だが、その佇まいには、なんとも言えない違和感があった。

ゆうべ、このあたり一帯には冷たい霧が降りていた。

私のピックアップトラックのフロントガラスも、別荘の手すりも、朝露と霧の滴でびっしょり濡れていた。

ところが、そのステーションワゴンには、ほとんど水滴がついていなかった。

屋根も、長いボンネットも、乾いたガレージから引き出してきたばかりのように乾いていた。

ボンネットに手のひらを置くと、すうっと体温を奪われた。

冷えきっていた。

夜中に長い道のりを走ってきた車なら、どれほど外が寒くても、エンジンのあたりにかすかな温もりや油の匂いが残っているものだ。だが、その鉄板は、何日も置きっぱなしにされていた金属のように、底冷えのする冷たさだけを返してきた。

ポーチに上がり、網戸を開けて、ドアノブに手をかけた。

鍵は開いていた。

「ダニエル? エミリー?」

声をかけながら居間に入ったところで、私はまた足を止めた。

暖炉に火が入っていなかった。

ゆうべの冷え込みなら、着いて真っ先に薪をくべるはずだった。

薄暗い居間の丸テーブルを挟んで、二人が座っていた。

厚手のウールのセーターを着たダニエルと、ダウンベストを羽織ったエミリー。

二人はコートも脱がず、テーブルに両手を置いたまま、黙って正面の板壁を見つめていた。

部屋は外と同じくらい冷えきっていて、二人の吐く息が白く漂っていた。

「……おはよう、二人とも」

私が声をかけると、ダニエルが、軋むような動きで首をこちらへ向けた。

その顔には、長旅の疲れとはまるで違う、底の知れない戸惑いと青白さが張りついていた。

エミリーは動かなかった。テーブルの上に重ねた自分の指先を、じっと見つめていた。

「ルース」

ダニエルの声は、喉の奥が張りついたように掠れていた。

「いま、何時ですか」

「七時を少し過ぎたところよ。……どうしたの、二人とも。火も焚かないで」

ダニエルは答えなかった。

震える指でポケットを探って車のキーを取り出すと、テーブルの上に、かちり、と置いた。

その手の甲は、凍えたように白くなっていた。

「僕たちは」

ダニエルは掠れた息を吐いた。

「ゆうべの十時二十分に、スタージョン・ベイの橋を渡ったんです」

そこからこの別荘までは、車で四十分ほどの道のりだ。

「そのあと……何があったのか、二人とも、何ひとつ思い出せないんです」

私はそれ以上何も聞かず、暖炉の前にしゃがんで、薪箱から乾いた白樺の割り木を組んだ。

新聞紙に火をつけると、小さな炎が樹皮を舐め、やがてぱちぱちと音を立てて燃え上がった。

台所の古いパーコレーターに水と豆を入れて火にかけ、湯が沸くのを待つあいだ、私は二人の背中を見ていた。

エミリーは一度も顔を上げなかった。ダニエルは、テーブルの上のキーを、ときどき指先でそっと押しては、また離していた。

コーヒーを注いだカップを二人の前に置くと、ダニエルはようやく、両手でそれを包み込んだ。

湯気の向こうで、彼の指がまだ細かく震えているのが見えた。

第一章 四十二号線の闇

ドア郡の半島を北へ延びるウィスコンシン州道四十二号線は、グリーンベイ湾の岸に沿って、半島の西側の町々をつないでいる。

南の運河の町スタージョン・ベイで跳ね橋を渡ると、片側一車線のアスファルトは、牧草地と果樹園のなだらかな丘を縫うように北へ伸びていく。

秋が深まると、道沿いの農産物の直売所は軒並み板で塞がれ、夜に開いているガソリンスタンドは数えるほどしかない。街灯は町外れの交差点に一つか二つあるきりで、集落を離れれば、ヘッドライトの届く数十メートル先のほかは、何もかもが闇に沈む。

シカゴからこの半島までは、およそ二百五十マイルの道のりだった。

金曜の午後五時に仕事を終えて北へ向かう週末のドライブは、兄妹にとって、十代の頃から十年以上続けてきた習慣だった。

「いつもと同じ金曜日だったんです」

何年も経ってから、ダニエルは私にそう話した。

シカゴの混んだ高速道路を北へ抜け、ミルウォーキーの工場街の明かりを右手に見送り、グリーンベイの町を回り込む。

カーステレオからは、エミリーが自分で編集したカセットテープのフォークソングが、かすかなヒスノイズとともに低く流れていた。

助手席のエミリーは、膝に広げた古い紙の道路地図を指でなぞりながら、ときどき道沿いのダイナーのネオンを眺めていた。

スタージョン・ベイの運河に架かる跳ね橋を渡ったのが、午後十時二十分頃。

橋のたもとのガソリンスタンドに車を入れ、ダニエルは満タンまで給油した。

そのついでに、いつもの癖で、区間距離計をゼロに戻した。別荘までの残りを数えるための、ちょっとした儀式のようなものだった。

そこから先は、二人が「最後の直線」と呼んでいた、見慣れた区間だった。

エッグ・ハーバー、フィッシュ・クリークを抜けて、エフライムへ。

右手には針葉樹の森が壁のように続き、左手には見えないグリーンベイ湾の暗い水が、気配だけを横たえている。

カーブの角度も、道端の古いサイロの位置も、すべて頭に入っていた。

夜道に飛び出してくる鹿だけに気をつけながら、ダニエルは制限速度を守り、ハイビームで前を照らしていた。

霧はまだ、窪地に薄く漂っている程度だった。

ヒーターが足元に温かい風を送り、エンジンは規則正しい低い音を立てていた。

二人は他愛のない話をしていた。明日の昼はフィッシュ・ボイルを食べに行こう、港の桟橋で風に当たろう、日曜は渋滞を避けて早めに半島を出よう。

何百回と繰り返してきた、何の変哲もない週末の始まりのはずだった。

エフライムの手前、果樹園のあいだを抜ける長い直線に差しかかったのは、午後十一時を少し回った頃だった。

前方には、なだらかな起伏が闇の中へ吸い込まれていた。

街灯はなく、まわりの農家の窓にも明かりはなかった。

その直線のはるか先に、一つの光が現れた。

第二章 白い球

最初は、遠くの対向車だと思ったという。

この時間に半島を南へ下っていく地元のピックアップか、遅い牛乳の集荷車だろうと、ダニエルは反射的にハイビームを下げた。

しかし、光は一つしかなかった。

オートバイのライトにしては、位置がわずかに高かった。

路面から一メートル半ほどの高さを保ったまま、道路の真ん中の白線の上を、音もなく滑るように近づいてくる。

「……何かしら、あれ」

エミリーが、フロントガラスに顔を近づけた。

カーステレオの歌が続いていた。

タイヤがアスファルトの継ぎ目を踏む、たたん、たたん、という振動だけが、車内に響いていた。

距離が縮まるにつれて、ダニエルは胸騒ぎを覚えた。

車のライトなら、夜気や霧の中に、前へ向かって広がる光の筋が見えるはずだった。

だが、その光には筋がなかった。

光を放っているのではなく、それ自体が真っ白な球になって、空間の一点に固まっているように見えた。

大きさは、バスケットボールほど。

二人が見たこともない、青みさえ帯びていない、混じりけのない白だった。

そして何より奇妙だったのは、その後ろに「車体」がないことだった。

トラックの運転台も、オートバイのフレームも、光の背後にあるはずのどんな形も、闇の中に見えなかった。

ただ白い球だけが、白線の上を正確になぞりながら、一定の速さで近づいてくる。

「ダニエル、停めて」

エミリーの声が鋭くなった。

「ブレーキを踏んで!」

ダニエルはブレーキを踏み込んだ。

タイヤが路面を擦り、シートベルトが二人の身体を強く引き留めた。

車は右の路肩へ寄って、止まった。

ギアをパーキングに入れようとしたダニエルの指が、宙で止まった。

光は、すれ違っていかなかった。

ステーションワゴンが止まった瞬間、白い球は、見えないレールの上を滑るように、ふわりと向きを変えた。

そして、こちらの車の真正面へ、まっすぐに進んできた。

「下がって!」

エミリーが叫んだ。

しかし、ギアをバックに入れる間はなかった。

光が速さを増していた。

音は一切なかった。

エンジンの音も、風を切る音も、小石を跳ね上げる音もしない。

静まり返ったまま、その白いものは、ステーションワゴンのフロントグリルめがけて滑り込んできた。

ダニエルが最後に見たのは、フロントガラスのすぐ向こう、わずか数十センチの空間を埋めつくした、圧倒的な白の壁だった。

光はガラスを通り抜け、ダッシュボードを照らし、二人の服を照らし、車内のあらゆる陰影を一瞬で消し去った。

眩しいという感覚さえ通り越していた。

目の奥が焼けるような白さの中で、ダニエルは自分の叫び声を聞いた。

隣でエミリーが両手で顔を覆うのが見えた。

そして、世界のすべてのスイッチが切られた。

第三章 止まった数字

気がついたとき、ダニエルの耳に届いたのは、小鳥の声だった。

朝の冷たい光が、窓枠から斜めに差し込んでいた。

ダニエルは居間のテーブルに突っ伏していた。

頬の下に、松材の硬い感触があった。

首筋がひどく強張っていたが、痛みも吐き気もなかった。ただ、深い麻酔から覚めた直後のように、考えの歯車がうまく噛み合わなかった。

顔を上げると、向かいの椅子にエミリーが座っていた。

彼女もまたテーブルに両肘をつき、焦点の合わない目で宙を見ていた。

着ているのは、ゆうべ車に乗っていたときと同じセーターとジーンズ。

靴も履いたままだった。

「……エミリー」

ダニエルが呼ぶと、妹はゆっくりと瞬きをした。

「私たち、どうやってここに入ったの?」

エミリーの最初の言葉は、それだった。

居間の中に、荒らされた跡も、争った跡もなかった。

鍵を開けた記憶も、ドアを開けた記憶も、靴のまま椅子に座った記憶も、二人のどちらにもなかった。

ダニエルは腕時計を見た。

午前六時四十分。

あの光に呑まれたのが十一時過ぎだとすれば、七時間半ほどが、どこかへ消えていた。

「車を見に行こう」

ダニエルは掠れた声で言った。

二人は外へ出た。

朝の澄んだ空気の中に、青いステーションワゴンが静かに停まっていた。

フロントグリルにも、バンパーにも、へこみ一つなかった。

傷も、焦げ跡も、泥はねさえ見当たらなかった。

ダニエルは運転席のドアを開け、キーを差し込んで、イグニッションを一段だけ回した。

警告灯が一斉に点き、計器の針がゆっくりと持ち上がった。

ダニエルの目は、速度計の下の小さな数字の窓に吸い寄せられた。

スタージョン・ベイでゼロに戻した、区間距離計だった。

数字は、二十一・四マイルを示していた。

橋のたもとのスタンドから、エフライムの手前のあの直線までの距離だった。

そこからこの別荘までの、残りの数マイルが、どこにも記録されていなかった。

車は、あの場所から先を走っていなかった。

少なくとも、タイヤを回して走った跡は、どこにも残っていなかった。

そのとき、カーステレオから、ふいに歌が流れ出した。

イグニッションを回したことで、ゆうべ差したままだったカセットテープが、止まっていたところから再び回り始めたのだった。

流れてきたのは、あの白い光が見えたときにかかっていた曲の、同じ小節の途中だった。

二人はしばらく、その歌を黙って聞いていた。

やがてダニエルが手を伸ばして、テープを止めた。

第四章 荷台の隅の白い石

二人は車の中を、隅々まで調べた。

グローブボックスの書類、シートの下、フロアマットの端。

何ひとつ、おかしなところはなかった。

二人の身体にも、傷やあざはなく、服が破れてもいなかった。

ただ、時間だけが消えていた。

七時間半という確かな現実の厚みが、はさみで切り取られたように、二人の人生から抜け落ちていた。

エミリーは、それ以上車に触れようとしなかった。

ポーチの階段に腰を下ろし、両膝を抱えて、木立の向こうの湾を見つめ始めた。

その背中は、これ以上何かを確かめることを拒んでいた。

だが、ダニエルには、まだ見ていない場所が一つ残っていた。

ステーションワゴンの後ろの荷台だった。

重いリアゲートを跳ね上げると、ふだんから積みっぱなしの予備のタイヤと、工具箱、折りたたみのキャンプチェアが見えた。

どれも、シカゴを出たときと同じ場所にあった。

ただ一つ、荷台のカーペットの右奥の隅に、見慣れないものが落ちていた。

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