序章 砂漠のハイウェイと深夜の周波数

アメリカ合衆国の広大な夜間ハイウェイを一人で運転した経験のある者なら、誰しもが一度は、ラジオのチューニングダイヤルを回して耳に入ってくる奇妙な声に救われた記憶を持っている。長距離トラックの車列が地平線の彼方まで赤いテールランプを連ねる中、地方局の電波が途切れ、ホワイトノイズの砂嵐の中から立ち上がってくるのは、全米各地から寄せられる一般市民の生々しい肉声である。

ここ十数年で英語圏のカルチャーとして確固たる地位を築いた実体験怪談ポッドキャストの世界において、いくつかの老舗番組は、公的な歴史書が決して記録することのない「アメリカの影のフォークロア」を保存する巨大なアーカイブとなってきた。

全米のリスナーが夜な夜な留守番電話に吹き込んだ身の毛のよだつ告白をそのまま放送する番組。二十年近くにわたり、電話口の語り手たちの震える声に耳を傾け続けてきた老舗の電話インタビュー番組。当事者への執拗な現地取材と音響的再構成によって、日常のすぐ裏側に潜む裂け目を暴き出す調査型の番組。

そして、公共ラジオ局が手がける珠玉のストーリーテリングとして、語り手自らの吐息と沈黙を通じて過去のトラウマを呼び覚ます番組。

これらの番組に届けられる何万時間もの証言を注意深く追っていくと、東部のアパラチア山脈の鬱蒼とした原生林とは対極にある、もう一つの巨大な恐怖の空白地帯が浮かび上がってくる。

南西部、アリゾナ州からニューメキシコ州へと広がる、見渡す限りの赤土と乾燥した低木(セージブラッシュ)の砂漠平原である。

かつてシカゴからサンタモニカまでを結び、無数の移住者や旅人を運んだ「マザーロード」こと国道六十六号線(ルート66)。一九八〇年代に高速道路である州間高速四十号線(I−40)が完全に開通したことによって、その旧道沿いに点在していた無数のモーテル、ガソリンスタンド、土産物店は、一夜にして時代の奔流から取り残され、風化するゴーストタウンへと姿を変えた。

昼間は強い陽光が砂漠の岩肌を白く灼き焦がすが、太陽が西の地平線に落ちた瞬間、標高千五百メートルを超える高地砂漠は、身を切るような氷点下の冷気と完全な暗黒の中に沈み込む。

ポッドキャストの回線を通じて語られる砂漠の怪異手記には、独特の乾いた質感がある。

見渡す限りの荒野の真ん中で突然エンジンが停止した時、フロントガラスの向こうに浮かび上がる崩れた石壁。

数十年間も電気が通っていないはずの廃墟の看板から聞こえてくる、かすかなネオンの唸り音。

キャニオンの底から夜風に乗って吹き上げてくる、古い煙と肉の焦げるような異臭。

そして、暗闇の中から車のヘッドライトの光を避けるようにして、音もなく歩み寄ってくる「それら」の足音。

先住民たちの凄惨な流血の記憶、開拓者たちの狂気、そして高速化する現代社会が置き去りにしていった遺棄された空間。それらが何層にも重なり合った砂漠の土壌は、夜の冷気の中で、今なお消えることのない熱を静かに放電し続けている。

第一章 州間高速四十号線の赤光

ダニエル・ホーソーンが運転する千九百七十八年製シボレー・K5ブレイザーの水温計の針が、不吉なレッドゾーンの境界線を越え始めたのは、十月最後の木曜日の午後十時を過ぎた頃だった。

三十四歳になるダニエルは、カリフォルニア州ロングビーチを拠点に、全米のコレクターから依頼を受けてビンテージカーや希少車を自走、あるいは積載車で陸送する個人トランスポーターをしていた。今回の任務は、オクラホマシティの愛好家から買い取られたオリジナルのシボレー・ブレイザーを、ロサンゼルスの顧客の元へ二日以内に届けることだった。

テキサス州のアマリロを抜け、ニューメキシコ州のアルバカーキを通過したあたりまでは、五・七リッターのV型八気筒エンジンは快調そのものだった。重低音の排気音を荒野に響かせ、砂漠を貫く一本道を西へ西へとひた走っていた。

しかし、アリゾナ州に入り、標高二千メートルのフラッグスタッフへと向かう長い上り坂に差し掛かった時、ダッシュボードの奥からカチカチという不穏なリレーの作動音が混ざり始めた。

「頼むから保ってくれよ、相棒」

ダニエルはステアリングを叩きながら呟いた。

ヒーターの吹き出し口から、焼けたクーラント液特有の、甘ったるく鼻を突くメープルシロップのような悪臭が漂い始めていた。ボンネットの隙間から、ヘッドライトの光に照らされて白い湯気が一筋、二筋と立ち上っている。ラジエーターのホースに亀裂が入ったか、ウォーターポンプのベアリングが焼き付いたのは明白だった。

周囲には人家の一軒も見当たらなかった。

州間高速四十号線の路肩には街灯など一本もなく、見渡す限りの乾燥した大地と、巨大な空を覆う満天の星々があるだけだった。時折、巨大なコンテナを牽引した十八輪の長距離トレーラーが、けたたましい風圧と轟音とともにダニエルの横を時速百キロ以上で追い抜いていき、そのたびにブレイザーの車体が激しく揺さぶられた。

このまま高速道路の路肩に停まるのは自殺行為だった。深夜の居眠りトラックに追突されれば、鉄屑ごとスクラップにされる。

次の出口で降りて、安全な場所でエンジンを冷まし、予備の冷却水を補充しなければならなかった。

前方の暗闇の中に、緑色の案内標識が車のライトに反射してぼんやりと浮かび上がった。

「出口二三〇 ツーガンズ(Exit 230 Two Guns)」

下段には「サービス施設なし」という冷徹な注記が添えられていた。

ガソリンスタンドもモーテルもない、ただの無人のインターチェンジ。しかし、安全に車を退避させるスペースを確保するには、そこへ降りるしかなかった。

ダニエルは右のウインカーを点滅させ、減速車線へと滑り込んだ。

舗装が剥がれかけた急なランプウェイを下ると、I−40の喧騒は一瞬にして背後へと遠ざかった。

高架下をくぐった先、アスファルトは完全に途切れ、赤土と砕石の混ざった古い一本道へと突き当たった。

ヒストリック・ルート66。かつて合衆国の大動脈だったその旧道は、今や両脇から生い茂った砂漠の枯草に浸食され、放置された荒野の傷跡のように西へと伸びていた。

ガタガタという激しい振動とともに、ブレイザーのエンジンルームから「パンッ」という乾いた破裂音が響いた。

続いて、真っ白な高圧の蒸気がフロントガラス一面に噴き出し、視界を完全に奪い去った。

パワーステアリングが重くなり、警告灯が一斉に赤く点灯する。

ダニエルは渾身の力でハンドルを右に切り、惰性で転がる車体を、道端に広がる平坦な空き地へと滑り込ませた。

キーを左に回して切ると、それまで車内を満たしていた機械の唸り声が途絶えた。

訪れたのは、耳鳴りがするほどの圧倒的な静寂だった。

第二章 キャニオン・ディアブロの風

ダニエルは大きく息を吐き、グローブボックスから金属製のマグライトを取り出した。

運転席の重いドアを開けると、身を切るような冷風が車内に吹き込んできた。

十月のアリゾナの砂漠は、昼間の記憶を完全に裏切る。気温は摂氏二度まで落ち込んでいた。

足元の砂を踏みしめると、ザクッ、ザクッと、凍てついた砂利が靴底で砕ける乾いた音が夜の空気に響き渡った。

ボンネットのキャッチを外し、立ち上る高温の蒸気に注意しながらゆっくりと鉄板を持ち上げる。

マグライトの白い光条が、黒ずんだエンジンブロックを照らし出した。

予想通りだった。アッパーホースが縦に五センチほど裂け、そこから緑色の冷却水が漏れ出して高温のエキゾーストマニホールドの上でジュウジュウと音を立てていた。

「最悪だな……」

トランクには耐熱補修テープと工具がある。しかし、完全に空になってしまった冷却水路を満たすための「水」が圧倒的に足りなかった。車内に積んである飲料用のペットボトルは一本きり。

この巨大なV8エンジンを満たすには、少なくとも二ガロン(約七・五リットル)の水が必要だった。

ダニエルは懐中電灯の光を周囲の暗闇へと巡らせた。

車のヘッドライトが消えた世界は、星の光と細い三日月だけが照らすモノクロームの砂漠だった。

そして、彼が車を停めた場所のすぐ目の前に、巨大な建造物の残骸が聳え立っていた。

石造りの壁面。

屋根は完全に崩落し、窓枠の木材は朽ち果てて黒い空洞を晒している。

その手前には、何十年も前に燃料の供給を止めたはずの、丸みを帯びた二基の旧式給油ポンプが、まるで首を吊られた墓標のように砂の中に佇んでいた。

さらにその奥、深い大地の亀裂が口を開けていた。

キャニオン・ディアブロ——悪魔の渓谷。平坦な砂漠の真ん中を、巨大な爪で引き裂いたかのように横たわる深さ数十メートルの峡谷。その断崖の縁に張り付くようにして、石を積み上げて作られた不気味な円形の檻のような構造物が、幾重にも並んでいた。

ツーガンズ。

かつて一九二〇年代、ルート66の黄金期に、砂漠を旅する観光客相手にマウンテンライオン(ピューマ)や毒ヘビを見世物にしていた私設動物園の残骸だった。

冷たい風が、キャニオンの底から吹き上げてきた。

その風には、独特の匂いが混ざっていた。

乾燥した砂の匂いではない。何かが燻り続けているような、古い灰の匂い。そして、古い家畜小屋の奥底に堆積した獣の脂が、長い年月をかけて腐敗し、乾ききったような、胸の奥を重く圧迫する異臭。

ダニエルはジャケットの襟を立て、ジッパーを顎まで引き上げた。

廃墟の給油所の裏手に、かつて使われていた井戸か、あるいは貯水タンクの残骸があるかもしれない。わずかでも泥の混じっていない水が見つかれば、ホースを補修してフラッグスタッフの町まで自走できるはずだった。

彼はマグライトを握り直し、砂に埋もれた給油ポンプの横を通り抜けて、崩れかけた石造りの建物へと足を踏み入れた。

第三章 石の檻と給油ポンプ

建物の内部は、風に吹き寄せられた砂と、割れたビール瓶の破片で埋め尽くされていた。

壁面には、何世代もの暴走族や放浪者たちが残していったスプレーの落書きが、色褪せた地層のように重なり合っている。

懐中電灯の光が、奥のカウンターの残骸を捉えた。かつてカフェか売店だった場所だ。棚はすべて腐り落ち、床には錆びついた缶詰の蓋や、風化したコカ・コーラの木箱が散乱していた。

奥のドアノブを回すと、鍵はかかっておらず、蝶番が乾いた金属音を立てて外側へと開いた。

建物の裏手に出た瞬間、足元の大地が突如として途絶えた。

キャニオン・ディアブロの断崖だった。足下から数十メートル下まで、垂直に近い石灰岩の黒い絶壁が切れ落ちており、底にはかつて鉄砲水が流れたのであろう白い涸れ谷が、月の光を浴びて蛇のようにうねっていた。

その断崖の斜面に、あの石造りの檻がへばりついていた。

太い鉄格子の扉は赤黒く錆びつき、内側には枯れ草と崩れた瓦礫が溜まっている。

ダニエルは檻の前を通り過ぎ、崖に沿って設置されたコンクリートの基礎へと向かった。

そこには、円筒形の古い給水タンクが横倒しになって放置されていた。

タンクの底のドレンコックに手を伸ばす。指先が凍りつくほど冷たかった。バルブを力任せに捻ると、ギギギと軋む音がして、錆色の濁った液体がチョロチョロと砂の上に流れ出した。

「生きてる……!」

ダニエルは息を呑んだ。

鉄錆で赤く濁ってはいたが、砂を沈殿させればエンジンの冷却水としては十分に使える量だった。彼は車に戻って空のポリタンクとバケツを持ってこようと、身を翻した。

その時だった。

チリン、チリン。

微小な音が、背後の峡谷の底から響いてきた。

風鈴のような音ではなかった。馬やラバの手綱に取り付けられた真鍮の小さな鈴が、動物の歩行に合わせて揺れる、あの独特のリズム。

ダニエルは足を止めた。

渓谷を見下ろす。底には何も見えなかった。墨を流したような闇が溜まっているだけだ。しかし、音は一つではなかった。

パカラン、パカラン。

蹄鉄をつけていない、乾いた馬の蹄が、川底の砂利を踏みしめる音。続いて、荷車を引く木製の車輪がきしむような、ギシ、ギシ、という連続した摩擦音。それらの音が、峡谷の奥底から、信じられない反響を伴って這い上がってきていた。

ダニエルの背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。

こんな真夜中の、車の通れない断崖の底を、馬の群れが移動しているはずがなかった。

パッ。

前方の視界の端で、何かが明滅した。

ダニエルは顔を上げた。

彼が車を停めた、あの崩れかけた給油所。その屋根の上に掲げられていた、文字の脱落した古いネオンサインの残骸——「TWO GUNS」の錆びた看板の骨組み。

その壊れたガラス管の中に、微かに、弱々しい赤い光が灯っていた。

ジジジ……ジジジジ……。

高圧トランスが漏電した時のような、五十ヘルツの不快な唸り音。赤く濁った光が、数秒ごとに不規則に点滅を繰り返す。電線など繋がっていない。

配線は数十年前にすべて切断され、銅線は盗掘されて跡形もないはずだった。それにもかかわらず、赤いネオンの光条は、夜の冷気を吸い込むようにして、次第にその輝度を増していった。

そして、その赤い光に照らし出された給油ポンプの横に。

影が、立っていた。

第四章 洞窟から昇る灰

ダニエルの心臓が跳ね上がった。

彼は懐中電灯のスイッチを反射的に消し、石造りの檻の影に身を縮めた。

距離はおよそ三十メートル。点滅するネオンの赤い光の下、給油ポンプのホースを握りしめるようにして、一人の人影が直立していた。

それは現代の服装を着た人間ではなかった。頭から肩にかけて、幾重にも粗末な毛織物のブランケットを巻き付け、足元には泥と煤で汚れた鹿革のモカシンを履いていた。背丈は低く、微動だにしない。

(誰だ? ヒッチハイカーか? いや、あんな格好の奴がいるか)

影は、ダニエルが乗ってきたブレイザーの運転席の窓を、じっと見つめていた。

風が吹き抜ける。その風に乗って、あの匂いが一段と濃密になって漂ってきた。

古い灰の匂い。乾燥した枯草とトンプソンオークの木が燻る、息苦しい煙の匂い。そして、肉が超高熱で焼かれ、炭化した後に残る、生々しい脂の焦げ臭さ。

その時、ダニエルの足元——彼が立っている断崖の岩肌の裂け目から、音が聞こえ始めた。

ヒュー……ッ、ヒュー……ッ。

風の吹き抜け音ではなかった。狭い空間に閉じ込められた無数の人間が、酸素を奪われ、肺胞を必死に広げようともがき苦しんでいるかのような、湿り気を帯びた摩擦音。

喘ぎ声だった。低いうめき声、咳き込む音、そして、子供の泣き叫ぶような悲鳴が、岩の割れ目の奥深くから、地鳴りのように重なり合って湧き上がってきたのだ。

ダニエルは足元の岩肌を見つめた。そこには、大人が身をかがめてようやく滑り込めるほどの、黒い洞窟の入り口が口を開けていた。

アパッチ・デス・ケイブ。

ダニエルの脳裏を、かつてルート66の歴史本で読んだ凄惨な史実が閃光のように貫いた。

千八百七十八年。この地を根城にしていたナバホ族の集落を、略奪部隊であるアパッチ族の戦士たちが襲撃し、多くの住民を殺害した。復讐に燃えるナバホの追撃隊は、アパッチたちをこのキャニオン・ディアブロの天然の洞窟へと追い詰めた。

洞窟の入り口は狭く、奥へ逃げ込んだアパッチの戦士と家族たち、合わせて四十二人は外へ出ることができなかった。ナバホの戦士たちは、洞窟の開口部に乾いたセージやトンプソンオークの枝を山のように積み上げ、火を放った。さらに、煙が逃げないよう、馬の毛布や土砂で入り口を塞ぎ、洞窟の奥へと猛毒の一酸化炭素と濃密な煙を送り込み続けた。

洞窟の中にいた四十二人は、全員が窒息死した。火が消えた後、ナバホの追撃隊は洞窟に入り、死者たちの身ぐるみを剥ぎ、遺体をそのまま暗黒の地底へと放置した。その凄惨な記憶ゆえに、この洞窟は「死の洞窟」と呼ばれ、後にツーガンズを開発した白人興行師たちが、その骨を掘り起こして観光客向けの土産物として売り捌くという暴挙に出るまで、先住民たちが決して近づくことのない呪われた禁足地だった。

岩の裂け目から、白い煙が立ち上り始めた。

幻覚ではなかった。冷たい夜の大気の中に、目に見える濃密な灰色の煙が、細い糸となって何筋も噴き出していた。煙はダニエルの足首にまとわりつき、鼻腔と気道を強烈に刺激した。

ゲホッ、と咽頭が痙攣し、ダニエルは思わず手で口を押さえた。

その咳払いの音に、反応した。

給油ポンプの横に立っていた影の首が。カクン、と不自然な角度で横に折れ曲がった。

影が、ゆっくりとこちらを向いた。

赤いネオンの光が、その顔を横から照らし出した。顔面の皮膚は、まるで直火で炙られたベーコンのように黒く縮れ、ひび割れた裂け目から、乾いた筋肉の繊維が露出していた。両の眼球は熱で白濁し、視力を失っているはずだった。

しかし、その二つの白い穴は、正確に、岩陰に潜むダニエルの姿を捉えていた。

影の開いた口から、灰の混ざった黒い煙がゴボリと吐き出された。

そして、その影だけではなかった。

断崖の縁、キャニオンの底、そしてあの石造りの猛獣の檻の暗闇から。次々と、煙をまとった影たちが、音もなく這い上がってきたのだ。

五人、十人、二十人。彼らは全員、黒焦げになった衣服を身に纏い、手足を奇妙に痙攣させながら、地面を這い、あるいはよろめきながら、ダニエルを取り囲むようにして距離を詰めてきていた。

彼らの指先は、皮膚が焼けただれて白い骨が露出していた。その指先が、救いを求めるように、あるいは自らの命を奪った炎の熱を分け与えようとするかのように、ダニエルに向かって一斉に伸ばされた。

ダニエルは絶叫し、檻の壁を蹴って走り出した。目指すのは、自分のブレイザーだった。あの鉄の塊の中に逃げ込む以外、この砂漠の悪夢から逃れる術はなかった。

砂利を蹴り、転がりそうになりながら広場へと飛び出す。背後から、無数の裸足が砂を踏み鳴らす音が迫っていた。それは人間の走る足音ではなかった。

まるで、強風に煽られた野火が、乾いた草原を一瞬にして焼き尽くしていくような、バチバチという激しい爆ぜる音を伴っていた。

ダニエルは車の運転席のドアハンドルを掴み、力任せに引いた。車内へ飛び込み、ドアを叩きつけるように閉める。内側のロックノブを肘で押し下げた。

荒い息を吐きながら、彼はフロントガラスを見上げた。

車のボンネットの上に。赤く点滅するネオンの光を背にして、何かが降り立っていた。

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