序章 「尸解」の檻と、卜筮(ぼくぜい)の重力
古来、中国の神仙譚において「不老不死」は、必ずしも天界の門をくぐる至高の栄達だけを意味しない。
道教文献には天仙、地仙、尸解など多様な語が現れるが、その分類は時代と文献によって一様ではない。とりわけ「尸解」は、遺体や代替物を残して死を装い、この世の身分から解き放たれるという複雑な伝承であり、生身の肉体が永遠に老いないことと同義ではない。
また、占者のあいだで語られる「卜は自らを測らず」も、道教全体を貫く絶対法則というより、欲望や恐怖で判断を曇らせぬための戒めとして伝えられてきた言葉である。
だが怪異譚は、しばしば戒めを文字どおりの天罰へと変える。自らの死期を覗き、運命を避けようとした術者から、天が「死ぬ権利」そのものを奪う——以下は、その古い母題を民国期の文人伝説と現代バンコクの移民街へ接続した記録である。
これは、上海からタイのバンコクへと渡り、異国の裏路地で奇妙な仕事に従事することになった一人の女性が遭遇した、中華民国の激動から一世紀の時を超えて生き続ける「ある神童」の生々しき足跡の記録である。
第一章 バンコクの旧洋館——偽りの大使館
この物語の語り手である女性——李(リー)さんは、上海の裕福な商家に育ったシングルマザーである。
数年前、中国全土を襲った感染症の混乱が明けた頃、彼女は夫の勧めで子供の教育移住という名目を掲げ、タイのバンコクへと居を移した。しかし、それは現代の中国富裕層によく見られる、極めて陳腐な家庭崩壊の序幕に過ぎなかった。妻子を海外へ送り出した夫は、国内で若き愛人を囲い込み、やがて不貞が露見して協議離婚へと至ったのである。
手元には一定の財産分与が残されたものの、物価の上昇する異国で徒食を続ければ、いずれ蓄えは底をつく。とはいえ、タイ語を解さず、特段の専門技能を持たぬ元富裕層の主婦にとって、バンコクでの求職は困難を極めた。
そんな折、知人の紹介で舞い込んできたのが、「ある貿易会社を営む華僑の実業家が、身辺の雑務と接客を担当する中国人秘書を求めている」という破格の求人であった。
面接の場として指定されたのは、バンコクの中心部・スクムビット通りの喧騒から遠く離れた、古い運河(クローン)沿いに佇む白亜のコロニアル風洋館であった。
門前に立つと、錆びた鉄扉の脇に真新しい真鍮の銘板が掲げられていた。
【 海岬共和国 特命全権大使館 】
見覚えのないアフリカの小国を名乗るその看板の横には、色褪せた小国旗が熱帯の生ぬるい風に微かに揺れていた。
面接に現れた雇い主は、五十代半ばに見える、極めて上品な佇まいの男性であった。撫で付けられた白髪交じりの髪、仕立ての良い英国製のスリーピース・スーツ、そして手元には骨色の樹脂製の握りが光るクラシカルなステッキ(文明杖)を携えていた。男は李さんの名前と出身地を穏やかな標準語(北京官話)で二言三言尋ねただけで、その場で採用を告げた。
提示された月給は、現地の相場の三倍を優に超えていた。
だが、勤務を始めてわずか数日のうちに、李さんの胸は冷たい絶望と後悔に満たされることとなった。
「……騙された。ここは、あまりにも幼稚なペテン師の隠れ家だ」
その「大使館」に常駐しているのは、大使を自称するその男と、李さん、そして厨房で男の食事を黙々と作り続ける、干からびた木棺のように痩せた老召使いの三人きりであった。
そして、李さんに課せられた唯一の業務——それは、時折この洋館の門を叩く事情を抱えた客を応接室へ通し、身元に関する書類を預かることであった。
客が去ると、男は奥の部屋へ書類を運び込み、数週間後には見知らぬ国章の入った冊子を取り出した。作成場所も手順も、李さんには一切知らされなかった。だが、公的な照会先さえ確認できないそれが、正規の旅券であるはずはなかった。
「こんなものは、ただの粗悪な偽造旅券じゃないですか!」
耐えかねた李さんは、ある日、男に向かって声を荒らげた。
「客が国境で捕まったら、私も共犯として投獄されてしまいます! 今月で辞めさせてください!」
しかし、ステッキを壁に立てかけた男は、怒る風もなく、ただ上品に紅茶のカップを傾けて微笑むだけであった。
「李さん、ご安心なさい。あれは正真正銘、国際法上において完全に有効な、本物の主権国家の旅券ですよ」
男の口から語られた説明は、常人の理性を遥かに超えた荒唐無稽な冒険談であった。
男の説明によれば、数十年前、脱植民地化の混乱のなかで地図から取り残された海岸の共同体を救い、その自称評議会から「唯一の全権代表」に任ぜられたのだという。だが、国際的承認も領事権限もない私的集団が旅券を発給できるはずはない。
「国家とは、地図に線を引き、他人がそれを信じたときに生まれるものです。海岬共和国も、まだ信じる者が少ないだけですよ」
それは法的説明ではなく、百年を生きた男の歪んだ寓話にしか聞こえなかった。冊子が本当に国境を越えられたのか、それとも客たちが別の経路で姿を消したのか、李さんは最後まで確かめられなかった。
男の戯言のような言い訳を、当初李さんは信じようとはしなかった。
しかし、月末になり、半年が過ぎても、警察が踏み込んでくる気配は一切なかった。それどころか、旅券を受け取った客たち——中には追手を恐れる政治亡命者、破産した投資家、あるいは独裁国家を逃れてきた名もなき一家——は、涙を流して男の手に口づけをし、歓喜の表情で去っていった。そして彼らの紹介により、さらに多くの依頼人がこの路地裏の洋館へと列をなすようになったのである。
第二章 博愛の老紳士と、十三個の巨大革トランク
館での歳月が重なるにつれ、李さんの雇い主に対する疑念は、底知れぬ「畏怖」へと純化されていった。
男の日常は、絵に描いたような旧時代の英国紳士そのものであった。
赤道直下の熱帯であるバンコクにおいて、彼は一日たりとも冷房の効いた室内でシャツの襟を緩めることすらなかった。アイロンの完璧に当てられたチョッキ、懐中時計の金の鎖、磨き上げられた革靴。
彼の言語能力は、怪異と呼ぶに相応しい深さに達していた。英語、フランス語、ロシア語はもちろんのこと、東欧の消滅しかけた少数民族の方言、中東のアラビア語部族語、さらにはアフリカ内陸部の名もなき言語に至るまで、いかなる客が訪れようとも、彼はその母語を寸分の澱みもなく操り、相手の文化的背景に寄り添って対話を重ねた。
彼の前に座った客たちは、わずか数分言葉を交わしただけで、長年の逃亡生活の孤独を解きほぐされたかのように号泣し、床に跪いて自らの罪や絶望を告白するのであった。
そして男の振る舞いには、冷徹な「選別」の掟が存在した。
詐欺師や汚職官僚、他者を食い物にして逃亡資金を蓄えた悪漢が転がり込んできた際、男は冷酷無比な微笑を浮かべ、彼らの全財産をむしり取るがごとき天文学的な手数料を要求した。
しかし、戦争に引き裂かれ、着の身着のままで幼子を抱えてやってきた難民——ルワンダの虐殺を生き延びた者、イラクやシリアの爆撃で家を焼かれた一家に対しては、手数料を一銭も受け取らないばかりか、自らの金庫を開けさせ、李さんの手を通して分厚いバーツ札の束を彼らの旅費として握らせるのである。
「富める悪者から奪い、持たざる者を救う」
それはまるで、古の中国の武侠小説に描かれる義賊の精神を、異国のメガロポリスの暗がりで一人実践しているかのようであった。
李さんがその館で働き始めて、三年の月日が流れた。
一人息子が無事にタイの名門大学へと進学を果たし、母親としての肩の荷がようやく下りたある乾季の始まり、男は唐突に「全社による出張」を宣言した。
目的地は、北方の古都・チェンマイの山奥にある、ある名もなき集落であった。
バンコクからチェンマイまでは、直線距離にして七百キロメートル余り。航空機を使えば一時間半の距離である。しかし男は、空港や鉄道の雑踏を嫌い、大型の観光貸切バスを一台丸ごとチャーターすることを命じた。
乗客は男と李さん、そしてあの老召使いの三人きりである。
「なぜ、たった三人の移動にこれほど巨大なバスが必要なのですか?」
李さんの疑問は、洋館の奥から運び出された荷物の山を目にした瞬間に氷解した。
男が携えていく手荷物は、実に十三個に及ぶ、大人の背丈ほどもある重厚な英国製の革トランクであったのだ。
男の神経質なまでの潔癖さは、常軌を逸していた。
彼はその生涯において、決して外部の食堂の料理や、他人が汲んだ水を口にすることはなかった。十三個のトランクのうち、衣服が収められていたのはわずか三個。残る十個の巨大なトランクの中身は、すべて男が道中で口にするための「特製の食糧」と「水」で埋め尽くされていたのである。
トランクの重い真鍮の留め具が開かれた際、李さんはその内部を覗き見ることができた。
整然と敷き詰められた黒漆の重箱の中に収められていたのは、肉や魚の類では断じてなかった。
何十年も乾燥させたとおぼしき長大な野性の高麗人参、岩肌に生える漆黒の霊芝(レイシ)、そして生姜に似た奇怪な根茎——道教において仙人の食糧とされる「黄精(アマドコロ)」や白朮(ビャクジュツ)といった、極めて希少な山野草の乾物ばかりであった。
そして、残る数個のトランクには、重厚なガラス瓶に密閉された、どこかの名山から汲み上げられたとおぼしき鉱泉水が、何十本も厳重に固定されていたのだ。
道教の究極の養生術——穀物を断ち、清らかな気と霊薬のみを摂取する「辟谷(へきこく)・服食(ふくしょく)の法」を、男は異国の地において厳格に実践し続けていたのである。
だが、李さんを真に寒からしめたのは、その荷物を運ぶ老召使いの肉体であった。
トランク一つには、数十リットルの水や生薬が詰まっており、その重量は優に百キログラム近くに達する。現代の屈強な運送業者であっても、二人掛かりでなければ持ち上がらない鋼鉄のような塊である。
ところが、あの骨と皮ばかりに縮み上がった小柄な老召使いは、息一つ乱さず、両手に二個ずつの革トランクを軽々とぶら下げ、わずか二往復で十三個の巨大な荷物をバスの床下へと積み込んでみせたのだ。
車内において、その老人は常に糸綴じの古い漢籍の頁をめくり、自らの掌の上に狼毛の毛筆を走らせて毛筆の帳簿をつけていた。スマートフォンを持たず、クレジットカードも使わず、買い物はすべて手擦れした銀貨や古い紙幣の現金のみで決済する。
この洋館に潜む二人の男は、時間の流れそのものが、外部の世界から完全に遮断されていたのである。
第三章 北方の孤村と、六十年前の残影
バスは北上を続け、タイ北部の険しい山岳地帯へと分け入っていった。
チェンマイの市街地を大きく迂回し、舗装の途絶えた赤土の林道を登りつめた山腹に、その目的地——鬱蒼としたバナナの木立と竹林に囲まれた、わずか十数戸の小さな集落が口を開けていた。
住民はすべて、かつて大陸から逃れてきた華人の末裔たちであった。
バスが泥濘の広場に停車し、ステップからあの男がステッキを手に降り立ったまさにその瞬間、李さんは自らの目を疑う光景を目撃した。
広場にいた村人たちが、手にしていた農具を放り出し、子供から老人に至るまで、誰一人として例外なく泥の大地の上に膝を突き、両手を天に掲げて男の来訪を狂喜の叫びをもって迎えたのである。
集落の奥にある古い仏教寺院の小堂からは、黄褐色の袈裟を纏った老住職が裸足で駆け出し、男の足元に平伏してその爪先に額を擦り付けた。
彼らが男に向ける眼差しは、敬愛や親愛といった生ぬるいものではなかった。それは、荒野に光臨した神仏、あるいは一族を絶滅の淵から救い上げた「現人神」に対する、絶対的な信仰の法悦そのものであった。
男が住職に伴われて寺院の奥へと祈祷に向かった後、手持ち無沙汰となった李さんは、集落の小道を散策し、言葉のおぼつかない村人たちと言葉を交わした。
彼らは長年の孤立により、タイ語も中国語も崩れた古い潮州方言を話していたが、身振り手振りを交えながら、李さんを自らの粗末な高床式の板間へと招き入れた。
「……あのお方は、我らの命の親だ。あのお方がいなければ、我らの血筋はこの世から一人残らず消え去っていた」
七十歳前後の、腰の曲がった白髪の老人が、煤けた神棚の奥から、湿気で波打った分厚い革表紙の記念写真帳(アルバム)を恭しく取り出してきた。
老人は震える指先で、黄ばんだモノクロの密着焼きの写真をめくり、一枚の古い写真を李さんの前に差し出した。
李さんは息を呑み、スマートフォンを取り落としそうになった。
写真の背景には、南洋特有のコロニアル様式のアーケード街が写し出されていた。背後の店舗の看板には、漢字で「爪哇(ジャワ)」の文字が見える。
そして、その破壊され、黒煙を上げる街路の真ん中に、三人の人物が立っていた。
一人は、怯えた表情で赤子を抱きかかえる、民族衣装を纏った若い母親。
そして、その母親を庇うようにして毅然とカメラを見据えて立っている男——。
仕立ての良い三ピースのスーツ、胸元の懐中時計の鎖、骨色の握りを持つステッキ。
その顔貌、皮膚の張り、口元に浮かぶ静謐な微笑に至るまで、今、寺院の奥で祈りを捧げている自らの雇い主と、髪の毛一本の違いもなく完全に同一であった。
「……これ、いつ撮られたものなの?」
李さんが掠れた声で問うと、老人は自らの痩せた胸を指差し、写真を指差した。
「この赤子が、私だ」
老人は微笑んでいた。
「私の祖母が、暴徒の凶刃から逃げ惑っていた時、あのお方が海を渡って現れ、我ら一族を船に乗せてこのタイの山奥へと逃がしてくださったのだ。……あのお方は神だ。死ぬことのない、我ら一族の守護神なのだ」
李さんは震える手でスマートフォンのカメラを構え、その古写真を何枚も複写した。
背後には、あの老召使いの若かりし頃の姿——今と寸分違わぬ鋭い眼光を放ちながら、男の傍らで同じ革トランクを軽々と担いでいる屈強な青年の姿が、克明に焼き付けられていた。
バンコクへ戻ったその夜、李さんは歴史学を専攻している知人の研究者へとその画像データを送信した。
数時間後、研究者から興奮と戦慄の混じった長文の返信が届いた。
『背景の看板と印画紙から見て、一九六五年末から六六年頃のインドネシアで撮られた可能性があります。当時の大規模な反共暴力では、共産党員や支持者と見なされた人々を中心に多数が殺され、地域によって華人住民も迫害、暴力、追放の対象になりました。ただし、写真一枚から場所や事件を断定することはできません。
……それでも、この紳士が現代と同じ姿をしているのは説明がつきません』
六十年。
一人の人間が産声を上げ、老いて白髪となり、土へと還るに十分な星霜。
その時間の奔流を、あの男はただの一滴の皺も刻むことなく、完全な凪の姿勢のまま踏み越えていたのである。
第四章 書斎の墨痕——民国の巨星たち
真実の輪郭を掴み取ろうと、李さんは館の内部を密かに探索し始めた。
男の不在を見計らい、厳重に施錠されていた洋館二階の奥の書斎へと忍び込んだ彼女を迎えたのは、冷房の冷気ではなく、古い上等な松煙墨と宣紙が放つ、濃厚な歴史の沈香であった。
書棚を埋め尽くしていたのは、現代の印刷本ではなかった。
すべてが毛筆で書かれた肉筆の書簡、手沢本、そして詩稿の束であった。
李さんが震える手でそれらの書簡の末尾の落款(署名)をめくった瞬間、彼女の脳髄は麻痺したような衝撃に打たれた。
——梁啓超。
——胡適。
——蔡元培。
——章炳麟。
無論、それらは物語上の架空書簡である。現実に彼らがこの男と交流したことを示す史料は存在しない。
教科書の頁の中でしか見ることのできない、清末から民国初期にかけて中国の近代思想を創出した歴史の巨人たちの真筆の書簡が、まるで昨日の友人からの便りであるかのように、整然と桐箱の中に保管されていたのである。
手紙の内容は、ある時は国政の未来に対する白熱した議論であり、ある時は古書の鑑定に対する感謝であり、そしてある時は、この男が下した「神がかり的な未来予言」に対する戦慄と賛嘆の辞であった。
男の正体は、何者なのか。
中華民国という巨大な時代の激流において、これほどの大人物たちと対等に交わりながら、なぜ現代の歴史の正史から、その名が完全に削ぎ落とされているのか。
その謎が解き明かされたのは、チェンマイからの帰還から数週間後、熱帯のスコールが洋館の屋根を激しく叩いていた、ある新月の夜のことであった。
第五章 黄粱の一卜——天才神童の失脚と、華北の墜落
その夜、男は珍しく、客から贈られた古い紹興酒の壺を開け、一人書斎のテラスで杯を重ねていた。
酒気を帯びた男の双眸には、普段の冷徹な仮面がわずかに緩み、気の遠くなるような年月の重みに耐えかねた「老衰した魂」の疲弊が滲み出ていた。
李さんが差し出した新しい茶を受け取った男は、雨に煙る夜空を見つめながら、自嘲気味に口を開いた。
「……李さん、お前さんは、神童と呼ばれた人間の末路を知っているかね」
男は、自らの真の来歴を、まるで他人の講談を語るかのような平淡な調子で語り始めた。
男は清朝の末期、江南の学究の家柄に生まれた。
生まれながらにして人知を超えた記憶力を具え、四歳にして対句の文章を成し、七歳にして唐詩の韻を踏んで詩を詠み、八歳にして四書五経を読破した。その神童の名は朝野に轟き、わずか十四歳にして、のちの北京大学の前身となる「京師大学堂」の門を首席でくぐり抜けた。
「酒色財気、世俗の栄華という栄華は、二十歳を迎える前にすべて味わい尽くしたよ。当代の文人墨客と筆を競い、天下の英雄を指差して笑い、自らを時代の寵児と信じて疑わなかった。……だが、私の転落は、ある一人の道士から『周易・六壬の秘法』を授かったあの日に始まったのだ」
青年であった男は、天性の知性によって占筮の奥義を瞬く間に体得した。
彼の立てる卦(け)は、寸分の狂いもなく未来の事象を的中させた。
宣統帝の退位、軍閥混戦の勃発、そして初代大総統・袁世凱の急死の月日——。男が紙片に書き記した預言は、ことごとく冷酷な現実となって的中し、時の権力者たちは男を「生き神」と崇めてその門前に列をなした。
男の慢心は頂点に達した。
ある時、男は自らが深く執着していた一人の名門の才女を巡り、当代随一の詩人として名声を馳せていたある男と恋敵の関係となった。
激しい嫉妬と執念に駆られた男は、易占の盤を前にして、決して犯してはならない禁忌に手を染めた。
自らの霊力を総動員し、その恋敵の「運命の帳簿」を強制的に書き換える呪詛の卦を立てたのである。
「……一九三二年の初冬だった」男の声がかすかに震えた。
「私は盤の上に、炎と墜落の象(かたち)を見た。数日後、その詩人を乗せた航空機は、華北の名もない山中で濃霧のために岩壁に激突し、爆発炎上した。男の肉体は炭となって散ったよ。
……世間はそれをただの不慮の航空事故と信じたが、私だけは知っていた。私が自らの傲慢によって、他人の命の糸を無理やりに断ち切ったのだとね」
だが、天道の網は、決して漏らすことはない。
自らの力を過信した男は、ついに最大の禁忌——「自らの未来の死期」を盤の上に問いかけたのだ。
『卜は自らを測らず』。その掟を破り、自らの死の瞬間を先回りして回避しようと筮竹を投げ打った瞬間、天の雷火が男の霊台(魂の座)を直撃した。
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