序章 川霧のピアヌーラ

イタリア北部を東西に貫く大河ポー川の流域、広大なピアヌーラ・パダーナ(ポー平原)の晩秋は、世界からあらゆる色彩と遠近感を剥ぎ取る。十一月に入ると、アルプス山脈とアペニン山脈に挟まれたこの広大な低平地は、底冷えのする湿気とともに、地元で「ネッビア」と呼ばれる伝説的な濃霧の底へと沈降していく。

それは、単なる気象現象の霧ではない。牛乳を溶かしたように白く重い大気が地表すれすれを這い回り、数十メートル先にあるはずのポプラの並木や、中世から続く教会の鐘楼を音もなく呑み込んでいく。日没とともに気温は急速に氷点下近くまで落ち込み、アスファルトの表面には目に見えない薄氷の膜が張る。

車のヘッドライトの光は白濁した闇の壁に跳ね返されて乱反射し、前進しているのか停止しているのかすら定かでなくなる。

この平原の旧街道沿いや堤防の陰には、かつての大農園の痕跡である巨大な閉鎖型農家建築——「カッシーナ・ア・コルテ」が無数に取り残されている。

四方を分厚いテラコッタ煉瓦の城壁のような居住棟、巨大な納屋、厩舎で囲み、中央に広大な石畳の中庭(コルテ)を抱え込んだその要塞のような構造物は、何世紀にもわたり小作農民たちの共同生活の場であった。しかし、戦後の急速な工業化と農村の過疎化によって、その多くは屋根を朽ちさせ、ツタに覆われた巨大な骸骨となって霧の中に佇んでいる。

イタリア国内で数万人規模の登録者を抱えるSNS上の体験証言コミュニティには、派手な心霊スポットの探訪記とは異なる、一般市民による重々しい告白が定期的に書き込まれる。

深夜、道を見失ったドライバーが逃げ込んだ廃墟のカッシーナで耳にしたもの。

誰もいないはずの納屋の奥から聞こえてくる、脱穀機の手回しハンドルの軋み。

冷え切った中庭の敷石に次々と刻まれる、濡れた素足の足跡。

そして、固く閉ざされた台所の窓の向こうで揺らめく、微かな油煙の匂い。

イタリア人にとって、十一月は古来「死者の月(イル・メーゼ・デイ・モルティ)」である。諸聖人の日と死者の日の前後に、先祖の魂が煉獄の寒さから逃れてかつての我が家へと帰ってくるという素朴な信仰は、カトリックの教理の裏側に、今なお土着の民俗として生き続けている。大平原の泥炭層に沈んだそれらの記憶は、霧が最も深くなる夜、生者の領域の裂け目から静かに染み出してくる。

第一章 堤防道路の孤影

マルコ・ベッリーニが運転する白いフィアット・ドブロのフロントガラスは、ワイパーを最高速度で動かしているにもかかわらず、絶え間なくまとわりつく濃密な霧の飛沫によって白く濁り続けていた。

三十五歳のマルコは、ボローニャを拠点に活動する古美術商であり、解体される古い邸宅や農家から歴史的な建材——手作業で焼かれたテラコッタタイルや、数百年を経たオークの太い梁材、鍛鉄の蝶番などを買い取って再利用するサルベージ業者でもあった。

その日の午後、彼はマントヴァ近郊の古い醸造所の解体現場で買い付けを終え、ピアチェンツァ方面へ抜ける地方道を走っていた。しかし、夕暮れとともにポー川の川床から湧き上がってきた霧は、またたく間に世界を呑み込んだ。ナビゲーションの画面は電波の途絶によって青い矢印を空虚な灰色の空間で空転させ、頼りにしていた堤防沿いのアスファルトは、どこからが路肩でどこからが草地なのかすら判別できなくなっていた。

「くそっ、完全に迷ったな」

マルコは呟き、ヘッドライトのハイビームを点けた。しかし、強烈な光は目の前に立ち塞がる白い霧の壁に跳ね返され、かえって視界を奪うだけだった。ロービームに戻し、時速二十キロの徐行を続ける。

外気温度計はプラス二度を示していた。ヒーターのファンからは温風が吹き出していたが、窓枠の隙間から染み込んでくる冷気は、湿ったウールのコートの繊維を通り抜けてマルコの膝を容赦なく冷やしていた。

道が急激に下り坂になり、タイヤが滑らかなアスファルトから、泥炭と砂利の浮いた未舗装路へと足を取られた。

ガタガタと車体が激しく揺れる。マルコはブレーキを踏んだが、泥に覆われた下り坂でABSが小刻みに作動し、バンは惰性で数メートル滑り落ちた。

前方の霧の中に、巨大な黒い影が突如として現れた。

二本の太い赤煉瓦の門柱。その間には、錆びついて半分傾いた巨大な鍛鉄の二枚扉が開かれたまま固定されていた。門柱の頂部には、風化して頭部を失ったテラコッタの鷲の彫像が、夜の闇を見下ろすように留まっている。

マルコは門の手前で辛うじて車を止めた。

ギアをリバースに入れ、後退しようとアクセルを踏み込む。しかし、前輪駆動のタイヤは泥濘の中で空しく空転し、甲高いゴムの摩擦音とともに、車体は泥の溝の奥深くへとさらに沈み込んでいった。

立ち往生だった。

「嘘だろ……」

マルコはステアリングに額を押し当て、重いため息を吐いた。スマートフォンを取り出す。画面の右上には、予想通り「圏外」の非情な文字が表示されていた。

車から降りるしかなかった。ドアを開けた瞬間、冷たい濡れ雑巾で顔を撫でられたような、粘り気のある冷気が押し寄せてきた。その大気には、腐敗した落葉の匂い、ポー川の泥水の生臭さ、そして何十年も放置された古い家屋特有の、湿ったカビと埃の冷たい匂いが混ざり合っていた。

懐中電灯のスイッチを入れ、マルコは門柱の足元を照らした。苔むした煉瓦の壁に、銅板の表札が歪んで打ち付けられていた。表面は緑青で覆われていたが、指で擦ると、彫り込まれた文字が浮かび上がった。

カッシーナ・デッラルジネ(堤防の農園)。

門の向こう側には、霧に霞む巨大な長方形の中庭が広がっていた。正面に聳えるのは、二階建ての重厚な母屋。その左右には、アーチ状の柱廊(ポルティコ)を持つ巨大な干し草納屋と、煉瓦を透かし積みにした穀物乾燥小屋が、まるで要塞の城壁のように中庭を取り囲んでいた。

窓という窓には木製の鎧戸が固く閉ざされているか、あるいは完全に朽ち落ちて暗黒の開口部を晒していた。人の気配は全くない。完全な廃墟だった。

しかし、この零下近い湿冷の夜に車内に留まれば、数時間で低体温症に陥る危険があった。暖を取るための風よけと、乾燥した木切れを探す必要があった。マルコは工具箱から頑固なバールを手に取り、中庭の敷石を踏みしめながら、母屋の正面玄関へと歩みを進めた。

第二章 四角い中庭の静寂

中庭の石畳は、何十年もの間に隙間から生え茂った雑草と苔によって覆い尽くされていた。

一歩進むごとに、ジュチャ、ジュチャと、水分をたっぷり含んだ泥が靴底にまとわりつく。

母屋の玄関扉は、黒ずんだ巨大なトネリコの一枚板で作られていた。手をかけると、鍵はかかっておらず、錆びついた鉄のヒンジがギギギと重い悲鳴を上げながら内側へと開いた。

懐中電灯の光条を室内に滑り込ませる。

そこは、かつて十数人の小作農民たちが共同で食事を取っていたであろう、広大な土間敷きの台所(クチーナ)だった。天井には、煙で真っ黒に燻されたオークの極太の梁が何本も渡されている。部屋の中央には、大人十人が楽に腰掛けられる長大な無垢材のテーブルが埃を被ったまま放置されていた。

そして部屋の奥の壁一面を占めていたのは、人が立ったまま入れるほど巨大な石造りの暖炉(カミネット)だった。

室内は外の風こそ遮られていたが、花崗岩と煉瓦が蓄え込んだ冷気は、まるで巨大な地下納骨堂のように鋭く肌を刺した。

マルコは安堵の息を漏らし、背負っていた道具袋をテーブルの上に置いた。

テーブルの脚の脇に、乾燥したブドウの剪定枝と、薪の残骸がいくつか転がっているのが見えた。暖炉の奥には、前世紀のものと思われる古い灰が分厚く堆積している。

「これなら火を起こせる」

マルコは手袋を外し、ポケットから金属製のライターを取り出した。乾いた小枝を集め、暖炉の鉄格子の上に組む。丸めた古い新聞紙を下に差し込み、火をつけた。

オレンジ色の小さな炎が、パチパチと音を立てて小枝の皮を舐め始めた。煙が細く立ち上り、煤けた煙突の内腔へと吸い込まれていく。微かな熱気が、マルコの凍え切った指先に伝わってきた。

彼は暖炉の前の床に腰を下ろし、両手を炎にかざした。外では、霧がますます濃くなっているようだった。割れた窓の隙間から吹き込む冷気によって、暖炉の炎が時折、不安げに揺らめく。

その時だった。

ガラガラガラ……。

硬い音が、背後の中庭から響いた。

金属と木材が擦れ合うような、規則正しい回転音。続いて、重い鉄のバケツが水面を叩く、ドボンという鈍い水音が霧の底から立ち上がってきた。

マルコの手が止まった。

井戸だ。中庭の中央、草むらに埋もれるようにして設置されていた、石造りの古井戸。そこには手回しの滑車と、錆びた鎖がぶら下がっていたはずだった。

風の音ではない。今夜の空気は完全に澱んでおり、滑車を回すほどの風など微塵も吹いていなかった。

ガラガラガラ、キィィィィ……。

鎖が巻き上げられる音が、今度はゆっくりと、一定のリズムで反響し始めた。まるで、誰かが井戸の縁に立ち、両腕でハンドルを力任せに回して、深い地下から冷たい水を汲み上げているかのような生々しい手応えを伴った音。

マルコは立ち上がり、バールを右手で握り直した。足音を殺しながら、割れたガラス窓の縁へと歩み寄る。

埃にまみれた窓枠の隙間から、中庭を見下ろした。

白い霧の粒子が渦巻く中庭の中央。懐中電灯の光を消していたため、輪郭は判然としない。しかし、井戸の石組みの真横に、確かに「影」があった。

それは、背を丸めた人間の輪郭をしていた。粗末な麻のシャツを着て、頭に毛糸の帽子を被った小柄な人影。その影の両腕が、上下に規則正しく動いていた。

滑車が軋む音とともに、水を含んで重くなった革のバケツが、井戸の暗黒から引き揚げられていくのが見えた。

影はバケツを井戸の縁に置くと、それを両手で抱え上げた。そして、方向を変えた。

その影は、中庭の石畳の上を、足音を立てずに滑るようにして、マルコがいるこの母屋の玄関へと向かって歩き始めていた。

第三章 冷灰の祈祷

ジュチャ、ジュチャ。

外から、泥を踏みしめる音が近づいてきた。先ほどは足音がしなかったはずだった。しかし今、玄関の前のアスファルトの切れ目から、確かに濡れた靴が泥を跳ね上げる音が響いていた。

マルコは息を殺し、壁の陰に身を潜めた。心臓が喉元までせり上がり、握りしめた鉄のバールの冷たさが手のひらの汗を凍らせていくようだった。

泥棒か、それともこの廃墟に不法占拠している放浪者か。だが、あの井戸の水深は何十メートルもあるはずであり、あんな錆びついた滑車がそう簡単に回るはずがなかった。

ギ……ギギギ……。

先ほどマルコが開けておいた玄関の木製扉が、外側からさらに大きく押し開かれた。冷気の塊が、津波のように土間へと雪崩れ込んできた。暖炉のオレンジ色の炎が、突風に煽られたように激しく横倒しになり、煙が部屋中に逆流した。

その冷気とともに、部屋の中に異臭が満ちた。

泥炭の生臭い匂い。長期間水に浸かっていた古い木綿の腐敗臭。そして、粗悪なトウモロコシの粉を水で練って焼いただけの、焦げたポレンタの酸っぱい匂い。

バシャリ。

何かが床に置かれた音がした。水が溢れ、タイルの上を流れるピチャピチャという音。

「……誰だ」

マルコは暗闇に向かって声を絞り出した。自分の声が、恐怖で上ずっているのが分かった。

返事はなかった。代わりに、部屋の隅、闇が最も濃密に溜まっている場所から、カチカチという硬い音が聞こえ始めた。

小石がぶつかり合うような音。いや、違う。それは、乾燥した木製の小球が、擦れ合いながら糸の上を滑っていく音だった。

ロザリオの珠の音。

続いて、低く、かすれた無数の囁き声が、部屋の壁の煉瓦の隙間から染み出すようにして響き始めた。

『……アヴェ・マリア、恵みに満ちたる者……主はあなたとともにおられます……』

ラテン語ではなかった。エミリア地方特有の、母音を短く切り詰めた粗野で土着的な方言(エミリアーノ)。それは一人の声ではなかった。

老人の震える声、若い女の啜り泣くような声、そして幼い子供の舌足らずな祈りの声が、幾重にも重なり合って、土間の空間を満たしていった。

『……今も、我らの死を迎える時も……罪人なる我らのために祈りたまえ……』

『……聖なるマリア……どうかパンをお恵みください……』

『……兵隊が来ます……神父様、門を閉めてください……!』

「うわっ……!」

マルコは耐えかねて懐中電灯のスイッチを押し込んだ。強烈なLEDの白い光条が、広大な土間を一閃した。

光の中に浮かび上がったのは、空っぽの空間ではなかった。

長大な木製テーブルの周囲。そこにあるはずのない無数の木製の椅子の上に、「それら」が腰掛けていた。

十人、いや、二十人はいた。彼らは全員、泥だらけのボロボロの農民服を着ていた。男たちはつぎはぎだらけのコーデュロイのズボンと革のチョッキを身につけ、女たちは頭に黒いスカーフを固く巻き、胸元に粗末な真鍮の十字架を抱きしめていた。

ある者の顔半分は激しい火傷で引き攣れ、ある者の額には銃弾が貫通した黒い穴が穿たれていた。彼らの皮膚は、一様に川底の粘土のように青白く変色し、見開かれた瞳には生気がなく、ただ乾ききった虚空を見つめていた。

テーブルの上には、彼らが持ち込んだのか、底の抜けた木製の皿や、空っぽのワインボトル、そして泥にまみれたスプーンが並べられていた。

彼らは、微動だにしなかった。瞬き一つせず、ただ胸の前で手を組み、唇だけを小刻みに動かして、あの終わりのない死者の祈祷を唱え続けていた。

そして、暖炉の前に立っていたマルコのすぐ真横。わずか一メートルの距離にある石の床の上に、一人の老婆が膝をついていた。

第四章 冷えた食卓の沈黙

老婆は、すり減った木靴を履き、泥で固まったウールのショールを頭から深く被っていた。その痩せこけた両手には、あの井戸から引き揚げられたばかりの、冷たい泥水が満たされたバケツが握られていた。

老婆が、ゆっくりと顔を上げた。

ショールの深い影の下から覗いたのは、肉という肉が削ぎ落とされ、羊皮紙のような皮膚が頭蓋骨に張り付いた顔だった。両方の眼球は白濁して完全に盲目となっており、紫色に変色した唇の隙間から、歯の抜けた歯茎が見えていた。

老婆の乾いた指先が、暖炉の鉄格子へと向かって伸ばされた。その手には、黒く焦げた硬いパンの欠片のようなものが握られていた。

『……火を……消さないでおくれ……』

老婆の声が、耳ではなく、マルコの頭蓋骨の芯に直接響いた。まるで、氷の針で脳の表面を撫で回されたような悪寒。

『……十一月の夜は……長すぎる……』

『……山から降りてきた者たちが……すべてを奪っていった……小麦も……牛も……息子たちも……』

テーブルについた死者たちの祈りの声が、一段と高く、狂乱の度合いを増していった。食器がガタガタと震え、スプーンが乾いた音を立てて跳ねる。

『……腹が減った……』

『……寒い……暗い……』

『……誰が……我らに……パンを裂いてくれるのか……!』

無数の濁った視線が、一斉に、暖炉の前に立ち尽くすマルコへと向けられた。

死者たちの身体が、一斉に前へと傾いた。

彼らの喉から、言葉にならない獣のような呻き声が漏れ出していた。何十本もの土気色の手が、長大なテーブルを乗り越え、空間の距離を無視するようにして、マルコの喉元へと向かって伸びてきたのだ。

指先から放たれる凍てつく冷気が、暖炉の小さな炎を一瞬にして吹き消した。パシュッ、という音とともに火の粉が散り、完全な暗黒が部屋を包み込んだ。

懐中電灯の光の中で、空気が白く凍結し、微細な氷の粒子がマルコの頬を切り裂いた。呼吸ができない。肺の中に液体窒素を流し込まれたかのように気道が凍りつき、心臓が激しい不整脈を起こして胸壁を乱打する。

(殺される)

彼らが求めているのは、復讐ではない。ただ、果てしない飢えと寒さの中に放置された死者たちが、生者の持つ熱と生命そのものを奪い取り、自らの空洞を埋めようとしているのだ。

逃げ場はなかった。背後の暖炉の煙突からは冷たい川風が吹き荒れ、正面のドアには死者たちの壁が立ち塞がっている。

その極限の混沌の中で、マルコの脳裏を、トスカーナの田舎に住んでいた亡き祖母の記憶が貫いた。

子供の頃、十一月二日の夜になると、祖母は決まって台所のテーブルを綺麗に片付け、家族が寝静まる前に、決まったものを並べていた。

——マルコ、片付けてはいけないよ。今夜は死者たちが遠い場所から歩いて帰ってくる夜なんだ。彼らは飢え、喉を渇かせている。もしもてなしを忘れたら、彼らは悲しみ、家の中の暖かさをすべて持ち去ってしまうんだよ。

祖母がテーブルの上に置いていたもの。素朴な白い陶器の皿に盛られた、茹でたヒヨコマメのスープ。硬く焼いた田舎パンの大きな塊。そして、地元で採れた黒ブドウの赤ワインを満たしたガラスのコップ。

(もてなしだ)

彼らを力で追い払うことなどできない。彼らが求めているのは、暴力に対する恐怖ではなく、人間としての尊厳を認められ、飢えを満たされることなのだ。

マルコは震える手で、腰のベルトにつけていたナイフを引き抜いた。そして、テーブルの上に放り出していた自分の道具袋へと飛びついた。

袋の底には、今日マントヴァの現場を出る際、馴染みの店で買ってきた自分用の夜食が入っていた。アルミホイルに包まれたパニーノ——分厚いチャバッタパンにパルマ産の生ハムを挟んだもの。紙パックに入った地元の安価なランブルスコの赤ワイン。

そして、固形燃料の予備。

マルコは素手でパンを二つに引き裂いた。生ハムの脂の匂いと、焼けた小麦の香ばしい香りが、腐敗した大気の中に鮮烈に広がった。

「待ってくれ!」

マルコは叫び、長大な木製テーブルの中央へと進み出た。伸びてきていた無数の手が、彼の胸元からわずか数センチの場所でピタリと止まった。

マルコは息を整え、震える手でテーブルの上に引き裂いたパンを置いた。続いて、ナイフの先で赤ワインの紙パックを切り裂き、テーブルの上に放置されていた古い欠けた陶器のボウルへと、赤黒い液体をとくとくと注ぎ入れた。

葡萄の甘酸っぱいアルコールの香りが、埃っぽい土間に満ちていく。

マルコはポケットから残りの小枝と古新聞を取り出し、テーブルの中央に据え置かれた古い鉄の燭台の皿の上に組んだ。ライターのフリントを擦る。

カチッ、ボッ。

黄色い炎が立ち上がった。今度は消えなかった。小さな炎は、小枝の油を吸って静かに、しかし力強く燃え上がり、テーブルの周囲を取り囲む死者たちの顔を、温かい光で照らし出した。

マルコは両手を胸の前で重ね、頭を深く垂れた。彼はカトリックの敬虔な信徒ではなかった。しかし、祖母の葬儀で神父が唱えていた、あの古いラテン語の安息の祈りが、奇跡のように唇から滑り出してきた。

「レクイエム・エテルナム・ドナ・エイス、ドミネ(主よ、彼らに永遠の安息を与えたまえ)」

マルコの声は、静かに、しかし震えずに土間に響いた。

「エト・ルクス・ペルペトゥア・ルーチェアト・エイス(絶えざる光を、彼らの上に照らしたまえ)。……どうか、お召し上がりください。これしかありませんが、あなた方のための食事です。今夜は、ここで暖を取ってください」

沈黙が訪れた。

祈りの声が、止んでいた。食器の軋む音も、風の唸り声も、完全に消え去っていた。

マルコが恐る恐る顔を上げた。

テーブルを囲んでいた死者たちの表情から、あの狂気じみた飢餓の色が消えていた。彼らは静かに、テーブルの中央に置かれたパンとワイン、そして揺らめく炎を見つめていた。

暖炉の前にいた老婆が、ゆっくりと歩み寄り、テーブルの端に手を置いた。その青白い指先が、引き裂かれたパンの塊にそっと触れた。パンが物理的に消えることはなかった。

しかし、パンの表面から立ち上っていた湯気のような微細な香気と、ワインの赤みが、まるで目に見えない力に吸い取られるように、ふっと薄らいでいくのが見えた。

老婆の濁った瞳が、マルコを見つめた。その唇が、かすかに、微笑むように横へと動いた。

『……グラツィエ(ありがとう)……』

それは、風の囁きのような、あまりにも微弱な声だった。

『……良き旅を、若者よ……』

フッ、と炎が大きく揺れた。次の瞬間、テーブルを囲んでいた無数の影が、まるで朝霧が陽光に溶けるように、一瞬にして輪郭を失って霧散していった。

土間に残されたのは、テーブルの中央で静かに燃える小さな小枝の火と、半分に裂かれたパン、そしてマルコ自身の荒い呼吸の音だけだった。

室内の気温が、ゆっくりと上昇し始めていた。あの耐え難い悪臭は完全に消え去り、そこにはただ、古い木材と、燃える薪の穏やかな匂いだけが漂っていた。

マルコはその場にへたり込み、テーブルの脚に背中を預けた。全身からどっと脂汗が噴き出し、シャツが重く湿っていた。彼は小さな火を見つめながら、夜が明けるまで一歩も動かずに過ごした。

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