序章 シドニー湾の喉首と、砂岩の絶壁

シドニーの華やかな都心部、サーキュラー・キーの埠頭からフェリーに乗り込み、穏やかな内海を北東へと進むと、観光客の歓声が響くオペラハウスやハーバーブリッジの優美な影は、やがて遥か後方の蒼霞の中へと遠ざかっていく。

フェリーが外洋との境界面に近づくにつれ、波のうねりは目に見えて巨大さを増し、船体を重く揺さぶり始める。

船首の前方に立ちはだかるのは、タスマン海の荒波が何万年もの歳月をかけて削り上げた、高さ六十メートルを超える赤褐色の砂岩の絶壁——「ノースヘッド(北岬)」。

南太平洋の烈風が吹き荒れ、バンクシアやユーカリの低木林(ブッシュ)が岩肌にへばりつくその険しい岬の懐に、オーストラリアという国家がその建国の黎明から一九八四年までの百五十年間、外界から運ばれてくるあらゆる疫病を力ずくで堰き止めるための防波堤として機能させた、広大な隔離施設が存在する。

ノースヘッド検疫所——現在では歴史遺産兼ホテル「Qステーション(Q Station)」として知られるその場所である。

一八三二年の設立以来、イギリス本国、ヨーロッパ、アジアから数ヶ月におよぶ過酷な航海を経て新大陸を目指した無数の移民船や囚人船が、この岬の沖合に錨を下ろした。

天然痘、チフス、コレラ、腺ペスト、そして第一次世界大戦末期のスペイン風邪。

感染の疑いを持たれた乗客たちは、シドニーの土を踏むことを許されず、この孤立した岬へと強制的に降ろされた。

生きて門を出られた者は幸運であった。検疫の網にかかり、この急峻な斜面の掘っ立て小屋や病棟で息絶えた六百人以上の男女や子供たちの遺体は、岩を穿った浅い穴に石灰を流し込まれ、海を見下ろす三箇所の共同墓地へと人知れず埋没していった。

英語圏には、世界各地の怪奇体験談を集め続けるオンラインコミュニティが根付いており、その記録の蓄積は、しばしば土地の記憶そのものを映し出す鏡となる。

その中でも最も多くのアクセスと生々しい証言を集め続けているのが、この旧マンリー検疫所を巡る記録である。

その中に、二〇一八年の初秋、夫とともに敷地内の夜間心霊ツアー(エクストリーム・ゴーストツアー)に参加したある女性によって投稿された一本の手記が存在した。

題名は、「マンリー・Qステーション(Q Station Manly)」。

それは、観光気分の週末の夜、彼女が自らの両足に感じた、鉛の錨(アンカー)のように動かなくなる奇妙な重圧と、二重に結んだはずのスニーカーの紐を、暗闇の中で誰かが指先で静かに解いていく、戦慄の触覚の記憶であった。

第一章 消毒薬の晩餐と、冷たきシャワー棟

二〇一六年四月、シドニー近郊のパラマッタで看護師として働いていた私——ヴェロニカは、夫のポール、そして彼の従兄弟の妻であるレイチェルとともに、マンリーのフェリー乗り場からシャトルバスに乗り、ノースヘッドの丘陵へと向かった。

目的は、国内屈指の知名度を誇る心霊スポットとして知られていたQステーションの夜間ツアー——「エクストリーム・ゴーストツアー」への参加であった。

日没前の午後六時、岬の急斜面に点在する古い木造建築群に囲まれた小さなレストランに入った瞬間から、私の嗅覚には奇妙な違和感がまとわりついていた。

厨房からはローストチキンや焼きたてのパンの芳ばしい匂いが漂い、夫たちはパブカウンターで冷えたクラフトビールを注文していた。

だが、私の鼻腔を突いたのは、料理の匂いではなかった。

それは、病棟の奥底で嗅ぐような、濃厚な「消毒用エタノール」の揮発臭と、湿った古い石灰、そして皮膚を焼くカルボリック酸の生々しい薬煙の臭気であった。

「ビール、美味しいよ。一口飲むかい?」

夫がグラスを差し出してきたが、私は首を横に振った。グラスに鼻を近づけても、アルコールのツンとした冷たい気体だけが立ち上り、ホップの香りは一片たりとも感じ取ることができなかったのだ。

午後七時半、霧の立ち込める暗闇の中、二十人ほどの参加者がツアーガイドの男性の合図で、敷地の最下段——海に面した古い桟橋の近くにある一角へと集められた。

そこは、かつて船から降ろされた乗客たちが最初に足を踏み入れた「消毒棟(シャワーブロック)」のすぐ背後に位置する、赤煉瓦造りの待機小屋であった。

「皆さん、足元に気をつけてください」

ランタンを手にしたガイドが、低い声で解説を始めた。

「この部屋は、船の中でコレラやペストの患者と同室だった疑いのある『接触者』が、全身の消毒を施される前に服を脱がされた場所です。衣類は蒸気滅菌器へと送られ、人間は劇薬のシャワー室へと一列に並ばされました。……ここから先は、彼らが味わった恐怖と屈辱の記憶が、壁の煉瓦の隙間に今なお濃縮されています」

ガイドが説明を続けていた、まさにその瞬間であった。

ズンッ……。

私の両の足首に、海底の泥の中に巨大な鉄の錨(アンカー)を打ち込まれたかのような、信じがたい「重力」が襲いかかった。

足が、上がらない。

スニーカーの底がコンクリートの床板に糊付けされたように硬直した。

続いて、全身の血液が急速に温度を失っていくのが分かった。手袋をしているにもかかわらず、指先の感覚が失われ、肺腑に吸い込む空気が氷の塊となって気管を凍りつかせていく。

だが、恐怖は金縛りだけでは終わらなかった。

私の意志とは完全に無関係に、私の下半身が、ギチ……ギチ……と、関節を軋ませながら「前進」を始めたのだ。

足首を何者かの見えない冷たい腕に掴まれ、シャワー棟へと続く暗黒の通路の奥へ向かって、力任せに引きずり込まれていく感覚。

「ポール……ちょっと待って……足が……!」

私が夫の腕を掴もうとした瞬間、前方からガイドの「次の建物へ移動します」という声が響き、参加者の足音がざわめいた。

その喧騒に紛れるようにして、足首を締め上げていた冷たい圧力がフッと解けた。

私は息を切らし、脂汗の浮かぶ額を拭いながら、暗闇の中へと続く急な坂道を、夫の背中にしがみつくようにして登り始めたのである。

第二章 「ネスト(巣)」の軋みと、暗闇の足音

ツアーの一行が案内されたのは、丘の中腹に位置する「第三等患者宿泊棟」——通称「ザ・ネスト(The Nest=鳥の巣)」と呼ばれる平屋の長屋であった。

引き戸を開けて足を踏み入れた瞬間、懐中電灯の光の輪の中に現れたのは、部屋の端から端まで隙間なく並べられた、数十台の「二段ベッド」の群れであった。

白錆の浮いた冷たい鉄パイプのフレームに、粗末な金網のスプリング。

かつてアジア系の苦力(クーリー)や、最下層の船室に押し込められていたアイルランド系の貧民労働者たちが、家畜のように詰め込まれていた場所であった。

部屋の隅には古い鋳鉄の暖炉が据え付けられていたが、煙突の奥からは潮風が吹き込み、ヒュー、ヒューと咽び泣くような風鳴りが絶え間なく響いていた。

「この部屋はね」ガイドが声を落とした。

「最も衛生状態が悪く、夜の間に隣のベッドの人間が冷たくなっていることが日常茶飯事だった場所です。……時折、ここに入った参加者が、ベッドの隙間から何者かに足を掴まれたり、低い唸り声を耳にすることがあります」

パチィンッ!!

ガイドの言葉を遮るように、暖炉の冷え切った炉の中から、乾いた火花が爆ぜるような鋭い音が響いた。

参加者たちが一斉に息を呑み、肩を竦める。

直後、私の左のふくらはぎの皮膚を、氷水に浸した指先のようなものが、服の上からスッと撫で下ろした。

ビクリと身体が跳ねる。

誰もいない。私の左側には、錆びついた二段ベッドの鉄枠があるだけであった。

そして、その鉄枠の真下——埃の積もった床板の暗がりから、

『……グゥゥゥ……ルルル……』

という、飢えた野犬が獲物を威嚇する時のような、低く湿った「唸り声」が、床板を震わせて私の鼓膜に直接響いてきたのだ。

気のせいではない。私の右側にいた夫のポールもまた、顔を引き攣らせてその場から飛び退いていた。

「おい……今の、聞こえたか?」夫が震え声で囁いた。

「ええ……唸り声よ。動物じゃない……」

さらに私たちを凍りつかせたのは、部屋の正面の木製ドアの足元であった。

外の廊下の非常灯の薄明かりが、ドアの下のわずか数センチの隙間から、室内の床へと細い光の帯を投げ込んでいた。

その光の筋を横切って、影が通ったのだ。

パタ……パタ……パタ……。

裸足の足音であった。水気を帯びた皮膚が、外の石畳を踏みしめていく湿った音。

影はドアの隙間の光を遮りながら、左から右へ、そして再び右から左へと、執拗に部屋の入り口を往復していた。

ツアーの全員が部屋の中にいる。外にいる人間など一人もいないはずだった。

夫が私の手を固く握りしめた。手袋越しにも、夫の手のひらが氷のように冷え切っているのが分かった。

私たちは誰一人として、そのドアを開けて外を確認する勇気を持つことなどできなかったのである。

第三章 墓掘り人の窓と、耳元の「立ち去れ(Leave)」

次に向かったのは、病棟群からさらに離れた、丘の最も切り立った断崖の縁にぽつんと孤立して建つ一軒の小さな小屋であった。

「墓掘り人の小屋(Grave Digger's Cottage)」。

検疫所で命を落とした伝染病患者の遺体を、感染の危険を避けるために一人きりで丘の上の墓地へと運び、夜陰に乗じて埋葬し続けた専属の墓掘り人が暮らしていた家であった。

家族を持つことを禁じられ、他の職員との接触すら厳重に制限されていたその男は、自らの小屋の窓から、毎日新しく入港してくる船の数を数えることだけを生きがいにしていたという。

赤煉瓦の煙突を持つ木造平屋の小屋。

敷地に近づいた瞬間、私の視線は、月光を反射していた小屋の正面の「ガラス窓」へと吸い寄せられた。

息が止まった。

窓の四角い格子の向こう側——真っ暗な室内の暗闇の中から、一人の男の「顔」が、ガラスに額を押し当てるようにして、外の私たちをじっと見下ろしていたのだ。

無精髭に覆われた浅黒い顔、落ち窪んだ眼窩、そして感情の一片すら宿していない冷徹な眼差し。

男は動かず、瞬きもせず、ただ私たちの一挙手一投足を、監視するように見つめ続けていた。

「ポール……あそこ……」私が震える指で窓を指差した。

夫が視線を向けた瞬間、夫の喉からも短い呻きが漏れた。

「……ああ、見えている。同じ窓のガラスだ……中に、誰かが立っている」

私は窓の位置を夫に詳しく説明していなかった。それにもかかわらず、夫が指し示した場所は、私が視線を凝らしていたまさにその窓枠の区画であったのだ。

ガイドが鍵を開け、私たちを小屋の内部へと招き入れた。

室内に入った瞬間、私の胃の腑が雑巾のように絞り上げられるような強烈な吐気に見舞われた。

(入るべきじゃなかった……今すぐここを出なければならない)

本能が絶叫していた。

壁際には古い木製の調理台と、粗末な食器棚が置かれていた。

部屋を通り抜けて台所へと足を踏み入れた瞬間、あのレストランで感じた「濃厚なアルコールと薬品の異臭」が、再び私の鼻腔を満たした。

その時、リビングに残っていたレイチェルが、甲高い悲鳴を上げた。

「キャッ! ……ポール、見て! あの戸棚!」

台所からリビングへと駆け戻った私たちの眼前で、壁際の食器棚の木製扉が、何の手も触れられていないのに、キィィィ……と音を立ててゆっくりと全開になった。

そして——次の瞬間。

バァァァンッ!!

まるで怪力を持つ人間が渾身の力で叩きつけたかのように、扉が凄まじい音を立てて自ら閉ざされたのである。

木枠が震え、部屋中の埃が舞い上がった。

「出るぞ!」

夫が私の手首を掴み、小走りで玄関のポーチへと飛び出した。

外の冷たい夜風を吸い込んだ夫の顔面は、土気色を通り越して、死人のように真っ白に脱色していた。

「ポール、大丈夫!?」

私が夫の肩を抱き起こすと、夫はガタガタと全身を痙攣させながら、自らの右耳を押さえて喘ぐように言った。

「……耳元で……囁かれたんだ」

「え……?」

「あのリビングを出ようとした瞬間……俺の右耳のすぐ後ろで、男の掠れた低い声が……はっきりと息を吹きかけてきたんだよ……」

夫の鼓膜を震わせたのは、たった一言の、しかし絶対の拒絶を込めた英語であったという。

『……Leave(立ち去れ)……』

第四章 霊安室(モーグ)の大理石と、堰を切った号哭

ツアーの最終目的地は、海抜ゼロメートル——波打ち際の岩盤をダイナマイトで削り取って建設された、この検疫所で最も冷酷な場所であった。

「旧霊安室(Morgue)」。

四方を分厚い砂岩のブロックで囲まれたその建物は、外の波の音を遮断し、完全な防音室のような不気味な静寂に包まれていた。

重い鉄の扉を押し開けて踏み込んだ瞬間、足元から這い上がってきたのは、冷蔵倉庫の奥底に閉じ込められたかのような、乾燥した絶対零度の冷気であった。

部屋の中央に鎮座していたのは、二台の冷たい「大理石の解剖台」であった。

台の表面には、遺体から流れ出る血液や体液を排出するための細い溝が彫り込まれ、その先端には真鍮の排水口が黒々と口を開けていた。

壁には、内臓を秤量するための天秤、骨鋸、そして腐敗を遅らせるために遺体を収容した引き出し式の金属製保冷庫が、往時のままの姿で並んでいた。

ガイドがランタンを解剖台の上に置き、静かに語り始めた。

「この部屋で行われたのは、単なる遺体の検死ではありませんでした。死因を特定し、船内の他の乗客にペストやコレラが蔓延していないかを証明するため、病死した乗客の胸郭は遺族の同意もなく切り開かれ、内臓が摘出されました。……感染の拡大を防ぐため、遺体に対面することすら許されなかった遺族たちは、あの上の崖の上から、この霊安室の煙突から立ち上る石炭酸の煙を見つめることしかできなかったのです」

その言葉が、私の耳底に届いた、まさにその刹那であった。

ドクンッ!!

私の胸の中央——心臓の裏側の空間を、巨大な氷の塊で直接殴打されたかのような、激しい衝撃が貫いた。

痛覚ではなかった。

それは、私の三十年余りの人生において一度たりとも経験したことのない、底知れぬ、圧倒的な「悲嘆」の津波であった。

胸が張り裂けそうになる。

息が吸えない。

喉の奥から、熱いものが泉のように競り上がってきた。

次の瞬間、私は解剖台の横の冷たい床の上に両膝を突き、自らの顔を両手で覆いながら、子供のように声を上げて号泣し始めていたのである。

「う……ああっ……うわあああああんっ!!」

止められない。

自分の感情ではない。

私は誰かを失ったわけではない。目の前で家族が死んだわけでもない。

それにもかかわらず、私の涙腺からは大粒の涙が滝のように溢れ出し、冷たい床タイルの上へとボタボタと落ちていく。

私の精神を乗っ取っていたのは、異国の見知らぬ荒磯で、愛する我が子の冷たくなった小さな亡骸を奪われ、その胸を切り開かれ、灰色の煙となって消えていくのを見送るしかなかった、何百人もの母親たちの絶望の記憶そのものであった。

「ヴェロニカ! どうしたんだ、しっかりしろ!」

夫とレイチェルが駆け寄り、私の両脇を抱え上げた。

だが、私の嗚咽は止まらず、全身の筋肉が激しく痙攣して自力で立つことすらできなかった。

「ガイドさん、もう出ます! 彼女を外へ連れ出してください!」

夫の叫び声とともに、私は二人に引きずられるようにして、霊安室の鉄扉の外へと連れ出された。

外のタスマン海の夜風を吸い込んだ瞬間——。

パチン、と頭の中で何かの糸が切れたように、あの猛烈な悲嘆の嵐が、嘘のように引いていった。

涙が止まり、呼吸が整う。

後に残されたのは、ただ、極度の脱力感と、芯まで冷え切った自らの肉体の震えだけであった。

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