序章 メセタの凍霜と、空き家の暖気

イベリア半島の中央部に広がる広大な内陸性高原——メセタ(Meseta)。

カスティーリャ・イ・レオン州の北部に位置するパレンシア県からブルゴス県にかけて広がる穀倉地帯「ティエラ・デ・カンポス(平原の地)」の冬は、大気そのものが剃刀の刃と化して人間を切り刻むような、乾燥した絶対の寒冷に支配されている。

粘土と藁を練り固めた赤茶色のアドベ(日干し煉瓦)造りの家屋が寄り添う寒村の周囲には、地平線の果てまで起伏のない枯れ草の荒野が連なり、大西洋からの湿気をすべて山脈に奪われた冷たい北風——「シエルソ(Cierzo)」が、吹き曝しの平原を昼夜を分かたず薙ぎ払い続ける。

近年、スペイン社会で深刻な社会問題として議論される「空っ風のスペイン(エスパーニャ・バシアダ=見捨てられた過疎農村群)」。若者が大都市へと流出し、住民の平均年齢が七十歳を超え、冬になれば村中の煙突のうち数本からしか煙が上がらない無人の村々の奥底には、カトリックの敬虔な信仰の皮膚の下に、中世の異端審問や内戦の惨禍によって塗り込められた、生々しい血と泥の記憶が今なお風化することなく凍結している。

スペインには、軍の演習中に廃村で一夜を明かした兵士、深夜の国道を走る長距離ドライバー、そして過疎の寒村に残る祖父母の古い家を相続した若者たちが、生々しく飾り気のない実体験談を書き込み続けるオカルト愛好家たちのコミュニティが根付いている。

その膨大な記録の深奥に、二〇一七年の冬、ある公務員試験浪人の青年によって投稿された長い告白が存在した。

題名は、「祖父の家のグロリア、足の裏の熱(La gloria de la casa de mi abuelo y el calor bajo las baldosas)」。

それは、古代ローマの床下暖房「ヒポカウスト」の系譜を引くカスティーリャ伝統の暖房設備——「グロリア」の火を焚いた夜、彼が自らの寝床の真下で聴き続けた、決してこの世の生者が立てるはずのない、泥土を引っ掻く爪の音の記憶であった。

第一章 泥煉瓦の廃村と、床下の暖炉「グロリア」

二〇一四年十一月の初頭、マドリードの大学院を修了したものの定職に就けず、国家公務員行政職(オポシシオネス)の一次試験に二度失敗していた私——セルヒオは、親族の反対を押し切って、父方の祖父が遺したパレンシア県の寒村にある古い屋敷へと移り住んだ。

目的は、都市の誘惑と雑音を完全に断ち切り、翌年春の最終試験に向けた猛勉強のための「自発的軟禁生活」を送ることであった。

マドリードのチャマルティン駅から中距離列車(レヒオナル)に揺られ、さらに無人の無人駅のような終点から埃っぽいバスを乗り継いで辿り着いたその集落は、人口わずか十二名、商店も診療所もなく、週に二度巡回してくる移動販売のパン屋だけが外界との唯一の接点であるという、典型的な「死にゆく村」であった。

村の細い路地には人影はなく、崩れ落ちたアドベの壁の隙間から、野良猫が冷たい瞳で私の大きなスーツケースを見つめているだけであった。

祖父の家は、村の教会堂の裏手の傾斜地にへばりつくように建つ、二階建ての重厚な日干し煉瓦(タピアル)の屋敷であった。

十数年前に祖父母が相次いで世を去って以来、雨戸は固く閉ざされ、室内の空気は氷穴のように冷え切っていた。

だが、この厳冬のカスティーリャにおいて、エアコンもセントラルヒーティングも通っていないその古家に私が滞在できたのは、ある一つの特殊な設備が存在していたからであった。

「坊主、これが『グロリア』だ」

屋敷の鍵を預かっていた隣家の羊飼い、七十八歳になるマヌエル爺さんが、中庭の片隅にある半地下の開口部を指差して言った。

そこには、赤煉瓦で強固に組まれた、大人の胴体ほどもある巨大な竈(かまど)のような「焚口(ボカ・デ・ラ・グロリア)」が口を開けていた。

「カスティーリャの冬は、壁の暖炉じゃ太刀打ちできん。この焚口に麦藁やブドウの剪定枝(サルミエント)、アーモンドの殻をくべるとだな、煙と熱気が居間の床下に張り巡らされた網の目のようなレンガの煙道(フルー)を通って、床石を芯から温め、反対側の屋根の上の煙突から抜けていく。薪炭が尽きても、一度温まったテラコッタのタイル(バルディサ)は丸一日熱を逃がさん。

ローマ人が残していった知恵さ」

マヌエル爺さんは、私が持参した寝袋とマットレスを見て、居間の奥にある「アルコバ(窪み寝室)」を指差した。

「寝るなら、あの奥の部屋の床の上に直接敷布を敷きな。あそこが一番、煙道の熱が集まる場所だ。……だがな、坊主」

爺さんは毛羽立ったウールのベレー帽をかぶり直し、濁った茶色の瞳を険しく細めて私を見据えた。

「火を焚くのは、昼の三時までにしておけ。夜になってから焚き口を開けたり、薪を足したりするんじゃないぞ。……夜の煙道にはな、冷たい風に乗って、地底の飢えたものどもが暖を求めて集まってくるからな」

私はその忠言を、過疎の村の老人が都会の若者を怖がらせるための、使い古された迷信として笑い流した。

煙道に麦藁を放り込み、マッチを擦ると、パチパチと乾いた爆ぜる音とともに芳ばしい草煙の匂いが立ち上った。

一時間も経つと、冷え切っていた居間の赤茶色の床タイルは、まるで生きている動物の皮膚のようにじんわりと柔らかな熱を帯び始めた。

外ではシエルソの寒風が屋根瓦をガタガタと打ち鳴らしていたが、靴下を脱いで素足で踏みしめる床は、天国のように暖かかった。

私はその温もりに包まれながら、試験問題集のページをめくり始めたのである。

第二章 タイルの下の摩擦音と、這い回る爪先

異変が幕を開けたのは、生活を始めて一週間が過ぎた十一月二十日の未明であった。

カスティーリャの冬の底、外気温は連夜のように零下八度まで冷え込み、朝起きると水道の蛇口から氷の柱が突き出しているような極寒の日々が続いていた。

その夜、私は奥のアルコバの床の上に敷いた分厚い綿布団の上に横たわり、深い眠りに落ちていた。

グロリアの床暖房の心地よい輻射熱が、敷布を通して私の背骨と腰の筋肉を優しく温めていた。

午前三時三分。

枕元に置いてあったスマートフォンの画面が、微小な通知音とともに青白く光った。

その光でふと目を覚ました私は、部屋の空気が奇妙な「沈黙」に包まれていることに気づいた。

外で吹き荒れていたはずのシエルソの風音が、何かのスイッチを切ったかのようにピタリと停止していたのだ。

静寂。

ただ、自らの心臓の鼓動だけが、耳底でドクン、ドクンと重く響いていた。

その時であった。

私の背中の真下——敷布団の厚みを隔てた、わずか数センチ下の「床タイルの内部」から、音が這い上がってきた。

カリ……カリ……カリ……。

硬い木材の表面を、乾いた硬質な爪で引っ掻くような、微小な擦過音であった。

音は、部屋の隅の壁際からでも、天井裏からでもなかった。

まさに、私が横たわっている背骨の真下——煙道の中を流れる煙の通り道から、はっきりと響いていたのだ。

(野ネズミか……?)

私は寝返りを打ち、耳を床板へと近づけた。

古い家屋である。野良イタチやネズミが中庭の焚口から煙道に侵入し、暖を求めて迷い込むことなど珍しくもないはずだった。

だが、その音の「動き」を認識した瞬間、私の背筋の皮膚が一斉に粟立った。

ズズ……ズズ……カリカリ……。

それは、四足の小動物が敏捷に駆け回る音では断じてなかった。

何かの重い肉の塊を、平坦な煙道の底で力任せに前へと引きずりながら、尺取虫のように不器用に這い前進している音であった。

そして——その爪先がタイルを引っ掻く間隔。

親指、人差し指、中指、薬指、小指。

五本の指の関節が、等間隔に、一枚のテラコッタタイルの裏底をカリカリと引き裂き、次のタイルへと爪を移していく。

その爪痕の律動は、紛れもなく「人間の右手」のそれであった。

「……誰だ」

私の喉から、掠れた呟きが漏れ出た。

音が、ピタリと止まった。

まさに、私の両足の踵の真下の位置で。

直後、信じがたいことが起きた。

私の両足の裏の皮膚が、火傷を負うかのような「異常な熱」を感知したのだ。

周囲のタイルは心地よい人肌程度の温もりであったにもかかわらず、その踵の直下の直径三十センチほどの区画だけが、まるで真っ赤に熱した鉄板のように急激に温度を跳ね上げたのである。

敷布を通して、焦げた羊毛の異臭が立ち上る。

そして、床タイルの継ぎ目を埋めていた古い石灰のモルタルの隙間から、シュウゥゥ……という微細な隙間風とともに、ある耐え難い「臭気」が噴き出してきた。

それは、煙草や藁の煙の匂いではなかった。

何年間も密閉された地下室で腐敗した動物の脂、鼻を突く古い獣油の饐えた匂い、そして——激しい熱で人間の皮膚と毛髪が炙られたときに放たれる、甘酸っぱく生臭い「肉の焦げた悪臭」であった。

私は悲鳴を上げて跳ね起き、部屋の電灯のスイッチを叩いた。

裸電球の黄色い光の下、床のテラコッタタイルは何事もなかったかのように静まり返っていた。

だが、私が敷いていたマットレスの裏側——踵が触れていた部分の白いシーツの繊維には、炭火を押し当てられたかのような、赤黒い「五本の指の形の焼け焦げ」が、くっきりと焼き付けられていたのである。

第三章 煤煙の通気孔と、老羊飼いの青ざめた顔

夜が明けるまでの数時間、私は椅子の上に両足を抱え込んで過ごした。

床に足裏を触れさせることが、どうしてもできなかった。

午前八時、乾いた冬の陽光が村の石畳を照らし始めた瞬間、私は上着を羽織り、小走りで隣家のマヌエル爺さんの小屋へと駆け込んだ。

爺さんは土間の台所で、鉄鍋で煮立てた濃い珈琲に地元の強いブドウ粕の蒸留酒(オルホ)を注ぎ入れ、朝の冷気を追い払おうとしていたところであった。

私が昨夜の出来事——タイルの下から響いた爪の音と、シーツに残された指の焦げ跡をまくし立てた瞬間、爺さんがカップを持っていた手が、ピタリと宙で静止した。

爺さんはカップを静かに卓の上に置いた。

その赤ら顔から、潮が引くように血の気が引いていくのを、私は目の当たりにした。

「……お前、アルコバの床の上で寝たと言ったな」

爺さんの声は、今までに聞いたこともないほど重く沈んでいた。

「あそこの壁の隅にある、真鍮の格子がはまった小さな換気口(トマ・デ・アイレ)……あれを、開けたのか?」

「いいえ、触っていません。埃が詰まっていたので、そのままにしておきました」

「そうか……」爺さんは自らの胸元で素早く十字を切り、煙草の巻き紙を震える指で弄んだ。

「あの部屋のグロリアはな、普通の部屋の煙道とは繋がっとらんのだ。……あそこは、吸気のための煙道じゃない。『閉じ込めるための煙道』だったんだよ」

爺さんの干涸らびた唇から語られたのは、このカスティーリャの美しい大地の底に埋没させられた、一九四〇年代の凄惨極まる「飢餓と差別の暗黒」であった。

一九三九年、三年にわたる血で血を洗う内戦が終結した直後、スペインを襲ったのは、歴史上「空腹の年月(ロス・アニョス・デル・アンブレ)」と呼ばれる未曾有の食糧危機であった。

配給制度は崩壊し、人々はドングリの粉や野草の根を啜って飢えを凌いだ。

特に、パレンシアのような極寒の内陸農村では、飢えに加えて発疹チフスや結核などの伝染病が猛威を振るい、毎日何人もの幼い子供たちが息絶えていった。

「当時、お前の曽祖母にあたる女頭領の家にはな、内戦で夫を亡くした寡婦の小作人たちが何人も身を寄せていた」

爺さんは遠い目で、窓の外の教会の鐘楼を見つめた。

「その小作人の女の一人が、重い知的障害と歩行障害を持った七歳の娘を産み育てていたんだ。名前はルスといった。足が曲がり、言葉を話せず、ただ喉をゴロゴロと鳴らして笑うだけの哀れな娘だった」

一九四一年の冬、記録的な大寒波がメセタを襲った。

食糧は底をつき、暖房用の薪すら手に入らなくなった極限状態の中、ファランヘ党(政権与党)の査察官が、隠匿物資や伝染病患者を摘発するために村々を厳しく巡回し始めた。

もし家に重病者や障害児がいることが露見すれば、家全体が強制隔離され、わずかに残された小麦の配給すら差し止められる時代であった。

「曽祖母はお前の祖父や一族を守るため、その小作人の母子を脅迫した。査察官が去るまでの間、娘のルスを『絶対に人目に触れない場所』へ隠せとな。……隠し場所に選ばれたのが、あの奥のアルコバの床下だった」

曽祖母は中庭の焚口の火を落とし、冷え切った煙道の床板を一枚剥がして、その幅五十センチの狭隘な暗黒のダクトの中に、藁と一枚の毛布とともに、その幼い娘を押し込めたのだ。

そして、娘が声を上げて泣き叫ぶのを防ぐため、換気口の隙間から豚の脂身(マンテカ)と睡眠用の薬草を煮詰めたスープを流し込み、上から重いテラコッタタイルをセメントで固めて完全に封殺した。

「査察は三日で終わるはずだった。……だが、運悪く猛吹雪が吹き荒れ、役人は一週間のあいだ村に足止めを食らった。その間、寒さに耐えかねた曽祖母の指示で、家の男たちは居間のグロリアに再び火を入れたんだ。

居間だけのつもりだったが……配管のダンパー(風門)が壊れていた。熱気と有毒な一酸化炭素が、娘の閉じ込められているアルコバの煙道へと、一気に逆流したのさ」

査察官が去った後、男たちがタイルの蓋をバールで叩き割ったとき、煙道の底で何が起きていたのか。

皮膚を焼け爛れさせ、喉を煤で焼き切られた娘が、脱出を求めてどれほどの激痛の中でタイルの裏側を爪で引っ掻き続けていたのか。

一族はその罪の発覚を恐れ、遺体を引き出すことすら拒絶した。

彼らは煙道の中に消石灰とアドベの泥を流し込み、その上に新しいテラコッタタイルを重ねて貼り直すと、事件のすべてを歴史の闇へと葬り去ったのである。

「あの娘はな、死ぬまで暖かさを求めていたんだ」

マヌエル爺さんは涙を浮かべ、私の腕を強く掴んだ。

「お前がグロリアを焚いたからだ。煙道に温かい空気が通ったことで、七十年間、泥の中で凍りついていたあの子の魂が……お前を、自らを焼き殺した母親だと思い込んで、這い上がってきたんだよ!」

第四章 開け放たれた焚口と、灰の中の呻き

爺さんの告白を聞いた私は、恐怖のあまり失禁せんばかりの錯乱に陥った。

即座に荷物をまとめ、昼の巡回バスでこの呪われた村を脱出することを決意した。

だが、家に戻った私の行く手を阻んだのは、カスティーリャの冬の容赦なき牙であった。

正午を回った頃から、空が鉛色に濁り、地平線の彼方から猛烈な吹雪——「ベンティスカ(地吹雪)」が吹き荒れ始めたのだ。

道路は瞬く間に膝の高さまで吹き溜まりで埋まり、巡回バスの運行は停止。停電によって電話回線も携帯電話の電波も完全に遮断された。

私は、あの屋敷の中に、完全な孤立無援の状態で閉じ込められたのである。

日没とともに、気温は零下十二度まで急降下した。

外壁のアドベが凍結してピシィッ、ピシィッ、と甲高い破砕音を立てる。

私はグロリアに火を入れることなど断じてしなかった。居間の薪ストーブすら使わず、毛布を三重に被り、祈るような思いでアルコバから最も離れた台所の片隅にうずくまっていた。

だが、夜の十時を過ぎた頃。

家の中に、あってはならない「異変」が発生した。

パチパチパチ……ボオオオオッ……。

中庭の方角から、音が聞こえてきたのだ。

それは、何十束もの乾燥した麦藁が、激しい火勢で一気に燃え盛るような、力強い燃焼音であった。

同時に、台所の床のタイルが、急速に熱を帯び始めた。

火など点けていない。焚口には薪炭など一片も残っていなかったはずだ。

それにもかかわらず、床下の煙道を通る空気の温度は異常な勢いで上昇し、室内のアドベの壁からは、何十年分もの古びた煤と油の蒸気が、白く立ち上り始めた。

カツン……カツン……ズザザザザッ!

爪の音であった。

昨夜のような遠慮がちな擦過音ではなかった。

何十本もの鋼鉄の杭が、床の裏側を狂ったように滅多打ちにするような激しい衝撃音。

音は、居間を縦断し、台所の扉をくぐり抜け、私が蹲っているまさにその足元のタイルへと向かって、一直線に突進してきたのだ。

ギチギチギチ……!

足元のテラコッタタイルが、下からの強烈な熱と圧力によってミシミシと軋み、ひび割れを始めた。

目地のセメントが砕け散り、亀裂の隙間から、ドロリとした「黒いタール状の液体」が、沸騰した泡を吹きながら溢れ出してきた。

熱い。長靴のゴム底が、触れた瞬間にドロリと溶け出すほどの超高熱。

そして、その割れ目の奥底から、響いてきたのだ。

『……ま……まれ……(おかあさん……)』

肺胞を完全に焼き爛れさせた者特有の、湿った、重い多重音声。

言葉を話せなかったはずの娘が、死の瞬間に獲得したであろう、呪詛の啼き声。

『……ふりお……てんご・ふりお……(さむい……さむいよ……)あぶれ……あぶれ・ラ・グロリア……(あけて……グロリアをあけて……!)』

床が抜ける。

引きずり込まれる。

私は叫び声を上げ、台所の勝手口の閂を力任せに引き抜き、猛吹雪の吹き荒れる中庭へと転がり出た。

外気は肌を裂くような氷点下の嵐であった。

だが、中庭の片隅——あの半地下の「グロリアの焚口」を見下ろした瞬間、私の全身の血液は凍結した。

焚口の鉄の蓋が、内側から吹き飛ばされて雪の上に転がっていた。

そして、その赤煉瓦のトンネルの奥底——真っ赤に白熱した熾火の燃え盛る暗黒の穴の中から。

両腕を真っ直ぐに伸ばして、這い出そうとしている「何か」があった。

それは、人間の子供の骨格であった。

肉は完全に炭化して黒焦げのタールとなり、頭蓋骨の半分は熱で破裂して剥き出しになっていた。

眼窩の中には眼球など存在せず、ただ赤熱した木炭のような燐光が二つ、爛々と渦を巻いていた。

その両手の指先——爪を失い、白く露出した骨の先端が、赤煉瓦の縁にガチガチと突き立てられ、自らの燃え盛る身体を、雪の積もる中庭へと引きずり出そうとしていたのだ。

怪異の頭部が、ゆっくりと持ち上がった。

白熱する顎の骨がガタガタと打ち鳴らされ、その両腕が、雪の上にへたり込んでいた私の両足首へと向かって、猛烈な速度で伸ばされた。

「うわああああっ!!」

私は狂乱し、足元に転がっていた錆びついた鉄のスコップを両手で掴み取った。

祈りの言葉など出なかった。ただ、自らの命を守るための純粋な狂気が、私の両腕を駆動させた。

私は手にしたスコップの平らな鉄板を、その這い出そうとしていた頭蓋骨に向かって、渾身の力で叩きつけた。

ガギィィィンッ!!

骨が砕け散る乾いた音。

だが、怪異の指先は怯むことなく、私の長靴の足首へと深々と食い込んだ。

ジュウウウッ! と分厚い革が焼き焦げる白煙が上がり、激痛が脳髄を貫く。

私は叫びながらスコップの刃先を焚口の煉瓦の隙間に突き立て、中庭の隅に積まれていた古い消火用の「砂と塩」の入った麻袋を、穴の上から丸ごと覆い被せるようにして叩き落とした。

ドサッ!

数立法メートルの湿った砂が、燃え盛る焚口の開口部を一瞬にして埋め尽くした。

穴の底から、ギュウウウウッという、熱湯に油を注ぎ込んだような凄絶な蒸発音が上がり、続いて、子供が咽び泣くような哀切な悲鳴が、地底の奥深くへと吸い込まれるように遠ざかっていった。

炎が消えた。

煙道の熱気が一瞬にして途絶え、中庭にはただ、吹き荒れるシエルソの風音だけが取り残された。

私は焼け焦げた足首を押さえながら、雪の上に倒れ伏し、激しい痙攣の中で意識を手放したのである。

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