序章 古廟の雨漏りと、黄河を視る道士
歴代の王朝が幾重にも泥の下に埋没した古都・開封の街外れを歩くと、大地の皮膚から常に黄色い砂の粒子が立ち上っているのを感じる。
宋代の繁栄を誇った繁塔の影を離れ、郊外の農地と荒地が交錯する境界へと足を伸ばした日の夕暮れ、私は崩れかけた煉瓦壁に囲まれた一軒の古い道観(道教寺院)に行き当たった。三清殿の瓦は半分以上が抜け落ち、青黒い土間には雨漏りを受けるための素焼きの甕がいくつも並べられていた。
線香の煙すら途絶えかけたその廟の主は、三十代半ばほどの、色褪せた藍色の道袍を纏った道士であった。わずかばかりの喜捨を香炉の前に置いた私に対し、道士は礼を述べ、粗末な白磁の碗に淹れたての茶を注いでくれた。
茶卓を挟んで言葉を交わすうちに、私はこの若い道士が、経典の講釈よりもむしろ黄河の水位や、過去に河筋で起きた異常な沈没・漂流現象について異常な執着を抱いていることに気づいた。なぜこれほど河の事象を気にかけるのかと問うと、彼は碗を包む細い指先を止め、北の空——かつて幾度となく流路を変え、幾百万の命を呑み込んできた黄河故道の方角を見つめ、静かに息を吐き出した。
「我が師が臨終の床で遺した帳面にはな、道教の呪術でも、神仙の法でもなく、ただ一九三九年の黄河の泥から掘り出された、ある七つの棺の記録だけが記されていたのだ。……あれを見届けて以来、我が門派の者はみな、河の底から鎖の音が響いてこぬか、耳を澄まさずにはおられんようになったのだよ」
道士の口から語られ始めたのは、日中戦争の硝煙が吹き荒れる中、決壊と氾濫の爪痕が生々しく残る黄河の川辺で起きた、人の理を根底から覆す戦慄の記憶であった。
第一章 砂州の鑞職人と、死せる水鳥
一九三九年の秋、戦火と大水によって荒廃しきった河南省の旧黄河の沿岸に、一つの奇妙な草庵が結ばれた。
白茶けた砂州の上に粗末な葦簀(よしず)を張り、炭火の炉を据えて看板を掲げたのは、どこから流れてきたとも知れぬ初老の鑞職人(白目細工師)と、十歳ほどの無口な童子の二人連れであった。
沿河の農村において、鑞(錫)の器は極めて重宝されていた。陶器のように割れやすくなく、鉄のように赤く錆びることもない。使い古して歪んだ鍋や水差しも、鑞職人の炉に放り込めば瞬く間に融解し、木型に流し込んで砂紙で磨き上げれば、まるで銀のように眩い光沢を取り戻す。
職人は腕が立ち、賃仕事の代価も極めて安く、何より人懐こい性格であったため、農作業を終えた村人たちは夕暮れになると自然と彼の小屋に集まり、安煙草を吹かしながら河の世間話に花を咲かせるようになった。
鑞職人は、村人たちが語る黄河の怪異譚を異常な熱心さで聴き入っていた。
川底から響く鐘の音、霧の夜に現れる幽霊船、砂州に打ち上げられた巨大な怪魚の骨。職人は相槌を打ちながら、時に身を乗り出してその出現した方角や水深、川底の砂の質を細かく尋ねた。
ある日の午後、村でも評判の法螺吹きで、声が無駄に大きいことから「王大咋呼(大声を出す王)」と呼ばれていた男が、小屋に駆け込んできた。
男は息を乱しながら、上流へ数里ほど行った中州の浅瀬で目撃した異様な光景を捲し立てた。
「気味が悪くてたまらねえ! あの広い砂州一面に、シギやサギの水鳥が何百羽と落ちて、折り重なるように死んでやがるんだ! 外傷もねえ、鷹に襲われた形跡もねえ。
なのに、その死骸の隙間を、野生の鴨(マガモ)の群れだけが、何事もねえような顔をしてピョンピョン跳ね回って餌を漁ってやがる。鳥肌が立って、舟を漕いで逃げ帰ってきたよ!」
集まっていた村人たちは、「おいおい、王の野郎、鳥の死骸にまで怯えて逃げ出すとは、いよいよ肝っ玉が縮んだな」と大笑いし、誰もその話を本気にしなかった。
だが、鑞職人だけは笑わなかった。
彼は手元のヤスリを置き、王大咋呼の腕を強く掴むと、その鳥が落ちていた砂州の正確な位置と、跳ね回っていた鴨の嘴の色、羽毛の艶について、執拗なまでに詳細を問い質した。王が曖昧に答えると、職人は自らの懐から上等な煙草の葉を取り出して握らせ、何度も感謝の言葉を述べたという。
そして、その翌朝。
村人が鍋の修繕を頼もうと砂州の小屋を訪れたとき、そこにはすでに人の気配はなかった。
炉の灰は冷え切り、天秤棒も道具箱も消え失せ、鑞職人と童子は、まるで煙のように忽然と姿を消していたのである。
修理途中の錫の茶器を預けたまま持ち逃げされた数軒の農家が悪態をついたものの、流しの職人が予告もなく次の街へ移り住むことなど珍しくもない時代であり、やがてその失踪も村人たちの記憶から薄れ去っていった。
だが、彼らは再びその鑞職人と再会することになる。
想像を絶する、泥の底の悪夢の中で。
第二章 赤土の底の四珍——銅銭、黄粉、赤蝦蟇
冬が近づき、黄河が年内で最も水位を下げる枯水期が訪れた。
堤防の決壊を防ぎ、春の灌漑に備えるため、流域の村々には「挑河(ティエオホー)」と呼ばれる大規模な浚渫作業が課せられた。冷たい北風が吹きすさぶ中、村中の男たちが鉄鍬やツルハシを担ぎ、干上がった川底へと駆り出された。
作業が始まって七日目のことである。掘削の現場は、偶然にもあの王大咋呼が「無数の水鳥が死んでいた」と証言した因縁の中州へと達していた。
王があちこちで「あそこは祟りの地だ」と言い触らしていたため、誰もその区画を掘りたがらなかった。業を煮やした村長は激怒し、王大咋呼を名指しにして、その祟りの砂州を一人で掘り抜くよう命じたのである。
王は唾を吐き捨て、不承不承ツルハシを振り下ろした。
その砂州の土壌は、周囲の柔らかい沖積泥とは明らかに異なっていた。泥の中に微細な黒い粒がびっしりと混ざり合い、まるで一度火をくぐった炭の燃え滓のように硬く焼き締まっており、鉄の刃を跳ね返した。
王が両手に唾を吐き、渾身の力でツルハシを叩き込んだ、その時であった。
ガツンッ!!
金属と焼き物が衝突する甲高い破砕音が川底に響き渡った。
泥を掻き分けると、漬物甕ほどもある巨大な黒陶の甕の胴が砕け、その割れ目から、緑青を吹いた大量の銅銭がジャラジャラと溢れ出してきたのである。
「金だ! 宝を掘り当てたぞ!!」
王の絶叫に、周囲で作業をしていた数十人の男たちが道具を投げ出して殺到した。
泥まみれの銅銭を拾い上げると、そこには「開元通宝」「大観通宝」といった古びた文字が刻まれていた。数百年前の富商が埋めた財宝か、あるいは沈没船の積荷か。男たちの眼が欲望の熱に眩み、砂州全体を狂ったように掘り返し始めた。
だが、欲望の掘削が進むにつれ、大地の底から現れるものは、次第に不気味な相を呈し始めた。
銭の甕から数尺離れた深さから掘り出された第二の陶甕。
男たちが期待に震える手でその蓋を割ると、中から現れたのは金銀ではなく、鮮やかな黄金色をした「謎の粉末」であった。トウモロコシの粉のように微細でありながら、穀物の匂いは一切なく、かすかに硫黄と鉄錆を混ぜ合わせたような鋭い金属臭を放っていた。誰もそれが何であるか理解できず、気味悪がってそのまま泥の上に打ち捨てられた。
さらに深く掘り進めていた男の一人が、突然叫び声を上げて後ずさりした。
ツルハシの先が空洞を捉え、泥の壁が崩れ落ちた奥底に、大人の洗面器ほどもある「異様な怪物」が鎮座していたのだ。
それは、巨大な蝦蟇(ヒキガエル)であった。
常軌を逸していたのは、その色彩であった。頭の先から四肢の指先に至るまで、皮膚のすべてが滴るような「真紅」に染まり、両の眼球までもが、燃え盛るルビーのように赤く発光していたのである。
怪物は人間の群れに取り囲まれながらも、微動だにせず、ただ低く、大地を共鳴させるような呼気を吐き出していた。
「……虎頭将軍(ことうしょうぐん)だ」
古老の一人が震える声で呟いた。
黄河の古老たちの伝承において、数百年を生き延びて霊性を得た大蝦蟇は全身が赤に変じ、川の底で水神の門番を務める「虎頭将軍」と呼ばれる神獣になると信じられていた。
「殺してはならん! 怒りに触れれば、村ごと泥水に呑まれるぞ!」
人々は恐れおののき、竹の背負い籠を差し出して蝦蟇を丁重に誘導し、本流の深みへと逃がしてやった。
だが、大蝦蟇が去った後の空洞の底を覗き込んだ男たちは、再び息を呑んだ。
怪異が腹這いになっていた窪みの泥の中に、純白の「巨大な卵」が九個、整然と並べられていたのだ。
大きさはガチョウの卵の二倍を超え、表面には陶器のような冷たい光沢があり、太陽の光を浴びても一片の濁りも見せなかった。
鳥の卵ではない。蛇の卵でもない。川を生活の場としてきた漁師たちですら、これほど巨大で美しい卵を目にした者はいなかった。
不吉な予感に耐えかねた村人たちは、その穴を急ぎ土で埋め戻し、それ以上触れることを固く禁じたのである。
第三章 凝血の膠泥と、七基の人形玉棺
しかし、人間の掘削の刃は、すでに後戻りのできない深淵へと達していた。
九つの卵の穴から十数歩離れた場所を掘り進めていた班の足元で、泥の質感が急激に変貌した。
サラサラとした川砂は消え失せ、粘り気の強い、重厚な「膠泥(こうでい=粘土)」の層が行く手を阻んだ。
そして、その泥の色は、掘り進めるごとに赤黒く濁り、やがて人間の血管から流れ出て空気に触れ、固まりかけた「凝固した血餅(血の塊)」と寸分違わぬ、毒々しい赤褐色へと変色していったのである。
泥を掴むと、指先が生温かく湿り、生肉の腐臭と潮の臭気が混ざり合った異様な悪臭が立ち込めた。
「おい……何か埋まってるぞ! 人間だ!」
ツルハシが泥の底から掻き出したのは、二つの人間の肉体であった。
一人は初老の男、もう一人は小さな童子。
泥にまみれながらも、その皮膚は腐敗することなく、まるで昨夜息絶えたかのように生々しい弾力を保っていた。
擦れた作業着、腰に巻かれた麻紐、そして泥の中から転がり出た真鍮のヤスリ——。
それは、数週間前に忽然と姿を消した、あの「鑞職人」と「童子」の変わり果てた骸であった。
なぜ、彼らはこの河床の深さ数メートルの泥の下に埋没していたのか。
窒息死したのか、それとも生き埋めにされたのか。恐怖に顔を見合わせる男たちの足元で、ツルハシの刃が、硬質な鉱物に激突した。
カチィィン……。
泥を洗い流した瞬間、作業員たちの口から言葉が失われた。
血の塊のような膠泥の底から姿を現したのは、透き通るような白さと、底知れぬ冷気を放つ「極上の白玉(軟玉)」の長大な塊であった。
それも、一つではない。
男たちが狂ったように赤泥を掻き出すと、そこから現れたのは、整然と横一列に並べられた「七基の白玉の棺」であった。
その形状を目にした瞬間、村長は膝から崩れ落ち、悲鳴を上げて頭を抱えた。
棺は、長方形の箱ではなかった。
頭部の丸み、肩の張り、細く絞られた腰、そして両足の爪先の突起に至るまで、完全に人間の外形を模して削り出された、等身大の「人形棺(ひとがたかん)」であったのだ。
耳の凹凸、胸元のなだらかな起伏までもが、最高級の翡翠を思わせる半透明の白玉によって継ぎ目なく彫り抜かれていた。
まるで、硬質な玉石で作られた巨大な鎧、あるいは拘束具を、生身の人間の肉体の上にそのまま焼き嵌めたかのようであった。
そして、太陽の光がその半透明の玉の壁を透過した刹那、群衆の喉から地鳴りのような悲鳴が上がった。
棺の内部に、横たわっていたのだ。
衣服を一切身につけていない、若い女の肉体が。
七基の棺のすべてに、一人ずつ、完全に全裸の女の亡骸が封じ込められていた。
肌は抜けるように白く、艶やかな黒髪が玉の底に広がり、閉ざされた瞼の下からは今にも睫毛が震え出しそうなほど、その姿は生々しく、瑞々しかった。
棺の内壁には、まるで毛細血管のように微細な「深紅の血の筋」が幾重にも走り、死者たちの白い肌を艶やかに照らし出していた。
さらに男たちを戦慄させたのは、その七基の人形棺の配置であった。
七基の棺の足元からは、それぞれ太い鉄鎖が伸びていたが、その鎖の表面もまた、何百年もの水気の浸食によって石のように変質し、白く「玉化」していた。
そして、その七本の玉化せる鎖が収斂する中央の泥底に、一枚の巨大な、黒ずんだ「真鍮の銅鑼(どら)」が、重石のように敷き詰められていたのである。
「黄河娘娘(こうがにゃんにゃん)だ……!」
誰かが泥の上に額を擦り付け、狂ったように拝み始めた。
「河の神の嫁入りだ! 触っちゃならねえ、掘り起こしちゃならねえものを掘り出しちまったんだ! 河伯大王がお怒りになれば、この一帯の堤防がすべて吹き飛んで、村が全滅するぞ!」
パニックに陥った村人たちは、それ以上土を動かすことを拒絶した。
長老たちの協議により、この作業は即座に中断され、吉日を選んで近隣の山から高名な道士を招き、清めの儀礼を執り行ってから改めて処置を決定することとなった。
男たちは最初の甕から出た銅銭の山をその場で山分けにし、あの黄色い粉の甕は不吉物として砂州に放置したまま、逃げるようにして河原を後にしたのである。
第四章 血波の奔流と、若き道者の視座
その夜、天変が村を襲った。
深夜二時を回った頃、突如として北から凍てつくような突風が吹き荒れ、家々の窓枠を激しくガタガタと打ち鳴らした。
風の音に混じって、どこからともなく、老人のような、あるいは赤子のような、湿った「咳き込む音」が、河原の闇の中から断続的に響いてきた。
続いて、大地を揺るがす地鳴り。
ドドドドド……という、万の軍馬が鉄の蹄を鳴らして突進してくるような重低音が、乾涸らびていたはずの旧河道の方向から押し寄せてきたのである。
不審に思った一人の老農夫が、寒さに震えながら戸を開け、提灯を掲げて土手へと登った。
そして、堤防の上から河原を見下ろした瞬間、老人は腰を抜かし、泥の中にへたり込んだ。
干上がっていたはずの白い砂州が、跡形もなく水没していた。
だが、逆巻く水流の色は、黄河特有の黄色い泥水では断じてなかった。
頭上に輝く冷たい秋の月光を浴びて、河一面を埋め尽くしていたのは、見るもおぞましい、泡立つ「漆黒の血水」であったのだ。
波頭が砕けるたびに、鼻腔を圧殺するような生々しい血の臭気と、内臓の腐敗臭が大気を満たした。
占いや讖緯の言い伝えには、暴君の代には天が怒り、朝露が血に変じ、大河が三日にわたって血を流したという凶兆の話が古くから伝わっている。
老人が恐怖で失禁しかけたその時、ドロドロと泡立つ血の激流の向こうから、白い光点がいくつか、プカプカと水面に浮き上がってきた。目を凝らした老人は、喉を引き裂くような悲鳴を上げた。
昼間、泥の底に埋め戻したはずの、あの七基の白玉の人形棺が、鎖を引きずりながら、血の波の上に直立するようにして漂流していたのである。
翌朝、夜が明けても血の水は引かなかった。
河面には、毒気に当てられた無数の魚や、甲羅に赤い斑点のある巨大な鼈(スッポン)が腹を上にして折り重なるように浮かび、異様な死臭を放っていた。死魚を啄もうと舞い降りたカラスや野良犬が、肉を一口千切った瞬間に激しく痙攣してその場で即死するなど、河原一帯は完全な死の結界と化していた。
事態を重く見た村長たちは、ありったけの銀貨をかき集め、開封の郊外から一人の道士を招聘した。
駆けつけたのは、道教の名山で修行を積み、若年ながら中原一帯でその名を知られ始めていた青年道士であった。
道士は村人たちの証言を聞き届けると、厳しい面持ちで頷き、こう断じた。
「あの老錫匠は、ただの手芸人ではない。南方の山奥からやってきた『憋宝(ビエバオ)』の残党だ」
「憋宝」とは、中国の民俗において、大地の奥深くに眠る霊物や異形の宝を嗅ぎ分け、特殊な呪術をもって盗掘することを生業とする、闇の宝探し集団の総称であった。
彼らは鍛冶屋や傘張り、鑞職人に身をやつして各地を放浪し、村人の雑談の中から「怪異の兆候」を拾い集める。
「水鳥が死に、鴨だけが生き残っていた砂州。……鴨の体質は解毒の気を持つ。あの砂州の地下には、極めて強力な陰毒の気が噴出していたのだ。
老錫匠はそれに気づき、地下の霊物を掘り出そうとして、逆に大地の仕掛けに呑み込まれ、命を落としたのだ」
道士はさらに、あの巨大な赤蝦蟇と九つの卵、そして黄色い粉末の正体を解き明かした。
「黄色い粉は、古代の防腐と呪詛に用いられた辰砂と雄黄(鶏冠石)の粉末。赤蝦蟇は、陰気を好んで巣穴の上に陣取っていた番人。そしてあの九つの卵は……おそらく、河底の地龍が産み落とした霊胎であったのだろう。
だが、何よりも恐ろしいのは、あの七基の人形玉棺だ。あれは、神仏の墓などではない」
道士は村の小舟を出させ、自ら竹竿を手にして、血の激流の中を漂う七基の玉棺の元へと漕ぎ寄せた。
第五章 鎖の破断と、眠れる七女の埋葬
舟の上から引き揚げられた玉棺の威容に、同行した屈強な漁師たちも息を呑んだ。
昼間は純白であったはずの白玉の表面に、河の血水を吸い上げたかのように、真紅の血脈が網の目のように侵入し、玉石そのものがまるで生きている皮膚のように生々しい熱気を帯びていたのだ。
七本の玉化せる鉄鎖は、水底から引き揚げられたあの真鍮の銅鑼に、複雑な八卦の結び目をもって固く繋がれていた。
村長が震える声で懇願した。
「道士様、やはりこれは黄河娘娘のお姿です! 銅鑼を鳴らし、楽隊を呼んで、廟を建ててお祀りすれば、怒りは収まるのではないでしょうか!」
だが、青年道士は一喝した。
「愚かな! これを祀れば、村はおろか、開封全土が祟りによって死に絶えるぞ!」
道士は鋭い眼差しで、玉の向こう側に浮かぶ全裸の女の顔を見据えた。
「この女たちは、自ら望んで玉に眠っているのではない。……これは古代の邪法、『鎮水鎖(ちんすいさ)』の生贄だ。大水を押さえ込むための人柱として、生きたままこの玉の殻に閉じ込められ、呼吸を奪われ、魂を肉体に縫い止められた哀れな犠牲者たちなのだ」
道士の説明によれば、玉とは天地の気を凝縮させる器であり、同時に死者の魂を永久に肉体の中に閉じ込める「牢獄」でもあった。
魂が冥府へと還ることを許されず、数百年のあいだ冷たい河底で水圧と怨嗟に晒され続けた結果、その怨念が限界に達し、地殻の歪みとともに大地の血管を引き裂いて、この血の洪水を噴き出させたのだという。
「古人はいう、『土に入りて安らぐ(入土為安)』とな。玉を砕き、肉体を大地の母胎へと還してやらねば、この怨念の連鎖は永遠に断ち切れん!」
道士の号令のもと、屈強な男たちが大槌(スレッジハンマー)を振り上げた。
「待ってくれ、こんな高価な玉を割るのか!」と叫ぶ村人を押し退け、鉄の槌が、最初の人形棺の胸元へと力任せに振り下ろされた。
ガギィィィンッ!!
硬質な玉石が砕け散る乾いた音が響いた。
その刹那、立ち込めたのは、死の腐臭ではなかった。
百年ものの古酒の封を切った時のような、濃厚で甘美な、どこか果実に似た芳香が、河原いっぱいに広がったのである。
割れ落ちた玉の破片の底から、露わになった女の肉体。男たちは息を呑んで後ずさりした。
空気に触れた女の皮膚は、干涸らびることも、黒ずむこともなかった。
頬には微かな朱が差し、唇は濡れ、指先は柔らかくしなり、まるで昨夜深い眠りについたばかりの生身の人間そのものであった。
冷たい風が吹き抜けると、女の長い睫毛が、微かにピクリと動いたように見えた。
「触るな! 息を吸い込むな!」
道士は自らの桃木剣を抜き、朱砂の粉末を遺体の額へと振り撒きながら、太乙救苦天尊の経文を絶叫するように唱え続けた。
槌は次々と振り下ろされ、七基の玉棺はすべて粉々に砕かれた。
現れた七人の女の遺体は、村人たちの手によって、急ぎ砂州の最も高い乾燥した赤土の丘へと運ばれ、それぞれ別々の深い穴に、筵(むしろ)を巻かれて丁重に埋葬された。
砕け散った白玉の破片と、あの玉化した鉄鎖は、乾燥した薪とともに山積みにされ、道士の手によって清めの火が放たれた。
青白い火焔が天を衝き、玉石がパチパチと音を立てて爆ぜる中、不思議なことが起きた。
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