序章 八月の白い溝

八月半ばのフェッラゴスト——聖母被昇天祭が近づくと、バジリカータの乾いた山あいは、暴力的な熱気と乾いた埃に包まれる。

アペニン山脈の東側、標高五百メートルを超える石灰岩と粘土の丘の上に張り付いた小さな町モンテソーロは、一年のうちで最も騒がしく、そして最も落ち着かない季節を迎えていた。

町の広場を取り囲むバールの前には、トリノやミラノ、遠くはドイツのナンバープレートをつけた乗用車が列をなし、北部の訛りや異国の言葉を話す若い男たちが、冷たいビールを片手に談笑している。

彼らは皆、かつてこの町で生まれ育ち、仕事と暮らしを求めて北へと去っていった者たちだった。

年に二度、夏の休暇と冬のクリスマスにだけ、故郷の母の顔を見に帰ってくる。

だが、その陽気な帰省の熱気の底には、町を出ていった者と、町に残った者のあいだに横たわる、薄い氷のような気まずさが、いつも漂っていた。

キアラが、広場から細い路地を一本入った場所にある薪窯のパン屋の仕込み場を出たのは、正午の鐘が鳴り響く頃だった。

三十歳になる彼女は、亡くなった父の跡を継ぎ、六十を過ぎた母とともに、この町でただ一軒残った昔ながらのフォルノ——硬質小麦のセモリナ粉を使い、薪の熱で重たい田舎パンを焼く工房を切り盛りしていた。

午前三時に起きて窯に火を入れ、粉を捏ね、昼前に焼き上がりを近所の家々へ配り終えると、腕や首筋には、小麦粉の白い粉と灰が汗に混じって固まっていた。

「キアラ、ちょっといいかい」

工房の木の扉を押し開けて入ってきたのは、羊飼いの老人ロッコだった。

日焼けで革のように硬くなった顔に深い皺を刻み、褪せた青いシャツを着た老人は、カウンターの上に小銭を置きながら、焼き立てのパンを一塊手に取った。

「サン・ヴィートの谷の奥、ピエトラファッティへの旧道だがね。役場がとうとう通行止めの柵を立てたよ。知っていたかい」

キアラは粉を払っていた手を止めた。

「旧道って……昔の羊の通り道の、あの舗装されていない農道のこと?」

「そうだ。谷へ下りていく砂利道だよ」

ロッコはパンを麻袋に押し込みながら、乾いた息を吐いた。

「去年の冬、クリスマスの頃の大雨を覚えているだろう。あの雨のあと、斜面が丸ごとカランキの底へ滑り落ちたんだ。道が三十メートルばかり、宙に浮いちまった。

役場も金がないから、直す気配もない。……昔から地盤の悪い場所だったが、あんな崩れ方は何十年ぶりだそうだ」

老人の何気ない一言が、キアラの胸の奥に、冷たい細い針を突き刺した。

開け放った工房の扉の向こうには、真夏の太陽に焼かれた白いカランキ——木も草も生えない粘土の丘が、骨のように白くひび割れて、谷の向こうまで果てしなく続いているのが見えていた。

去年の冬。クリスマスの夜。

あの雨が降り始める直前の、漆黒の未舗装路の闇。

キアラはエプロンのポケットの中で、知らず知らず車のキーを握りしめていた。

あの夜、自分の隣の助手席で、全身を硬直させて震えていた幼なじみの横顔が、八月の熱気の中に、冷気を伴って鮮やかに蘇っていた。

第一章 十二月の帰郷

半年前、二〇一五年の十二月二十四日の夜、モンテソーロは冷たい濃霧に閉ざされていた。

冬の内陸部は、夏とは打って変わって陰鬱な灰色に塗り込められる。

湿った風が山肌にぶつかり、昼間でも薄暗い霧が石畳の路地を舐めるように這い回っていた。

その日の夕暮れ、トリノの総合病院で看護師として働く幼なじみのマッテーオが、半年ぶりに町へ戻ってきた。

キアラと同じ三十歳。

子供の頃は、工房の裏庭で一緒にトカゲを追いかけ、夏には干し草の山に飛び込んで遊んだ仲だった。

だが、高校を出て北部の大学の看護学科へ進んで以来、彼の物腰には、大都市の病院の消毒液の匂いと、夜勤に追われる者の疲れた静けさが染みついていた。

家族とのイブの夕食——魚料理が何皿も続く、南部の長い晩餐——を終えた午後十時過ぎ、マッテーオはキアラのパン屋の勝手口に現れた。

厚手のウールのコートを着て、両手をポケットに突っ込んだ彼は、白く濁る吐息の向こうで、昔と同じように眉を片方だけ上げて笑った。

「キアラ、車はあるかい。少し走らせてくれないか」

町に残る若者たちにとって、夜のドライブは退屈を紛らわせるための唯一の儀式だった。

開いている店など一軒もなく、広場には人影もない。

キアラは作業着から着替えると、父が遺した古い灰色のフィアット・プントのキーを取り出した。

二人は車に乗り込み、冷え切ったシートに身を沈めた。

ヒーターが温まるまでのあいだ、吐く息で白く曇るフロントガラスを、キアラは古びた手ぬぐいで何度も拭った。

車は町外れの城門をくぐり、谷へと下る県道へと滑り出した。

街灯はすぐに途絶えた。

二条のヘッドライトの光が、道路脇の黒々としたオリーブの木立と、刈り取られた冬の小麦畑の枯れ草を、輪切りにするように照らし出していく。

タイヤがアスファルトのひび割れを踏む乾いた音だけが、エンジン音に重なっていた。

「北はどう?」

ハンドルを握りながら、キアラが尋ねた。

「寒いよ。霧も多い」

マッテーオはシートに深く背中を預け、フロントガラスの先の闇を見つめていた。

「でも、ここみたいに空っぽじゃない。夜でも路面電車が走っていて、救急車のサイレンが鳴っている。……時々、自分がどこにいるのか分からなくなるけれどね」

「町へ戻りたいとは、思わないの」

「戻ってどうするんだ」

マッテーオの声は平坦だったが、その奥に棘のような苦い響きがあった。

「ここには土地と石しかない。父さんのオリーブ畑を継いだって、肥料代も出ない。……出ていくしかなかったんだよ、キアラ。僕も、みんなも」

キアラは何も言わなかった。

町に残った自分を責める言葉ではないことは分かっていた。

ただ、何世代にもわたってこの土地の小麦を粉にし、パンを焼き続けてきた自分と、その土地を離れることでしか生きられなかった彼とのあいだに、見えない深い溝が穿たれていることを、彼女は痛いほど感じていた。

車は、谷底へと続く曲がりくねった坂道を下っていった。

ラジオからは、どこかの教会のイブのミサを中継する神父の掠れた声が、雑音混じりに低く流れていた。

第二章 未舗装路の拒絶

県道が大きく西へカーブする地点に、古い分岐があった。

標識もガードレールもない、赤土と砕石が敷かれただけの細い未舗装路。

かつて羊飼いたちが夏と冬に群れを移すために使っていた、トラットゥーロと呼ばれる古い移牧路の名残だった。

いまでは、谷の向こうの廃村へ抜ける近道として、地元の軽トラックや農耕用のトラクターが時折踏み固めるだけの道になっていた。

「こっちへ行ってみよう」

マッテーオが何気なく指差した。

「昔、自転車で走っただろう。ピエトラファッティの古い礼拝堂がある道だ」

キアラは少し躊躇った。

先週から断続的に降っていた長雨のせいで、路面がぬかるんでいるかもしれなかったからだ。

だが、クリスマスの夜の奇妙な解放感と、幼なじみとの会話をもう少し引き延ばしたいという淡い感傷が、彼女の判断を鈍らせた。

キアラはウィンカーも出さず、ハンドルを左へ切った。

アスファルトの平らな振動が消え、小石を噛む重い衝撃が、タイヤを通じて車体に伝わってきた。

両脇の視界は、完全に遮られた。

道の左右には、雨水で深く削られた白い粘土の崖が迫り、ヘッドライトの光はわずか十メートル先の急な下り坂を照らすのがやっとだった。

外は完全な静寂に支配されていた。

風もなく、雨もまだ落ちてきていなかった。

ただ、湿った石灰と腐った下草の匂いが、吸気口を通って車内へと入り込んできた。

未舗装路に入って、五十メートルほど進んだときだった。

ガタッ、と助手席で激しい物音がした。

キアラが横目で見ると、マッテーオがシートから身を半分浮かせ、ダッシュボードに両手を強く突っ張っていた。

彼の顔から、すっかり血の気が引いていた。

目は見開かれ、顎の筋肉が異様な力で強張り、口元が小刻みに引き攣っていた。

呼吸が荒く、喉の奥から、細い笛のような音が漏れ出している。

「マッテーオ? どうしたの」

キアラはアクセルを緩めた。

マッテーオは答えなかった。

彼は振り返ることも、横を見ることもせず、ただフロントガラスの向こう、暗闇に沈む下り坂の奥の一点を凝視していた。

その指先が、ダッシュボードの硬いプラスチックに、白くなるほど食い込んでいた。

「……バックしろ」

絞り出すような、掠れた声だった。

「え?」

「ギアをリバースに入れろ! 今すぐだ!」

マッテーオが叫んだ。

その声は、普段の彼の穏やかなバリトンではなかった。

恐怖と、耐えがたい身体の苦痛に喉を裂かれた獣のような、鋭い悲鳴だった。

「駄目だ、この先は駄目なんだ! 車を回せ、キアラ!」

「何があるの? 誰かいるの?」

キアラはブレーキを踏み込み、目を凝らしてヘッドライトの先を見つめた。

光の輪の中には、泥水が溜まった深い轍と、白くひび割れた粘土の地面があるだけだった。

人影も、動物も、対向車の明かりもなかった。

障害物は何一つ見当たらなかった。

だが、マッテーオの錯乱は収まるどころか、急速に悪化していた。

彼は自分の胸ぐらを両手で掴み、衣服を引き裂かんばかりに悶え始めた。

額には油のような冷や汗が玉となって噴き出し、歯がガチガチと激しく打ち合わされていた。

悪寒。

まるで氷の塊を、直接胃袋にねじ込まれたかのような、凄まじい悪寒が彼の全身を支配していた。

「息が……できない……」

マッテーオは身を屈め、膝のあいだに頭を埋めた。

「何かが……押し返してくる……僕たちを、ここから先へ、絶対に入れない気だ……早く! 車を回してくれ!」

キアラの背筋に、氷水を流し込まれたような戦慄が駆け抜けた。

目には何も見えない。

耳には何の音も届かない。

だが、助手席に座るこの幼なじみの身体そのものが、目に見えない巨大な壁に激突し、砕かれかけているという事実だけが、確かな重みをもって車内を満たしていた。

キアラは躊躇いを捨てた。

ギアをバックに入れ、アクセルを踏み込んだ。

狭い未舗装路の両脇には、粘土の深い側溝が口を開けている。脱輪すれば二度と這い上がれない。

心臓が破裂しそうな恐怖の中で、キアラはサイドミラーと後方を交互に睨みつけながら、泥水を跳ね上げて車を後退させた。

少し道幅の広がった岩棚の角を見つけると、何度も切り返しを繰り返し、車の鼻先を無理やり県道の方角へと向けた。

タイヤが再び県道のアスファルトを踏みしめた瞬間だった。

ザァッ、と、まるで頭上の雲の底が抜けたかのように、猛烈な雨がフロントガラスを叩きつけた。

激しい雨粒が屋根を乱打し、ワイパーを最高速度にしても前が見えないほどの豪雨だった。

その瞬間、助手席のマッテーオが、糸の切れた操り人形のように、背もたれへと倒れ込んだ。

彼の荒い呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、痙攣していた指先から、ゆっくりと力が抜けていった。

キアラはハザードランプを点滅させたまま、県道の路肩で激しく肩を上下させていた。

雨音だけが、世界のすべてを掻き消すように鳴り響いていた。

第三章 シャツを着て生まれた男

二人は町へ戻り、広場の一角で細々と明かりを灯していた小さなバールへと駆け込んだ。

クリスマスの深夜、店内に客は一人もおらず、エプロンをつけた店主が退屈そうにテレビの深夜映画を眺めていただけだった。

キアラはカウンターで、グラッパを二杯頼んだ。

無色透明の強い蒸留酒を喉に流し込むと、胃の腑が焼けるような熱さが広がり、強張っていた神経がわずかに緩んだ。

マッテーオは両手で小さなグラスを包み込むように持ち、震える唇を杯に浸した。

「……何だったの、あれは」

キアラは小声で尋ねた。

マッテーオは答えず、照明を映して光る酒の表面を見つめていた。

顔色はまだ紙のように白かったが、瞳の濁りは消えていた。

「僕にも分からない」

長い沈黙のあと、マッテーオはぽつりと言った。

「姿が見えたわけじゃない。声が聞こえたわけでもない。……ただ、あの土の道に入った瞬間、身体中の毛穴という毛穴から、冷たい針を刺されたような感覚がしたんだ」

彼は自分の前腕をさすった。

「頭の中で誰かが叫んでいるんじゃない。僕の皮膚が、筋肉が、内臓が、じかに分かったんだ。あの先へ一歩でも進めば、僕たちは死ぬ。それも、ただ死ぬんじゃない。世界から跡形もなく削り取られて、消えてしまうんだって」

キアラは、子供の頃の古い記憶を思い出していた。

マッテーオの祖母が生前、近所の女たちとコーヒーを飲みながら、誇らしげに、しかし声を潜めて語っていた話だった。

——マッテーオはね、シャツを着て生まれたんだよ。

南イタリアの古い俗信だった。

羊膜を頭からすっぽりとかぶったまま生まれてきた赤ん坊のことを、そう呼ぶ。

そうした子は一生涯幸運に恵まれるとされる一方で、普通の人間には感じ取ることのできない、見えない世界の気配や、死者の知らせを、無防備に受け取ってしまうとも言い伝えられていた。

マッテーオ自身は、成長するにつれてその話を嫌うようになっていた。

病院という、生と死がきわめて機械的に、清潔に管理される場所で働く彼にとって、南部の迷信めいた生まれの話は、自分の理性の足場を揺るがす、不吉な澱でしかなかったのだ。

「トリノの病院でもね」

マッテーオはグラスを置き、低く囁いた。

「救急に運ばれてくる患者の中で、助からない人が、運ばれてくる前から分かることがある。扉が開く数秒前に、廊下の空気がすっと冷たくなるんだ。……今夜のあれは、それと同じだった。

でも、桁が違っていた。一人の人間が死ぬ気配じゃない。巨大な、途方もない重さの何かが、口を開けて待っていたんだ」

マッテーオはそれ以上、あの夜道について語ろうとしなかった。

二日後、クリスマス休暇が終わると、彼は早朝の長距離バスに乗り込み、逃げるようにトリノへと戻っていった。

別れ際、彼はキアラに一度だけ言った。

「キアラ、あの道には二度と近づくなよ」

それから半年、町は何事もなかったかのように冬を越した。

長い雨の季節が終わり、春が訪れ、カランキの白い斜面には野生のマスタードの黄色い花が咲き乱れ、やがてすべてが真夏の太陽に焼き尽くされた。

そして八月、老羊飼いロッコのあの一言が、キアラの日常に投げ込まれたのだった。

第四章 崩落の境界

八月十六日の午後、フェッラゴストの祝祭が一段落し、町が酷暑の昼下がりの沈黙に沈む時間を見計らって、キアラは工房の裏に停めてあったフィアット・プントに乗り込んだ。

助手席には誰もいなかった。

マッテーオは今年の夏、病院の勤務が詰まっているという理由で、故郷へは戻ってきていなかった。

車は冬と同じ道を辿った。

だが、車の外の風景は一変していた。

十二月の陰鬱な濃霧は消え去り、白く眩しい日光が、枯れ草の生えた丘陵を容赦なく照りつけている。

冷房の効かない古いプントの車内は蒸し風呂のようで、吹き出し口から入ってくるのは、熱風と、乾いた粘土の粉っぽさだけだった。

県道が大きく西へカーブするあの地点。

未舗装路の入り口には、ロッコが言っていた通り、赤と白のペンキが塗られた粗末な木製の柵が立てられていた。

手書きの板切れに、黒いペンキで記されている。

——TRANSITO VIETATO PER FRANA(地すべりのため通行禁止)

キアラは柵の手前の路肩に車を停めた。

エンジンを切ると、蝉のけたたましい鳴き声と、熱風が乾いた草を揺らすカサカサという音だけが残された。

彼女は車を降り、砂利を踏みしめながら、柵の脇をすり抜けて未舗装路へと入っていった。

冬のぬかるみが嘘のように、土は乾ききり、コンクリートのように硬く固まっていた。

深い轍の跡が、化石のように地面に刻まれている。

キアラは歩きながら、路面の記憶を手繰り寄せていた。

あのクリスマスの夜、フィアットのヘッドライトが照らし出していた景色。

左右に迫る粘土の白い崖。

そして、マッテーオが錯乱し、自分がブレーキを踏み、車を必死に切り返した、あの小さな岩棚の角。

五十メートルほど進んだとき、キアラの足が止まった。

道幅がわずかに広がり、車が泥にタイヤを滑らせながら向きを変えた痕跡が、今もかすかに残っている、あの平らな場所だった。

そこから先へ、キアラは歩を進めた。

あと十歩。

あと五歩。

あの夜、マッテーオが叫ばず、自分がアクセルを踏み続け、暗闇の中をそのまま前へ進んでいたとしたら、車が辿り着いていたはずの地点。

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