序章 泥土に吸われた命脈——銃声の消えたあと

刑場という土地には、固有の重力がある。そう語ったのは、中国西南部の山村に生まれた一人の投稿者だった。

古い民間伝承では、刀や銃弾によって非業の死を遂げた者の魂を「枉死鬼」と呼ぶことがある。天寿を終えた死者のようには冥府へ入れず、命を断たれた場所へ留まる——土地ごとの差はあれど、そうした語りは各地に残る。

血が大地へ染み込み、繰り返された絶叫が土壌そのものを変える。風水や怪談の言葉では、それを煞気の吹き溜まりと説明する。しかし、その言葉は地質や医学の概念ではない。

共同体が忘れられない暴力を、場所の性質として語り継ぐための比喩である。

現代の執行施設からは、かつての野天刑場の光景が見えにくくなった。だが大陸各地には、処刑が行われなくなったあとも、丘や河原や荒れ地だけが残された場所がある。

今回の舞台は、西南の山々に囲まれ、複数の民族が暮らす寒村である。村の背後には、誰も本名で呼びたがらない斜面があった。

第一章 高架橋の暗影と「殺人坪」の血土

土偏に坪と書いて、「殺人坪」。村人はその忌み名で呼んだ。

そこはかつて、重罪人が車で運ばれ、処刑された場所だと伝えられていた。執行後、引き取り手のない遺体が斜面へ埋められたこともあったという。どこまでが記録で、どこからが村の記憶なのか、今となっては判然としない。

死者が多すぎると恐れた老人たちは、魂を鎮めるため小さな石の供台を設けた。時代が変わると供台は雑草へ埋もれ、若い者は由来すら知らなくなった。

やがて経済開発の波が山間部へ届き、省都と沿海部を結ぶ高速道路の計画が持ち上がった。測量線は殺人坪の上を横切っていた。

太い橋脚が山肌へ打ち込まれ、地上数十メートルを長い高架橋が走った。刑場跡と周囲の唐辛子畑は、昼も陽の届かないコンクリートの腹の下へ閉じ込められた。

開通後、その区間では事故の噂が絶えなかった。濃霧の夜に車が次々と衝突した。見通しのよい直線で車がガードレールへ寄り、高架下の農地へ落ちたとも語られた。

事故件数や原因を示す公的資料を、投稿者は見たことがない。それでも、壊れた車体が畑へ落ちた朝を村人は実際に知っていた。

「殺人坪が、空の道を走る生者を引き下ろしている」

老人たちは高架を見上げ、声を潜めた。

その高架下の菜地を耕していた者の中に、投稿者の祖母と、幼馴染の陳老太がいた。

第二章 雷雨の山嶺——失われた足跡

事件が起きたのは、初秋の蒸し暑い夕暮れだった。陳老太は夕餉に使う唐辛子を摘むため、高架下の畑へ向かった。竹の背負い籠を背に、「すぐ戻る」と言った。

彼女が山道へ入った直後、天候が崩れた。鉛色の雲が山頂を覆い、雷鳴とともに暴風雨が来た。稲妻が高架橋を白く照らし、山肌から濁流が溢れた。

午後七時を過ぎても陳老太は戻らなかった。長男は近所で雨宿りしていると思い、家々を訪ね歩いた。投稿者の祖母も、姿は見ていないと答えた。

長男は親族と村の男たちを集め、懐中電灯を手に山へ向かった。登り口の食堂主は、背負い籠の老女が山道へ入る姿を覚えていた。

「二、三言話した。だが、下りてくるところは見ていない」

雨で道は泥濘となり、車では登れなかった。通報を受けた地元の警察官も加わり、一行は徒歩で山林へ入った。

当時の灯りは、赤い樹脂の筒に豆電球を入れた旧式の手電筒だった。豪雨の中では数メートル先がぼんやり見えるだけだった。

「陳のばあさん、どこにいる」

叫びは雨と雷に消えた。唐辛子畑、灌木、崖下を探しても影はない。午後九時、一人が高架の奥を指した。

「残っているのは、殺人坪の小屋だけだ」

第三章 暗赤色の泥濘と、高圧線の罠

その名が出た瞬間、村人の間に沈黙が落ちた。それでも長男を置いて戻ることはできない。一行は高架橋の真下へ踏み込んだ。

周囲は黄褐色の土なのに、その一角だけが暗赤色だった。雨を吸った泥が粘りつき、鉄錆に似た匂いが腐葉土の臭気へ混じった。血が浮いているわけではない。ただ、刑場の話を知る者にはそう見えた。

一隅には、かつて番人か作業員が雨を避けたものだという、傾いた掘立小屋が残っていた。

捜索隊は小屋へ入り、床と壁を照らした。腐れ木と泥水だけで、人はいない。

「ここにもいない」

疲労が一行を覆った。警察官は、夜明けに装備を整えて捜索を再開する案を出した。だが長男は泥へ膝をつき、もう一度だけ探してほしいと泣いた。

村の長老が言った。

「老侯を呼べ。あいつは毎日、この辺りで牛を放している。溝の一つまで知っている」

山麓から呼ばれた牛飼いの老侯は、古いカンテラを手にした。事情を聞くと、黙って長靴を履いた。

「あそこは昼でも入らない場所だ。行くなら、俺から離れるな」

老侯を先頭に畑の縁を進むと、灯りが土手の斜面に落ちた竹籠を捉えた。

「いたぞ」

陳老太は畦の下へうつ伏せに倒れていた。顔を泥へ埋め、右手を濁った水の中へ垂らし、動かなかった。

長男と若者が駆け寄ろうとした瞬間、警察官が怒鳴った。

「止まれ。水へ入るな」

強い灯りが、老女の上を照らした。山側の送電線が雷で切れ、その一端が水の中へ落ちていた。泥水の表面では青白い火花が散っていた。

その先の救助方法について、投稿者の記憶は曖昧である。警察は全員を後退させ、送電停止を確認してから救助に入ったという。少なくとも村人が水へ踏み込むことは許されなかった。

電気が遮断され、ようやく近づいた警察官が首筋へ指を当てた。誰もが遺体を収容するものと思っていた。長い雨に打たれ、電線の落ちた水辺に倒れていたのだ。

警察官の目が開いた。

「脈がある。担架を」

泥まみれの老女は山を下ろされ、救急車で県の病院へ運ばれた。赤色灯が雨の闇を裂き、村人はそれを呆然と見送った。

第四章 路傍の狂宴と、男の指弾

八十を越えた身体が受けた低体温と転倒の衝撃は小さくない。家族は長い入院を覚悟した。

ところが翌日の夕刻、陳老太は自らの足で病院を出た。記録上どの検査を受け、医師が何を診断したのかは残っていない。村へ伝わったのは、「異常なしで帰った」という話だけだった。

顔色は山へ入る前より赤く、背筋は伸び、足取りは若者のように強かった。長男が腕を支えようとすると、老女は煩わしそうに振り払った。

同じ頃、長男の妻が男子を産んだ。母の生還と子の誕生が重なり、家は大きな祝いを催した。

街道沿いへ丸卓を並べ、料理を絶やさず供する流水席だった。豚肉、川魚、蒸し鶏、白酒が並び、捜索に加わった人々が招かれた。

「陳のばあさん、本当によかった」

「あの雨から帰った。先祖が守ったのだろう」

長男は客の杯へ酒を注いだ。陳老太は宴の中央に座り、山盛りの肉を無言で口へ運んだ。

村人の胸には、祝いの酒で消えない違和感があった。なぜ最初の捜索で、狭い畦に倒れた彼女を誰も見つけられなかったのか。なぜ一晩で、これほど身体が変わったのか。

何より目つきが違った。以前は腰の曲がった温厚な老女だった。いま眼窩の奥にあるのは、親族を一人ずつ値踏みするような、冷たい視線だった。

宴が最高潮に達した頃、街道の向こうから薄汚れた男が歩いてきた。村の外れで寝起きし、周囲から「傻子」と呼ばれていた男である。

知的障害や精神疾患を侮蔑語で一括りにする呼び方は、もちろん許されるものではない。ただ当時、共同体が彼を名前で呼ばず、外側へ追いやっていた事実を示すため、ここでは原証言の語を記しておく。

男は料理の匂いに引かれ、卓へ手を伸ばした。その瞬間、陳老太の表情が凍った。箸を置き、細めた目で睨んだ。

「どこから入った。追い出せ」

低い声に宴席が静まった。長男は母の機嫌を損ねまいと、男の前へ立った。

「向こうへ行け。飯はあとで渡す」

男は後ずさった。逃げ出す直前、陳老太の顔を正面から見た。濁っていた瞳に、純粋な恐怖が走った。

彼は自分の髪を掻きむしり、街道の闇へ駆け出した。

「あれは、お前の母ちゃんじゃない」

泣きながら、何度も振り返った。

「人間じゃない。あれは人間じゃない」

第五章 寝室の沈黙——枕と農薬の夜

男の叫びは酒席の戯言として笑われ、夜へ埋もれた。宴が終わると、陳家には生まれたばかりの子の寝息だけが残った。

惨事が起きたのは、宴から三日後の夜だった。

翌朝、野良仕事へ誘うため親族が陳家を訪ねると、扉には内側から閂が下りていた。何度叩いても答えはなく、煙突から朝餉の煙も出ていない。

胸騒ぎを覚えた男たちが裏窓から入り、堂屋へ踏み込んだ。甘い薬品臭と、排泄物の饐えた臭いが鼻を刺した。

奥の寝室で、産後間もない若い母親が寝台へ倒れていた。口元には赤黒い泡が残り、手は喉を押さえたまま硬直していた。粥から、農業用殺虫剤の成分が検出されたと伝えられた。

傍らの揺り籠では、生後一か月にも満たない子が息をしていなかった。顔の近くに厚い木綿の枕が落ちていた。

土間の隅には陳老太が倒れ、片手に薬剤の容器を握っていた。全身は弓なりに反り、すでに冷たかった。

村人が最も恐れたのは、その口元だった。苦痛の中で死んだはずの唇が、笑っているような形に引き攣っていた。死後硬直や中毒症状によるものだったのかもしれない。それでも見た者は、「あれは満足した顔だった」と語った。

一家四人のうち三人が一夜で死に、長男だけが残された。彼は取り乱し、しばらく治療を受けたという。

第六章 黄ばんだ調書と、最後の死刑囚

地元の捜査では、家庭内の対立、産後の心理状態、金銭関係が調べられた。だが近隣の証言では、陳老太は孫の誕生を待ち望み、嫁との関係も悪くなかった。

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