序章 零下二十度の画面

韓国のインターネット空間において、大規模な電子掲示板群が持つ文化的な重力は、他国の追随を許さない。二〇〇〇年代初頭にデジタルカメラの愛好家コミュニティとして産声を上げたその場所は、今や数千もの細分化された「ギャラリー」と呼ばれる掲示板を抱え、韓国の若者文化、政治的言説、そしてあらゆる俗悪なミームの発生源として機能している。

その膨大な回廊の奥底に、恐怖体験とオカルトを扱う吹き溜まりが存在する。

書き込まれる話題の大半は、真偽の定かではない都市伝説や、海外のオカルトニュースの翻訳に過ぎない。しかし、その中にあって、閲覧者たちが決して冷やかしのコメントをつけず、息を呑んで読み耽る独特のジャンルが存在する。

兵役体験談である。

大韓民国の成人男性に課される約一年半から二年の兵役義務。とりわけ、江原道(カンウォンド)の鉄原(チョルウォン)、華川(ファチョン)、麟蹄(インジェ)、楊口(ヤング)といった最前線部隊、軍事境界線を直接見据える一般前哨(GOP)や監視所(GP)に配備された者たちが書き残す手記は、異様な緊張感を帯びている。

真冬には零下二十度を下回る山岳地帯の酷寒。実弾を装填した小銃の冷たさ。外部から完全に遮断された夜間哨所の密室。

そして何より、足元の大地そのものが、千九百五十年に勃発した朝鮮戦争において数十万の若者が血を流し、今なお身元不明の遺骨が無数に埋まり続けている激戦の残骸であるという事実。

極限の疲労と寒気の中で、暗視スコープの緑色の画面越しに兵士たちが目撃したものは、単なる脳の悪戯として片付けるにはあまりにも重く、具体的だった。それらは、終わりのない休戦状態という奇妙な空白の中に生きる韓国社会の、皮膚の下に埋め込まれた銃弾のような記憶だった。

第一章 第三副哨所

ハン・ジヌ一等兵がその山頂の哨所に足を踏み入れたのは、十一月も半ばを過ぎた、新月の夜のことだった。

ジヌが所属していたのは、江原道麟蹄郡の険しい山岳地帯を守備する歩兵師団の前線警備大隊だった。標高千メートルを超える急峻な尾根伝いに、何重もの高圧鉄条網が万里の長城のように延々と張り巡らされている。谷の向こう側には北朝鮮軍の監視所がかすかに見え、昼夜を問わず、目に見えない視線が交錯する最前線だった。

その夜の任務は、主哨所から北側の急斜面を百五十メートルほど下った場所にある「第三副哨所」での夜間警戒だった。

通常、その哨所が使われることはなかった。八十年代に斜面の土砂崩れで半壊し、コンクリートで補強されたものの、視界が悪く、主哨所からの死角になるという理由で普段は頑丈な南京錠で封鎖されていたからだった。しかし、その夜は違っていた。

夕方から濃密な霧が谷底から這い上がり、警戒態勢が一段階引き上げられたのだ。大隊本部からの指示で、死角を埋めるために臨時に監視員を配置することになった。

「ジヌ、無駄口を叩くなよ。何か見えても、まず俺に言え」

先任兵である射手のチェ・ソンホ兵長が、吐く息を白く凍らせながら言った。除隊を一ヶ月後に控えたソンホは、普段は飄々として後輩に優しい男だったが、今夜に限っては、重い防寒具の奥で眉をひそめ、苛立ちを隠そうとしなかった。

「ソンホ兵長、あそこはそんなに気味の悪い場所なんですか」

「気味が悪いんじゃない。あそこは昔から、勤務に入った奴がろくな目に遭わないんだ。精神病棟送りになった奴もいれば、誤射騒ぎを起こした奴もいる。とにかく、余計なことは考えるな。時間が過ぎるのを待つだけだ」

二人は分厚い防寒戦闘服の上に、防弾ベストと弾帯を装着し、実弾の入った弾倉を込めたK2自動小銃を胸の前に構えていた。足元は二重のウール靴下に包まれた防寒靴だったが、それでも足先から這い上がってくる大地の冷気は、骨の髄まで針を刺すように痛かった。

南京錠を外し、軋む鉄のドアを押して第三副哨所の中に入る。内部は二畳ほどの狭いコンクリートの空間だった。正面と左右に、厚さ十センチの防弾ガラスが嵌められた横長の監視スリットが穿たれている。

壁は湿気で黒ずみ、所々のモルタルが剥がれ落ちていた。

室内の空気は、外の吹き曝しの寒風よりもさらに冷たく感じられた。何年も密閉されていた部屋特有の、カビと石灰の匂い。そして、微かに鼻腔をつく、古い機械油と鉄錆の混ざり合った異臭。

角の台座の上に、緑色の四角い金属箱が置かれていた。TA三一二型——手回しハンドルで発電して呼び出し音を鳴らす、旧式の磁石式野戦電話機だった。主哨所や状況室と連絡を取るためのものだが、本体の端子から伸びているはずの二芯の黒い通信線は、根元からブツリと切断され、埃をかぶって床に垂れ下がっていた。

現代の警戒哨所では無線機が主流となっており、その電話機は数十年前の遺物として放置されているに過ぎなかった。

ソンホ兵長は棚の上に無線機を置き、通信確認を済ませると、壁に背を預けて深く息を吐いた。

「交代まであと四時間だ。お前が最初の二時間、暗視鏡を見ろ。異常がなければ俺を起こすな」

そう言い残すと、ソンホは防寒帽の耳当てを深く引き下げ、腕を組んで目を閉じた。

ジヌは一人、監視スリットの前に立った。スリットの外は、完全な暗黒だった。濃霧が防弾ガラスの外側にびっしりと水滴を結び、ガラス越しには数メートル先のアスファルトの切れ目すら見えない。

彼は首から下げていた単眼式の夜間暗視鏡、PVS七型を手に取った。

ゴムのアイカップを目元に押し当て、側面のスイッチを回す。

キーン、という微小な高周波の作動音が耳の奥に響いた。対物レンズの増倍管が光を拾い、ジヌの右目の視界が一瞬にして、粒子状のノイズが蠢く鮮やかな蛍光緑色の世界へと塗り替えられた。

第二章 緑色の視界

緑色の世界の中では、闇の輪郭が歪んで見えた。微弱な星明かりと赤外線照射器の光を何万倍にも増幅するそのレンズの奥で、霧の粒子がまるで緑色の煙のように渦を巻いている。

スリットの向こう側、十メートルほどの位置に、Y字型の鉄柱に支えられた三重の鉄条網が立っていた。上部にはカミソリの刃のような鋭利な突起が無数についた有刺鉄線が幾重にも巻かれ、侵入者の行く手を阻んでいる。その鉄条網の向こうは、傾斜角四十度を超える急峻な谷底へと落ち込む断崖だった。

立ち木はすべて伐採され、万が一の敵の侵入を監視するための見通しが確保されているはずだったが、今はただ、切り株と岩肌が緑のノイズに塗れて沈んでいた。

ジヌは視線を左から右へとゆっくり動かした。異常なし。鉄条網に結びつけられた空き缶——石を入れておき、ワイヤーが揺れると音を立てる簡易の警報装置——も、風に揺れることなく静止している。

時折、遠くの尾根から、風が鉄条網の隙間を吹き抜けるヒューヒューという甲高い鳴き声が聞こえてくるだけだった。

ジヌは暗視鏡を外し、素手で目をこすった。緑色の光を凝視し続けると、視神経が麻痺し、暗闇に戻った時に視界が赤茶色に染まる。腕時計の蛍光針を見ると、まだ午前一時十五分だった。時間の流れが恐ろしく遅かった。

彼は防寒手袋を嵌め直し、K2小銃の銃床を握り直した。小銃の冷たいレシーバーの感触が、自分が軍隊という非情な組織の末端にいることを思い出させた。ソウルで大学に通っていた頃の記憶は、まるで別の星の出来事のように遠く霞んでいた。

その時だった。

カサッ。

微小な音がした。風の音ではない。何かが、防弾ガラスの外側のコンクリートの基礎に触れたような音だった。

ジヌは再び暗視鏡を目元に当てた。スイッチを入れる。緑色の視界が広がる。

鉄条網の周辺には何もいなかった。しかし、視線を下へ、哨所の真下の急斜面へと向けた時、ジヌの心臓が跳ね上がった。

緑色のノイズの底。切り株と岩の隙間に、何かがいた。

最初は、野生のイノシシかシカだと思った。この山域には地雷原に迷い込んだ動物がしばしば現れる。だが、その輪郭は四つ足の獣ではなかった。

それは、地面を這い上がってくる人間の姿だった。

一歩、また一歩。その人物は、急斜面の土に爪先を突き立てるようにして、音もなく、異様な速度で哨所に向かって登ってきていた。

ジヌの呼吸が止まった。敵の侵入か。北の特殊部隊か。全身の血が逆流し、アドレナリンが脳内を駆け巡る。彼は小銃の安全装置を「安全」から「単発」へと切り替えようと親指を動かした。カチリ、と小さな金属音が狭い哨所に響く。

「ソンホ兵長……起きてください。前方に動くものが——」

ジヌが振り返り、声を絞り出した瞬間。暗視鏡のレンズの奥で、その人影がピタリと動きを止めた。

距離は三十メートル。鉄条網の手前、地雷原の警告板が立てられた岩のすぐ脇だった。

その人物は、立ち上がった。緑色の蛍光の中で、その輪郭が明瞭になった。

それは、韓国軍の最新の迷彩服を着てはいなかった。北朝鮮軍の茶色の戦闘服でもなかった。

分厚い、綿入りの粗末な軍服。胸元にはボタンがなく、荒縄のような紐で前が結ばれていた。頭には、つばのない毛皮の耳当てがついた古い冬用戦闘帽。

手には、バナナ型の弾倉ではなく、円形のドラム弾倉を装着した短機関銃——朝鮮戦争当時に使われたソ連製のPPSh四一、いわゆる「タタラ銃」を提げていた。

(なんだ、あれは……?)

ジヌの思考が停止した。何十年も前の、古い映画の中でしか見たことのない軍装。そして、その兵士の顔面だった。

暗視鏡の緑の画面の中で、その男の顔には、肉というものがほとんどついていなかった。皮膚は乾燥した土のようにひび割れ、頭蓋骨の骨角が剥き出しになっていた。両方の眼窩は真っ黒な空洞で、そこには眼球が存在しなかった。

その空洞が、まっすぐに、三十メートル上の哨所のスリットにいるジヌの暗視鏡のレンズを捉えていた。

男の顎が、ガクンと外れた。耳に聞こえる音は何もなかった。しかし、暗視鏡の中で、その男の開いた口から、黒い泥のような煙がボコボコと泡立って噴き出しているのが見えた。

「う、わ……」

ジヌは恐怖のあまり後ずさりし、暗視鏡を顔から引き離した。肉眼でスリットの外を見る。

何もない。そこにはただ、乳白色の濃霧が街灯の光を吸い込んでぼんやりと光っているだけだった。人影も、動く気配も、何一つ見えなかった。

幻覚だ。疲労のせいで、暗視管の蛍光ノイズを人間の形に見誤ったのだ。ジヌは壁に手をつき、荒い呼吸を整えようとした。心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打っていた。

その時だった。

ジリリリリリリリリッ!

耳をつんざくような甲高いベルの音が、狭いコンクリートの部屋に爆発した。

第三章 線路のない野戦電話

ジヌの全身の筋肉が一瞬にして硬直した。

音の発生源は、部屋の隅の木製棚の上だった。あの、緑色の金属箱。線が根元から切断され、床に虚しく垂れ下がっているはずの、TA三一二型野戦電話機だった。

ジリリリリッ、ジリリリリッ!

金属のベルが、激しい振動とともに内側から叩き合わされていた。本体が振動で棚の上を数ミリずつ跳ね、埃が白く舞い上がっている。電源も回線もないはずの機械が、狂ったように鳴り響いていた。

「うわあああっ!」

飛び起きたのはソンホ兵長だった。彼は目を血走らせ、小銃を反射的に抱え上げながら、跳ね上がる電話機を見つめた。その顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いていた。

「な、なんだこれ……誰が繋いだんだ!?」

「わかりません! いきなり鳴り出したんです!」

ジリリリリッ、ジリリリリッ!

呼び出し音は止まらなかった。その音は、通常の野戦電話の音よりも遥かに鋭く、耳膜の奥に直接錆びた釘を打ち込むような不快な響きを伴っていた。

「切れ! ジヌ、受話器を外せ!」

ソンホが叫んだ。ジヌは恐怖で震える脚を叱咤し、棚へと歩み寄った。電話機の黒いベークライト製の受話器。その表面には、触れる前から白い霜が降りているのが見えた。

ジヌは手袋を嵌めた手で、受話器を恐る恐る持ち上げた。

カチリ。フックが上がり、ベルの音がピタリと止まった。

哨所の中に、耳が痛くなるような静寂が戻った。二人の荒い呼吸の音だけが響く。

受話器からは、何も聞こえなかった。ただ、プツプツという微小な放電音のようなノイズが流れているだけだった。切れたのか、とジヌが受話器を耳から離そうとした瞬間だった。

ザザッ……ザザザッ……。

激しい風切り音のようなノイズの奥から、声が漏れ出してきた。

『……ハナ……トウル……セッ……(一、二、三……)』

低く、ひどく濁った男の声だった。標準的なソウルの言葉ではない。強烈な北部の訛り——平安道か咸鏡道の方言特有の、硬く跳ねるようなイントネーション。

『……チョンファン……ポゴハンダ……(状況を……報告する……)』

声は途切れ途切れで、まるで喉に冷たい泥が詰まっているかのようにゴボゴボと泡立つ音が混ざっていた。

『……コジ……ハムラク……ソデジャン……サマン……(高地……陥落……小隊長……死亡……)』『……チュウォ……ノム……チュウォ……(寒い……あまりにも……寒い……)』

ジヌの指先が凍りついた。受話器のプラスチックを通して、防寒手袋の革を突き破るほどの暴力的な冷気が伝わってきた。指の骨が軋み、冷たさが一瞬で手首まで這い上がってくる。

『……ムンルル……ヨロラ……(扉を……開けろ……)』

声が、囁きから唸り声へと変わった。

『……ウリガ……ワッタ……ムンルル……ヨロラ……!(俺たちが……来た……扉を……開けろ……!)』

バツン!

受話器の奥で凄まじい炸裂音が響いた。同時に、哨所の外側から、金属が軋む巨大な破壊音が響き渡った。

ギギギギギギギギッ!

それは、哨所の外にある三重の鉄条網が、一斉に何百本もの力で引き絞られ、引きちぎられようとしている音だった。空き缶の警報装置が狂ったようにガラガラと鳴り響く。

「外だ!」

ソンホ兵長が叫び、監視スリットへと飛びついた。ジヌも受話器を投げ捨て、小銃を構えてスリットに身を寄せた。

防弾ガラスの外側。濃霧の向こう側に、無数の影が浮かび上がっていた。

それは、一人や二人ではなかった。

十人、三十人、五十人。斜面を埋め尽くすほどの軍服を着た人影が、霧の中から湧き出すようにして立ち並んでいた。

彼らは全員、あの古い綿入れの軍服を着ていた。ある者はヘルメットを被り、ある者は頭に血に染まった包帯を巻き、ある者は靴すら履いておらず、黒く変色した素足で凍土の上に立っていた。彼らが手にした小銃の銃剣が、街灯の薄暗い光を浴びて鈍く光っている。

そして、彼らは鉄条網に取り付いていた。

カミソリの刃のような有刺鉄線が、彼らの掌に深々と食い込んでいた。しかし、血は一滴も流れなかった。乾燥した肉が削げ落ち、白い骨が露出しても、彼らは痛みに顔を歪めることすらなく、ただ無表情に、凍りついた指で鉄条網を掴み、力任せに揺さぶり続けていた。

ガシャン、ガシャン、ガシャン!

鉄柱が歪み、コンクリートの基礎にヒビが入る音が聞こえる。彼らは鉄条網を乗り越えようとしているのではなかった。彼らはただ、目の前にある障害物を認識できず、生前の命令に従って、この山頂の陣地へ向かって直進しようとしているだけだった。

「撃つな! ジヌ、絶対に撃つな!」

ソンホ兵長がジヌの銃身を力任せに押し下げた。ソンホの顔は恐怖で完全に引き攣っていたが、その瞳には異常な光が宿っていた。

「実体じゃない……撃っても弾が突き抜けるだけだ! 発砲すれば、俺たちが狂ったとみなされて軍法会議行きだ!」

「でも、兵長! あいつら、入ってきます!」

群衆の先頭にいた数人が、鉄条網の隙間をすり抜けていた。金属の網を透過するようにして、足首から先を地面に沈ませた影たちが、哨所のコンクリート壁へと近づいてくる。

ドスン!

哨所の頑丈な鉄扉が、外側から激しく叩かれた。

蝶番が軋み、鉄板の中央がわずかに内側へ向かって凹んだ。外の冷気が、ドアの隙間のゴムパッキンを破って室内に吹き込んできた。その冷気とともに、あの異臭が部屋を満たした。

六十年以上もの間、凍土の下に埋もれていた土と、白骨の匂い。

ドスン、ドスン、ドスン!

叩く音は一つではなかった。何十本もの拳が、銃床が、鉄扉を乱打していた。ドアの塗装がひび割れ、パラパラと床に落ちる。

『……ヨロラ……(開けろ……)』『……ウリ……ソデヌン……ヨギソ……チョルルハンダ……(我々の……小隊は……ここで……合流する……)』『……チブエ……カヤハンダ……(家に……帰らなければならない……)』

ドアの隙間から、青白い霧のようなものが細い糸となって侵入してきた。その霧が、床の上でゆっくりと人の手の形を結び、ジヌの足元へと這い寄ってくる。

ジヌは息を止め、壁に背中を押し付けた。逃げ場はなかった。この二畳の空間が破られれば、自分たちの肉体もまた、あの冷酷な記憶の渦に呑み込まれ、永遠にこの山肌を彷徨うことになる。

その時、ソンホ兵長が動いた。

ソンホは腰の銃剣を引き抜くと、自分の親指の腹に刃を当て、躊躇うことなく横に引いた。鮮紅色の血が、プツリと皮膚の裂け目から噴き出した。

「兵長!?」

ソンホは何も言わず、血に濡れた親指を、激しく揺れる鉄扉の内側の鉄板へと押し当てた。そして、荒い息を吐きながら、赤い血で鉄板の上に大きく文字を書き殴り始めた。

軍隊の符号ではなかった。漢字だった。

「水」 そして、その下に「土」。

ソンホの家は、全羅道の古い巫俗(ムーダン)の家系だった。彼がかつて冗談交じりに「うちは祖母の代まで本物の巫女だった」と語っていたのを、ジヌは電撃のように思い出した。

ソンホは血の文字を書き終えると、両手を鉄扉に押し当て、額を鉄板に擦り付けながら、腹の底から絞り出すような低い声で叫んだ。

「忠誠! 陸軍兵長チェ・ソンホ!」

その声は、軍隊の申告の形式を取っていた。

「本陣地は現在、第五十代警戒分隊が守備中! 貴部隊の任務はすでに終了せり! 後退命令を受領せよ! 繰り返す、貴部隊の任務は終了せり! 速やかに原隊へ復帰せよ!」

ソンホの絶叫が、狭い哨所内に反響した。それは死者に対する除霊の呪文ではなかった。同じ軍人として、過去の兵士たちに下された「任務完了の通知」だった。

一瞬の沈黙が訪れた。

扉を叩く音が、ピタリと止まった。

ドアの隙間から侵入していた青白い霧が、凍りついたように静止した。そして、スリットの外側から、ジャリッという無数の足音が聞こえた。

ジヌが恐る恐る監視スリットを覗き込んだ。

鉄条網の前にひしめき合っていた無数の影たちが、一斉に回れ右をしていた。彼らはもはや哨所を見ていなかった。銃を担ぎ、うなだれた姿勢のまま、一歩一歩、深い谷底の濃霧の中へと足を踏み出していた。

彼らの足が土を踏むたびに、その輪郭が少しずつ薄れ、朝の光に溶ける霜のように消えていく。

東の空の端が、薄い紫色に染まり始めていた。尾根の向こうから、夜明けの冷たい風が吹き抜け、谷を覆っていた濃霧を一気に南へと押し流していった。

完全に影が消え去った後、鉄条網は何事もなかったかのように元の位置に立っていた。歪んだ鉄柱も、破られた有刺鉄線も存在しなかった。ただ、哨所の鉄扉の内側に、ソンホ兵長が書いた乾いた血の文字だけが、赤黒く残されていた。

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